154貴族令嬢は練兵場へ行きます。
第154章 貴族令嬢は練兵場へ行きます
翌日、アフメト三世が用意した練兵場には、朝からずいぶん人が集まっていました。
今日は射撃の競技です。
参加者は八人。オスマン帝国から二人、フランス代表団の警備を担当する武官から二人、清国代表団から武官が二人。そしてエルレンフェルトから、どろちゃんとFEさんが一人ずつ出ます。
銃は持ち込み自由です。
標的は直径20cmの同心円で、中心から半径1cm以内が10点。その外側へ1cm広がるごとに9点、8点と下がり、いちばん外側が1点。円の外へ出れば0点です。
本射は100m、200m、400mで、それぞれ5発ずつ撃ちます。
ただし、同じ10点でも距離が違えば難しさが違います。
そこで競技得点は、100mの標的得点をそのまま、200mは2倍、400mは4倍して計算することになりました。
満点は100mが50点、200mが100点、400mが200点で、総合350点です。
本射の前には、好きな距離で5発だけ調整射撃ができます。
アフメト三世が参加者を順に紹介しました。
◇ ◇ ◇
最初はオスマン帝国の一人目です。
伝統的な軍装を着た武官で、持ってきたのは長銃身の前装式マスケット銃でした。
調整射撃は100mで行います。
5発を撃って標的を確認すると、本人はしばらく穴の位置を見ています。銃がどこへ飛ぶのかというより、どのくらい散るのかをつかんだようでした。
本射100mは、6点、5点、7点、4点、2点。
標的得点24点、そのまま競技得点も24点です。
オスマン側から拍手が起きました。
200mは、0点、0点、2点、0点、1点。
標的得点は3点。2倍して6点です。
400mは5発とも円の外でした。
合計は30点です。
本人も周囲も、それほど悪い顔はしていません。400m先にある直径20cmの円は、長銃身の滑腔銃なら、入っただけでも立派な結果になる距離です。
二人目は、少し貴族らしい雰囲気の人でした。
この人も100mで調整します。
本射100mは、8点、8点、7点、4点、8点。
標的得点は35点です。
200mは、0点、2点、3点、0点、1点。
標的得点6点なので、競技得点は12点です。
400mは、0点、0点、2点、0点、0点。
一発だけ、円へ入りました。
オスマン側が一気に盛り上がります。
標的では2点ですが、400mなので競技得点では8点です。
合計は55点です。
アフメト三世もかなり満足そうでした。
◇ ◇ ◇
次はフランスです。
二人は代表団の警備を担当する武官で、多数作られた滑腔銃の中から銃身や組み付けのよい一丁を選んで持ち込んでいます。弾丸の大きさと質量もそろえ、火薬量も毎回できるだけ同じにしていました。
二人は同じ銃を使います。一人目が撃ち終わったあとには、いったんきちんと清掃してから二人目へ渡します。
一人目は100mで調整します。
本射100mは、8点、8点、9点、8点、7点。
標的得点は40点です。
200mは、2点、2点、1点、3点、1点。
標的得点9点、競技得点18点。
400mでも、0点、0点、2点、0点、2点。
標的得点4点、競技得点16点。
合計74点です。
そこで銃をいったん清掃しました。
銃身を整え、火道を確認し、できるだけ同じ状態へ戻してから二人目が受け取ります。
二人目も100mで調整し、本射100mは、6点、8点、7点、6点、8点。
標的得点は35点です。
200mは、2点、4点、2点、1点、3点。
標的得点12点、競技得点24点。
400mは、0点、2点、0点、3点、1点。
標的得点6点、競技得点24点。
合計83点です。
標的に書かれた数字を単純に足せば、二人とも53点でした。
でも、この競技では遠い距離ほど重く評価されます。
一人目は100mで強く、二人目は距離が伸びても点を残しました。その違いが、74点と83点になって表れています。
◇ ◇ ◇
清国代表の二人が前へ出ました。
二人とも強そうな武官です。
清の伝統衣装のまま、瞬発式の火縄銃を持っています。
一人目は100mで調整しました。
本射100mは、9点、9点、7点、6点、8点。
