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ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌 飛行機から始まった貴族令嬢の社会改変  作者: アントノフ


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187/210

178貴族令嬢は、条約記念会を開きます。  前章から9年がたって、エルレンフェルト条約5周年記念会です。


第178章 貴族令嬢は、条約記念会を開きます


 1718年2月。


 どろちゃんが、まだ建設途中だったスエズ地峡を鉄道で往復し、地中海側の新港を歩いた1709年から、およそ9年が過ぎました。


 あのころは、運河はまだ完成しておらず、鉄道が先に船と貨物を運び、砂の上では新しい町が育ち始めていました。


 エルレンフェルトは、久しぶりに4か国の古い顔ぶれをまとめて迎えることになりました。


 エルレンフェルト条約が調印されたのは1703年2月です。


 あの朝、フランス、イングランド、サヴォイア、ネーデルラント連邦共和国の全権が同じ文面へ署名してから、15年が過ぎていました。


 スペイン継承をめぐる戦争へ消えるはずだった金は、道路、港、鉄道、工場、送電設備、水利、研究所へ流れました。


 海では、互いの商船を私掠船で奪う仕事が減りました。


 船は、沈めたり奪ったりするより、荷物を積んで何度も往復させた方が儲かります。


 その当たり前のことを15年続けた結果、前年の1717年には、重機を使って掘削を進めてきたスエズ運河が開通し、そのまま1年間の運営実績を積み始めました。鉄道も1718年、ちょうどこの記念会の時期にイスタンブール線が開通しました。今度は、その15年間の結果を昔の会議室で一緒に見ようという集まりです。


          ◇ ◇ ◇


 日程は3日間で、1日目は到着日です。


 フランス、グレートブリテン王国、イタリア王国の代表団は、チェブラーシカちゃんが迎え便を3回飛んで順番に運びました。代表団には国王や女王に加えて、外交、会計、交通、産業、記録を担当する事務官もいます。15年前の調印に立ち会った人もいれば、その後から仕事を引き継いだ人もいました。


 オランダは近いので鉄道を使います。アントニー・ハインシウスを中心とした一行は、朝から列車でエルレンフェルトへ向かっていました。国境を越えてもそのまま走り、荷物も積み替えず、駅へ着けばホテル棟と会議地区へ移れます。


「飛行機より早かったりして」


 どろちゃんが到着予定表を見て言いました。


「距離を考えますと、その可能性はございますね」


 フランソワさんが答えます。


「じゃあ、近い国を飛行機で迎えに行く意味ないね」


「鉄道が育ったということでございます」


「それならいいや」


          ◇ ◇ ◇


 元首にはホテル棟のスイートを用意し、随員や事務官は人数と空き室に合わせてホテル棟と周辺のホテルへ振り分けます。荷物は先に部屋へ送り、仕事用の書類はそれぞれの代表団の事務室へ回します。


 プリンツ・オイゲンと、その部下たちは警備に入っていました。


 エルレンフェルトでは、軍政、兵站、防衛、警備の仕事をずっと続けています。国家間戦争がなくなっても、要人が一度に集まる3日間には相応の警備が要ります。


 どろちゃんは、会議棟の入口に立っているオイゲンさんを見ました。


「よろしくお願いします」


「任せてください」


 短いやり取りでした。


 前世の歴史を知っているどろちゃんから見ると、この人がルイ14世陛下たちの会合を守っている光景は、少しおかしく見えます。


 条約がなければ、同じ人物が別の場所で、別の旗の下に立っていた可能性があります。


 軍人としての能力はそのまま残り、使う場所が変わりました。


          ◇ ◇ ◇


 ルイ14世陛下は、チェブラーシカちゃんから自分の足で降りてきました。


 前世の歴史なら、1715年9月1日に亡くなっている人です。


 そこから2年半近く過ぎた1718年になっても、目の前の陛下は元気で、足取りもしっかりしています。本来の寿命を越えてなお、普通にこの記念会へ出席しています。


「久しぶりだな」


「陛下、この前もお会いしています」


「15年前の部屋へ戻るのが久しぶりだと言っておる」


「あ、そっちですか」


 アン女王陛下も来ました。


 こちらは、時間の進み方がさらに分かりにくくなっています。


 エリクサーを飲んだとき、病気や身体の損傷が修復され、外見はジョージ王配と結婚したころの18歳前後まで戻りました。


 それから年月は過ぎていますが、政治経験も記憶も若返ってはいません。


 若い姿の女王が、年長の側近へ普通に指示を出します。


 その横に、もうジョージ王配はいません。


 身体を治せても、亡くなった人まで同じ席へ戻すことはできませんでした。


 どろちゃんは余計なことを言わず、女王をホテル棟へ案内しました。


 サヴォさんも来ています。


 国の形も、15年前とは変わりました。


 それでも、どろちゃんの中ではヴィットーリオ・アメデーオ2世はずっとサヴォさんです。


 フランス側には、顔を見ればすぐ分かる、いつもの人――トルシー侯もいました。


 この人も、15年前から比べると妙に若々しく見えました。


 政治の仕事を15年続けてきた人の顔ですが、外見の変化はかなり少なく、妙に若々しいままです。


「いつもの人も元気ですね」


「その呼び方は、まだ続いているのですか」


「もう直らないと思います」


「諦めることにいたします」


          ◇ ◇ ◇


 初日の夜にもホテル棟レストランで夕食を用意しましたが、参加は自由です。長い移動のあとに部屋で休んでも、ホテル棟で食べても、列車でストラスブールへ出て町で食べても構いません。


