第173章 貴族令嬢は、国連の言葉を決めます。 各国に大学を作ります。分校ですが本格的です。
第173章 貴族令嬢は、国連の言葉を決めます
数日後、国連本部の会議場には加盟国の代表が集まりました。
今日の議題は、戦争や国境よりずっと地味な、言葉の問題です。
どろちゃんの前には、実務マニュアルの各国語版が何冊も置かれていました。
「これを全部、わたしが最後まで確認する方式は続きません」
どろちゃんは、まずそこから説明しました。
ヨーロッパでは、外交、学術、商業の広い範囲でナーロッパ共通語が使われています。
エルレンフェルト条約も、四か国が同じ正文を読めたので、国ごとに別の正文を作る必要がありませんでした。
国際連盟には、ヨーロッパの外からも加盟国が増えています。
清国、オスマン帝国、アユタヤ王国、ブータン、琉球王国、ベトナム社会主義共和国。そのほかにも、国際連盟と連絡を取る地域や政治主体が増えています。
「国の中でも言葉が一つじゃないところがあります。港だけでも、商人さん、船員さん、役人さんで違う言葉を使ってることがあります」
清国側の常駐代表が頷きました。
「一つの国に一つの翻訳を作るだけでは足りませんな」
「はい。だから、国連で使う正文を一つ決めたいです」
どろちゃんは、ナーロッパ共通語で書いた案を机へ置きました。
国際連盟の公式言語をナーロッパ共通語とする。
国際連盟へ登録する条約、決議、共通実務文書について、正文をナーロッパ共通語で作る。
各国は国内行政や国民への周知のため、自国の言語へ翻訳してよい。
翻訳と正文の意味が食い違ったときは、ナーロッパ共通語の正文へ戻って確認する。
会議で、全員がナーロッパ語だけを話さなければならない、という決め方にはしませんでした。
まだ学んでいない代表もいます。
通訳を使って発言できます。
公式記録と正文を一つにする。
まずそこから始めます。
「それで、問題が一つあります」
オスマン側の代表が言いました。
「正文を一つにしても、読める者が少なければ、結局は翻訳に頼ることになります」
「なので、そっちも一緒に決めます」
どろちゃんは二枚目を出しました。
今度は大学です。
使うのは、ライデン大学、パリ大学、ケンブリッジ大学、トリノ大学。四か国にある既存の大学です。
「新しく国連大学を一つ作るより、いまある大学に受け入れてもらった方が早いと思います」
大学の代表者たちも来ています。
「四大学には、加盟国からナーロッパ共通語を学ぶ学生の受け入れ枠を作ってもらいます。数人ずつ使節を預かるくらいでは足りません。帰国した人たちが自国で次の先生を育てられるところまで、毎年まとまった人数を受け入れてください。会話だけじゃなくて、法律、行政、会計、外交、医学、工学、自然科学の文章を読めるところまでです」
帰国後に自国で教える人も必要です。
そのため、語学教師になる学生も受け入れます。
ライデン大学の人が聞きました。
「本校だけで受け入れるのですか」
「それだと遠いところの学生さんが大変なので、地域の分校を使います」
最初の一つは、もうあります。
「ラサ分校」
中央アジアからの学生を受け入れる拠点です。
ライデン大学ラサ分校には、すでに数学、天文学、自然科学を学ぶ学生がいます。学生寮もあり、教員も職員も増えています。最近は、大学人口が増えたためエルレンフェルトから穀物を百トン近く降ろす便まで必要になりました。
「ここは中央アジア担当にします。いまの大学を大きくして、語学と行政の課程も増やします」
次は東南アジアです。
「バタヴィアに、ライデン大学の分校を作ります」
ネーデルラント側の代表が書き留めました。
バタヴィアには港があります。
東南アジア各地との船も来ます。
ネーデルラント側の行政と商業の拠点もあり、ライデン本校との人の行き来を作りやすい場所です。
「東アジアは北京です」
今度はケンブリッジ大学の北京分校。
清国側の代表が、少しだけ考えてから言いました。
「皇帝陛下へは、すでに大学設置の考えを報告しております。外国人だけの学校として壁を作るより、清国側の学生も同じところで学べる形を望まれるでしょう」
「その方がいいです」
西アジアはイスタンブールです。
「パリ大学のイスタンブール分校」
オスマン側の代表も頷きました。
「アフメト三世陛下へ正式に上げます。鉄道の実務者も増えておりますから、語学だけでなく工学や行政も需要があります」
「お願いします」
これで三つの地域拠点が新しく決まり、既存のラサ分校と合わせて四つになります。
