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ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌 飛行機から始まった貴族令嬢の社会改変  作者: アントノフ


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第169章 貴族令嬢は賛成票がゼロになるのを聞きます。  絶対王制と議会制の違いですね。

第169章 貴族令嬢は賛成票がゼロになるのを聞きます


 神様との契約が成立してから3日がたちました。


 フランス、イタリア、エルレンフェルトでは、もう調査が始まっていました。


 役人が農園、工房、鉱山、港、商店、船、奉公先へ入り、帳簿を見ます。

 本人にも聞きます。


「いつからここで働いていますか」

「賃金は誰に渡されましたか」

「あなた自身が受け取ったのはいくらですか」

「前借りがありますか」

「その前借りを理由に、ここから出られないと言われましたか」


 これまで主人や仲介人へ渡された金は、本人への賃金には数えません。

 衣食住を与えていたという説明は、本人への未払い賃金の清算とは別に扱われました。


 過去の不足分が分かれば、まず清算します。


 それから本人へ聞きます。


「今後も、ここで働きますか」


 農園や商店の側も、人が全員いなくなれば困ります。

 そこで、過去分を一度きれいに清算したうえで、残りたい人とは新しい契約を結びました。


「給料がちゃんと出るなら、ここに残ります」


 そういう人もいます。


「故郷へ帰りたいです」


 そういう人には、帰還の手続きを始めます。


 長期契約もできます。

 今までの拘束をそのまま名前だけ変えて続けるのではなく、過去分を精算し、本人が条件を理解して自分で選んだ契約として結び直します。


 数年後に過去の未払いが発覚することも考えられました。

 その場合も、未払い分を清算し、本人が望めば出身地や元の居住地へ帰る道を開きます。


 フランスでは、調査を受けた雇用主が役人に聞きました。


「今までの分を全部払ったら、商売を続ける金がなくなる」


「続けたいのですか」


「もちろんだ」


「では、国の融資を申請してください。過去分の清算に必要な額を借り、本人へ払ってください。その後の事業計画は、新しい賃金を前提に作り直します」


 法律の目的は、農園や商店を潰すことではなく、過去の不払いを清算してから事業を続けることでした。


 賃金を払っても利益の出る事業なら、国から金を借りて清算し、続けられます。

 奴隷や極端な低賃金が前提で、それをやめれば必ず赤字になる事業は、その形では残りません。


 3日前、ルイ十四世が言った言葉が、早くも実務になっていました。


「給料も払えない産業を国内に置いて、何が残るのだ」


 一方で、議会が止めていた国もあります。


 3日目です。


 朝、議会が開かれました。


 昨日まで共通施行法へ強く反対していた議員の一部が、登院していませんでした。


「欠席ですか」


「連絡は?」


「家におります」


「病気なのですか」


「眠っています」


 同じ状態の議員が何人もいました。


 過半数の賛成が必要な議会では、法律が過半数を取れる人数になるまで、強硬な反対派が登院しませんでした。

 3分の2の賛成が必要な議会では、賛成側が3分の2へ届く人数になるまで、やはり反対派が来ません。


 賛成する議員は、いつもどおり登院しています。

 審議もできます。

 議長も書記もいます。


 その国が以前から持っていた法律制定の手続は、何も変わっていません。


 採決が行われました。


 共通施行法は成立しました。


 即日実施です。


 その翌日、昨日来なかった議員たちが普通に登院しました。


「……採決は?」


「昨日、終わりました」


「昨日?」


「はい。共通施行法は成立し、昨日から施行されています」


「私はどうしていた」


「1日眠っていた、と伺っています」


 議員本人は元気でした。

 体に怪我はなく、法律成立を止められるその1日だけ、議会へ来られなかったのです。


 ラジオでも、その話はすぐ流れました。


「複数の国で、共通施行法へ強く反対していた議員が採決日に登院せず、翌日には通常どおり登院しています。本人たちは、1日ほとんど眠っていたと話しています」


 放送の人が、解説席を見ました。


「偶然でしょうか」


 ライデン大学の先生は、少し困った顔をしました。


「1か国だけなら、その説明も考えられたでしょう」


「必要な過半数や3分の2に応じて、欠席者の人数まで変わっています」


「そこまで重なると、説明は難しいですね」


 強硬な反対派も学習しました。


 共通施行法そのものを廃止するのは難しい。

 なら、法律は残したまま動かなくすればいい。


 別の法案が提出されました。


 調査開始には複雑な申立てを必要とする。

 本人が申し立てなければ、過去の未払いを調べない。

 帰還手続には何段階もの審査を置く。

 帳簿がなければ未払いを認めにくくする。

 立入調査の権限を狭くする。


 表向きは「施行を円滑にするための調整法」です。


 実際には、昨日成立した共通施行法を骨抜きにする内容でした。


 しかも、反対派は急ぎました。


「明日まで待って、また眠っていたら採決できない」


「今日のうちにやるぞ」


 議員が全員議場にいるうちに、緊急日程で審議を進めます。


