特別編6 プリンツ・オイゲンは、自宅でフランス王を見つけます。事実は小説よりも奇なり
特別編6 プリンツ・オイゲンは、自宅でフランス王を見つけます
エルレンフェルトの冬です。
プリンツ・オイゲンは、自宅へ戻りました。
最近は、みんなからオイゲンさんと呼ばれることの方が多くなっています。
帝国軍を率いて戦場を走り回る仕事は、もうしていません。
エルレンフェルトでは、軍政、兵站、防衛、警備、外交。
戦争を始めるためではなく、戦争を始めなくても済むようにする仕事が増えています。
でも、この人は本来、ただの「オイゲンさん」ではありません。
プリンツ・オイゲン。
サヴォイア家につながる王侯家の公子です。
そして、フランス軍にとっては、かなり嫌な軍人でした。
*
玄関を入ると、今日は人が少し多くいました。
フランス側の付き人。
エルレンフェルトの警備員。
それから、見覚えのある外套。
オイゲンは足を止めました。
「陛下がお見えなのか」
「はい」
家の人が答えました。
「いつからだ」
「少し前からでございます」
「誰と話している」
「お母様と」
オイゲンは、しばらく何も言いませんでした。
会議の予定は聞いていません。
軍の話もありません。
フランスから正式な使節が来る話もありません。
それなのに、フランス国王が自宅にいます。
しかも、母親と話しています。
*
部屋の扉は閉まっていませんでした。
中から話し声が聞こえます。
「昔のパリより、こちらの冬の方が暮らしやすいかもしれません」
「パリにも暖炉はある」
「煙の入り方が違います」
「それを余に言うのか」
「陛下のお城でも煙は煙でしょう」
オイゲンは部屋へ入りました。
母のオランピアさんがいます。
その向かいに、ルイ14世がいました。
本当にお茶を飲んでいます。
「陛下」
「戻ったか、オイゲン」
「はい」
オイゲンは母を見ました。
母も見返しました。
「どうしたの」
「いえ」
「陛下がいらっしゃることなら、私が招いたわけではありませんよ」
「余が来た」
「そういうことです」
オイゲンは、もう一度ルイ14世を見ました。
「何か御用でしょうか」
「母君に会いに来ただけだ」
「母に」
「そうだ」
オランピアさんがカップを置きました。
「昔からの知り合いですもの」
それで説明を終えるつもりのようです。
オイゲンにとっては、説明が短すぎます。
*
若いころ、オイゲンはフランスで軍人になろうとしました。
ルイ14世は採用しませんでした。
それでオイゲンはフランスを離れ、ハプスブルク側へ行きました。
そして、とても優秀な軍人になりました。
オスマン軍とも戦いました。
フランス軍とも戦いました。
ルイ14世から見れば、
昔、採用しなかった若者が、
敵側へ行って、
ものすごく強くなって帰ってきた。
という、あまりうれしくない話でもあります。
しかも、そのプリンツ・オイゲンの母親がオランピア・マンチーニです。
若いルイ14世と、かなり近い時期がありました。
つまり、
フランス王と長く戦ってきた軍人が家へ帰ると、
自分の母親と、そのフランス王がお茶を飲んでいます。
*
「母上、お身体は」
「元気ですよ」
オランピアさんは普通に答えました。
「最近は咳もありませんし、食事もおいしいです」
「それはよい」
ルイ14世が言います。
「陛下まで診察なさるのですか」
「そういう意味ではない」
「では、なぜそんなに自然に母の体調を聞かれるのです」
「昔から知っているからだ」
「そうですか」
オイゲンは座りました。
立ったまま聞いていても、話は終わりそうにありません。
家の人がもう一つカップを持ってきました。
*
実は。
この世界には、もう、本来なら亡くなっている人が何人もいます。
どろちゃんは、歴史上の人を長生きさせようとして回っているわけではありません。
本人の死亡年月日を全部覚えているわけでもありません。
それでも、結果として歴史から外れてしまった人が増えました。
理由は一つではありません。
*
まず、治療された人です。
ウィリアム3世。
前の世界では1702年、落馬のあとに亡くなります。
こちらでは負傷後の感染性合併症が悪化する前に、抗生物質を使える医療へつながりました。
王位からは退きましたが、生きています。
ロバート・フック。
前の世界では1703年に亡くなります。
こちらでは晩年にどろちゃんと知り合い、薬と医療、それに以前とは違う研究環境を得ました。
