148貴族令嬢は皇帝陛下に町を案内していただきます。
第148章 貴族令嬢は皇帝陛下に町を案内していただきます
昼食会が終わりました。
食事の最後に出たシャーベットの甘さと、香の匂いがまだ少し残っています。
どろちゃんは立ち上がりました。
お尻は、まだ痛いです。
座っているあいだは忘れたふりをしていましたが、立つと分かります。
「お嬢様、大丈夫でございますか」
「歩く方が楽」
フランソワさんも、今日はその言葉を否定しませんでした。
午前中にイスタンブール郊外へ降りてから、2時間以上。
石畳と坂道を馬車で揺られました。
そして会談。
昼食。
普通なら、少し部屋へ戻って休むところです。
ところが、アフメト3世が席を立つ前に言いました。
「午後は、私が町を案内しよう」
通訳がナーロッパ共通語へ直します。
ルイ14世がすぐに顔を上げました。
「それはよい」
康熙帝の側近が、その言葉を満州語へ伝えます。
康熙帝も頷きました。
サヴォさんは、もう外へ出るつもりでいます。
どろちゃんだけ、少しだけ嫌な予感がしました。
「何で回るんですか」
アフメト3世は、どろちゃんへ直接答えました。
「馬車だ」
「……やっぱり」
フランソワさんが横を向きました。
笑ってはいません。
たぶん。
◇ ◇ ◇
今回の案内には、通訳が何人も付きます。
アフメト3世は、どろちゃんにはオスマン側の言葉でそのまま話せます。
どろちゃんも、そのまま返せます。
でも、ルイ14世やサヴォさんには、その言葉は分かりません。
そこでアフメト3世の側近の一人が、ナーロッパ共通語で補います。
この人は外交の仕事をしていて、フランス側とも直接話せます。
だからアフメト3世が、
「ここは、昔からこの町の中心の一つだ」
と話すと、側近が地名や年代、建物の役割を少し足してナーロッパ語へ直します。
ルイ14世。
サヴォさん。
フランソワさん。
フランスから来た人たち。
こちらは、そのまま聞けます。
清側だけはもう一段あります。
ナーロッパ語を扱える康熙帝の側近が、そこから満州語へ直します。
人数が多いので、一人が全部の通訳をするよりずっと楽です。
どろちゃんは、通訳として捕まりません。
今日は普通に見物する人です。
「お嬢様が普通に見物なさるのでございますね」
「なんでそんな言い方するの」
「昨日から、お仕事のお話ばかりでございましたから」
「今日は町を見るよ」
フランソワさんは頷きました。
「できれば、お座りになる時間は短めに」
「それ、とっても大事」
◇ ◇ ◇
宮殿の外には、馬車が用意されていました。
朝に乗ってきたものより、ずっと立派です。
金属の飾り。
塗装された木部。
厚い布。
窓。
座席。
アフメト3世自身が使うものもあります。
1709年。
ちょうどこの年、アフメト3世のためには非常に高価な新しい乗用馬車も作られています。
どろちゃんは馬車の横に立って、少しだけ下を見ました。
「どうした」
アフメト3世が聞きました。
「朝の馬車と揺れ方が少し違うかなと思って」
「乗る前から分かるのか」
「下を見れば、少し」
客室は、車軸の上へ直接置かれていません。
太い革帯を使って、下の走行部分から浮かせています。
ヨーロッパでも使われている方法です。
「やっぱり吊ってある」
どろちゃんが小さく言いました。
「何か変なのですか」
フランソワさんが聞きます。
「逆。ちゃんと考えてある」
車輪が石を踏んだときの衝撃を、客室へそのまま入れない。
そのために、車輪と客室を分けています。
考え方は合っています。
でも、どろちゃんは午前中にもう一つ知っています。
揺れます。
とても揺れます。
その理由は、乗ってから考えることにしました。
◇ ◇ ◇
最初の場所は近くでした。
トプカプ宮殿を出て、長く馬車へ乗るほどではありません。
巨大な建物が見えています。
アヤソフィアです。
どろちゃんは前世で写真を何度も見ています。
でも、この世界へ来てから実物を見るのは初めてです。
しかも1709年。
現代の観光地ではありません。
博物館でもありません。
モスクとして使われています。
アフメト3世が建物を見上げました。
「この町を取ったとき、メフメト2世がモスクとした」
側近がナーロッパ語で補います。
「1453年の征服後でございます。建物そのものは、さらに900年以上前の皇帝ユスティニアヌスの時代のものです」
ルイ14世が大きなドームを見ました。
「それほど古いのか」
側近が訳します。
アフメト3世が答えました。
