151貴族令嬢は、龍の絵をもらって帝国を空から見ます。
第151章 貴族令嬢は、龍の絵をもらって帝国を空から見ます
◇ ◇ ◇
零式三座は、トプカプ宮殿の海側で静かに揺れていました。
さっきまで、どろちゃんはムリヤちゃんを降りた場所にいました。
そこから水上機で5分ほどです。
馬車なら2時間以上かかるので、同じ町でも移動時間はずいぶん違います。
桟橋から上がると、フランソワさんが待っていました。
「お嬢様」
「ただいま」
「ずいぶん早くお戻りでございますね」
「飛行機だからね」
その日の夕方、康熙帝の随行員の一人が、どろちゃんとフランソワさんをしばらく見ていました。
北京を出るとき、康熙帝は随行を12人まで減らしています。
その12人に入っている易学者です。
旅の途中では、必要なときだけ皇帝の近くへ出て話す人です。
その人が、急に言いました。
「あなた方は龍ですよ」
「はい?」
どろちゃんが振り向きます。
フランソワさんも少し目を大きくしました。
「わたしたち?」
「お二人ともです」
「二人とも?」
「はい」
易学者はそれ以上説明せず、そう見えるものをそのまま言ったような顔をしていました。
どろちゃんはフランソワさんを見ました。
フランソワさんも、どろちゃんを見ました。
「龍だって」
「そのようでございますね」
「なんで?」
「わたくしにも分かりません」
◇ ◇ ◇
夜になって二人だけになってからも、その話が残っていました。
どろちゃんは鏡の前に座っています。
フランソワさんが後ろで髪を梳いていました。
「フランソワさん」
「はい」
「25歳だよね」
「はい。お嬢様は22歳でございます」
「うん」
櫛が髪を通ります。
途中で引っかかりません。
毛先までそのままです。
「昔と、あんまり変わらないね」
「お嬢様もでございます」
「もっと大人っぽくなると思ってた」
「十分に大人でございますよ」
「そういう意味じゃなくて」
どろちゃんは鏡の中の自分を見ました。
15歳のころから成長はしていますが、ここ数年の変化が妙に少なくなっています。
フランソワさんも、18歳のころから年齢を重ねているのに、25歳までの変化が外見にほとんど出てきません。
「皺、ないね」
「お嬢様にもございません」
「シミも」
「ございません」
「肌荒れしたこと、最近あった?」
「記憶にございません」
「ニキビも」
「ございませんね」
どろちゃんは自分の頬を触りました。
それから、フランソワさんの手から髪の先を少し取ります。
「枝毛もない」
「そういえば、ございません」
「これ、変じゃない?」
「少し変でございますね」
長く伸ばした髪は毛先ほど傷みやすいはずですが、二人の髪は妙にきれいなままです。
どろちゃんは、もう一つ思い出しました。
「蚊に刺されたこと、最近ある?」
フランソワさんの手が止まりました。
「……ございません」
「わたしも」
「夏も、でございますね」
「うん」
しばらく、二人とも黙りました。
「龍の鱗を、蚊が突き通せるわけないよね」
「お嬢様」
「冗談だよ」
「はい」
「半分くらい」
「半分なのでございますね」
二人で笑いました。
でも、笑ったあとでまた鏡を見ます。
この世界では、高いところに長くいるものほど妙な変化が起き、人にも植物にも同じ傾向があります。
飛んだものや高い場所で育ったものを、どろちゃんたちはもう何年も見ています。
「飛行日誌、全部足してみる?」
「総飛行時間だけでは、難しいと思います」
「高度が違うからね」
「はい」
「500mを1時間と、10000mを1時間は同じじゃない」
「それに、お嬢様もわたくしも、ほとんど操縦席でございます」
「乗せてもらってるだけの人とも違う」
どろちゃんは少し考えました。
「だめだ。飛行時間だけ出しても分からない」
