↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌 飛行機から始まった貴族令嬢の社会改変  作者: アントノフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
173/210

165貴族令嬢は、エレソスで二晩休みます。     どろちゃんとフランソワさんの小さな家です。

第165章 貴族令嬢は、エレソスで二晩休みます



        



 サモトラケを離れたチェブラーシカちゃんには、どろちゃんとフランソワさんの二人だけが乗っています。


 研究者も学生も、発掘道具も穀物も、ほとんどサモトラケへ降ろしました。


 機体は軽くなっています。


「急に静かになったね」


「さっきまで後ろに大勢いらっしゃいましたから」


「フランソワ温泉の先生たち、楽しそうだった」


「学生さんたちも、最初の説明からずっと書いていましたね」


「私が教えるところ、なかったね」


「お嬢様は、場所と飛行機と費用を用意されました」


「それで十分?」


「十分です。あとは専門の方のお仕事です」


「そうだね」


 どろちゃんは前を見ました。


「じゃあ、ここから休もう」


「はい。そうしましょう」


 海の向こうにレスボス島が見えてきます。


 向かうのは西側のエレソスです。



          ◇ ◇ ◇



 今のエレソスでは、生活の中心が海岸から内陸へ移っています。


 海賊の襲撃を避けるため、住民は海辺から約四キロメートル内陸の集落へ生活の中心を移しました。


 後の時代には人が海岸へ戻り、Σκάλα Ερεσού(スカラ・エレソス)の浜辺に家や店が並びます。


 1709年の今、海岸側には広い空き地が残っています。


 荒れた古い家が点々とあり、人が使っている家はごく少数です。


 どろちゃんは前回、この海岸へ来ています。


 最初に買ったのは、フランソワさんと二人で泊まるための小さな別荘一軒でした。


 そのあとで、将来この海岸が細かく売られ、建物と護岸で埋まっていく可能性に気づきました。


 そこで海岸の広い土地を、残っていた廃屋ごと順に買い取っています。


 地域の人には、従来からの共同利用を続けてもらいます。海へ出ること、浜を歩くこと、昔からの使い方を保ちながら、海岸の大きな改変だけを土地所有者の判断につなげます。


「一人時間差ナショナルトラスト、見えてきた」


 どろちゃんが窓の外を見ました。


 フランソワさんが少し笑います。


「前に来たときより、自分の土地らしく見えますか」


「広すぎて、まだ自分の感じしない」


「海岸ですからね」


「家一軒のつもりだったのに」


「途中で海岸まで気になりました」


「気づいちゃったからね」


 二人の前に、海辺の平坦地が広がっています。



          ◇ ◇ ◇



 チェブラーシカちゃんを降ろす場所は、前回来たときに歩いて確かめてあります。


 ビーチに近い平地で、地面はよく締まっています。


「少し沈むかな」


「前回はかなり固い地面でした」


「うん。今日は軽いし、行けそう」


 どろちゃんは一度低く回り、地面の上に人や家畜、荷車、大きな石が入っていないことを見ました。


 風を確認します。


 速度を落とします。


「降ります」


 主脚が地面へ触れました。


 車輪は少し砂を巻き上げ、そのまま素直に転がります。


「あ、平気」


「きれいに走っています」


 どろちゃんが制動をかけました。


 チェブラーシカちゃんは短い距離で止まりました。


 降りて車輪跡を見ると、跡は浅く、締まった地面が機体をしっかり支えていました。


「これなら使えるね」


「管理人さんにも、地面の様子を見ていただけます」


