155貴族令嬢は鉄道会議に出ます。 イスタンブールは西ヨーロッパからでも鉄道の距離です。
第155章 貴族令嬢は鉄道会議に出ます
射撃大会の翌日。
アフメト三世から、もう一度呼ばれました。
昨日は決まらなかった一等と二等の賞品が決まったそうです。
「考えたぞ」
「ありがとうございます」
最初は、どろちゃんです。
案内された先では、大きな地図が広げられていました。
役人が、金角湾のガラタ側、対岸に旧市街を望む場所を指します。後世にガラタ橋が架かる位置にもかなり近く、そこには土地と屋敷、通りに面した店舗があります。
「これを、一等の賞としたい」
「え?」
どろちゃんは地図を覗き込みました。
「全部ですか?」
「全部だ」
以前は商人が所有していました。
商売そのものは大きかったようです。
ところが、不正が見つかりました。
財産は取り上げられ、土地と建物はオスマン側の管理に入っています。
それを、射撃大会の一等賞としてどろちゃんへ渡すことにしたそうです。
アフメト三世は鉄道の話も知っています。
「これからこの町へ来ることも増えよう。鉄道の準備にも便利な場所である」
「ありがとうございます」
どろちゃんはもう一度地図を見ました。
港に近く、船も使えます。旧市街へ渡る船着場にも近く、店舗まで付いています。
「別荘にします」
アフメト三世が少し笑いました。
「好きに使うがよい」
「はい」
射撃大会で優勝したどろちゃん個人への賞品なので、鉄道関係者に部屋を使わせることがあっても、どろちゃん自身は別荘として使うつもりです。
「フランソワさん。イスタンブールに家できた」
「おめでとうございます、お嬢様」
「お店も付いてる」
「何をお売りになるのでございますか」
「まだ考えてない」
先に家だけできました。
◇ ◇ ◇
二等賞はFEさんです。
こちらも休暇の代わりを考える必要がありました。
実はその前に、オスマン側からオイゲンさんへいくつか候補が打診され、女性を贈る案まで含まれていました。
オイゲンさんは、その案を静かに断りました。
そこで別の候補を考えます。
昨日、三等になった清国の武官が剣をとても喜んでいたため、FEさんにも実用品として使える剣を贈ることになりました。
FEさんが普段使っている剣とかけ離れた形では扱いにくいため、オイゲンさんが仕様を伝えます。
オイゲンさんは、FEさんが自分で選んで使っている剣をよく知っています。
長さ、重さ、重心の位置、柄の太さ、握ったときの具合まで、必要なところをオスマン側へ伝えました。
用意された剣はナーロッパで使われているものに近く、刀身は70cmほどのまっすぐな両刃です。柄と鞘には宮廷からの贈り物らしい装飾がありますが、実用を優先した仕上げです。
FEさんが受け取りました。
「ありがとうございます」
FEさんは鞘から抜き、少し離れて軽く振って止め、持ち替えてもう一度感触を確かめました。
「使いやすいです」
オイゲンさんが頷きました。
重さも重心も、いつもの剣に近く作られています。
アフメト三世も満足そうです。
三等の清国武官は、昨日もらった自分の剣を今日も持ってきていました。
こちらも嬉しそうでした。
◇ ◇ ◇
賞品の話が終わると、今度は鉄道の実務者会議です。
最初にイスタンブールへ来たときは国家元首どうしで大きな方針を話し、その後は実務担当者が路線、距離、橋、トンネル、駅、資材、費用、国境、着工地点まで地図と数字を詰めてきました。
ここまで来ると、オーストリア国鉄を持っているどろちゃんの決定が必要になります。
大きな机いっぱいに地図が広げられ、オスマン側の役人と鉄道技術者、フランスから来た行政・港湾・地中海交易の実務者、オーストリア国鉄とハンガリー国鉄の担当者、通訳が集まっています。
正式な会議なので、通訳はちゃんと仕事をしています。
どろちゃんは必要なところだけ、自分で相手の言葉を使います。