「高度ごとの時間が必要でございますね」
「それでも、どれくらい効くのか分からない」
「はい」
飛行日誌には何時間飛んだか残っていますが、それだけでは足りません。
高度と、その高度にいた時間、自分で操縦や航法を行って飛行を成立させていた時間まで分ける必要があります。
それぞれがどのくらい効くのかは、まだ誰にも分かりません。
「先生、そこまで見たのかな」
「易学者の方でございますか」
「うん」
「分かりません」
「でも、いきなり二人とも龍って言ったよ」
「言われましたね」
◇ ◇ ◇
二人は、そのまま康熙帝のところへ行きました。
身体の変化について二人で話したことは、そのまま二人だけの話にしておきます。
「陛下」
「何だ」
「龍って、長生きなんですか」
康熙帝が少しだけ眉を上げました。
「急だな」
「先生に、二人とも龍だって言われたので」
「それで寿命が気になったのか」
「はい」
康熙帝は少し考えました。
「人と同じように、何十年と数えるものではない」
「長生きなのですか?」
「長く生きるものとして語られる」
「やはり、そうなのですね」
フランソワさんは何も言いません。
どろちゃんだけが少し困った顔をしました。
「龍には、男と女がありますか?」
「ある」
「女の龍もいるのですか?」
「ある」
「わたしたちは二人とも女です」
「見れば分かる」
康熙帝が言いました。
どろちゃんは少し笑いました。
「ほかには、どんな特徴がありますか?」
「何を知りたい」
「龍の特徴です」
「全部か」
「分かるところだけ、教えてください」
康熙帝は、机いっぱいに広げられる大きな紙と、墨、筆、水を用意させました。
「描くんですか」
「その方が早い」
大きな筆が動き、長い身体と曲がる胴、脚、爪、角、雲、水が描かれます。
その中に丸いものもあります。
「これ、玉?」
「珠だ」
「龍って珠を持ってるんですか」
「珠とともに描かれることは多い」
「じゃあ帰ったら作ろう」
どろちゃんが言ってから止まりました。
「……あ」
「どうされました」
「フランソワさん」
「はい」
「うち、真珠作ってる」
「作っております」
「丸い酸化アルミニウムも作れる」
「作れますね」
「炭化ケイ素も」
「ございます」
どろちゃんは、紙の中の珠を見ました。
「もう作ってる」
「かなり作っておりますね」
「龍になる前から?」
「龍であると教えていただく前から、でございます」
康熙帝が二人を見ています。
「何の話だ」
「エルレンフェルトで、丸い宝石をいっぱい作っています」
「そうか」
「はい」
「なら、珠には困らんな」
「困りません」
筆がまた動きました。
雲の横に、鋭い線が入ります。
ぎざぎざです。
「このぎざぎざは何ですか?」
「雷だ」
「雷ですか?」
「そうだ」
「雷って電気だよね」
どろちゃんがフランソワさんを見ました。
「はい」
「うち、かなり電気作ってるよね」
「かなり作っております」
「水力発電もあるし、鉄道も電気だし、工場も電気だし、電信も」
「はい」
「また増えた」
「何が増えた」
康熙帝が聞きました。
「龍っぽいところです」
「そうか」
「たぶん」
大きな墨の龍ができました。
康熙帝は、その紙を二人へ渡しました。
「持って帰れ」
「いただいてよろしいのですか」
「そのために描いた」
「ありがとうございます」
紙は大きいので、丸めて運ぶことになりました。
部屋へ戻る途中。
どろちゃんが言いました。
「フランソワさん」
「はい」
「もう、それっぽいね」
「否定する材料が、少なくなっておりますね」
◇ ◇ ◇
翌朝。
零式三座は、まだ宮殿の海側にいました。
今日はオスマン帝国の首都を空から見る遊覧で、昨日まで馬車で走ったイスタンブールを海と空から眺めます。
「陛下、お乗りになりますか?」