標的得点は39点です。
200mは、3点、4点、6点、6点、4点。
標的得点23点、競技得点46点です。
ここで周囲がざわつきました。
400mでも、0点、2点、2点、0点、2点。
標的得点6点、競技得点24点。
合計109点です。
暫定一位になり、清国側から大きな声が上がりました。
続いて二人目も100mで調整します。
ところが、こちらは100mからかなり散りました。
2点、4点、4点、2点、1点。
標的得点は13点です。
200mは、0点、1点、0点、2点、1点。
標的得点4点、競技得点8点。
400mはすべて0点です。
合計21点でした。
清国側で何か話しています。
どろちゃんには聞こえました。
「十二人しか連れてきていないのに、そんなに射撃の上手い者を二人も入れられるか」
康熙帝の随員十二名にはそれぞれ役目があり、二人目の武官は射撃要員として選ばれてきた人物ではなかったようです。
一人目がかなり上手かったのでした。
◇ ◇ ◇
次はエルレンフェルトです。
先にFEさんが出ました。
持っているのは、スコープのない軽い小口径訓練銃TSV-1です。
調整射撃は100mにしました。
FEさんが構え、続けて5発をかなり短い時間で撃ち終わりました。
それまでの前装銃のように、一発ごとに長い装填をする必要がありません。黒色火薬の大きな煙も上がりません。
しかも弾丸が小さいので、射座から標的を見ても穴がよく分かりません。
標的を近くで確認します。
5発とも、8点圏の右上にほとんど一か所へ集まっていました。
散っているのではなく、まとまったまま少し右上へずれています。
FEさんは照準を少し直しました。
本射100mは10点、10点、10点、9点、10点で49点です。
200mは9点、8点、9点、10点、10点。
標的得点46点、競技得点92点。
400mは4点、6点、8点、6点、5点。
標的得点29点。
4倍して116点です。
合計は257点です。
練兵場の雰囲気が変わりました。
109点で首位だった清国武官から、一気に二倍以上へ飛びました。
それまでの参加者は、遠くなるほど、まず20cmの円へ入るかどうかを競っています。
FEさんだけ、400mでも円の中のどこへ入ったかを点数にしています。
◇ ◇ ◇
最後はどろちゃんです。
いつもの銃を持ってきました。
持ってきたのはモシン・ナガンM1891/30狙撃銃です。
前世の祖国を守った銃として、どろちゃんが特別に思っている一丁です。この世界では、自分のためだけに一本作りました。
改良したPE系のスコープが載っています。
「調整は400mでお願いします」
周囲が少し静かになりました。
ほかの参加者は全員、100mで5発を使っています。
どろちゃんだけ、いちばん遠い400mを選びました。
伏せて5発撃ち、標的を確認してスコープを少し調整します。
「これで大丈夫」
本射です。
100mは10点、10点、10点、10点、10点で50点です。
200mも10点、10点、10点、10点、10点。
標的得点50点。
2倍して100点です。
最後は400m。
400mは一発目10点、二発目9点、三発目10点、四発目9点、五発目10点。
標的得点48点。
4倍して192点になり、合計342点です。
満点は350点です。
◇ ◇ ◇
すぐには歓声が出ませんでした。
練兵場が、妙な空気に包まれています。
FEさんの257点だけでも驚かれていたところへ、342点が出ました。
アフメト三世も400mの標的を見ています。清国の一人目の武官も、フランスの武官二人も黙っていました。
どろちゃんは、自分の標的を見ます。
「最近、練習不足だね」
近くにいた人が聞き返しました。
「不足、ですか?」
「400mで二発外したから」
外したと言っているのは9点の二発で、標的の中心からわずかに外れたため競技得点を8点落としています。
◇ ◇ ◇
アフメト三世から、優勝者として一言求められました。
どろちゃんは、まずオスマンの言葉で話します。
「エルレンフェルトは、人が少ないんです。戦列歩兵を何列も並べて撃ち合うようなことはできません」