「うん。雨のあととか、石が出たときは村へ仕事を頼んでもらおう」


 二人は機体を確認してから、浜辺の方へ歩きました。



          ◇ ◇ ◇



 別荘までは、海を見ながら歩けます。


 途中には荒れた家が残っています。


 屋根が崩れた家や、戸が外れた家、壁だけ残った家が点々と続きます。


 どろちゃんが海岸一帯を買ったため、今ではこれらも購入地の中です。


「この家の扉、まだ板が使えそう」


「管理人さんが必要なときに見てくださると思います」


「こっちの石も使えるね」


「別荘の補修なら、近くから合うものを選べます」


「全部、部品どり用地ハウスになったね」


「家ごとの部品倉庫ですね」


「捨てるより、使えるものは使おう」


 別荘が見えてきました。


「きれいになってる」


 どろちゃんの歩く速度が少し上がりました。


 前回は、買ったばかりの小さな家でした。


 今回は屋根も壁も整い、戸や窓もきちんと動くように直されています。周囲の草も刈られています。


 整備費は前払いしてありました。


「ちゃんと泊まれる家になったね」


「良い感じです」


 玄関の近くで、一人の女性が待っていました。


 前回、本人の希望を確認したうえでフランス国籍へ移り、VOG職員として雇ったお姉さんです。


 海辺に今も暮らす少人数の住民の一人でもあります。


「お久しぶりです」


 どろちゃんが挨拶しました。


「今日、この家を使います。二晩泊まるつもりです」


 お姉さんは笑顔で答え、家の中を案内しました。


 ベッドは枠と支持部を整え、きれいに使えるようになっています。


 食器棚も棚板と扉を直してあります。


 テーブルと椅子もぐらつきを取り、表面を磨いてあります。


「すごい。全部使える」


 どろちゃんが椅子を少し動かしました。


「座っても平気」


 フランソワさんもテーブルに手を置きました。


「頼んでおいた通り、元の家具を生かしてくださったのですね」


 お姉さんが頷きます。


 別荘の整備には、海岸の廃屋も役に立ちました。


 使える浴槽と、お湯を沸かす装置は別の廃屋からこちらへ移してあります。建具や板、金具も、状態の良いものを補修用に回しています。


「お風呂まで来た」


 どろちゃんが浴槽を覗きました。


「これ、あっちの家にあったやつだよね」


 お姉さんが説明します。


「ちょうど寸法が合ったそうです」


「持ってきてもらって正解だったね」


「今夜、使えますね」


「使おう」


 水は、海辺の集落がまだ生きていたころから使われてきた水場が、そのまま使えます。


 管理人のお姉さんは、その水場も管理対象として見ています。



          ◇ ◇ ◇



 お姉さんの担当は、スカラ・エレソス一帯の管理です。


 自宅の一部を事務所にする改装も進んでいました。


 どろちゃんが買ったスカラ・エレソス一帯の土地、海岸の共同利用、別荘、廃屋、チェブラーシカちゃんが降りる平地を見て回ります。


 本人ができる補修は自分で行い、大工や石工、草刈り、荷車など人手が要る仕事は内陸の村へ発注します。


 英国で、大家から建物や土地の管理を任され、必要な職人や仕事を手配する人に近い役目です。


「事務所、できてきましたか」


 どろちゃんが聞きました。


「はい。机と書類棚を入れました。海岸を使う人の名前と、お願いした清掃の日も記録しています」


「滑走路に使うところは?」


「村の人に見てもらっています。大きな石が出たときは取り除きます。雨のあとも確認します」


「助かります」


「家の修理も、私だけで難しいところは村へ頼みました」


「そのための仕事だから、どんどん頼んでください。ちゃんと賃金も払ってね」


 お姉さんが頷きました。