ろばーとっちは、まだ研究をしています。
マリー=ジャンヌ・バティスト・ド・サヴォワ=ソワソン。
プリンツ・オイゲンの妹です。
前の世界では1705年に亡くなりました。
こちらへ来たころには、長い咳、発熱、寝汗、体重減少。
どろちゃんは結核を疑いました。
検査をして、複数の抗菌薬を使い、長く治療しました。
今は普通に家の中を歩き、ハンナさんを手伝っています。
ラ・ボーム。
前の世界ではブレンハイムの戦いで負傷し、そのあと数日しか生きなかったと記録されています。
こちらでは戦争そのものの日程が変わり、負傷した時期も変わりました。
そしてパリまで後送され、創傷の処置と抗生物質が間に合いました。
この人は、少なくとも「その傷で数日後に亡くなる」という歴史から外れています。
ヤコブ・ベルヌーイ先生。
どろちゃんがバーゼルで診たときには結核が確認され、薬を始めています。
前の世界では1705年に亡くなる人です。
ただし、現在の本文では1709年時点の本人を改めて登場させていません。
治療によって死亡原因へ介入した人ではありますが、ここは本人をもう一度登場させれば、もっとはっきりします。
そして、日本にも一人います。
徳川吉宗さんの奥様。
理子女王です。
前の世界では1710年、流産後の病で20歳の若さで亡くなります。
1709年の今なら、まだ本来の死亡年には達していません。
でも、こちらではすでに、史実で命を奪うことになる種類の出来事へ介入しました。
鹿児島で産後の感染症を起こした理子さんを、どろちゃんが診察し、抗生物質で治療しています。
つまり、まだ「本来の寿命を越えた人」ではありません。
けれど、もう史実と同じ1710年へ進む理由はなくなっています。
*
次は、高いところへ行った人です。
この世界では、
地面に近いものは低く、
空に近いものは高い。
昔のヨーロッパ貴族が考えた上下関係を、世界そのものが本気にしています。
高度と滞在時間は積み重なります。
着陸しても、なくなりません。
キャサリン王太后。
どろちゃんの中では、大家さんです。
前の世界では1705年12月31日に亡くなっています。
でも、こちらでは1708年の年末にも普通にエルレンフェルトへ来て、康熙帝と一緒に食事をしています。
ボストン。
エルレンフェルト。
テネリフェ。
ほかにも、どろちゃんの飛行機で何度も高い空へ上がりました。
しかも、
どろちゃんの大家さん。
という関係まであります。
この世界は、そういう関係を妙に真面目に受け取ります。
いつも高いところへ行くので、死に神の方が近づきにくくなっているのかもしれません。
ジョージ王配。
前の世界では1708年10月28日、重い喘息で亡くなります。
ところが、こちらのジョージ王配は1704年からアン女王と一緒に長距離飛行へ参加しています。
カナリア諸島。
ジブラルタル方面。
高度9000mから10000m付近を何時間も飛ぶこともありました。
こちらでは、重い喘息になってから治ったのではありません。
そこへ進む前の咳や息苦しさ、呼吸器の不調そのものが、いつの間にか出なくなっていったようです。
1708年12月になっても、普通にアン女王と飛行機へ乗ってエルレンフェルトへ来ています。
マリー=アデライードの第1子ルイも、少し特殊です。
前の世界では1704年に生まれ、1705年に1歳になる前に亡くなります。
こちらでは、まだ母親のお腹の中にいる時点でチェブラーシカちゃんへ乗り、カナリア諸島まで高い空を飛びました。
胎児の時から高度の加算を受けています。
ただし、この子についても、現在の本文では1709年の姿を改めて確認していません。
「高いところへ行ったから絶対に死なない」という仕組みではないので、ここは今後の確認が必要です。
*
そして、人生そのものが変わった人もいます。
レオポルト1世。
前の世界では1705年に亡くなります。
こちらでは神聖ローマ帝国そのものが従来の形を失いました。
皇帝として戦争と政治の中心に居続ける人生も変わりました。
家族とともにカナリア諸島へ移り、グラン・カナリアを生活の拠点にしています。
飛行機にも乗っています。
政治環境も、生活環境も、高さも、前の世界とは同じではありません。
そして。
オランピア・マンチーニ。
いま、ルイ14世の向かいでお茶を飲んでいる人です。