どろちゃんがアフメト3世へ聞きました。
「これにか」
「はい。3人乗りです」
「乗ろう」
最初の便は、前席のどろちゃんと、アフメト3世、護衛一人です。
係留を解く前に燃料量と燃料系統を確認し、エンジンを始動します。回転が安定してから舵面を動かし、水面の船と風向、離水方向も確かめました。
「行きます」
零式三座が水面を走りました。
フロートが浮き上がり、サライブルヌの横から空へ出ます。
高度を抑えて飛ぶと、ボスポラス、金角湾、旧市街、アジア側まで、昨日まで馬車の窓から少しずつ見ていたものが一度に見えます。
アフメト3世は、自分の都を空から見ています。
「海が多いな」
「上から見ると、よく分かります」
「丘も多い」
「馬車で走ると、お尻でも分かります」
「まだ言うのか」
「新しい馬車を作ったので、もう大丈夫です」
短く一周して、また水面へ戻りました。
◇ ◇ ◇
二便目は、ルイ14世とフランス側のいつもの人です。
「今度は余か」
「はい」
「どこまで行く」
「近くだけです」
「ダーダネルスは」
「零式三座ですと往復だけで2時間ほどかかります。明日、大きい方でご覧いただけます」
「では明日にしよう」
乗客を替えたあと、どろちゃんはもう一度燃料とエンジン、舵面、水面と風を確認して離水しました。
ルイ14世は、飛行そのものにはもう驚きません。
今日は観光客です。
窓の外を見て、昨日通った道を探しています。
「昨日の馬車は、あのあたりか」
「たぶんそうです」
「空からでは早すぎる」
「馬車だと遅すぎました」
「ちょうどよいものはないのか」
「新しい馬車があります」
また、その話になりました。
◇ ◇ ◇
三便目は、サヴォさんとオイゲンさんです。
「今日は観光ですからね」
どろちゃんが先に言いました。
「分かっている」
サヴォさんが答えます。
「はい」
オイゲンさんも答えました。
燃料、エンジン、舵面と周囲を確かめて三度目の離水をすると、二人とも海峡や港、丘、道、城壁を見ています。
「観光ですよ」
「見ているだけだ」
「はい」
「地形がよく分かるな」
「だから観光です」
「そういうことにしておこう」
どろちゃんは前を向きました。
◇ ◇ ◇
三便が終わっても、首都遊覧は終わりませんでした。
宮廷側にも、自分たちの都を空から見てみたい人がいます。
一度に乗れるのはどろちゃん以外に二人なので、希望者を二人ずつ乗せます。
乗り換えるたびに燃料、エンジン、舵面と水面の安全を確認し、離水、遊覧、着水を朝から何度も繰り返しました。
昨日、易学者はどろちゃんとフランソワさんを見て、
「あなた方は龍ですよ」
と言いました。
その翌朝、どろちゃんは何度も水から出て空へ昇り、また水へ戻っています。
易学者は桟橋の近くから、それを見ていました。
何も言いませんでした。
◇ ◇ ◇
さらに翌日は、ムリヤちゃんで飛びます。
昨日は、オスマン帝国の首都を見ました。
今日は、オスマン帝国の領地を空から見ます。
北から南まで広がる帝国を、途中で着陸せず窓から見て回る遊覧です。
規模がまるで違います。
「60人までです」
どろちゃんが言いました。
ムリヤちゃんは巨大ですが、今回は人が座るために用意されている区画だけを客席として使い、貨物室は空けたままにします。
その条件で参加者は60人までです。
「貨物室は空いているのではないか」
「空いています」
「なら、まだ乗れるだろう」
「席がありません」
「椅子を置けばよい」
「今日は置きません」
どろちゃんは即答しました。
皇帝、国王、サヴォさん、オイゲンさん、各国の随行とオスマン宮廷側の希望者を合わせ、人数を調整して60人です。
「今日は途中で着陸いたしません」
どろちゃんが説明しました。
「昨日は首都を見たので、今日は陛下の領地を見ます。全部、窓からです」