 法案提出から審議、討論まで、必要な手続を一気に進め、同じ日のうちに採決へ入りました。


 議長が賛成者を確認しようとした、その瞬間でした。


 何人もの議員が、議場でそのまま眠りました。


 机に伏す人もいれば、椅子にもたれる人もいて、手に持った書類を落としたまま眠った人もいました。


 骨抜き法案に反対する議員は起きています。

 棄権するつもりだった議員も起きています。

 議長も書記も起きています。


 眠ったのは、骨抜き法案へ賛成票を投じようとしていた人だけでした。


 採決は続けられました。


「賛成、0」


 議場が静かになりました。


「反対――」


 反対票が数えられます。


 骨抜き法案は否決されました。


 結果が確定すると、眠っていた議員たちが次々に目を覚ましました。


「……採決は?」


「終わりました」


「結果は」


「賛成0です」


 今度は、前日の欠席より分かりやすい神様現象でした。


 法案は提出され、討論も行われ、議会もそのまま続いています。議長も規則も、その国が以前から使ってきたものです。それでも、神様との契約を意図的に動かなくする賛成票だけは、1票も存在できませんでした。


 別の国では、もっと大きな事件が起きました。


 革命派を名乗る武装集団が国会を占拠しました。


 銃や刀剣を持って入口をふさぎ、議員を中へ入れません。


「共通施行法を成立させるな」

「旧政府が神様と結んだ契約など認めない」


 議会側は法律を通そうとしていました。

 今度は、議会の外から武力で止められています。


 ラジオが速報を流しました。


「締約国の一つで、革命派を称する武装集団が国会議事堂を占拠しています。共通施行法の審議が行えない状態です」


「先生、これは議会の反対と同じでしょうか」


「議会が判断する機会そのものを奪っています。状況はかなり違います」


「神様はどう判断するでしょう」


「分かりません」


 その答えが放送されたころでした。


 占拠していた実行犯が、一斉に消えました。


 人が立っていた場所へ、着ていた衣類だけが落ちました。

 銃や刀剣も床へ落ちます。


 血も遺体も残りません。


 同じころ、占拠を資金面や物資面で支援していた企業、団体、個人のところでも、同じ現象が起きていました。


 衣類だけがその場に残り、本人はいなくなります。


 後から調べると、現場にいた実行犯だけでなく、資金を出した者、武器を用意した者、宿泊場所や連絡場所を提供した者、組織として支援した者まで姿を消していました。神様が支援者と判断した範囲は、現場の人数よりずっと広かったのです。


 国会の入口は開きました。


 議員たちは中へ戻り、審議を再開しました。


 共通施行法は成立しました。


 そのころ、消えた人たちがどこへ行ったのか、人間社会の側には分かっていませんでした。


 実際には、将来スコット基地が造られることになる南極の土地へ送られていました。


 衣類は元の場所へ残ります。

 本人は、すっぽんぽんです。


 ただ、その土地には以前から木造船の残骸が集まり、船内には衣類、保存食、工具、金貨や銀貨、宝石や装飾品まで残っていました。水も、氷なら大量にあります。

 木造船は燃やせば暖を取れますし、解体すれば頑丈な小屋の材料にもなります。


 それでも、船へ無警戒に近づくのは危険でした。


 船によっては、カットラスを持った人が出てきます。


 以前、神様の海賊に関する処置で南極へ来た者たちです。


 理不尽な幹部はすでにいません。

 新人海賊の生き残りは年齢加算を受けながらも生き残り、長いあいだに不思議な共同体を作っていました。


 さらわれてきた女性や少年も一緒に暮らしています。


 比較的温厚な人が残り、火を管理し、船を解体し、保存食を分け、施設を修理して生活していました。


 新しく送られてきた奴隷商人や偽革命家たちにも、最初は衣類を分けました。


 高価なシルクのドレスまであります。

 海賊船や交易船には、略奪品だった衣服も残っていました。


「これを着けろ。外へそのまま出たら凍えるぞ」


 古参側は、新参者へ服を渡しました。


 ところが、その新参者たちは、共同体が使っていた施設へ火を放ちました。


 木造の施設です。


 火は大きくなりました。


 古参側は、火災そのものには慣れていました。

 木造船や木造施設を使う生活では、以前にも火災が起きています。

 全焼したときに移る予備施設も用意していました。


 それでも、今回は死者が出ました。

 大火傷を負った人もいました。


 古参の海賊たちは武装して、燃え残った保存食や道具を回収しました。

 必要なものを持ち出したあと、新参者が送られてくる地域から生活圏そのものを引き揚げました。


 そして、新参側との交流を禁じる掟を作りました。食料、燃料、衣類、道具を渡さず、交易もせず、古参側の居住地へも近づけません。


 一度は服を渡しました。

 そのあと家を焼かれ、仲間が死に、大火傷をした人までいます。


 南極の冬は寒く、太陽もほとんど出ません。


 古参側には、火、食料、衣類、施設、工具を維持してきた経験があります。

 新参側は、その人たちとの関係を自分たちで切りました。


 一方、新参側も船の残骸からお宝は回収していました。


 新参側が回収した金貨、銀貨、宝石は、元の世界なら大財産です。


 南極の冬には、金貨より薪の方が暖かく、宝石より保存食の方が腹を満たしました。


 それでも、彼らは自分たちで生きるしかありませんでした。


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