177貴族令嬢は、未来の地方総督を契約書で止めます。 エジプト スーダン総督が酷い人なのでその対策。
第177章 貴族令嬢は、未来の地方総督を契約書で止めます
地中海側の新港は、港より先に町の骨格が見え始めていました。
駅を出ると、道路がまっすぐ延びています。
港、倉庫、住宅予定地へ向かう道路が、それぞれ先に引かれています。
砂の上へ先に道路と水と鉄道を通し、その間へ順番に建物を置いています。
神様から転移してきた大量の石材は、用途ごとに積み分けられていました。
大きな護岸用の石、建物へ使う整形石、鉄道や道路の基礎へ使う石が用途別に積まれています。
型枠用の板も山になっています。
港に着いた船から運ぶ石材とは別に、新港建設用として神様側から直接届いた資材が大量にあります。
どろちゃんは石材置場の間を歩きました。
「これだけあれば、最初の港はかなり早くできるね」
「すでに倉庫の基礎も始まっております」
フランソワさんが、少し離れた工区を見ました。
そこではコンクリート型枠が組まれています。
砂地は先に締め固め、必要な場所にはセメントを混ぜて固化しています。建物を載せるところだけでなく、鉄道の基礎、荷役場、重い機械を置く場所も同じです。
2870mm軌間の本線はもう動いています。
だから港が完全に出来上がるまで待たずに、工事資材を奥へ運べます。
列車で人も来ます。
作業員が泊まるようになると、食堂、店、役所も続いて増えていきます。
工事のために集まった人が、そのまま住民になり始めていました。
後世の地図なら、ここにはポートサイドという名前が大きく書かれます。
1709年の地図には、「地中海側の新港」とだけ書かれています。
どろちゃんも、その未来の名前を口にはしませんでした。
◇ ◇ ◇
新港側のターミナルも、スエズ側と同じように水が駅の中まで入り込んでいます。
船だまりの横が、そのまま荷役ホームです。
門型クレーンが走り、船体を吊り上げ、2870mm軌間の無蓋貨車へ載せます。
どろちゃんが見ている前でも、紅海側から鉄道で運ばれてきたスループを海へ戻す作業が始まりました。
貨車上の船体から固定具を外します。
門型クレーンが荷重を取り、船をゆっくり持ち上げます。
そのまま水面側へ移り、船体が海へ下ります。
ここから先は、船外へ移して別の貨車で運んだバラストを戻し、喫水と左右の傾きを確認してから、取り外して運んできた帆柱を立て、索具を組み直せば航海へ戻れます。
「本当に船が列車から海へ行くね」
「反対側では、海から列車へ載せておりました」
「同じ船で続けられるのが大きいよ」
積荷だけなら、有蓋貨車へ積み替えれば済みます。
それでも、船体そのものを反対側で使いたい人はいます。
小型のスループで喜望峰を回れば、真水と食料だけで大きな負担になります。長い航海で病人が出れば、少人数の乗組員では操船そのものが苦しくなります。
帆柱を外して索具をまとめ、バラストも船外へ移して船体を軽くし、8時間鉄道へ載せる。
その手間で何週間、何か月もの航海を避けられるなら、船ごと運びたい人が出るのは自然でした。
運河が全通する前から鉄道が収益を上げる理由の1つです。
◇ ◇ ◇
その日の夜は、新港の宿泊施設へ泊まりました。
宿泊施設は、工事関係者、商人、船から列車へ乗り継ぐ旅客が使う実用的な宿です。
部屋から外を見ると、夜になっても駅と港の灯りが見えました。
北アフリカでは、人が去った町から灯りが消えています。
こちらでは、砂しかなかった場所へ灯りが増えています。
翌朝、どろちゃんは駅へ行きました。
サモワールがもう湯気を上げています。
「ピロシキある?」
「ございます」
駅の売店の人がすぐ答えました。
「ジャム入り紅茶も?」
「もちろんです」
「じゃあ両方」
フランソワさんも同じものを頼みました。
温かいピロシキと、赤いジャムを入れた紅茶。
どろちゃんは値札を見ました。
「ここは真ん中くらいだね」
「何と比べていらっしゃるのですか」
「ピロシキとジャム入り紅茶」
この世界では、交通拠点、大学、港町、ホテル、売店に同じ組み合わせがかなり広がっています。
小麦粉、油脂、肉や野菜、茶葉、砂糖や果実、燃料、運賃、店員の賃金まで、1組の値段の中へ入っています。
同じピロシキとジャム入り紅茶でも、その土地の値段がいくつも重なります。