 数人の事務官は、本当にストラスブールへ遊びに行きました。


「せっかく来たのに、夜まで会議じゃないんですね」


「明日が本番だからね。今日は好きにしていいよ」


 どろちゃんも、初日の夜は早めに食事を終えました。


 明日は朝から航空機展示があります。


          ◇ ◇ ◇


 2日目の朝。


 通常のエプロンには、タドポール君、小鳥ちゃん、レーィカちゃん、ミツバチちゃん、コウノトリちゃんをはじめ、これまでエルレンフェルトで研究や連絡に使ってきた機体が並びました。朝から日中まで、来客が自由に見られる静態展示です。


 チェブラーシカちゃんとムリヤちゃんは、いつもの大きな滑走路側へ置きました。


 ムリヤちゃんを普通のエプロンへ混ぜると、それだけで周囲の動線を食います。


 大きな機体には、大きな場所を使います。


 ルイ14世陛下は、ムリヤちゃんの前でしばらく立ち止まりました。


「15年前には、これもなかったな」


「なかったです」


「鉄道も今ほど長くなかった」


「今年、イスタンブール線まで開通しました」


「スエズも動いておるのであろう」


「はい。去年から通航させています。重機で掘った区間も、開通後の補修と点検をしながら運営しています」


 アン女王陛下が笑いました。


          ◇ ◇ ◇


 航空機を見たあと、一行は会議地区へ戻ります。


 新しい国連会議棟の階段には、ニケがいます。


 ニケはサモトラケのニケ。史実ではフランスのルーブル美術館にあります。


 翼を持つ勝利の女神が、階段を上がる人たちを見下ろしています。


 15年前に条約へ署名した人たちが、その前を通りました。


 今日の昼食会には新しい大会議室を使わず、旧会議棟へ戻ります。


 エルレンフェルト条約の文面を詰め、最後に署名した場所へ戻ります。


 当時の事務官たちにも招待を出しました。


 条約文書を作ったのは元首たちだけではなく、会議記録を取り、修正文を清書し、正本をそろえ、印章と署名欄を確認し、各国へ持ち帰る文書を管理した事務官たちも同じです。正文はナーロッパ共通語1言語なので翻訳作業はなく、そのぶん1語の変更で意味がずれないよう、同じ文面を何度も確認しました。


「ここ、まだ同じ机なんですね」


 昔の書記の1人が手を置きました。


「直して使っています」


「この端に、修正文を積んでいました」


「覚えてるんだ」


「忘れませんよ。朝まで紙が減らなかったんですから」


          ◇ ◇ ◇


 昼食は全員同じで、温かいスープ、パン、肉と魚、野菜、果物を出しました。国王から事務官まで、料理の内容は共通です。


 いつもの給仕さんもいました。


 皿を置く動作も、声も、昔とほとんど変わりません。


 サヴォさんが顔を見て、少し首を傾けました。


「あなたは、昔からここにいましたね」


「はい。調印のころにも給仕をさせていただいております」


「……あまり変わらないな」


「そうでございましょうか」


 給仕さんは普通に答えて、次の皿を運びました。


 どろちゃんとフランソワさんは顔を見合わせました。肌荒れもほとんどなく、枝毛も出ず、歳の取り方が妙に遅い側に、いつもの給仕さんも入っているようです。2人はそれ以上話を広げず、そのまま昼食を続けました。