 海岸を守るために土地を買い、その土地を維持する仕事が内陸の集落へ少しずつ戻っていきます。



          ◇ ◇ ◇



 チェブラーシカちゃんから、今日使う物を運びます。


 人が引ける台車を一台借りました。


 最初にリネン類と食器を載せます。


 シーツ、枕まわり、タオル、食卓で使う皿やカップ、ナイフとフォーク。


 三人で台車を押したり引いたりしながら別荘へ戻ります。


「侯爵が台車引いてる」


 どろちゃんが笑いました。


「男爵も押しています」


 フランソワさんが後ろから押します。


「今日はこれでいいよね」


「ええ。よく進みます」


 別荘へ荷物を入れると、もう一度チェブラーシカちゃんへ戻りました。


 今度は食料と飲み物です。


 エルレンフェルトで深く考えずに積んできたものを、持てる分だけ台車へ載せます。


 パン、チーズ、冷たい肉料理、果物、瓶に入った飲み物、それに翌朝にも食べられるものを一緒に載せました。


「適当だね」


「二人なら十分でしょう」


「晩餐会の献立じゃないね」


「今夜は、それが良いと思います」


 別荘へ戻ると、どろちゃんは管理人のお姉さんへ言いました。


「ここからは二人で大丈夫です。今日はありがとうございました」


 お姉さんは、自宅兼事務所へ戻っていきました。


 海辺に残ったのは、どろちゃんとフランソワさんです。



          ◇ ◇ ◇



 夕方になりました。


 どろちゃんは、廃屋から移してもらった浴槽へ湯を張りました。


 湯沸かしの装置も、きちんと働きます。


「お湯、ちゃんと出る」


「整備してくださった方、上手ですね」


「廃墟の中にこんなに使えるものが残ってると思わなかった」


「長く住んでいた集落ですから、使える物も残りますね」


「買ってから役に立つとは思ってなかった」


「海岸を守ろうとして買った土地が、別荘の修理まで助けてくれました」


「時間差で役に立ったね」


 湯に浸かって少し温まったところで、どろちゃんは長い髪を背中へ流しました。


「フランソワさん、髪お願い」


「はい」


 フランソワさんが後ろへ回り、湯で髪を濡らしてから、いつもの手つきで洗っていきます。


 小さいころにも、こうして何度も髪を洗ってもらいました。今の年齢は、どろちゃんが二十二歳、フランソワさんが二十五歳です。それでも二人とも、十代の終わりごろから外見の変化が妙に少なくなっています。並んで鏡を見れば、何年も歳を取っていないように見えるほどでした。身分が上がり、飛行機で大陸を越えるようになっても、フランソワさんの指先の動かし方は昔と変わりません。


 フランソワさんは、侍女としての落ち着きや物事の判断では、きちんと二十五歳まで歳を重ねています。それなのに外見には、いわゆる大人の色気へ移っていくような変化がほとんど出ていません。十代のころにあった、澄んだみずみずしい美しさが、そのまま残っています。肌には虫刺されも、ニキビも、シミも見えません。


「なんだか、子供のころみたい」


「お嬢様は、髪を洗うときは昔からおとなしかったですね」


「髪を洗うときは?」


「お風呂では、です」


「そこだけ限定された」


 フランソワさんが笑いながら、髪をすすぎました。


 洗い終えた毛先を指で分けて見ます。


「やっぱり、枝毛ゼロだね」


「きれいなままですね」


「フランソワさんのも?」


「今朝見ました。私も同じです」


 北京へ行ったときにも、二人は髪や肌の変化を話しました。長く伸ばした髪の毛先まで妙に傷まず、蚊にも刺されなくなっています。


 どろちゃんは湯の中から自分の腕を上げ、手の甲、肘、膝へ順に目をやりました。飛行機を組み、工場を歩き、野外へ出てきた年月のわりに、最近できた小さな擦り傷も切り傷も見当たりません。昔の傷あとまで、肌からきれいに消えています。