アフメト3世が地図を見ました。
「エジプトもか」
「はい」
「エルサレムも」
「はい」
「ギリシャも」
「はい」
「どこにも降りないのか」
「降りません。今日は帝国を空から見るだけです」
「メッカは」
誰かが聞きました。
「行きません」
「なぜだ」
「怒られそうなので」
短い返事でした。
「エルサレムはよいのか」
「エルサレムは、多くの人にとっての聖地でしょう」
どろちゃんは言いました。
「見たものを吉兆だと思う人もいるでしょうし、そうじゃないと思う人もいるでしょうし、それぞれで考えてもらえばいいです。わたしたちは何も言いません」
「なるほど」
「今日は宗教のことを決めに行くのではなく、陛下の領地を空から見る日ですから」
◇ ◇ ◇
出発前、どろちゃんは操縦席で燃料量と各エンジン、舵面、計器、無線を確認しました。外ではFEさんたちが機体周囲と貨物・客席側を確認します。
「燃料、問題ありません」
「エンジンも大丈夫です」
フランソワさんと確認を合わせ、風と滑走路をもう一度見ました。
「離陸します」
6発の出力を上げると、軽いムリヤちゃんは滑走路を走り始め、十分に速度が乗ったところで機首を上げてイスタンブールを離れました。
巡航中は普通に高度を取ります。
でも、見たいものが近づくと下がります。
地中海を越えてエジプトへ入ります。ここもオスマン帝国の領地です。
イスタンブールからは遠く離れています。
アフメト3世は、今度は自分の帝国の南を窓から見ています。
ナイル沿いの緑と、その外側の乾いた土地が広がり、砂漠の縁に大きな三角形が見えてきました。
「見えた」
どろちゃんが言いました。
「ピラミッドです」
ムリヤちゃんは対象との横方向の間隔を十分に取りながら、高度を100mほどまで下げます。
フラップを大きく展開して速度も落としました。
「……上にあるな」
誰かが言いました。
大きなピラミッドの頂上は、ムリヤちゃんの飛んでいる高さより上です。
「大きい」
どろちゃんも言いました。
上空から三角形を見るのとは違います。
窓の横に、巨大な石の斜面があります。
何千年も前からそこにあるものの横を、6発の巨大輸送機がゆっくり通ります。
反対側の人にも見えるよう、大きく回ってもう一度通ります。
「今日は、空の車窓だね」
どろちゃんが言いました。
◇ ◇ ◇
ピラミッドを離れると東へ進み、紅海へ抜けます。
ここでも、まだ帝国の中を見ています。
シナイ半島の南側へ回り、アカバ湾へ入ります。
今度は、乾いた山の間に青い水が細長く伸びる海です。
ムリヤちゃんは北へ進みます。
「細いな」
「海なのに、谷みたいです」
どろちゃんが答えました。
アカバ湾の奥まで見てから、向きを変えます。
次はエルサレムで、ここもアフメト3世の帝国の中です。
◇ ◇ ◇
町が近づく前に、どろちゃんは周囲の地形と建物を確認し、フラップを大きく展開して高度を100mほどまで下げました。
航空法による高度制限のない時代なので、地形、建物、人や動物を避ける判断は操縦する側が行います。
「見えます」
城壁や屋根、聖堂、岩のドームが見えます。
ムリヤちゃんが、低く、ゆっくり横切ります。
地上からは、巨大なものが低速で空を進む姿をしばらく見上げられます。
地上では、吉兆だと思う人も、何かの徴だと言う人も、外国の機械だと見る人もいました。
複数の宗教にとって意味のある町なので、解釈は一つにまとまりません。
ムリヤちゃんは何も告げません。
紙も撒きません。
着陸もしません。
ただ、通り過ぎました。
しばらくすると、それぞれがそれぞれの説明を持ったまま、別の話をするようになります。
◇ ◇ ◇
エルサレムを離れると、ムリヤちゃんは再び高度を取り、北へ向かってアナトリアを越えます。
