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ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌 飛行機から始まった貴族令嬢の社会改変  作者: アントノフ


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184/210

175貴族令嬢は、砂漠へ戻る町を見ます。  300年間も猛威をふるった北アフリカの海賊が消えました。史実では100万人位のヨーロッパ人がアフリカに連れ去られて奴隷にされています。特別編に記載しました。


第175章 貴族令嬢は、砂漠へ戻る町を見ます


 スエズ地峡を掘る契約を結んでから、しばらくたちました。その間にも各大学の分校は少しずつ自分たちで仕事を回せるようになり、本校から教授や技術者を送り込むだけだった最初の時期とは様子が変わっています。教科書、標本、測定器、実験器具、交換部品、紙、図面、薬品といった大量の物資も、いまはムリヤちゃんでまとめて運べます。重量物は貨物室へ固定し、壊れやすい物は箱を分け、教員の交代要員まで同じ便へ乗せられるため、分校を動かすための物流はずいぶん楽になりました。


 それでも、どろちゃんだけは時々つかまります。


「先生、こちらの訳をお願いしたいのですが」


「昨日も訳したよ」


「昨日は別の大学でございます」


「そういう問題?」


 普通の会話なら神様の言語の力で通じても、植物の部位、鉱物名、薬品名、法律上の語、測定条件は専門用語として正確にそろえます。大学側はどろちゃんの予定が空いている日を見つけると移動予定を入れ、ムリヤちゃんで別の大学へ運んで、そのまま机へ座らせます。日によっては夕方にもう1校へ回されることもありました。


「わたし、荷物みたいになってない?」


『ちゃんと座席に座ってるよ』


「そこじゃないよ」


 ムリヤちゃんは楽しそうでした。ただし仕事量は勤務時間の中へ収まり、移動時間も休憩も予定表へ入っています。各大学にも神様との労働契約が働いているので、翻訳が終われば普通に帰れます。大学の日常運営はそれぞれの大学へ任せ、分校が自分で教え、現地の学生が育って次の研究を始めるようになった分だけ、どろちゃんも別の仕事へ時間を使えるようになっていました。


 その日の机には、北アフリカ沿岸の位置確認用地図が1枚、その上に都市ごとに束ねた航空写真が何組も並んでいました。写真の端には撮影日、都市名、飛行記録番号が記され、アルジェ、チュニス、トリポリ、サレの各都市について、定期偵察飛行で同じ区域を繰り返し撮った写真を時系列で比べられるようにしてあります。


 机上の地図は都市と港の位置を確認するために使い、建物単位の変化は航空写真で追います。どろちゃん側では北アフリカ沿岸の定期偵察飛行を続け、比較しやすいよう可能な範囲で同じ方向、同じ高度、近い画角から市街地と港を撮り、現地から届く報告と照らし合わせていました。


          ◇ ◇ ◇


 最初の時期の写真では、4都市とも港に船が並んでいました。それが次の撮影では明らかに減り、その次の偵察周期ではアルジェ、チュニス、トリポリ、サレの港から船がすべて消え、市場の屋根や荷さばき場もなくなっていました。


「アルジェだけじゃないね」


 どろちゃんは4都市の写真を横一列に並べました。撮影日は数日ずれていますが、同じ偵察周期の写真で、チュニスもトリポリもサレも同じ時期に同じ方向へ変わっています。


 次の組では、王宮や政庁と照合できる大きな建物、有力者の邸宅と見られる広い中庭付きの屋敷、商館、大倉庫がまとめて減りました。その次には石畳の街路が途中で切れ、広場の噴水が消え、町へ水を引いていた石造の水路まで部分的に抜けています。さらに後の写真になると、一般住宅が並んでいた区画まで空地が広がり、家々の壁で作られていた街路の輪郭そのものが読みにくくなっていました。