前世で言えば、ビッグマック指数を見るようなものです。
どろちゃんは、行った先で値段を覚えるようになっていました。
「1番高いのは、ガラタ」
「ガラタのお店は、アクセサリーのお店の中にありますから」
「食器まで高いしね」
イスタンブールのガラタ店は、普通の駅売店とは違います。
アクセサリーショップの中でピロシキと紅茶を出し、器も上等です。場所と店の格まで値段へ乗るので、同じ組み合わせでも1番高くなりました。
「1番安いのはラサ大学」
「学生向けですね」
「それもあるけど、紅茶を値引きしてる」
ラサは標高が高く、気圧が低い場所です。
水は平地より低い温度で沸きます。
普通の茶葉を平地と同じつもりで淹れると、抽出条件が変わります。サモワールで湯を沸かしても、平地の沸騰水と同じ温度にはなりません。
大学店では、その点を客にも説明し、紅茶の値段を少し下げています。
もともとの学生価格に、その値引きが重なっています。
「でも、学生がアッサムで研究してるよ」
「低い温度でもおいしく出るお茶ですね」
「うん。品種と製茶の両方」
ラサ大学の学生たちは、アッサムの農園で、低い湯温でも香りと味が出やすい系統を調べています。
摘む時期、葉の位置、系統、発酵、揉み方、乾燥条件を分けて記録します。
同じ湯温で淹れて比較し、ラサで飲んだときにどこまで差が出るか見ます。
研究がうまくいけば紅茶の品質は上がります。
ただし学生価格は残ります。
「ラサが1番安いの、たぶんそのままだね」
「学生の皆様には、その方がありがたいでしょう」
新港の売店は、その両極端の間でした。
値段はガラタより低く、ラサ大学より高いところに収まっています。
工事都市としては、普通の値段です。
町が育てば、この値段も変わっていきます。
◇ ◇ ◇
朝食のあと、どろちゃんは港の行政事務所へ入りました。
机の上には、スエズ事業の契約書の写しがあります。
原本は厳重に保管されていますが、現地の行政官と工事責任者が使うため、条項ごとの公的な写しが置かれていました。
どろちゃんは、自分が作った契約書なのに、また最初から読みました。
「またお読みになるのですか」
「読む」
フランソワさんはもう驚きません。
運河、2870mm鉄道、地中海側の新港、沿線用地、ナイル川からの導水路、取水と水の使用権まで、1つの事業として扱われています。
ナイルからの取水と導水は事業権として契約に固定し、地方行政の判断だけで止められない形にしています。
導水路と配管を維持し、工事と港、鉄道、沿線施設へ水を供給する権利まで契約の附属条項へ入っています。
工事用水は、砂地へ開水路を1本掘って済ませず、配管を主体にしています。
史実では、ナイル側からスエズ地峡へ水を引く水路が何度も作られ、砂に埋まり、さらう仕事が続きました。
この世界では、工事用水の段階から配管を主にしています。
水源は西に巨大なナイル川があります。
困るのは水の量より運び方です。
高低差で自然に流せるところは流し、必要な場所では圧力管を使う。途中に開放槽を置き、分岐させます。
それでセメント工場が動き、宿舎へ水が入り、将来の町にも水が残ります。
どろちゃんは水の条項に指を置きました。
ここを曖昧にしたくなかった理由があります。
運河そのものより、もっと先の未来です。
◇ ◇ ◇
前世のどろちゃんは、إسماعيل باشا――イスマーイール・パシャという名前を知っていました。
19世紀、オスマン帝国領だった現在のエジプト地域を治めた人です。
1863年にその地域の総督となり、1867年にはオスマン帝国のスルタンからヘディーヴの称号を認められました。オスマン帝国の君主はスルタンで、イスマーイールはその下でエジプト地域を治める地方総督です。
彼の時代、その地域では鉄道、港、都市整備、教育、軍備など、近代化のための大きな事業が進みました。
そこだけ切り取れば、仕事をした統治者に見えます。
どろちゃんが嫌っているのは、その先でした。
宮殿、都市の大改造、豪華な祝典、歌劇場まで、威信を示す事業は次々に膨らみました。
カイロには、ほぼ木造なのに金色の装飾を施した豪華な歌劇場まで造り、そこで古代エジプトの王宮、軍隊、祭司、凱旋を巨大な舞台で見せるヴェルディの『アイーダ』を新作として上演させます。