「枝毛ゼロ。傷あともゼロ」


「お嬢様、本当にきれいですね」


「龍って、こういうところまで丈夫になるのかな」


「先生に二人とも龍だと言われてから、気になることが増えましたね」


「鱗は見えないけど」


「見えたら、お風呂でも驚きます」


「それはそうだね」


「フランソワさん」


「はい」


「ハマムでゴシゴシされたときも、ちょっと思ってたんだけど」


「何をです?」


「虫刺されもない。ニキビもない。シミもない。傷も残らない。枝毛もない。見た目も歳を取ってない」


「並べてみると、ずいぶん多いですね」


「それに、あの先生」


「康熙帝陛下と一緒に来られた易学者の方ですね」


「うん。陛下が十二人だけ連れてきた中の人が、いきなり二人とも龍だって言った」


「言われましたね」


「そのあと陛下に龍のことを教えてもらって、大きな絵まで描いてもらった」


「エルレンフェルトへ持ち帰って、大切にしている絵ですね」


「宝物」


 どろちゃんは、そこで急にバスタブの中から立ち上がりました。


「今日、確信した! 私たち、ほんとに龍になってる!」


 浴室に、どろちゃんの大きな声が響きました。


 フランソワさんが一瞬きょとんとして、それから吹き出しました。


「……今日ですか?」


「今日!」


「皇帝陛下に龍の絵まで描いていただいたあとで?」


「それでも今日なの!」


 どろちゃんは笑いながらバスタブへ座り直しました。


「おなか痛い」


「お嬢様が大きな声で宣言するからです」


「だって、確信したんだもん」


 フランソワさんもまだ笑っています。


 二人で笑いました。


 お風呂を使ううちに、身体の力も抜けていきます。


 前の日まで長い飛行が続き、そのあとサモトラケの発掘隊を送り出しました。


 今日の仕事は、もう終わっています。



          ◇ ◇ ◇



 テラスへ小さなテーブルを出しました。


 海の向こうへ日が傾いています。


 二人でパンを切り、チーズを置き、持ってきた肉料理と果物を並べます。


「侯爵と男爵の夕食に見える?」


 どろちゃんが自分たちのテーブルを見ました。


「肩書だけ聞けば、もっと大きな食卓を想像されそうですね」


「今日はパン切るのも自分」


「私も一緒に切っています」


「これくらいがいい」


「私も好きです」


 しばらく、二人とも海を見ながら食べました。


 波の音が遠くから聞こえます。


「こういう夕方、久しぶりだね」


「そうですね。日が暮れるまで、次の予定を考えずに座っている時間は久しぶりです」


「子供のころは、もっといっぱいあった気がする」


「お嬢様は、じっと座っている時間が短かったですよ」


「フランソワさんも一緒に来たでしょう」


「ええ。一緒でした」


「じゃあ同罪」


「それなら同罪ですね」


 二人で少し笑いました。


 笑い声が消えると、また波の音だけが残ります。


「ねえ」


「はい」


「昔って、こんなに静かだったかな」


「静かな時間だけ、あとから長く覚えているのかもしれません」


「そうかも」


「今も、たぶん覚えていると思います」


「この夕食?」


「海と、この家と、適当に持ってきた食事と」


「豪華なところ、ひとつもないよ」


「だから覚えるのかもしれません」


 どろちゃんは少しだけ笑いました。


「フランソワさん、昔からそういうこと言ったっけ」


「昔は、三つ年上でも私も子供でしたから」


「そうか。私が十五のころ、フランソワさんは十八だったもんね」


「ええ。今は二十二歳と二十五歳です」


「数字はちゃんと増えてるのにね」


「二人とも、十代の終わりごろから見た目があまり変わっていませんね」


「フランソワさんも二十五歳には見えないよ」


「お嬢様も、二十二歳になったようには見えません」


「歳だけ先に進んでるみたい」


「少し不思議ですね」


 また静かになりました。


 空の色がゆっくり変わります。


「サモトラケ、何が出るかな」


「今日は仕事の話を休むと言っていましたよ」


「一個だけ」


「では、一個だけ」


「大きいの、出ると思う」


「楽しみに待ちましょう」


「うん」


 それ以上は話題を広げませんでした。


 二人の前で、海だけが暗くなっていきました。



          ◇ ◇ ◇



 翌朝は、明るくなってから起きました。


 二人で水場へ行きます。


 昔の海辺の集落が使っていた水場には、今もきれいな水が流れています。


「まだ生きてるね」


「この水場を使っていた人たちは、毎日ここへ来たのでしょうね」


「家が空っぽになっても、水は流れてる」


「山の方は変わらず水を送ってくれます」


 どろちゃんは手を水につけました。


「冷たい」


「朝ですから」


「フランソワさんも」


「はい」


 二人で少し水を汲んで、別荘へ戻ります。


 朝食も昨日持ってきたものです。


 そのあと浜辺を歩きました。