 1都市だけなら火災、争い、移住、取り壊しといった個別の事情を考えられます。しかし数日の撮影差しかないアルジェ、チュニス、トリポリ、サレで、港の船、市場、権力者の大きな建物、街路や噴水、石造水路、一般住宅という似た順序の消失が並行して進んでいます。軍隊が1都市ずつ攻めているのでも、都市ごとに別々の政策を始めたのでもなく、広い範囲で同じことが同時に起こっているからこそ、各国はこれを神様現象として扱うようになっていました。


「町ごと消えていってる……」


「港の船がなくなっただけなら、商売が止まったのだと思えますけれど、道路や水路まで消えておりますね」


 フランソワさんも写真を見比べながら言いました。


「石にも値段があるからね」


 20か国が神様と交わした労働に関する契約が動き始めてから、人をさらい、売り、賃金を払わず働かせ、その利益を受け取っていた側には未払い賃金の精算が続いています。現金だけで足りなければ金銀、宝石、商品、船、倉庫、屋敷、役所や宮殿の資産が回収され、それでも不足すれば建物を構成する切石、煉瓦、鉄の金具、価値のある木材、扉や窓の金物、港湾設備まで資産として扱われます。


 精算対象を判定するのは神様現象です。その結果を定期偵察写真で追うと、人身売買と無給労働の経済を支えていた都市の構造物が、同じ時期に物理的に抜けていく様子まで見えてしまうのでした。


「普通の交易へ替えられないのでございますか」


 フランソワさんはサレの港を写した古い写真と新しい写真を見比べながら尋ねました。


「この大きさの町を食べさせるだけの物を外へ売れればね。前は、人を売ったお金、身代金、ただ働きさせた分、奪った品物を売ったお金が町へ入って、その金で食べ物や木材や布や道具を買ってた。でも、それを全部止めた次の日から、同じ金額の別の商品が生まれるわけじゃないよ」


「港そのものは残っております」


「通り道として便利な港なら船は来るよ。でも、全部の港が大きな中継港になれる場所じゃないし、今の船と陸上交通で、わざわざ寄って積み替える理由が少ない場所もある。海と港があるだけで、この規模の都市をそのまま養うのは難しいね」


 前世の言葉を使えば、都市経済の大きな部分が収奪に依存していました。収奪を止めたあとに同じ規模を支える産業が育つには、売れる商品、買い手、交通条件、投資と時間が要ります。今回は経済が縮むだけでなく、未払い賃金の精算によって都市を形づくっていた財産まで失われていくため、普通の不況や衰退よりはるかに速く町そのものが小さくなっていました。


 現地から届く報告には住民の移動も記されています。親族のいる町や別の港へ移った人、カイロ方面やイスタンブールへ向かった人もおり、仕事がなくなって食料を買う金を失った人ほど生活できる土地へ移っていました。その一方で、衣類だけを残して突然消えた人、家族にも役所にも移動先を知らせないまま所在が分からなくなった人もいます。


 最近は、その一部の行き先を推測できる証言も外の世界へ出始めています。神様現象によって帰ってきた人の中には、長期間、南方の雪と氷に閉ざされた土地で暮らしていた人たちがいて、夜の星、季節によって大きく変わる太陽の出方、海の周囲に続く雪と氷、厳しい寒さを自分の経験として話し始めました。その証言から、各国の役人や学者も、突然消えた人の一部が同じ南方の極寒地へ送られた可能性を考えるようになっていますが、地図上の位置までは分かりません。そこから船や徒歩で自力で帰ってきた人も、まだ1人もいません。


 どろちゃんだけは、その場所が将来スコット基地の置かれる南緯77度51分、東経166度45分付近であり、南極だということまで知っていますが、その知識は胸にしまっています。


 一方、アナスタシアさんは、まったく別の経路をたどった帰還者です。レスボス島からさらわれ、北アフリカの都市で人間を売るオークションにかけられ、アラブ人商人に買われたあと、時計回りに中央アフリカへ運ばれてさらに転売され、西アフリカから神様現象でトプカプ宮殿へ戻されました。役所は「帰還者」という1つの言葉でまとめず、南方の極寒地から戻った人、アナスタシアさんのようにアフリカ各地の人身売買経路を通った人を1人ずつ聞き取っています。