武官たちが聞いています。
「だから、戦闘の指揮官も、督戦用の将校も、真っ先に戦闘開始前に星になってもらいます」
少し空気が重くなりました。
「戦列の一般兵は、帰国してもらえばいいんです」
どろちゃんは400mの標的を見ます。
「今日の的は20cmでした。でも、人を止めるためなら、こんなに小さいところへ集める必要はありません。もっと遠くからでもできます」
そして、もう一つ付け加えました。
「これ、飛行機からでも撃てますし」
オスマン側が静かになりました。
どろちゃんは今度は清国側を向き、そのまま満州語で、ほぼ同じ内容を繰り返しました。
清国の武官二人が、今度は通訳を介さずどろちゃんを見ています。
最後に、どろちゃんはナーロッパ共通語でもう一度話しました。
ルイ十四世、フランスの武官たち、サヴォさん、オイゲンさんにも、同じ内容が直接伝わります。
練兵場が、もう一度静かになりました。
◇ ◇ ◇
そのあと、オスマン側の武官がTSV-1を見ながら尋ねました。
「先ほどの小さい銃は、一発ごとに装填していなかったな」
「はい。次の弾が自動で入ります」
FEさんが近い位置に用意された小さな標的へ向かいました。
短い実演です。
構えて、立て続けに5発。
五つの標的へ一発ずつ穴が開きました。
さきほどの400m射撃とは違います。
今度は、近い距離で素早く次の弾を撃てることを見せただけです。
オスマンの武官が、しばらくTSV-1を見てから尋ねました。
「これは購入できるのか」
どろちゃんが答えます。
「できません。銃は販売していません」
「オスマン帝国にも?」
「はい。どの国にも輸出していません」
清国側からも声が上がりました。
「清国にもか」
「同じです」
どろちゃんのM1891/30も、FEさんのTSV-1も販売品ではありません。
構造や製造方法についての説明もしません。
フランス側から購入の質問は出ませんでした。
以前に同じ答えをもらっています。
◇ ◇ ◇
最終順位が発表されました。
一位は、どろちゃん。342点。
二位はFEさん。257点。
三位は清国の一人目の武官。109点。
四位はフランスの二人目で83点。
五位はフランスの一人目で74点。
六位はオスマン側の二人目で55点。
七位はオスマン側の一人目で30点。
八位は清国側の二人目で21点です。
その結果を聞いて、ルイ十四世だけは少し違うところを喜んでいました。
「うちの侯爵が優勝した」
ご機嫌です。
サヴォさんもすぐに言います。
「うちの大臣です」
どろちゃんはエルレンフェルト代表として出ています。
でも、フランスでは侯爵。
サヴォイア側では大臣。
アフメト三世は二人を見て、それからどろちゃんを見ました。
◇ ◇ ◇
そのアフメト三世が、今度は少し困った顔をしました。
「余は、我が方が勝つものと思っておった」
それには理由があります。
フランスも清国も、旅に同行した少人数の代表団の中から参加者を出しています。
オスマン帝国だけは、イスタンブール周辺の軍の中から射撃の上手い者を二人選ぶことができました。
だから賞品も、最初からオスマン軍の兵士が勝つつもりで用意してあります。
「一等の賞品は、昇進である」
どろちゃんがアフメト三世を見ました。
「わたし、オスマン軍じゃないです」
「……そうであった」
少し笑いが起きました。
「二等の賞品は、休暇である」
今度はFEさんですが、FEさんもオスマン軍人ではないため、休暇を賞品として渡すことはできません。
アフメト三世はしばらく考えました。
「これも、そのままでは渡せぬな」
三等賞だけは大丈夫でした。
用意されていたのは、立派な剣です。
清国の武官が前へ出て、アフメト三世から受け取りました。
康熙帝側も拍手します。
一等と二等の賞品は、その場で代用品を決めず、あらためて選ぶことになりました。
「二人への賞については、余が改めて考えよう」
「後日ですか?」
「うむ。少し考えさせてくれ」
「はい」
昇進と休暇の代わりに、外国の二人へ何を贈るのか。
アフメト三世が熟考してから、あらためて決めることになりました。