 どろちゃんが隣へ手を伸ばすと、フランソワさんがその手を取りました。二人は手をつないだまま、波打ち際から少し離れたところをゆっくり歩きます。


「子供のころも、こうやって歩いたよね」


「ええ。お嬢様が急に走り出すので、よく手をつないでいました」


「今日は走らないよ」


「では、今日はゆっくり歩きましょう」


「うん」


 海岸の土地は、前回来たときより少しきれいになっています。共同利用を続ける人たちに清掃を頼み、管理人のお姉さんも必要な作業を村へ発注しています。


 荒れた廃屋の間を通ります。


「ここ、人がたくさん住んでたんだよね」


「水場があり、家がこれだけ残っていますから、暮らしの場所だったことが分かります」


「海賊が嫌で、みんな山側へ行った」


「海から見えにくい場所の方が安心だったのでしょう」


「今は、私たちが飛行機で海から来るんだね」


「ずいぶん違う来客です」


「荷物はパンとリネンだし」


「平和ですね」


 どろちゃんは海を見ました。


「それがいいよ」


「ええ」


 二人は、そのまましばらく歩きました。



          ◇ ◇ ◇



 昼はテラスで本を少し読み、海を見て、眠くなったら横になりました。


 夕方、また二人で食事を用意します。


「二日目になると、家っぽいね」


「昨日より物の場所が分かります」


「カップはそこ」


「パン切りはここですね」


「もう住める」


「二泊目です」


「短い住人」


 フランソワさんが笑いました。


「この家は、それくらいが合っている気がします」


「仕事を持ち込まない家だからね」


「昨日はサモトラケの話が一個入りました」


「一個だけだからセーフ」


「では、今日は何個まででしょう」


「ゼロ」


「分かりました」


 しばらくして、どろちゃんが海を見たまま言いました。


「ねえ、子供のころも、二人でこうやってどうでもいい話してたよね」


「していましたね」


「何を話してたか、ほとんど覚えてない」


「内容より、一緒にいたことを覚えています」


「私も」


 風が少し冷たくなりました。


 フランソワさんが、椅子の背に掛けていた布をどろちゃんへ渡します。


「冷えてきました」


「ありがとう」


 どろちゃんは肩に掛けました。


「こういうのも、昔から変わらないね」


「何がですか」


「私が寒いって言う前に持ってくるところ」


「長く一緒にいますから」


「三年先輩だし?」


「それもあります」


「また三年使った」


「便利な三年です」


 二人で笑いました。


 夕食のあとも、すぐには中へ入りませんでした。


 海辺には灯りが少なく、空が広く見えます。


「帰ったら、また忙しいかな」


「きっと仕事は待っています」


「そっか」


「二晩休みましたから、少しくらい待ってもらいましょう」


「それ、いいね」


「明日の朝、帰りましょう」


「うん」


 どろちゃんは椅子へ深く座りました。


「今日は、もう少しここにいる」


「私もそうします」


 子供のころにも、二人だけで時間を持て余した夕方がありました。


 そのころと同じ人が、今は侯爵と男爵になって、海辺の小さな家のテラスに並んでいます。


 肩書を呼ぶ人の声も届きません。


 二人は暗くなった海を、長いあいだ見ていました。



          ◇ ◇ ◇



 三日目の朝です。


 二人は使った食器を整え、持ち込んだ物をまとめました。


 管理人のお姉さんにも、また別荘をお願いしておきます。


「二晩、ゆっくりできたね」


「良い二日でした」


「帰ろうか」


「はい」


 浜辺を歩いてチェブラーシカちゃんへ戻ります。


 海岸の平地に、機体はそのまま待っていました。


 どろちゃんは外周を一周します。


 タイヤ、脚、吸入口、外板、操縦面を見て、地面の状態も確かめます。


 操縦席では燃料量と計器を確認しました。


「帰れます」


 フランソワさんが記録を見ました。


「じゃあ、エルレンフェルトへ」


 エンジンを始動します。


 二晩いた海辺の小さな別荘が、窓の向こうに見えています。


「また来ようね」


「ええ。今度も、二人で」


「仕事は?」


「できれば少なめで」


「それがいい」


 どろちゃんは機体を向けました。


 チェブラーシカちゃんは締まった海岸の平地を走り、空へ上がります。


 下には、まだ家の少ないスカラ・エレソスの海岸が広がっています。


 内陸には、海賊を避けて移ったエレソスの集落があります。


 その間に、どろちゃんが時間差で買い集めた海辺の土地と、小さな別荘が残りました。


 機首を北西へ向けます。


 エルレンフェルトへ帰ります。


 サモトラケでは、研究者と学生たちが発掘を始めています。


 二週間以内には、また見に来ます。


 今度は、草の下から何が見え始めているでしょう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。