長い移動のあと、黒海へ出ました。
今度は西です。
海を左に見ながら進みます。
ブルガリア上空も、まだオスマン帝国の領地です。
そこから南へ向きを変えてギリシャへ入っても、まだ帝国の中です。
やがて、指のように海へ細長く突き出した半島が並び、その東側が見えてきました。
「ここです」
どろちゃんが高度を下げました。
アトス半島には山と海が迫り、海岸や斜面に修道院があります。
ここもオスマン帝国の支配下にありながら、修道院共同体の暮らしが続いている場所です。
再び高度を下げ、ムリヤちゃんは修道院の横を通ります。
「すごいところに建てたね」
どろちゃんが窓の外を見ました。
「船で来る方が楽そうでございます」
フランソワさんが言います。
「道を作る方が大変そう」
「そう思います」
上空から通過すると、修道院は横へ流れていきました。
◇ ◇ ◇
さらに南のアテネも、この時代にはオスマン帝国の町です。
町と丘、海、古い建物が見えるところでムリヤちゃんは再び高度を落とします。
見終わると北東へ向かい、エーゲ海の島々と海岸を見ながら進みました。
そして、ようやくダーダネルス海峡が見えてきました。
帝国の海峡を通って、首都へ戻ります。
「昨日、零式三座で行かなかったところです」
どろちゃんが言いました。
「これなら全員で見られるな」
ルイ14世が窓の外を見ています。
「だから今日にしました」
細いダーダネルス海峡へ入り、両岸と行き交う船を見ながら北東へ抜けると、マルマラ海です。
前方に、イスタンブールが戻ってきました。
◇ ◇ ◇
朝に出てから一度も着陸せず、エジプトのピラミッド、紅海、アカバ湾、エルサレム、アナトリア、黒海、ブルガリア、アトス半島、アテネ、ダーダネルス海峡まで、全部を窓から見ました。
昨日は首都、今日は帝国です。
イスタンブール近郊へ戻ると、どろちゃんは風と滑走路を確認し、エンジンと計器を見ながら着陸進入へ入ります。
フラップを着陸位置へ出し、ムリヤちゃんの大きな車輪が滑走路へ接地しました。十分に減速してから誘導位置まで進み、停止します。
「終わりです」
どろちゃんが言いました。
60人限定で、一度も途中着陸しない空の観光旅行を終えました。巨大輸送機の貨物室は最後まで空けたままです。
◇ ◇ ◇
その夜、大きな墨絵はまだ丸めたままです。
エルレンフェルトへ持って帰る予定です。
「フランソワさん」
「はい」
「昨日、龍って言われたよね」
「言われました」
「今日はずっと空飛んでたね」
「昨日も水から何度も上がっておられました」
「珠も作ってる」
「はい」
「雷も電気だし」
「はい」
「長生きらしいし」
「そのようでございますね」
どろちゃんは少し考えました。
「ますます、それっぽいね」
「はい」
二人はまだ自分たちを龍だと決めていません。
それでも、康熙帝が12人だけ連れてきた随行員の一人は、
「あなた方は龍ですよ」
と、ずいぶん簡単に言ったのでした。
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第151章の小さな説明
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【康熙帝の随行12人と易学者】
本作では、康熙帝は北京を出る際に随行を12人まで絞っています。大規模な宮廷一行ではなく、長距離旅行に必要な人だけを選んだ編成です。
本章の易学者は、その12人に含まれる人物として扱っています。そのため、単に旅先で出会った占い師ではなく、康熙帝が遠いヨーロッパまで同行させる価値があると判断した専門家です。
ただし「龍」という判断が何を根拠にしているのかは、本章でも確定しません。
【どろちゃんとフランソワさんの年齢】
