180貴族令嬢は、琉球王国まで送ります。 琉球王国で学生の実習を兼ねた視察旅行をおこないます。
第180章 貴族令嬢は、琉球王国まで送ります
エルレンフェルトを離れたムリヤちゃんが巡航高度へ上がると、どろちゃんは機内放送のマイクを取りました。
『皆さま、機長のドロテーア・フォン・エルレンフェルトです。エルレンフェルトを出発しました。この便はラサ、北京の順に着陸し、最後に琉球王国の嘉手納飛行場へ向かいます。ラサと北京では、人員と貨物の積み降ろしを行います。長い飛行になりますので、どうぞ楽にお過ごしください』
マイクを戻すと、少しして客室から別の声が流れました。
『キャビンアテンダントのマルガレーテ・シュルツです。お食事と飲み物は順にお持ちします。ラサと北京で乗り降りがありますので、お手回り品のお取り違えにご注意ください。到着前には担当から改めてご案内いたします』
エルレンフェルトを出るときの客室案内は、四人の給仕側をまとめるマルガレーテさんが担当しました。
その下には、細いアマリエさん、ぽっちゃりしたアガサさん、三人の中で最年少のローラ・シュルツさんがいます。
十五年前から働いている三人ですが、見た目は当時から二歳くらいしか変わっていません。
乗っている人は、エルレンフェルト条約記念会の付帯旅行へ参加するヨーロッパ側の元首、随員、事務官。条約記念会へ来ていた琉球王、首脳陣、事務官。実習をする琉球王国の学生と指導教官です。
さらに、空いている席を使って移動するVOG職員や政府職員も乗っています。全員が、付帯旅行、公務、実習、VOGや政府の業務のどれかで移動しています。
貨物室には、琉球で使う零式三座、ハイラックス、台車とレールの一式があります。ラサで降ろす食料と大学用の機材も積んでいました。
しばらくすると、サヴォさんが操縦席の近くまで来ました。
「旅行の付帯便にしては、ずいぶん荷物がありますね」
「大きい飛行機で東へ行くから、ついでに運んでるの」
「学生も職員も?」
「うん。みんな用事がある人。空いた席を空いたまま飛ばすよりいいでしょ」
「いつものムリヤちゃんですね」
「そういうこと」
◇ ◇ ◇
飛行時間が長いので、エルレンフェルトで積んだ食事も出ました。
マルガレーテさんたちが上部デッキと百二十席側を分担して回ります。
「これ、エルレンフェルトで作ったものですか」
アン女王陛下が皿を見て聞きました。
「はい。出発前に積み込みました」
「飛行機の食事として、ずいぶん慣れていますね」
マルガレーテさんが少し笑いました。
「長距離便へ食事を積む仕事を、かなり長く続けていますから」
どろちゃんも休憩で客室へ出てきました。
「ラサも上手だよ」
「ラサでも機内食を作るのですか」
「作る。北京でも琉球でも出せるよ。でも、エルレンフェルトとラサは長くやってるから手際がいいの」
「競争しているのですか」
「厨房の人に聞いたら、してるって言うかも」
マルガレーテさんは笑っただけで、答えませんでした。
◇ ◇ ◇
ラサが近づくと、どろちゃんが再びマイクを取りました。
『機長です。これからラサへ降下します。ラサで降りる方と、ここから乗る方の入れ替えがあります。貨物の積み降ろしも行いますので、停止後は地上担当と客室担当の案内に従ってください』
続いて、アマリエさんの声が流れました。
『キャビンアテンダントのアマリエです。ラサでお降りになる方は、お手回り品をご確認ください。そのまま北京までご搭乗になる方も、着陸中はお席へお戻りになり、シートベルトをお締めください』
ムリヤちゃんはラサへ降り、駐機位置まで進みました。
『キャビンアテンダントのアマリエです。ラサに到着しました。機体が停止しましたので、ラサでお降りになる方からご案内します。北京までご搭乗の方は、そのままお待ちいただいても構いません』
到着案内も、アマリエさんです。
後部貨物扉が開くと、貨物側ではすぐに荷札の確認が始まりました。
「これは大学」
「受け取ります」
「こっちは食料」
「こちらの台車へお願いします」
「この箱も大学の機材です」
ラサ側の職員が書類と荷札を照合し、台車が順番に離れていきます。
旅客側では、ここで勤務や学業に戻る学生、VOG職員、政府職員が降りました。代わりに北京や琉球へ向かう学生と職員が乗ります。
「降りる人、全員確認しました」
「乗る人は?」
「名簿と照合中です」
「荷物も本人と一緒に見てね」
「はい」
どろちゃんは貨物側へ戻りました。