          ◇ ◇ ◇


 どろちゃんは、アルジェの同じ区画を写した写真を古い順に並べ直しました。最初の写真には港の船、市場、石造建物、広場、噴水があり、少し内陸側には水を運ぶ石造水路も見えます。数回後の写真では港が空き、市場が消え、さらに後では大きな建物と石畳が抜け、最後の写真では一般住宅の並びまで途切れていました。


 古代都市の廃墟なら、人がいなくなっても列柱、神殿の基壇、城壁、石畳、崩れたアーチが残り、後世の人が都市の輪郭を読めることがあります。ところが今回の北アフリカでは、遺跡になるはずの石そのものが精算資産として回収されていました。切石、煉瓦、鉄材、使える木材まで抜かれたあとに残るのは、価値の低い破片、基礎の跡、道路だった場所のわずかな凹凸くらいです。


 住民が減れば道路の砂をどける人も、井戸や排水を維持する人も減ります。石造水路まで消えた場所では、オアシスや水源から町へ水を運んでいた仕組みも途切れます。風が運んだ砂が空いた区画へ入り、定期偵察の写真を重ねるたび、建物の色より砂の色が広くなっていました。


「これ、遺跡にもなりにくいね」


「昔の地図や写真を知らずに訪れた方には、ここに大きな町があったことも分かりにくくなりそうでございます」


「うん。柱も城壁も残らない。石までないから」


 人を奪う仕組みで大きくなった都市から、人も金も建材も同じ時期に抜けていきました。アルジェだけでも、チュニスだけでもなく、トリポリでもサレでも同じ変化が写っています。北アフリカ沿岸の複数都市が、同時に砂へ戻り始めていました。


 その航空写真の束の横には、まったく性格の違う紙が広げてあります。スエズ地峡の最新工事図です。こちらは契約締結後に事業側の測量班が実測し、路線測量、水準測量、低地の断面測量を重ね、工事の進捗に合わせて更新している図面でした。そこには完成済みの2870mm軌間鉄道、工事支線、導水管、貯水設備、移動式セメント工場の位置まで書き込まれています。


 北アフリカでは写真を更新するたびに都市の線が減り、スエズでは工事図を更新するたびに新しい線が増えていました。


          ◇ ◇ ◇


 地中海側の新港予定地と鉄道工区には大量の石材が現れていました。最初に報告を読んだとき、どろちゃんは神様から新しく贈られた建設資材だと思いましたが、施工記録と照合すると、北アフリカで未払い賃金の精算のために回収された石材の一部がそのままスエズへ転移していたことが分かりました。


 石材はさらに、どろちゃん側が提出していた2870mm軌間鉄道のレール敷設図に合わせて必要寸法へ加工され、施工図の指定位置へ順番どおりに並べられていました。縦断方向の高さは設計勾配どおり、左右方向の水平はぴたりと出ており、その上へスラブ軌道を敷いてレールを固定できる状態です。


「石を並べるところまで終わってるの?」


 どろちゃんが施工図と現場記録を重ねると、フランソワさんも横から覗き込みました。


「石材を切り出した場所から運んだ記録も、現場で加工した記録もございません」


「神様が転移させたんだね。資材置場へ持ってくるのも、図面どおりの場所へ置くのも、神様から見れば同じなのか」


 港の護岸や建物に使う石は用途別にまとめて置かれ、鉄道基礎用だけは最初から路盤上へ完成形で並んでいました。コンクリート工事に使う型枠用の板も神様側から届いています。人間側は基礎石の上へスラブを施工し、レール、架線、給電設備を仕上げれば先へ進めます。


「すごく助かるけど、これ、もらっていいのかな」


          ◇ ◇ ◇


 同じ日のうちに机へ置かれていた見覚えのない1枚の紙には、どろちゃんにも読める文字で「請求書」と書かれていました。フランソワさんが内容を確認すると、名目は石材費です。数量と用途はスエズ地峡鉄道用、港湾用、その他建設用に分けられ、金額もきちんと入っていますが、請求元の名前欄だけは普通の文字で読めません。