どろちゃんが問題にしているのは、自分の夢と国の財布を分けられない統治者が、国の資産を使って威信事業を際限なく膨らませることでした。
借金が増えるとさらに借り、国の収入まで債務へ結びつけていきます。
1875年には、エジプト地方政府が持っていたスエズ運河会社の株176,602株を、英国政府へ4,000,000ポンドで売るところまで行きました。
翌年以降、外国人が債務管理へ入り、鉄道やアレクサンドリア港の収入まで債務の支払いへ結びつけられます。
国の重要な収入源と資産が、借金の後始末へ食われていきました。
どろちゃんの評価では、イスマーイール・パシャは国の資産を食いつぶす典型的な悪役です。
しかも、独立国の皇帝でも王でもスルタンでもなく、オスマン帝国の宗主権下でエジプトを世襲的に治める家の地方統治者です。
そんな人へ、国家級の運河、鉄道、港、水、収入、外国との契約権をまとめて持たせればどうなるか。
前世の歴史が答えを出しています。
だから1709年の契約書は、異常なくらい細かくしました。
いい人が総督になることには期待しません。
信頼より契約書です。
◇ ◇ ◇
どろちゃんは、事業免許の条項へ移りました。
運河を建設し、運営する排他的事業免許は、ドロテーア・フォン・エルレンフェルト個人にあります。
事業免許は売却、譲渡、再許諾、担保設定をすべて禁止しています。
第三者が「買った」と主張しても、権利は生じません。
そしてスエズ、シナイ、運河予定地、両岸鉄道用地、地中海側新港は、オスマン帝国中央政府の直轄管区です。
地方総督が変わっても、この地位は変わりません。
地方側へ任せられる仕事はあります。
町の日常行政、住民登録、市場、衛生、消防、一般道路、普通の商業許可は、現地を知る行政官が扱えます。
人が暮らす場所では、現地を知る行政官が必要です。
しかし、運河そのものを左右できる権限は別です。
運河の権利、2870mm鉄道、地中海側新港、ナイルからの取水権と導水設備、運河・鉄道・港湾の収入、事業権の担保化や外国への譲渡は、地方総督が自由に動かせる範囲から外してあります。
そこへ地方総督が手を入れて、自分の宮殿や歌劇場の借金へ回す道は、最初から閉じます。
歌劇場を造りたければ、地方財政の範囲で造ればいい。
スエズを担保にしてはいけません。
どろちゃんは条文を1枚ずつめくりました。
「お嬢様、何か抜けておりましたか」
フランソワさんが聞きました。
「今のところない」
「それでしたら、安心できますね」
「安心するために読むの」
「なるほど」
どろちゃんはまた水の附属条項へ戻りました。
地方行政が取水を止める抜け道がないか。
港の料金だけ別会計にして流用する抜け道がないか。
鉄道を「運河ではないから」と切り離して担保にする抜け道がないか。
新港の土地だけ第三者へ渡す抜け道がないか。
契約書には、握手の記録に加えて、100年以上あとにどんな人が権力を持っても壊れにくい制度を残す役目があります。
◇ ◇ ◇
昼前、帰りの列車へ乗りました。
今度も旅客車は2両です。
後ろには、新港から内陸へ送る資材を積んだ有蓋貨車と、工事用の部材を載せた無蓋貨車が続き、今日は小型船を載せた貨車も1両あります。
どろちゃんとフランソワさんは、帰りもセカンドクラスへ入りました。
座席ピッチが広いので、8時間乗っても足が窮屈になりません。
中央通路がないため、人が移動するときは外廊下へ出ます。
列車が新港を離れると、町は少しずつ小さくなりました。
ただの砂地だった場所に、道路と建物と鉄道が残っています。
さらに進むと、昨日見た工事支線が現れます。
すでに移動式セメント工場を前へ送った支線の1つで、朝市のようなものが開かれていました。
作業員だけでなく、その家族らしい人もいます。
小さな店があります。
「もう残る気だね」
「駅名を考える日も近いかもしれません」
「まだ勝手につけないでね」
「もちろんです」
鉄道の支線、淡水の分岐、電気、道路がすでにあります。
工事が終わったあとも、それを使う人がいれば町になります。
史実のスエズ沿線とは違う形で、都市が点々と育つ可能性がありました。
◇ ◇ ◇
午後、バーラウンジへ行くと、やはりサモワールがあります。
どろちゃんはまたジャム入り紅茶を頼みました。
今度はピロシキを1個だけにします。
同じテーブルには、ファーストクラスから来た商人と、セカンドクラスの船員が別々に座っていました。