「食事も積む?」
「積みます。北京までの分と、その先で出せる分を分けてあります」
「お願いします」
ラサの厨房から届いた機内食が、保冷と保温の区分ごとに積み込まれます。
長距離便を何年も扱ってきた場所なので、積む順番まで決まっています。
アン女王陛下は、客室側でアマリエさんを見ていました。
「昨日、エルレンフェルトでお見かけした方だけではなかったのですね」
どろちゃんが振り向きました。
「マルガレーテさんの下の三人もだよ。十五年たっても、見た目は二歳くらいしか変わってない」
「三人とも?」
「うん」
アマリエさんは、自分の話をされているのに気づいて少しだけ笑い、そのまま搭載表の確認を続けました。
最後の書類が操縦席へ来ました。
「搭乗者と貨物、確認できました」
「ありがとう」
どろちゃんは出発前の確認を済ませ、マイクを取りました。
『機長です。ラサを出発して北京へ向かいます。ここからご搭乗の皆さまも、よろしくお願いします』
アマリエさんも続きます。
『キャビンアテンダントのアマリエです。離陸に備えてシートベルトをお締めください。お手回り品は通路へ出さないようお願いいたします。離陸後、ラサで積み込んだお食事と飲み物を順にお持ちします』
ムリヤちゃんは滑走路へ入り、ラサを離れました。
◇ ◇ ◇
巡航へ入ると、ラサで積んだ食事が出ました。
「ほんとに上手だね」
どろちゃんが休憩に出たとき、自分の皿を見て言いました。
「何がです?」
フランソワさんが聞きます。
「機内食。味だけじゃなくて、積む順番も出す順番も早い」
近くにいたマルガレーテさんが答えました。
「ラサは便数が多いですから。厨房も地上担当も慣れています」
「エルレンフェルトと老舗同士だね」
「その呼び方は厨房の方が喜ぶと思います」
北京でも琉球でも食事を用意できます。それでも、長距離便の運用を早くから続けてきたエルレンフェルトとラサは、厨房から機内へ渡すところまでよくこなれていました。
◇ ◇ ◇
北京が近づきました。
『機長です。これから北京へ降下します。北京でも人員と貨物の入れ替えを行います。琉球王国までご搭乗の方は、到着後の案内をお聞きください』
今度は、アガサさんがマイクを持ちました。
『キャビンアテンダントのアガサです。北京でお降りになる方は、お手回り品をご確認ください。着陸に備えて、皆さまお席へお戻りください』
着陸して駐機位置へ入ると、同じ声がもう一度流れました。
『キャビンアテンダントのアガサです。北京に到着しました。北京でお降りになる方から順にご案内します。琉球王国までご搭乗の方は、乗務員が次の出発をご案内します』
北京でも学生、VOG職員、政府関係者が入れ替わり、書類や貨物の一部が動きました。
「本当に定期便みたいになっていますね」
ハインシウスが、地上を行き来する台車を見て言いました。
「毎日飛んでるわけじゃないけど、やってることは似てるね」
「ラサ、北京、琉球、エルレンフェルトが、一機の中でつながっている」
「学生さんが動けば、本も服も研究道具も動くし、職員が動けば書類も増えるよ」
「大学というものは、人だけでなく、暮らしに必要な物まで一緒に動かすのですな」
「住むからね」
北京での積み替えが終わりました。
『機長です。北京を出発します。次の着陸地は琉球王国の嘉手納飛行場です。これが本日の最後の区間になります』
アガサさんが続けます。
『キャビンアテンダントのアガサです。離陸に備えてシートベルトをお締めください。琉球王国までの飛行中も、お飲み物や軽食が必要な方はお申し付けください』
ムリヤちゃんは北京を離れました。
◇ ◇ ◇
長い飛行なので、客室では寝る人もいれば、書類を広げる人もいます。
琉球王国の学生たちは、到着後の課題に備えて、自分たちの資料をもう一度見直していました。
そこへ、ヨーロッパ側の事務官が地図を持ってきました。
「少し聞いてもよろしいですか」
「はい」
学生が顔を上げました。
「これは、もう実習ですか」
横にいた指導教官が笑いました。
「空の上ですが、答えられるものは答えてみてください」
「はい」
事務官が地図の西側を指しました。
「琉球王国の国境は、どこまでなのですか」
「国際連盟へ加盟したときに確定しています」
「あとから揉めることはないのですか」
「加盟するときに国境を決めます。あとから島を見つけたことにして広げることはできません」
別の学生が補いました。