「お嬢様、こちらのお名前は、わたくしには読めません」


「神様の文字だね。わたしには読める」


 神様の言語の力が働くどろちゃんには、名前欄が神様側の名義だと分かりました。


「神様から請求書が来た……」


「石材費でございますね」


「ただじゃなかった」


 北アフリカから回収された石は、未払い賃金の精算資産です。金貨や銀貨ならそのまま支払いへ回せますが、船、建物、石材は現金化しなければ各国の帰還者へ金銭として支払えません。ほかの回収資産がどの世界で、どんな方法で現金化されているのかはどろちゃんにも分かりませんが、今回スエズへ来た石材については買い手が明確でした。


「あ。わたしだ」


 アフメト3世と交わした契約では、最初の建設費をどろちゃん個人が負担します。運河、護岸、両岸の2870mm軌間鉄道、架線と給電設備、両端の港、運河運営に直接必要な設備まで、事業開始時の費用はどろちゃん側から出すことになっています。


「契約書に建設費はわたしが出すって書いたから、請求先もわたしなんだ」


「筋の通った請求でございます」


「神様相手でも契約書どおりなんだね」


 どろちゃんは金額を確認し、別に作ってあった鉄道工事の見積書を横へ置きました。普通なら石材の切り出し、寸法加工、積み込み、船による輸送、荷下ろし、現場までの運搬、基礎への据え付け、設計高さへの調整まで、それぞれ人と設備と費用が要ります。今回の請求書に載っているのは石材そのものの代金だけで、加工費、運搬費、据付工賃、施工費は入っていません。


「石材まわりは、当初見積もりの3割くらいで済むね」


「残りを運河本体へ回せますね」


「うん。掘削、地盤固化、コンクリート施工、導水、港の工事には人が要るから、そっちへ人件費を回そう」


 神様側が加工と配置まで終えたため、その作業に予定していた工賃も節約できます。どろちゃんは支払い欄の金額を確認して署名しました。


 最後の線を書き終えた瞬間、紙の縁から金色の光が走り、「請求書」の文字が「領収書」へ変わりました。金額も石材費という名目も署名もそのままですが、支払い済みの表示が加わっています。


「ほんとに領収書になった」


 VOGの銀行へ確認すると、どろちゃん個人の口座から同額が引き落とされていました。スエズ事業の当事者はどろちゃん個人で、VOGはどろちゃんが置いていた資金を送金しただけです。その金は1つの口座へ入らず、国際連合加盟国が用意している帰還者の未払い賃金精算口座へ、国ごとに分けてきれいに移されていました。


「石を買ったお金が、そのまま帰還者の不足分へ行ったんだ」


 北アフリカで回収された建物の石がスエズ鉄道の基礎へ変わり、その代金が、かつて賃金を受け取れなかった人たちへ戻ります。神様は現物を回収したところで精算を止めず、価値を金銭へ変えるところまで仕組みをつないでいました。


          ◇ ◇ ◇


 数日後、国際連合の加盟国から連絡が入り始めました。神様現象で王宮や政府所在地へ帰還した人の中には、帰還時に持たされていた金貨や銀貨だけでは、契約に従って計算した未払い賃金の満額へ届いていない人がいました。拘束されていた期間が長いほど不足額は大きくなりますが、どろちゃんの口座から石材費として出た金が各国の精算口座へ入ったあと、その不足分にも追加の支払いが行われています。


 各国から届いた連絡は、同じ内容を伝えていました。最初に持たされた金額が足りなかった帰還者にも、計算された未払い賃金が満額支払われたのです。


「サヴォさん、これ心配してたよね」


 どろちゃんは、とくに大きな金額が書かれた報告を見ました。サヴォさんのところでは帰還者へ払う不足額がとんでもない額になり、本人も最後まで埋まるのか心配していましたが、その分にも今回の入金が回っています。