「古いから壊す理由にはならぬ。使えるものは使う」
どろちゃんは、その言葉を聞きながら中へ入りました。
巨大な空間です。
石。
柱。
ドーム。
光。
キリスト教会として作られた建物へ、イスラムの礼拝施設として必要なものが加わっています。
歴史が一枚ではありません。
側近が説明します。
東ローマ帝国の大聖堂だったこと。
1453年以後はオスマン帝国の重要なモスクとなったこと。
周囲にメドレセなどの施設も置かれたこと。
建物が長い年月の地震で傷み、そのたびに補修されてきたこと。
ルイ14世は、壁や柱をかなり長く見ています。
「全部新しく作るより、残せるものを使うのは合理的だな」
サヴォさんが言いました。
「都市そのものが何度も持ち主を変えている。建物まで毎回作り直していたら町がなくなる」
康熙帝側では、側近がその会話を満州語へ直しています。
康熙帝もドームを見上げました。
中国の宮殿とも寺院とも違う空間です。
どろちゃんは説明を聞きながら、少し後ろへ下がりました。
大きな建物を一度に見ようとすると、首が痛くなります。
「お嬢様」
「うん」
「今度は首でございますか」
「お尻よりいい」
フランソワさんは何も言いませんでした。
◇ ◇ ◇
次は少し南西へ移動します。
また馬車です。
どろちゃんは座席へ座りました。
馬車が動き始めます。
石畳です。
がたん。
でも朝より、一発の角が少し丸い。
「革で吊ってる分は効いてる」
「やはり違うのでございますか」
「違う。でも」
ごとん。
客室が沈みます。
戻ります。
そこで次の石。
また沈みます。
今度は少し前後へ揺れます。
「止まらない」
「何がでございますか」
「揺れ」
革帯は衝撃を柔らかくします。
でも、一度動いた客室の運動を積極的に止めるものはありません。
革そのものの摩擦で少しずつ減衰はします。
それでも、現代のダンパーのように運動エネルギーを狙って食べる装置ではありません。
「細かいガタガタを丸くするのと、大きく揺れた箱を止めるのは別だね」
フランソワさんが窓の外を見ました。
「同じばねで両方できるものではないのでございますか」
「やろうと思えば、どっちも中途半端になりやすい」
石畳から入る短い周期の振動。
車体全体が揺れる長い周期の動き。
別々に扱った方が楽です。
どろちゃんは、それ以上は考えないことにしました。
今は観光です。
たぶん。
◇ ◇ ◇
馬車を降りると、広い空間へ出ました。
アトメイダヌ。
東ローマ帝国時代のヒッポドロームがあった場所です。
昔は戦車競走の巨大競技場でした。
1709年の今は、オスマン帝国の大きな広場として使われています。
馬術。
槍を使う競技。
祝祭。
宮廷の行事。
そして、ときには政治的な騒動。
用途は変わっても、人が集まる場所であることは変わっていません。
アフメト3世が、広場に残る古い石柱を指しました。
「これは、この国が建てたものではない」
側近がナーロッパ語へ直します。
「古い競技場の中央線に置かれていた記念物が、今も残っております」
エジプトから運ばれたオベリスク。
デルフォイから運ばれた蛇の柱。
ずっと昔の帝国が集めたものです。
「ここ、何回国が変わってるんだろう」
どろちゃんが言いました。
アフメト3世には直接通じます。
「数え方による」
「ですよね」
少し歩くと、さらに大きな建物があります。
スルタン・アフメト・モスク。
今のアフメト3世ではなく、アフメト1世が建てさせたものです。
アフメト3世から見れば曽祖父にあたります。
「曾祖父の建物だ」
アフメト3世が言いました。
少しだけ、説明する声が変わりました。
自分の一族がまだ近い時代に建てたものです。
側近が補足します。
「1609年に工事が始まり、1616年に礼拝が始まりました。付属施設まで含めると1617年以後も整備が続いております」
「まだ100年経ってないんだ」
どろちゃんが言いました。
「新しいな」
ルイ14世も、その説明はすぐ理解しました。
自分より少し前の世代です。
建物だけではありません。
学校。
市場。
浴場。
病人を扱う施設。
食事を供給する施設。
モスクを中心に、町の機能が一つのまとまりになっています。
「教会だけを作るのとは違うな」
ルイ14世が言いました。
アフメト3世の側近が訳します。
「大きなモスクは、周囲の施設と一緒に作られることが多うございます」
どろちゃんは、建物そのものより周囲も見ました。
町を作るとき、建物一個だけを置いて終わりではない。