「西側の島々も、琉球王国の領域として登録されています」
後世に尖閣諸島と呼ばれる島々も、この時点で琉球王国領として国境登録されています。
「なるほど」
今度は南の海を指します。
「では、こちらの小さな島がたくさんある海は?」
「小さな島は、本土からの距離で決めます」
「島国の場合は、どこを本土とするのですか」
「大きい方から4島です」
学生は地図へ指を置きました。
「スペイン領フィリピンなら、ルソン、ミンダナオ、サマール、ネグロスです」
「パラワンは近いでしょう」
「近いです。でも5番目ですから、本土としては使いません」
「近い島を都合よく本土にできないようにしているのですね」
「はい」
サヴォさんも地図をのぞき込みました。
「では、ネーデルラント領のマレーシアは?」
「マレー半島に本土があり、首都もクアラですので、大陸国家として扱います」
「島国の4島規則は?」
「使いません」
「インドネシアもネーデルラント領でしょう」
「そちらは島国です」
「同じネーデルラント領でも、扱いが違う」
「地域ごとに判定します。宗主国が同じでも、国境を計算する単位は地域ごとに分けます」
ハインシウスが少し笑いました。
「ネーデルラントという名前が出るたびに、こちらを見るのはやめてもらえますか」
「ネーデルラント領のお話ですから」
「それはそうですが」
◇ ◇ ◇
地図の話は、そのまま北へ移りました。
「では、日本は?」
学生が答えました。
「日本は、まだ国際連盟へ加盟していません」
「鎖国を続けているのですか」
「開国しています」
どろちゃんが後ろから口を挟みました。
「将軍も替わってるよ。吉宗さん。首都も京都へ戻ってる」
「それでも加盟していない?」
「北の国境をまだ確定できないからです」
「北海道やカラフトですね」
どろちゃんが言いました。
「そこは、地域全体を代表して条約を結んで、次の世代まで同じ政府として引き継げる統一政府がまだできてないの。今はVOGが管理してる」
「日本は、その地域を国境計算に使えないのですね」
「うん。国際連盟では、日本領として登録してないから」
「日本本土は開国して、外国との貿易もしている。加盟手続きだけ、北の国境が固まるまで残っている」
「そういうこと」
学生が地図の南側を指しました。
「琉球から日本へ向かう清国船や琉球船は、鹿児島へ入ります」
「鹿児島が外国船の港なのですか」
「清国と琉球王国との船を扱う港です」
「ヨーロッパの船は?」
「大きな船なら下津です」
どろちゃんが答えました。
「堺も開港してるけど浅いから、大きな外国船はほとんど入らないよ」
「京都に近いからですか」
「それもある。大阪湾の奥まで大型の外国船を入れるより、下津で受けた方が守りやすいから」
「下津から和歌山までは?」
「紀淡海峡で船を見られるから、和歌山まではかなり緩いよ」
学生も続けます。
「和歌山市内には貿易の市場があり、外国の商人が泊まる場所もあります」
「防衛線はもっと北なのですね」
「うん」
どろちゃんが地図を指しました。
「紀ノ川から大阪側へ抜ける孝子峠とか風吹峠とか。あのあたりを押さえるの」
「外国人は和歌山へ上陸して、町で商売できる」
「そう。港町として使うなら、その方が便利でしょ」
アン女王陛下が聞きました。
「紀州と薩摩は、今はどなたが治めているのですか」
「どっちも将軍直轄だよ」
「吉宗公は京都にお住まいなのですか」
「二条城は整備してるけど、和歌山城にいることが多いよ」
「何か理由が?」
「理子さんの身体を気にしてるから」
「奥方様ですね」
「うん。前にわたしが治療したとき、かなり危なかったの」
「今はお元気なのですか」
「元気だよ」
「それでも和歌山に?」
「京都は夏が暑くて冬は寒いから。吉宗さん、自分なら我慢すると思う。でも理子さんには無理させたくないんだと思う」
サヴォさんが笑いました。
「ずいぶん奥方を大切になさる将軍なのですね」
「ラブラブです」
どろちゃんが普通に言いました。
「お嬢様」
フランソワさんが横から小さく呼びました。
「ほんとだよ」
「よく存じております」
アン女王陛下まで笑いました。
どろちゃんは少しだけ声を落としました。
「理子さん、あのとき助からなかったら、今の時間はなかったからね」
「寿命の先を生きている、ということですか」
「うん。吉宗さんから見たら、たぶんそう」
話はそこで静かに終わりました。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、地図を見ていた人たちが窓の方へ移り始めました。