「ここまで決まりました」
「だいぶ決まったね」
地図の上に一本の線があります。
イスタンブール側の起点はシルケジです。
実務者が、イスタンブールからチョルル、リュレブルガズ、エディルネ、スヴィレングラード、ハスコヴォ、プロヴディフ、パザルジク、ソフィア、ベオグラード、ティミショアラ、セゲド、ブダペスト、ウィーンまでを一つずつ指で追いました。
線は町と地形と川を拾いながら、西へ伸びています。
「これで行けそう?」
「測量を進めれば、かなりの区間で着工できます」
「山のところは?」
別の図面が出てきました。
ソフィアの前後をはじめ、山地へ入るところは勾配がきつくなります。
谷に沿える区間は谷を使い、低い峠を越えられる場所は越えます。橋で渡す谷と、トンネルで抜く山もあります。
どろちゃんは数字を見ました。
「ここ、トンネル会社で見積もります」
オスマン側の役人も頷きました。
オスマン帝国内の難しいトンネルと橋梁は、オスマン側が費用を負担することになっています。
どろちゃんのトンネル会社は仕事が増えます。
山の線をもう少し見ました。
「この辺、川あるよね」
「ございます」
「落差も取れそう」
鉄道技術者が先に気付きました。
「発電所ですか」
「うん。ダムも一緒に見た方がいいね」
発電所を一緒に整備すれば、トンネル工事で使った電力を、その後は鉄道設備や町、工場へ送れます。山へ入るために造った工事用道路も残るので、鉄道工事が地域の基盤整備にもつながります。
オスマン側の役人が、鉄道の図面と川の図面を並べました。
「ここは別の調査隊も入れましょう」
「お願いします」
どろちゃんのトンネル会社としても歓迎です。
◇ ◇ ◇
工事は一か所から順番に伸ばさず、着工できる区間から同時に始めます。
ウィーン側では、すでに西から鉄道がつながっています。
フランスやネーデルラントから届くレールや機械、電気関係の設備を、列車でウィーンまで運べます。
大きな川も使えます。ウィーンからブダペスト、セゲドへと東へ延ばし、線路ができた区間ではその線路で次の工事資材を運びます。
東側はイスタンブールから始められます。
フランスの実務者がマルセイユを指しました。
「こちらから海路で運べます」
「うん」
レールや設備はマルセイユから船へ積み、地中海を通ってイスタンブールへ運べます。山岳区間も道路や川、必要なら臨時輸送路を使い、先に入れる場所から工事隊を入れます。
何か所も同時に掘ります。
「中華方式だね」
どろちゃんが小さく言いました。
フランソワさんには意味が分かります。
「たくさん同時に、でございますね」
「そう」
一つ完成するまで次を待っていたら、いつまでたってもイスタンブールとウィーンがつながりません。
◇ ◇ ◇
トンネルの断面についても数字が出ています。
フランス側では、カレーやマルセイユのような大きな港から出る貨物を効率よく運ぶため、背の高い貨物を二段に積む線路も使っています。
それをこの路線へ持ち込むと山岳部のトンネル断面が大きくなり、掘削量と覆工が増え、橋にも余分な条件が付きます。
どろちゃんは断面図を見ました。
「ここまで大きくしなくていいよ」
「通常の車両限界でよろしいですか」
「うん。海と川があるから」
この地域では、海運も河川輸送も大きな仕事をしています。
港から港へ大量に運ぶ貨物、川沿いへ運ぶ貨物、鉄道で内陸へ急いで運ぶ貨物を分け、それぞれ得意な輸送路を使います。
「トンネルは普通に列車が通れる大きさで」
「承知しました」
巨大な貨物を二段に積むためだけに、山を余計に掘る話は消えました。
どろちゃんのトンネル会社としても、その方が工期を短くできます。
◇ ◇ ◇
ハンガリー側の話にも移ります。
ハンガリーは独立した国として残り、ハンガリー国鉄はオーストリア国鉄の完全子会社になっています。その鉄道グループ全体の上にいるのが、どろちゃんです。