学校。
食事。
医療。
商売。
水。
人が集まれば、全部必要です。
「大学の町みたい」
「何か似ているのでございますか」
「一個の建物じゃなくて、機能をまとめて置くところ」
フランソワさんは頷きました。
その横では康熙帝が、満州語の説明を聞きながら周囲を見ています。
大国を治める人は、立派な屋根だけを見ていません。
◇ ◇ ◇
3か所目は、大市場です。
馬車で近くまで行きました。
でも、中へ馬車ごと入るわけにはいきません。
人が多すぎます。
どろちゃんたちは降りました。
護衛が少し増えます。
アフメト3世自身が歩いているので、周囲もいつもの市場とは違う緊張があります。
それでも店は店です。
布。
金属製品。
革。
香料。
宝飾品。
食器。
道具。
小さな品物が、通路の両側へ続きます。
市場全体が最初から一つの巨大建物として作られたわけではありません。
中心になるベデステンがあり、その周囲へ店と工房と宿が増え、通路がつながり、屋根が掛けられ、長い年月をかけて大きな商業地区になりました。
アフメト3世が言います。
「ここを見れば、町に何が入ってきて、何が出ていくか分かる」
側近がナーロッパ語で補いました。
「征服後、メフメト2世の時代に中心となるベデステンが置かれました。高価な品物を扱い、夜は閉じて守ります」
サヴォさんの目が変わりました。
この人は市場を見ると早いです。
「税も取れる」
「もちろんだ」
アフメト3世が答えます。
「人が集まるところには、秩序が要る」
ルイ14世は布の店を見ています。
どろちゃんは宝石の店を見ました。
前世なら高価な石です。
今のどろちゃんは、自分のところでサファイアも色変わり石も炭化ケイ素も作っています。
でも、天然石には天然石の面白さがあります。
「買わないでくださいませ」
フランソワさんが先に言いました。
「まだ何も言ってない」
「見ておりました」
「見るくらいいいでしょ」
「もちろんでございます」
アフメト3世が二人を見ました。
「欲しいものがあるなら持っていけばよい」
「だめです」
どろちゃんより先にフランソワさんが答えました。
アフメト3世が少し笑いました。
通訳されたルイ14世も笑っています。
康熙帝側は、そこまで律儀に満州語へ訳すか少し迷っていました。
結局、訳しました。
◇ ◇ ◇
4か所目へ向かいます。
また坂です。
また馬車です。
どろちゃんは座りました。
「お嬢様」
「言わないで」
「まだ何も申し上げておりません」
「お尻の話でしょ」
「はい」
馬車が上り坂へ入りました。
馬の速度が落ちます。
御者が前を見ながら手綱を調整します。
荷車。
歩く人。
横道。
石畳の段差。
坂道では、ただ前へ進めばよいわけではありません。
下りなら、車体が馬を押します。
曲がりながら下れば、さらに怖い。
どろちゃんは窓から下を見ました。
車体がゆっくり左右へ揺れています。
「これ、山道ではもっと怖いね」
「この町でも十分でございます」
「崖っぷちで柔らかく吊った箱が揺れ続けたら嫌だなあ」
ヨーロッパには、鋼のばねを使い始めた馬車もあります。
でも1709年の鋼材は、現代の均一なばね鋼ではありません。
品質差もあります。
折れることもあります。
片側のばねが崖沿いで折れたら。
車体が急に傾いたら。
外側の車輪が穴へ落ちたら。
乗り心地のための装置が、別の条件では危険を増やします。
「ばね付ければ終わり、じゃない」
「何のお話でございますか」
「馬車」
「作るのでございますか」
「まだ作るって言ってないよ」
フランソワさんは黙りました。
どろちゃん自身も、まだ作ると言っていません。
◇ ◇ ◇
坂を上がったところに、大きなモスクがあります。
スレイマニエ。
スレイマン1世のために、ミマール・スィナンが造った大規模な建築群です。
完成したのは1557年。
1709年でも、150年ほどしか経っていません。
アフメト3世が、少し離れたところから全体を見せました。
「この町では、高いところへ大きな建物を置く」
どろちゃんも周囲を見ます。
丘。
その向こうに金角湾。
さらにガラタ側。
建物の屋根が段々に下がっていきます。
「上から見ると、道がどこを通るか分かりやすい」
鉄道を考える人の感想になりました。
側近が説明を続けます。
モスクだけではありません。
複数のメドレセ。
食事を供給するイマレット。
医療施設。
宿泊や商業に関わる施設。
宗教施設と教育、福祉、都市サービスが組み合わされています。