どちらも同じメニューを見ています。
船員の方は、少し考えてから紅茶だけを頼みました。
商人の方は料理を見て、もう少し何かないか聞いています。
どろちゃんはフランソワさんを見ました。
「やっぱり両方に合ってない」
「セカンドクラスのお客様には少し高く、ファーストクラスのお客様には少し簡素ですね」
「食堂車つなぐほど人が増えたら解決するよ」
それまでは、この中途半端なバーラウンジで頑張ってもらいます。
ただし、サモワールだけは困りません。
湯はいつでもあります。
ピロシキもあります。
どろちゃんは窓の外を見ました。
遠くに、逆台形の運河予定地が続いています。
さらに遠くには砂漠があります。
同じ時期、北アフリカでは町が砂へ戻っています。
こちらでは、砂を固め、石を置き、水を引き、線路を敷き、人が残り始めています。
町には、建物以外の条件も要ります。
仕事と賃金があり、水と交通があり、それを支える契約があります。
それが続けば、人は残ります。
夕方、列車はスエズ側のターミナルへ戻りました。
往路と同じように、門型クレーンが船を扱っています。
どろちゃんはホームへ降り、8時間座っていたセカンドクラスの車両を振り返りました。
「往復16時間。これなら大丈夫」
「次にお乗りになるときには、食堂車が付いているかもしれませんね」
「その前に、2本目の運河も掘らないと」
運河はまだ完成していません。
それでも鉄道は走り、船を運び、町を作り、工事費を少しずつ稼ぎ始めています。
どろちゃんの鞄には、何度も読み返した契約書の写しが入っていました。
◇ ◇ ◇
第177章の小さな説明
【イスマーイール・パシャの立場――オスマン帝国の地方総督】
19世紀のこの時代、現在のエジプトにあたる地域はオスマン帝国の一部でした。独立国としての「エジプト」はまだ成立しておらず、帝国の頂点には君主であるスルタンがいました。
広いオスマン帝国では、地方ごとに統治の形が異なりました。中央から派遣した官僚が直接治める地域もあれば、特定の家に大きな自治権を認め、その家が世襲的に地方行政を担う地域もありました。ヨーロッパ風にたとえるなら、大帝国に組み込まれた地方で、広い自治権を持つ世襲高位貴族がその地域の統治を任されているような形です。
現在のエジプトにあたる地域では、ムハンマド・アリー家が19世紀前半から強い自治権を持って統治し、1840年代にはその家による世襲統治がオスマン帝国側から認められました。イスマーイールは1830年生まれで、1863年にこの地域の総督となり、1867年にはスルタンのアブデュルアズィズから「ヘディーヴ」の称号を正式に認められます。1870年代には軍備、借款、通商条約、地方行政などについて非常に大きな裁量を持つようになりました。
オスマン帝国の君主はスルタンで、イスマーイールはその下で現在のエジプト地域を世襲的に統治する地方総督でした。実際、1879年にはスルタンの勅令によって廃位されています。
この立場が、第177章では重要です。帝国の一地域を預かる世襲的な地方支配者が、巨大な借款、鉄道、港湾、都市改造、軍備、宮殿、祝典、歌劇場まで動かせるほど大きな権限を持っていました。どろちゃんが1709年の段階で「地方総督へスエズの運河、鉄道、港、水利、収入をまとめて触らせない」と契約で縛った理由は、この未来を知っているからです。
【1869年の歌劇場】
イスマーイールは、スエズ運河開通の祝典と同じ1869年、カイロにヘディーヴ歌劇場を建てました。設計にはイタリア人建築家ピエトロ・アヴォスカーニらが関わり、ミラノのスカラ座を意識した劇場でした。工期は短く、建物はほとんど木造でしたが、内部には金色の装飾が施され、約850人を収容しました。
客席の豪華さに加えて、舞踊の練習室やリハーサル室、舞台装置と楽器の保管階、衣装や家具を収める場所まで備え、オペラを継続して上演するための設備をまとめて持っていました。1869年11月1日の開場公演は、ヴェルディの『リゴレット』です。
どろちゃんが問題にするのは、地方支配者の威信を示すための都市改造、宮殿、祝典、軍備、借款などが同じ財布の中で膨張していくとき、どこで止める制度があるのかという点です。劇場、美術、音楽の価値とは別の問題として見ています。
【『アイーダ』はカイロのための新作委嘱でした】