ハンガリー国内で大きな鉄道建設資金を集めるのは、今の経済では大変です。
そこで資本はグループ全体で組みます。
一方、列車が通れば、線路使用、駅を使う旅客と貨物、機関車や車両の整備、国内区間の運送、ブダペストを通る人と物からハンガリー国鉄にも収入が入ります。
実務者が収入配分の表を出しました。
「ここはもう少しハンガリー側へ回していいよ」
どろちゃんが数字を指します。
「よろしいのですか」
「通る列車が増えた方がみんな儲かるから」
ハンガリー国鉄が線路を維持できなければ、ウィーンとイスタンブールを結ぶ列車も走れません。
国が違っても同じ鉄道グループなので、規格と運行手順を合わせます。国境で必要な手続きは外交と税関の担当者が詰めています。
前に話したパリからイスタンブールまで三泊で着く列車を実現するため、入国、税関、検疫は、列車内で済ませるもの、停車中に行うもの、事前に書類を送るものへ分け、全経路での停車時間をできるだけ短くします。
「二時間くらいまで?」
「全経路を合わせて、それを目標にしています」
「お願いします」
速い列車でも、国境で一日止まれば三泊には収まりません。
◇ ◇ ◇
午後まで数字を見ました。
まだ測量が必要なところはあります。
橋の形式が決まっていない川もあります。
トンネルの長さも、地質を見なければ確定しません。
それでも、最初に大きな地図だけを見ていた頃とは違います。
もう工事区間ごとの人員と資材が並び始めています。
「じゃあ、進めてください」
どろちゃんが言いました。
「オーストリア国鉄側は、この案で進めます」
通訳が伝えます。
オスマン側も、担当区間の調査と予算の手続きを進めます。
フランスとネーデルラントには、レールや設備の供給予定を知らせます。
マルセイユでは海運側の準備も始まります。
地図の上の一本の線が、少しずつ工事現場へ変わっていきます。
◇ ◇ ◇
会議が終わるころ、別の書類が届きました。
まず、清国側からです。
康熙帝の側近が持ってきました。
「国際連合への加盟を申請したい」
正式な文書です。
「本当に加盟なさるのですか?」
どろちゃんが康熙帝を見ました。
康熙帝は頷きました。
康熙帝はこの旅行で西の国々を見て、飛行機、鉄道、工場、商売の仕組みまで実際に確かめています。
清国から西へ売れるものも、西から持ち帰りたい技術や品物もあり、国どうしが集まる場所に清国の席を持つ方がよいと判断したようです。
少し遅れて、オスマン側からも文書が出ました。
アフメト三世の名があります。
こちらも国際連合への加盟申請です。
「二つとも来たの?」
「そのようです、お嬢様」
フランソワさんが書類を見ています。
オスマン帝国では、いま目の前でウィーンまでの鉄道を相談し、海ではマルセイユともつながっています。交易相手と技術、自国の品物を売る先が増え、国を豊かにする道がいくつも見えてきました。
清国も同じです。
国際連合へ入れば、商売と技術の相手も増えます。
「では、加盟の手続きを進めていただきます」
「はい、お嬢様」
どろちゃんは二通の申請書を重ね、エルレンフェルトの無線を使ってアン女王とネーデルラント側へ確認を取りました。
どちらからも異議はありません。
加盟書類が整えられ、その日の国際連合の当番を務めているルイ14世が署名しました。清国とオスマン帝国も署名し、その日のうちに両国の正式加盟が成立します。
朝にはイスタンブールの別荘ができ、昼にはウィーンまでの鉄道がかなり具体的になり、夕方には清国とオスマン帝国が国際連合へ加わりました。
「今日は増えたね」
「何がでございますか」
「家と線路と国」
フランソワさんが少し考えました。
「最後のものだけ、ずいぶん大きいように思います」
「そうかも」
どろちゃんは署名の終わった書類を確認しました。