康熙帝が、側近から満州語の説明を聞いたあと、何か質問しました。
その側近がナーロッパ語へ戻します。
「これだけの施設を維持する財源は、どこから出すのかと陛下がお尋ねです」
アフメト3世が答えます。
ワクフ。
土地や商店などの収益を、施設の維持へ結びつける仕組みです。
どろちゃんはそこへ少し食いつきました。
「建てたあとにお金がなくなるのを防ぐんだ」
アフメト3世が頷きます。
「建物だけ作っても、働く者の給金と食料がなければ終わる」
「それ、とっても大事」
ルイ14世も聞いています。
国家の金だけで全部を毎年直接支払うのとは違います。
資産の収益を特定の目的へ結びつける。
どろちゃんの世界で言えば、基金や持株会社の利益を特定事業へ回す考え方にも少し似ています。
「どこでも、作るより維持の方が難しいね」
サヴォさんが言いました。
「鉄道も同じだ」
「はい」
どろちゃんは即答しました。
この話だけは、完全に仕事です。
◇ ◇ ◇
午後の日が少し低くなってきました。
4か所を回り、トプカプ宮殿へ戻ります。
また馬車です。
どろちゃんはもう文句を言いません。
言っても石畳は平らになりません。
ただ、今度は揺れ方を観察しています。
車輪が小さな凹凸を踏む。
革帯がその衝撃を少し丸める。
客室は遅れて動く。
大きな周期で揺れる。
減衰が小さいので、一度動くと何回か続く。
座席の詰め物は最後の細かな振動を吸収してくれます。
でも、客室全体の動きまでは止めません。
「細かい振動を取るところと、大きい揺れを止めるところを分ければいいんだ」
どろちゃんが窓の外を見ながら言いました。
「何か決まりましたか」
「まだ」
「そうでございますか」
「たぶん」
フランソワさんは、それ以上聞きませんでした。
こういうときのどろちゃんは、頭の中で図面を描き始めています。
◇ ◇ ◇
トプカプ宮殿へ戻りました。
アフメト3世は最後まで自分で案内してくれました。
「どうだった」
「とっても面白かったです」
「それだけか」
「町が大きいです。坂が多いです。市場がすごいです。建物を単独で作らないで、学校とか食事とか医療まで一緒に置いてるのが面白いです」
少し考えて、もう一つ足しました。
「あと、馬車が揺れます」
アフメト3世が笑いました。
ルイ14世も笑います。
康熙帝は、満州語へ訳される前にどろちゃんの顔を見て、だいたい分かったようでした。
サヴォさんは腰を少し伸ばしています。
同じです。
夕食までは、まだ少し時間があります。
どろちゃんは時計を見ました。
「わたし、いったん帰ります」
ルイ14世が振り向きました。
「今からか」
「はい。数日で戻ります」
「何をしに」
「ちょっと作りたいものができました」
フランソワさんが小さく息を吐きました。
「やはりでございますか」
どろちゃんはアフメト3世へ向き直りました。
「オイゲン伯爵とマルガレータ男爵は、こちらに残ります。実務者会議もありますし、必要なことは二人へ伝えてください」
「そなた自身は帰るのか」
「はい。フランソワさんと戻ります」
「夕食は」
「家で食べます」
ルイ14世が言いました。
「何を作るのか、まだ言わぬのだな」
「図面にしてから言います」
どろちゃん自身、まだ寸法を決めていません。
言葉だけ先に大きくするのは嫌です。
◇ ◇ ◇
チェブラーシカちゃんのところへ戻りました。
オスマン側の案内役と兵士が一緒に来ます。
朝に降りた平地です。
チェブラーシカちゃんは、そのまま待っています。
その少し先。
どろちゃんは、もっと長く地面を見ました。
海岸に近い平坦地。
南北方向へ、長く連続して空いています。
ムリヤちゃんが来るなら、チェブラーシカちゃん用の1km程度では足りません。
神様の滑走路が現れる余地が必要です。
今はまだ、ただの空き地です。
「お願いがあります」
どろちゃんはオスマン側の担当者へ直接話しました。
「この方向の空き地、数日だけ何も置かないでおいてください」
「どこまででございますか」
どろちゃんは歩きながら、使ってほしくない範囲を示しました。
「人が通るのはいいです。でも、荷車とか材木とか、動かすのに時間がかかるものは置かないでほしいです。馬も夜は別の場所へ」
「何か来るのでございますか」
「大きい飛行機を持ってくるかもしれません」
嘘ではありません。
でも、神様がいつ何を出すかをどろちゃんが命令できるわけではありません。
条件を整えておくだけです。
「承知いたしました」
担当者が兵士へ指示しました。