ライデン大学はラサとバタヴィア、ケンブリッジ大学は北京、パリ大学はイスタンブールを担当します。
トリノ大学について、サヴォさんが手を上げました。
「先に言っておく」
どろちゃんがそちらを見ました。
「はい、陛下」
「余の国にも受け入れ義務があることには異議はない。だが、ライデンと同じ数の分校を持てと言われても無理だ」
会議場の何人かが笑いそうになって、やめました。
サヴォさんは本気です。
イタリア王国は四か国の一つです。
国際会議では、フランス、グレートブリテン、ネーデルラントと同じ席へ座ります。
でも、同じ席に座ることと、同じだけお金を持っていることは別です。
半島統一後の行政を整えながら、鉄道、港、道路も直し、軍と海軍も維持しなければなりません。
トリノ大学へ外国人学生を受け入れることはできても、海外へいくつも分校を建てる余裕まではありません。
「同じ数にしません」
どろちゃんは答えました。
「四大学とも受け入れ義務は持ってもらいます。でも人数も分校の数も同じにはしません。トリノ大学は本校で受け入れてください」
「それならできる」
「よかった」
パリ大学側も、ケンブリッジ大学側も異議を出しませんでした。
国際会議の席が同じでも、大学への支出は各国の財政と能力に合わせます。
教員数、学生寮、交通、財政、地域需要を見て分担します。
サモトラケの名前も一度出ました。
発掘研究者が集まっている島なので、国際的な研究交流の場所としては知られています。
「一般の学生さんを何百人、何千人って増やすところにはしない方がいいです」
どろちゃんが言いました。
「発掘する人だけでも増えてるし、島で水も食べ物も住むところも要ります。大学人口を増やすならラサや北京やイスタンブールみたいに、最初から町として受け止められるところがいいです」
サモトラケは発掘と研究の拠点のままにします。
最後に、追加の分校について決めました。
ある国が、もっと近い場所へナーロッパ語教育のサテライト校を欲しいと言うことはできます。
でも、国際連盟へ加盟しただけで自動的に大学を一つ建ててもらえる権利にはしません。
学生数、教員、校舎、学生寮、運営費、交通、現地の受け入れ条件を見て、担当大学、受け入れ国、希望する側で交渉します。
採決が行われました。
国際連盟の公式言語はナーロッパ共通語。
国際条約と共通実務文書の正文もナーロッパ共通語。
四大学には加盟国学生の受け入れ義務。
地域分校はラサ、バタヴィア、北京、イスタンブール。
追加のサテライト校は個別交渉。
全部、決まりました。
会議が終わると、どろちゃんは机の上に残った分厚い翻訳束を見ました。
「何年かしたら、これも少し減るかな」
大学の先生が答えました。
「各国から来た学生がナーロッパ共通語を身につけ、法律や会計の専門用語まで扱えるようになれば、かなり減るでしょう」
「最初は、帰って先生になれる人を育てるところからだね」
「はい。卒業生が自国で次の学生を教えられるようになれば、そこから広がります」
どろちゃんは校正刷りを一冊取りました。
「じゃあ、今日の分は普通にやります」
「お願いいたします」
国際連盟の正文言語を決めても、その日のうちに各国の実務者が読めるようになるわけではありません。最初の数年間は、どろちゃんへ集まっている最終確認を各国へ分けていく人を育てる期間にもなります。
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第173章の小さな説明
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【四か国の大学負担を同じにしない理由】
本作では、四か国を国際政治上の主要国として同じ会議席へ置いていますが、人口、税収、産業、海運、大学の規模まで同じとは扱いません。
とくにサヴォイア家を中心に成立したイタリア王国は、半島統一後の行政、交通、軍事を整える途中で、フランスやグレートブリテンと同額の海外大学網を維持できる財政ではありません。
後世の現実世界でも、1922年のワシントン海軍軍縮条約ではイタリアにフランスと同じ主力艦保有枠が認められました。国際的な「格」や条約上の枠が同じでも、実際に使える財政力や建造能力まで同じになるわけではありません。
本章ではその差を1709年の教育制度にも残し、受け入れ義務は四大学へ共通に課しながら、人数や海外分校の数は国力と大学の能力に応じて不均等にしています。