          ◇ ◇ ◇


 食事が進むと、15年間の話が自然に出ました。


「フランスは、戦争をしなくても鉄が足りなくなったぞ」


 ルイ14世陛下が言いました。


 レール、橋、送電施設、鉄道車両、工場設備へ、鉄を使う場所が増え続けています。


 製鉄はフランスとイギリスが大きな部分を引き受けています。


 フランスの工場で作ったレールや送電設備は、自国だけでなく外へも出ていきます。


「海の方はこちらが忙しいです」


 イギリス側も海上輸送で大きな利益を得ています。


 私掠船で相手の船を奪っていたころより、荷物を積んで安全に往復する方が仕事になります。


 条約のころ、神様から渡されたものが暗示した通り、海上輸送の比重はイギリスへ集まりました。


 ハインシウスは、オランダの電気機械の話をしました。


 先端の電気機器の研究と量産は、ライデン大学の家電量産研究部門を中心にオランダへ集中しています。


 同じものを各国で少しずつ作らず、研究者、工作機械、測定、材料、失敗した試作品まで同じ場所へ集めた結果です。


 イタリア側は、マルセイユのフランス側と並んで、4か国圏の地中海輸送を引き受けています。


 バルカンへ伸びる鉄道はフランスと共同です。


 港へ荷物が来ればイタリアが扱い、線路が延びればフランスの工場にも注文が来ます。


 植民地を含む相手側の購買力が上がり、運ぶ物が増えるほど、4か国それぞれの仕事も増える構造になっていました。


          ◇ ◇ ◇


「ところで」


 サヴォさんが、どろちゃんを見ました。


「国ではなく、あなた個人の会計はどうなっているのですか」


「わたし?」


「スエズは、あなた個人の事業でしょう」


「そうです」


「聞いてみたい」


 どろちゃんは少し考えてから、私的な会計担当へ連絡し、最新の集計表を旧会議棟へ持ってきてもらいました。


「まず、国からもらう歳費があります。これは20%が税金です」


「そこは普通ですね」


「独自事業は非課税です」


「急に普通ではなくなりましたね」


 何人かが笑いました。


 どろちゃんは紙をめくります。


「スエズは、去年の開通後から運河通行料が入っています。でも、運河通行だけじゃないです。船連絡列車、鉄道旅客、貨物、コンテナ積み替え、港の荷役、小舟の輸送、船舶牽引まで同じ事業会計に入っています」


 建設費をどろちゃん個人が負担した代わりに、契約では建設費を回収するまで運用純利益を9対1、その後は5対5でオスマン帝国側と分けます。


 運河そのものは通航できる船数に限りがあります。


 コンクリート水路でも、その下は砂地です。点検と補修のために区間を閉じ、水を抜けるよう閘門を入れています。


 通航枠を無理に増やすより、安価な積み替えと鉄道輸送へ貨物を逃がした方が、地峡全体では多く運べます。


 海上コンテナを使っているため、積み替えは箱単位で進み、鉄道貨車へそのまま移せます。


「それで、この欄が鉄道と積み替えです」


 どろちゃんが指を置きました。


 サヴォさんは紙を覗き込み、次の欄へ目を移しました。


 サヴォさんは、持ち株の欄を見てから頷きました。


「VOGは、8/32でしたね」


「はい。4か国合同の東インド会社の4分の1です」


「それは前から知っています。海の商売が増えれば、配当にも回ってくるでしょう」


「会社の利益を全部もらうわけではないですけど、配当はわたしの収入です」


 どろちゃんは、その下の欄を指しました。


「オーストリア国鉄の持ち株会社もあります」


「そちらは、どのくらいですか」


「100%です」


 サヴォさんは顔を上げてから、もう一度、紙の同じ場所を見ました。


「全部ですか。国鉄という名前ですから、そこまで個人の持ち分だとは思っていませんでした」


「持ち株会社の株は、全部わたしのです。鉄道の会計と、わたし個人の会計は分けています」


「ええ、それは分かります。ただ、スエズの収支を聞くつもりでしたのでね。VOGまでは知っていましたが、オーストリアの鉄道まで出てくるとは」


「まだありますよ」


 どろちゃんが次の紙を出しました。


「高級な養殖真珠を作って売る会社があります」


「真珠までですか」


「人工ルビーと人工サファイヤ、それからダイヤモンドに似た炭化ケイ素の結晶を作って、アクセサリーにして売る会社もあります」


「宝石商まで」


「宝石だけじゃないです。ジャム入り紅茶とピロシキの店も、何か所もあります」


 サヴォさんは、そこで一度、紙から顔を上げました。


「運河、東インド会社、国鉄、真珠、人工宝石、それに飲食店ですか」


「はい」


「並べると、ずいぶん脈絡がありませんね」


「儲かるものを作っていたら増えました」


 どろちゃんは、さらに次の紙を出しました。


「特許もありますよ」


 サヴォさんは受け取る前に、残っている紙の厚さを見ました。


「まだあるのですか」


「いろいろな産業で使う、重要な特許をわたしが持っています。特許の使用料は、こちらにまとめてあります」


 工場が増えて生産が伸びるとき、どろちゃん自身がその工場を経営しているとは限りません。そこで使われる技術の特許を持っているために、収入につながるものもあります。


 サヴォさんは、運河の収支、VOGの配当、オーストリア国鉄の持ち株会社、真珠、人工宝石、飲食店、特許の使用料を、順に見直しました。


「……これは、国庫の会計ではないのですね」


「わたしのです」


「エルレンフェルト政府の収入でも」


「ないです」


 今度は、サヴォさんがしばらく黙りました。


 ルイ14世陛下は笑っています。


「こちらも十分に儲かっておる。レールを敷けば敷くほど、また注文が来るのでな」


「陛下のところと比べる話ではないと思います」


「余もそう思う。だから面白い」


 ルイ14世陛下は、どろちゃんの会計表をもう一度見ました。


「全部合わせれば、フランスの一年の歳入と同じくらいだな」


 どろちゃんは、残りの紙も最後まで読みました。


 15年前、この部屋で戦費を別の用途へ回そうと決めました。


 今は、その金で作った設備が次の利益を生み、その利益がまた研究費と設備投資へ戻っています。


 旧会議棟の昼食は、予定していた時間を少し過ぎました。


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