ヘディーヴ歌劇場の話で特に目立つのが、ジュゼッペ・ヴェルディの『アイーダ』です。イスマーイールは、カイロの新しい歌劇場のために、大規模な新作をヴェルディへ依頼しました。依頼内容は新作の制作そのものでした。
イスマーイールはスエズ運河開通のころからヴェルディへ作品を求めていましたが、最初の依頼はまとまりませんでした。その後、エジプトで発掘と考古学研究を進めていたオギュスト・マリエットが古代エジプトを舞台にした物語を用意し、カミーユ・デュ・ロクルを通じてヴェルディへ渡ります。ヴェルディが最終的に受けた作曲料は150,000フランで、メトロポリタン歌劇場の資料では『ドン・カルロ』の報酬の4倍とされています。
物語の中心には、エジプト軍の将軍ラダメス、ファラオの娘アムネリス、エジプトに囚われたエチオピア王女アイーダがいます。個人の恋愛と忠誠が中心にある悲劇ですが、その周囲にはエジプトとエチオピアの戦争、王宮、軍隊、祭司団、捕虜、国家儀礼が広がります。第2幕の凱旋場面では、勝利した軍隊と捕虜を伴う巨大な行列が舞台を埋めます。
ラダメスは物語上のエジプト軍人です。どろちゃんが異様だと感じるのは、自分が統治する土地の古代王権、軍事的勝利、神殿、祭司、凱旋を、世界的な作曲家による新作グランド・オペラとして自分の新しい歌劇場へ載せる企画の規模でした。統治者の威信と国家の自己演出が近づきすぎています。
【セットと衣装まで大仕事でした】
『アイーダ』の規模は曲と台本にとどまりません。マリエットは物語を用意したうえ、初演の舞台装置と衣装も監修しました。考古学者が当時知られていた古代エジプトの意匠を舞台へ持ち込み、大規模なセットと衣装をパリで製作させています。
本来予定されていた初演は、普仏戦争とパリ包囲の影響で、このセットと衣装をカイロへ送れなくなったため延期されました。舞台装置と衣装が届くのを待ち、世界初演は1871年12月24日、ヘディーヴ歌劇場で行われました。
ここは、第177章のどろちゃんが特に嫌うところです。作品の芸術的価値より、地方支配者が世界的作曲家へ高額な新作を発注し、豪華な劇場を用意し、さらに大規模な古代エジプトの舞台装置と衣装まで揃えて国家の威容を見せるという事業の組み合わせを見ています。
なお、エジプトの財政破綻を『アイーダ』1本の費用で説明するのは不正確です。イスマーイール期には鉄道、灌漑、港湾、教育、都市整備など後世へ残る事業も数多く行われ、スエズ運河をめぐる負担、軍事支出、宮殿や祝典、急速な都市改造、条件の悪い対外借款など、多数の要因が重なりました。どろちゃんにとって『アイーダ』と歌劇場は、「威信と国家財政の境界が危うくなる統治」を目で見える形にした象徴です。
【1875年、スエズ運河会社の株を売ります】
財政が行き詰まったイスマーイール政権は、1875年11月、エジプト地方政府が持っていたスエズ運河会社の176,602株をイギリス政府へ売却しました。売却額は4,000,000ポンドです。運河会社の当初株式400,000株のうち、約44%に当たる大きな持分でした。
この取引にはさらに妙な条件があります。エジプト側の株は、1894年までの配当を受け取る権利が以前の取り決めで切り離されていました。そのため、イギリス政府は株を取得しても1894年までは通常の配当を受け取れず、その間、エジプト地方政府が購入代金4,000,000ポンドに対する年5%の利息をイギリスへ支払う契約になっています。1875年当時の米国外交文書にも、この176,602株と4,000,000ポンド、1894年までの5%支払いが記録されています。
この売買で動いたのは運河会社の株式で、運河やエジプトの主権移転を伴いませんでした。それでも、イギリス政府が運河会社の巨大な持分を直接保有し、スエズ運河へ大きな経済的利害を持つ転換点になりました。
【借金の管理へ外国政府が入ってきます】
株の売却だけで財政問題は終わりません。1876年には公債の支払いを管理する公債委員会が設けられ、外国人委員が、債務返済へ充てる国家収入を直接扱う仕組みが作られました。同年末にはイギリス人とフランス人の財政監督が置かれ、鉄道やアレクサンドリア港などの収入にも国際的な管理が及びます。