1709年1月時点で、どろちゃんは22歳、フランソワさんは25歳です。
二人は同じ12月1日生まれで、3歳差です。
本章では、二人が10代後半から外見上の成熟や経年変化が妙に少なくなり、髪や皮膚の傷みまでほとんど見られないことを、本人たちが改めて並べて考えています。
【飛行時間だけでは比較できない理由】
本作の「高いところほど偉い」という現象では、高度と滞在時間の両方が影響します。
さらに、自分で操縦や航法を行い、飛行を成立させる側は、単に運ばれている乗客より強く評価される傾向があります。
そのため飛行日誌から総飛行時間だけを合計しても、どろちゃんとフランソワさんにどの程度影響が蓄積したのかは求められません。
高度ごとの滞在時間まで整理する必要がありますが、それでも世界側がどのような計算をしているのかは分かっていません。
【零式三座の遊覧飛行】
零式三座は、史実の愛知E13A系を基礎にした、どろちゃん専用の改造水上機です。
3座なので、どろちゃんが操縦すると客は一度に2人までです。
本章では最初にアフメト3世と護衛、次にルイ14世とフランス側のいつもの人、次にサヴォさんとオイゲンさんを乗せ、その後はオスマン宮廷側の希望者を2人ずつ乗せています。
初日の目的は、オスマン帝国の首都イスタンブールを空から見ることです。
ダーダネルス海峡までは零式三座では時間がかかるため、この日は首都周辺だけを飛び、翌日のムリヤ遊覧で見ることにしています。
【2日目はオスマン帝国領の遊覧】
初日の零式三座は「首都イスタンブールを見る日」です。
翌日のムリヤ遊覧は「オスマン帝国の領地を見る日」です。
1709年のエジプト、エルサレム、ブルガリア、アテネを含むギリシャの広い地域、アトス半島、ダーダネルス海峡はいずれもオスマン帝国の支配圏にあります。
したがって本章の長距離遊覧は、世界の名所を無関係に拾う旅行ではなく、アフメト3世自身を含む一行が、広大な帝国を一日で空から眺める旅行として構成しています。
メッカだけは、低空遊覧を行うには宗教的に問題が大きすぎるとどろちゃんが判断し、経路から外しています。
【60人限定のムリヤ遊覧】
ムリヤちゃんでは、人が乗るために用意された区画だけを使い、貨物室には臨時座席を設けません。その条件で参加者を60人までに制限しています。
参加人数は、人が安全に座れる客席の数で決めています。
【低空遊覧】
ピラミッドやエルサレムなどでは、おおむね100m程度まで高度を下げ、フラップを大きく展開して速度を落とします。
1709年には航空機の最低高度を定める航空法は存在しません。
その代わり、建物、地形、風、鳥、地上の人や動物などを避ける責任は操縦する側にあります。
本章では、対象物との横方向の間隔を取りながら低速で通過しています。
【エルサレムとメッカ】
この遊覧ではメッカへ行きません。
どろちゃんは、イスラム教の中心的聖地へ巨大機で低空遊覧に行けば無用な問題を起こす可能性が高いと考え、最初から経路から外しています。
一方、エルサレムでは着陸、宣伝、宗教的主張をせず、上空を通過するだけです。
複数の宗教が強い意味を持つ町なので、地上で見た人それぞれの解釈をそのまま残します。
【アトス半島】
ギリシャ北部、ハルキディキ半島の東側に伸びる細長い半島です。
本章では海側を低空で通過し、斜面や海岸にある修道院をムリヤちゃんの窓から眺めています。
アトス半島も上空から眺めて通過します。
【龍について】
本章では、中国の龍に雌雄があり、長命の存在として語られ、珠、雲、水、雷などと結びつけて表現される、というイメージを康熙帝から聞いています。
現段階では、易学者の判断と、二人が自分たちについて観察してきた現象が妙に重なっているところまでです。




