181貴族令嬢は、琉球で三線とヴァイオリンを合わせます
第181章 貴族令嬢は、琉球で三線とヴァイオリンを合わせます
琉球嘉手納空港での引き渡しが終わると、どろちゃんは本当に参加者側へ戻りました。
学生たちはそのまま案内役を続け、ホテルへ荷物を運ぶ人と、町へ出る人を分けています。夕食が終わったころには、昼間の仕事を終えた琉球の人たちも町へ出ていました。
「お嬢様、まだお出かけになりますか」
フランソワさんが聞きました。
「行く。さっきから音が聞こえる」
「では、ヴァイオリンもお持ちいたしましょうか」
「うん。たぶん使う」
少し歩くと、建物の間から三本の弦を鳴らす音が聞こえてきました。
三線です。
この世界では、海の交通と人の移動が早くから増えた影響で、三線そのものの成立が史実より一世代ほど早まり、その後の広がり方も早くなっています。宮廷や士族だけの楽器ではなく、町の人たちが歌うところにも入り込んでいました。
集まっているのも琉球の人だけではありません。
清から来た商人が琉球の人と同じ卓で泡盛を飲み、東南アジアから来た船乗りが横から歌へ加わっています。言葉が全部同じではなくても、何度も繰り返す歌なら途中から入れます。
ただし、鳴っている音楽の中心は琉球でした。
三線が旋律を引き、歌がそれについていきます。清風の節回しが混ざるところもあり、拍の取り方には東南アジア風のものも入っています。それでも、曲の骨組みになる音の並びは、どろちゃんが聞けばすぐに分かりました。
「レとラが、ほとんど出てこない」
どろちゃんが小さく言いました。
「何でございますか?」
フランソワさんが聞き返します。
「使っている音階が、ド、ミ、ファ、ソ、シを中心にしてる。ミとファ、それからシとドが半音でくっついて、その間は大きく飛ぶの」
西洋の七音音階から二つ抜いたように見えますが、単に音を減らしただけではありません。ドからミ、ソからシへ大きく進んだあと、ミからファ、シからドへ半音で寄るところに、独特の感じが生まれます。
どろちゃんには、それが清の音楽とも、西洋の音楽とも違って聞こえました。
「これが琉球の音なんだ」
近くで三線を弾いていた男が、どろちゃんの方を見ました。
「弾いてみますか」
「いいの?」
「どうぞ」
三線を渡されました。
どろちゃんはまず弦を一度ずつ鳴らし、調弦を確かめました。それから左手を動かして、どこを押さえるとどの音になるのかを探します。
「楽譜はある?」
「ありますよ」
出てきたのは工工四でした。
三線の勘所を文字で示す、タブラチュアの仲間です。この世界では工工四の整備も早まっていて、すでに演奏に使われています。
どろちゃんは紙を受け取りました。
「これ、ここの場所?」
「そうです。これはここです」
弾き手が指を置いて見せます。
「じゃあ、これは?」
「少し上です」
「分かった」
どろちゃんには文字そのものが読めます。しかし、文字が読めても三線の指使いまでは自動では分かりません。
一つずつ勘所を確認し、工工四の文字と実際の音を結びつけます。
「もう一回、最初から弾いて」
「はい」
三線の音が始まりました。
どろちゃんは最初の数回は聞くだけでした。
歌の旋律と三線が完全に同じ動きをするところもあれば、少し間を空けるところもあります。音を長く伸ばすヴァイオリンとは違って、撥で弾いた三線の音は減衰していきます。その隙間へ歌声が入ります。
清風の回し方が入る部分では、旋律が一度まわり道をします。東南アジア風の拍が混ざったところでは、手拍子の強い位置が少し変わりました。
それでも戻ってくるところは琉球の音階です。
「ここ、もう一回」
「ここですか」
「うん。そこだけ」
何度か聞いてから、どろちゃんは三線を弾き始めました。
最初はゆっくりです。
工工四を見て、勘所へ指を置き、撥を当てます。
少しすると紙を見る回数が減りました。
「覚えるのが早いですね」
「ヴァイオリンをずっと弾いてるから、音は分かるの。でも三線の弾き方は別だから教えてね」
「もちろんです」