「色が変わりました」
琉球の学生が先に気づきました。
外洋の濃い青だけだった海に、明るい色が混ざっています。
「本当に違いますね」
アン女王陛下が窓へ顔を近づけました。
「浅いところが増えてきました」
どろちゃんも前から答えます。
「珊瑚礁があります」
青緑の中に、さらに薄い水色が広がっています。その縁には白い線が続いていました。
「白いのは?」
「波です」
「ずいぶん長く続いていますね」
「浅いところでずっと砕けてるから」
別の窓から見ていた事務官が声を上げました。
「陸が見えます」
島の輪郭が少しずつ大きくなります。
海岸の外側に明るい海があり、その先で急に深い青へ変わっています。
「これは、上から来た方がよく分かりますね」
「船だと海の高さから見るからね」
「琉球の学生さんたちは、見慣れているのですか」
「飛行機からは、何度見ても見ます」
「自分の国でも?」
「自分の国だから見ます」
指導教官は笑っていました。
◇ ◇ ◇
琉球本島の嘉手納飛行場が見えてきました。
後世の嘉手納にあたる場所へ造った神様空港で、滑走路は1本、3,200mです。ムリヤちゃん用の誘導路、駐機場、燃料、旅客と貨物の設備をまとめ、島の土地を広く取りすぎない規模に収めています。
どろちゃんはマイクを取りました。
『機長です。まもなく琉球王国の嘉手納飛行場へ着陸します。長い飛行、お疲れさまでした。着陸後、条約記念会の付帯旅行に参加される皆さまは、琉球王国の学生と指導教官の案内を受けてください。VOGと政府の職員は、それぞれ地上担当が引き継ぎます』
最後の客室案内は、三人の中で最年少のローラさんでした。
『キャビンアテンダントのローラ・シュルツです。嘉手納飛行場への着陸に備えて、皆さまお席へお戻りになり、シートベルトをお締めください。お手回り品もご確認ください』
大きな機体が海岸線を越えました。
滑走路が正面へ伸びています。
主脚が接地し、少し遅れて前脚も降ります。逆推力の音が続き、速度が落ちました。
「着いた」
「はい、お嬢様」
ムリヤちゃんは誘導路へ入り、駐機場まで進みました。
ローラさんが、もう一度マイクを持ちます。
『キャビンアテンダントのローラ・シュルツです。琉球王国、嘉手納飛行場に到着しました。機体が停止しましたので、地上担当の案内に合わせて順にお降りください。長い飛行、お疲れさまでした』
◇ ◇ ◇
駐機場では、琉球側の地上担当、王府の係官、VOGの担当者が待っていました。
条約記念会から戻った琉球王と王府の首脳陣、事務官は、王府側の迎えへ移ります。
輸送を兼ねて乗ってきたVOG職員と政府職員も、それぞれの担当者に引き継がれました。
そのあとに残るのが、エルレンフェルト条約記念会の付帯旅行へ参加したヨーロッパ側の元首、随員、事務官と、案内を担当する琉球王国の学生たちです。
「VOGのホテルへお泊まりになる方はこちらです」
「琉球政府が運営するホテルへお泊まりになる方はこちらへお願いします」
学生たちは名簿を見ながら、一行ごとに案内を始めました。
「荷物も同じところへ?」
「はい。宿泊先ごとに分けて運びます」
「このあとの案内は?」
「ホテルへ着いてから、私たちがご説明します」
指導教官は少し後ろに立ち、学生の受け答えを聞いています。
どろちゃんは貨物側の確認を済ませたフランソワさんを見ました。
「零式三座は?」
「固定したままです。使うまで機内に置きます」
「ハイラックスと台車とレールも?」
「はい。こちらもそのままです」
「じゃあ、飛行機の仕事は終わり」
どろちゃんは学生たちと指導教官のところへ行きました。
「ここからお願いします」
「はい」
「自分たちの国を、自分たちで紹介する課題だよね」
「はい」
「分からないことが出たら?」
「確認してから答えます」
「うん。それでいいよ」
指導教官もうなずきました。
「ここからは学生たちが案内します。必要なところだけ私が補います」
「お願いします」
どろちゃんは学生たちへ手を振りました。
「じゃあ、またね」
「はい。ありがとうございました」
空港で、どろちゃんと学生たちは別れました。
エルレンフェルトから琉球王国まで人と荷物を運ぶ仕事は、ここで終わりです。
この先、学生たちは外国から来た人たちへ自分の国を紹介します。
どろちゃんはフランソワさんと別の行動へ移りました。