どろちゃんは、もう一度空き地を見ました。
北と南。
この土地の風にも合っています。
「じゃあ帰ろう」
「はい、お嬢様」
フランソワさんが右席へ乗ります。
どろちゃんは左席です。
夕食前のイスタンブールを離れます。
離陸すると、さっきまで何時間もかけて回った町が、窓の下で一度に見えました。
アヤソフィア。
スルタン・アフメト・モスク。
丘の上のスレイマニエ。
その間を埋める家と店と道。
とても大きな町です。
でも、どろちゃんの頭の中には、町の地図とは別に、もう一枚。
馬車の図面ができ始めていました。
【小さな説明】
【1709年のアヤソフィア】
現在のアヤソフィアは、時代によって教会、モスク、博物館、再びモスクと用途が変わっています。
1709年には明確にモスクです。
現在の主要建物は、東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世の命令で建設され、537年に献堂されました。
1453年にメフメト2世がコンスタンティノープルを攻略すると、アヤソフィアはモスクへ転用されます。
その後、オスマン時代を通じて補修や補強、付属施設の整備が続きました。
本作でアフメト3世が「古いから壊す理由にはならぬ」と話す部分は創作ですが、オスマン側が建物をモスクとして使い続け、維持・改修してきた事実を背景にしています。
【スルタン・アフメト・モスクとアトメイダヌ】
スルタン・アフメト・モスクは、現在「ブルーモスク」の名でも知られます。
本作では1709年の人物が使う呼び名として、スルタン・アフメト・モスクとしています。
アフメト1世の命令で1609年に工事が始まり、1616年に礼拝が始まりました。
付属施設を含む建築群は1617年以後も整備されています。
1709年なら、完成してからまだ100年も経っていない比較的新しい大建築です。
アフメト1世は、アフメト3世の曽祖父にあたります。
モスク前のアトメイダヌは、東ローマ帝国のヒッポドロームがあった場所です。
オスマン時代にも広場として使われ、馬術競技、祝祭、宮廷行事、政治的事件などの舞台になりました。
古代の競技場中央線に置かれたエジプトのオベリスクや蛇の柱なども残っていました。
【大市場】
現在のカパル・チャルシュ、いわゆるグランド・バザールは、最初から現在のような巨大な一体建築として造られたものではありません。
1453年の征服後、メフメト2世の時代に中心となるベデステンが置かれました。
その周囲へ店、工房、ハンなどが増え、通路の屋根がつながり、長い時間をかけて巨大な商業地区へ成長しています。
1709年にもすでにイスタンブールを代表する商業中心の一つです。
ただし、その後も火災や地震、再建を繰り返しているため、現在見られる市場の細部をそのまま1709年へ持ち込むことはできません。
本作では、当時すでに成立していたベデステンを中心とした大規模商業地区として描いています。
【スレイマニエ】
スレイマニエ・モスクとその建築群は、スレイマン1世の命令でミマール・スィナンが設計しました。
1550年に工事が始まり、モスクは1557年に完成しています。
モスクだけでなく、教育、食事、医療などを担う複数の施設が一体になった大規模なキュッリエです。
イスタンブールの丘の上に建ち、都市景観の大きな基準点になりました。
本作で康熙帝が維持費に関心を示すのは創作ですが、こうした施設をワクフ財産の収益で支える制度そのものはオスマン社会の重要な仕組みでした。
【1709年のアフメト3世の馬車】
1709年には、アフメト3世のために「ヒントゥ(hintu)」型と記録される非常に高価な馬車が製作されています。
記録された費用は3705クルシュです。
ただし、その馬車の懸架装置が具体的にどの方式だったかまでは、確認できる史料から断定できません。
そのため本作の午後の馬車は、17世紀にはすでに広く知られていた革帯で客室を吊るす方式として描いています。
ヨーロッパでは17世紀後半から鋼製ばねを馬車へ試す例も現れていますが、18世紀前半にすべての馬車へ普及していたわけではありません。
革帯は路面からの衝撃を和らげますが、現代のショックアブソーバーのような減衰装置は持ちません。
そのため、
細かな衝撃は柔らかくなる。
客室全体の大きな揺れは長く残る。
という二つの性質が同時に起きます。
どろちゃんが次に考えるのは、この二つを別々の装置へ担当させる方法です。