30分ほどすると、短い曲なら一緒に弾けるようになりました。
同じ音を出せても、まだ地元の人と同じ音にはなりません。撥の当たり方も、音を切る位置も、歌との間の取り方も違います。
どろちゃんはそこを面白がりました。
「楽器が違うと、同じ音階でも全然違うね」
「今度は、その楽器でも弾くのですか」
三線を教えていた男が、フランソワさんの持っているケースを見ました。
「弾く」
どろちゃんは三線を返し、YAMAHA YEV105PROを取り出しました。
細い胴体に五本の弦が張られたヴァイオリンです。
三線を習っている間は絞っていた音を戻しました。
「さっきの曲、もう一回やろう」
「合わせられますか」
「やってみないと分からない」
三線が先に始まりました。
歌も続きます。
どろちゃんは一巡目を聞き、二巡目からヴァイオリンを重ねました。
三線の音は弾くたびに立ち上がって消えていきます。ヴァイオリンは弓を動かしている間、音を伸ばせます。
そのまま西洋風に長く伸ばすと、三線と歌の間を埋めすぎます。
どろちゃんは弓を短く使いました。
三線の音が立ったところでは少し引き、歌が伸びるところへだけ細く音を残します。
「それなら合いますね」
「うん。ずっと鳴らさない方がいい」
三巡目になると、三線の人もヴァイオリンの音を待つようになりました。
四巡目では、どろちゃんが旋律を少し先に出し、三線があとから返します。
そのころには、見ていた人たちが踊り始めていました。
最初に立ったのは琉球の人たちです。
座っていた人も手を叩き、知っているところだけ歌います。清から来た商人も杯を置いて声を出し、東南アジアから来た船乗りたちも拍を取っています。
誰かが違う節回しを入れても、次の繰り返しではまた同じ歌へ戻ります。
混ざっているのに、琉球の歌でした。
どろちゃんも途中から歌えるところだけ声を出しました。ヴァイオリンを弾いているので踊れませんが、周りではどんどん人が立っています。
「お嬢様、泡盛でございます」
フランソワさんが小さな杯を持ってきました。
「ありがとう」
どろちゃんは曲の切れ目で一口飲みました。
「強い」
「先ほどもそうおっしゃっていました」
「でも、おいしい」
卓の上には泡盛の甕があります。
酒を造るには、食べられる穀物を使います。
この世界の琉球では、清や東南アジアとの交易が王府だけのものではなくなり、民間の商人や船乗りまで日常的に行き来しています。食料も船で入ってきます。
島で採れたものだけを分け合って、足りなくなれば誰かが飢えるという状態ではありません。
酒にする余裕があります。
「いいね」
「何がでございますか?」
「みんなで飲むお酒があること」
フランソワさんは少し考えてから、笑いました。
「そうでございますね」
次の曲が始まりました。
今度は最初からヴァイオリンも入ります。
琉球の三線と歌が中心にあり、その周りへ清風の節回しや東南アジア風の拍が混ざります。さらに、そこへ西洋のヴァイオリンまで加わりました。
それでも曲がばらばらにはなりません。
どろちゃんは琉球音階から外れないように弾き、三線の音が消えるところへだけ弓の音を残しました。
歌う人が増えます。
踊る人も増えます。
泡盛の杯も回っています。
どろちゃんはヴァイオリンを弾きながら笑いました。
琉球まで人を送る仕事は、空港で終わっています。
ここから先は仕事ではありません。
夜が遅くなるまで、みんなで歌って、踊って、飲みました。
一日あたり3回から4回アップロードで1日4万字以上のペースですが書きためた分がなくなりました。約200万文字です。1エピソードも長いので1ヶ月ほどで長編小説となりました。今後は1日1エピソードのペースでアップロードしていきたいと思います。どろちゃんの活躍で史実とはかなりずれているため、完全史実は余りなさそうです。戦争に使っていた費用が民生品などに回っていて、18世紀には難しいものも出来るようになっています。研究開発と資本が向かう方向の転換によるものです。