1878年にはさらに踏み込み、イギリス人のチャールズ・リヴァーズ・ウィルソンが財務大臣、フランス人のエルネスト=ガブリエル・ド・ブリニエールが公共事業大臣としてエジプト地方政府へ入るところまで進みました。地方支配者が外国から借金を重ねた結果、外国政府と債権者側が、鉄道、港湾、税収、地方財政の管理へ直接入るようになりました。
イスマーイールはこの状態を嫌い、外国人閣僚を外そうとします。ところが1879年6月、イギリスとフランスからの圧力を受けたオスマン帝国のスルタンが、イスマーイールをヘディーヴの地位から外し、息子のタウフィークへ交代させました。ここでも、イスマーイールが独立国の王ではなかったことがはっきり出ています。最後に彼を解任できた法的な上位者は、オスマン帝国のスルタンでした。
【そして1882年、帝国の一部が事実上イギリス支配へ移ります】
イスマーイールの退位だけで混乱は収まらず、外国による財政介入や軍内部の不満、政治運動が重なり、アフマド・ウラービーらによる運動へつながります。1882年、イギリス軍はエジプトへ軍事介入し、エジプトを占領しました。
この時点でも、国際法上の形は奇妙でした。現在のエジプト地域は名目上、なおオスマン帝国の一部で、ムハンマド・アリー家のヘディーヴも残っています。しかし実際の政治ではイギリス軍が駐留し、イギリスの強い監督下で統治が行われる「事実上の保護国」に近い状態になります。ケンブリッジ版『エジプト史』も、1882年の占領後もエジプトはオスマン帝国の一州として残りながら、進路はイギリス軍を背景にした少数のヨーロッパ人へ握られたと説明しています。
この曖昧な状態は1914年まで続きます。第一次世界大戦でオスマン帝国がイギリスと敵対すると、イギリスはエジプトを正式な保護国とし、そこでオスマン帝国との法的関係も切れました。
1709年のどろちゃんから見れば、これは非常に嫌な未来です。オスマン帝国の一地方を任されている家の統治者が、国家級の資産と収入を動かし、外国から借金を重ね、その処理へ外国の財政管理が入り、最後には帝国の一部そのものが別の大国の軍事占領下へ移っていきます。
だから本文の契約では、スエズ、シナイ、運河予定地、2870mm鉄道用地、地中海側新港をオスマン帝国中央政府の直轄管区へ移し、運河事業の免許を地方総督の自由に売買、譲渡、再許諾、担保設定できない形にしています。ナイル川からの取水権と導水設備まで同じ契約へ入れたのも、後世の地方統治者が水を止めたり、別の借金の担保へ回したりする余地を減らすためです。
どろちゃんの「信頼より契約書」は、未来の1人への嫌悪より広い意味を持っています。地方行政官が善人か悪人かにかかわらず、将来の権力者が国家級インフラを私物化しにくくし、外国債権者へ切り売りしにくくする制度を1709年のうちに作っておく、という意味です。
【この小さな説明で参照した史実】
・1867年、オスマン帝国のスルタンがイスマーイールへヘディーヴの称号を認めたこと。
・1879年、オスマン帝国のスルタンがイスマーイールを廃位し、タウフィークへ交代させたこと。
・1869年、ヘディーヴ歌劇場が『リゴレット』で開場したこと。
・『アイーダ』が150,000フランでヴェルディへ委嘱され、マリエットが舞台装置と衣装を監修し、普仏戦争でパリから搬出できず初演が遅れ、1871年12月24日にカイロで初演されたこと。
・1875年、エジプト地方政府のスエズ運河会社株176,602株をイギリス政府が4,000,000ポンドで購入したこと。
・1876年以後、エジプト財政へ外国人による公債管理と英仏の監督が入り、鉄道やアレクサンドリア港の収入も債務管理と結び付いたこと。
・1882年、イギリス軍がエジプトを占領し、名目上はオスマン帝国領のまま事実上イギリスの支配下へ入ったこと。
・1914年、イギリスがエジプトを正式な保護国としてオスマン帝国との法的関係を切ったこと。
歌劇場と『アイーダ』についてはメトロポリタン歌劇場の教育資料、スエズ運河会社株の売却については1875~1876年の米国外交文書と英国のSuez Canal (Shares) Act 1876、イスマーイールの廃位については1879年の米国外交文書、1882年以後の政治的位置についてはThe Cambridge History of Egyptなどを参照しています。