「かなりの額でございましたから」


「うん。わたしも最初に見たとき、大丈夫かなって思った」


 同じ金でも、スエズ側の帳簿では建設用石材費、帰還者側では長期間支払われなかった賃金、北アフリカ側では回収された建物や港湾設備の価値になります。3つの帳簿が、神様現象を通して1本につながっていました。


 この仕組みは鉄道の開通も早めました。基礎石は採石場からの運搬工程を丸ごと省け、図面どおりに加工されて路線上へ並び、縦断高さと左右の水平まで出ています。現場ではその上へスラブ軌道を施工し、レール、架線、給電設備を仕上げればよいため、石材工事へ使う予定だった人員と費用を運河本体へ回しながら、鉄道を先に全線開通させることができました。


          ◇ ◇ ◇


 2870mm軌間の鉄道は、すでにスエズ側から地中海側の新港まで1線がつながっています。まず使える線を営業させ、工事列車、貨物、旅客を走らせて収入を得ながら、交換設備と2線目を増やしていく計画です。運河も同じ考え方で、1709年の船が通れる初期断面の1本を先に完成させ、中央の低地を交換場所として使い、通航料と鉄道収入を得ながら2本目を造ります。2本になれば片方を使いながら、もう片方を締め切って拡幅や増深を進められます。


 重機も増えました。オーストリア製の重機は工事を始めるための最初の10台だけムリヤちゃんで急送し、鉄道と港が使えるようになったあとは船と2870mm鉄道へ切り替えています。掘削機、ブルドーザー、ローダー、ローラー、クレーンを1台ずつ航空機で運ぶより、船と鉄道でまとめて送る方が大量輸送に向いていました。


 セメントも工区へ近づけます。バルカン半島には石灰岩の採取地をいくつも設け、石灰岩を船でスエズ側へ運んでから鉄道へ載せます。運河沿いの本線からは、運河と反対側だけへ短い支線を伸ばし、その先へ移動式セメント工場を複数配置しました。運河と本線の間の空間は保守と船舶牽引に使うため、工場支線はすべて運河と反対側へ伸ばしました。


 工事が先へ進めばセメント工場も移動します。架線に当たる高さの塔、煙突、ホッパーは移動前に分解し、低い本体や分割できる設備を貨車へ載せて次の支線で組み直します。遠くの工場から生コンクリートを延々運ぶより、必要な場所の近くで作る方が扱いやすく、工事が終わったあとも支線を残せる場所は将来の貨物駅や町の設備へ転用できます。


 工場と作業員へ必要な淡水は西から来ています。ナイル川からの導水と取水・使用権はスエズ事業の契約附属条項へ入れてあり、砂で埋まりやすい長い開水路へ頼らず、基本を配管にしました。水位差を使えるところは重力で送り、地形の高まりには圧力管やサイホンを使い、途中の開放槽と貯水設備で区切ります。取水、沈砂、送水、貯水、各工区への分岐として造った設備は、そのまま将来の生活用水網になります。


 移動式セメント工場が先へ進んだあとにも、支線、給水分岐、道路、電気、通信が残る場所があります。そこへ人が住み続ければ、工事支線は駅になり、作業員宿舎の周囲には商店や住宅が増えます。北アフリカの偵察写真では都市を構成するものが同時に抜けていくのに、スエズの最新工事図では線路、水道、工場、道路、駅候補の印が更新のたびに増えていました。


 どろちゃんはアルジェ、チュニス、トリポリ、サレの航空写真を重ねて端へ寄せ、スエズ地峡の工事図を広げ直しました。


「見に行こう」


「スエズへ、でございますか」


「うん。鉄道が開通したから、今度は飛ばないで乗る」


 フランソワさんは少し笑いながら、事業主本人が自分の鉄道へ普通の旅客として乗ることを面白がりました。


「お嬢様が造られた鉄道へ、お嬢様が旅客として乗られるのですね」


「ちゃんと切符買うよ。お客さんがどんな8時間になるか、自分も同じように乗らないと分からないでしょ」


 スエズから地中海側の新港まで、ゆっくり走れば約8時間です。どろちゃんは往復とも旅客車両で行くことにしました。


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