前の世界では1708年、ブリュッセルで亡くなります。
晩年のオランピアさんは、フランスを離れたあと各地を移り、長い亡命生活を送っていました。
ただし、前の世界で最後にどの病気が直接命を奪ったのかは、はっきりしません。
こちらでは、その人生そのものがありません。
オイゲン一家と一緒にエルレンフェルトへ移りました。
暖かい家があります。
食事があります。
清潔な水があります。
医療があります。
家族がいます。
病気になれば、どろちゃんの医療圏です。
エルレンフェルトそのものも、どろちゃんが何度も空へ上がることで健康面の影響を受けている土地です。
史実と同じ1708年に、
史実と同じ場所で、
史実と同じ体調を崩して、
史実と同じように亡くなる理由の方が、
もうありません。
*
「そういえば」
オランピアさんが言いました。
「ルイ・トマの話をしていたところです」
オイゲンはカップを置きました。
「兄上の?」
「ええ」
長兄、ルイ・トマ。
オランピアさんが結婚した1657年の暮れに生まれています。
昔から、少し面倒な噂のある人です。
母オランピアが若いルイ14世と親しかったため、
本当の父親は夫のウジェーヌ=モーリスではなく、ルイ14世ではないか。
そんな噂が、当時からありました。
確定した話ではありません。
史料から決めることもできません。
でも、噂があったこと自体は史実です。
「陛下は、兄上のことをよく覚えておられるのですね」
オイゲンが聞きました。
「覚えている」
ルイ14世は、それ以上のことを言いませんでした。
オランピアさんも言いません。
オイゲンは二人を見ました。
母。
フランス王。
どちらも、説明する気はないようです。
*
オランピア・マンチーニとルイ14世は、若いころからの知り合いでした。
オランピアさんはマザラン枢機卿の姪としてフランス宮廷へ入り、若い国王と親しくなりました。
二人の関係はかなり近い時期がありましたが、オランピアさんが正式な愛妾だった、とまで確定できる関係ではありません。
1657年、オランピアさんはウジェーヌ=モーリス・ド・サヴォワ=ソワソンと結婚しました。
それでもルイ14世との往来がすぐになくなったわけではありません。
同年12月に生まれた長男ルイ・トマについて、国王の子ではないかという噂まで生まれました。
そのあと二人の関係は変わり、宮廷政治も変わり、オランピアさんは毒殺事件をめぐる疑惑の中でフランスを離れます。
息子の一人、オイゲンは、若いころルイ14世に軍人として仕えることを断られました。
オイゲンはハプスブルク側へ行きました。
そこで、プリンツ・オイゲンになりました。
そして、フランスと戦えば、とても強い軍人になりました。
歴史だけを並べると、
かなり気まずい家族です。
*
「陛下」
「何だ」
「今日は、このあと何か御予定が」
「ない」
「では、夕食もこちらで?」
ルイ14世がオランピアさんを見ました。
オランピアさんは普通に答えます。
「一人増えるくらいなら困りませんよ」
プリンツ・オイゲンは少し考えました。
フランス王です。
自分が長く戦ってきた国の王です。
若いころ、自分を採用しなかった王です。
母親とは、昔から妙に近い王です。
長兄についても、説明しにくい噂があります。
その人が、
今日は自分の家で夕食を食べるそうです。
「分かりました」
軍事的な問題ではありません。
たぶん。
====================
特別編6の小さな説明
====================
【この特別編の「本来なら亡くなっている人」】
1709年時点で、本文または現行設定上、史実の死亡時期を越えて生存していることが明確な人物として、ウィリアム3世、ロバート・フック、キャサリン・オブ・ブラガンザ、マリー=ジャンヌ・バティスト・ド・サヴォワ=ソワソン、ジョージ王配、オランピア・マンチーニなどがいます。
レオポルト1世も、史実では1705年に亡くなりますが、本作では帝国崩壊後に家族とカナリア諸島へ移った人物として扱っています。
一方、ヤコブ・ベルヌーイ、ラ・ボーム、マリー=アデライードの第1子ルイについては、死亡原因や死亡イベントへ介入する本文がありますが、1709年現在の本人を改めて描写していないため、本特別編ではその点を区別しています。
理子女王は史実の死亡年が1710年なので、1709年時点ではまだ「史実の寿命を越えた人」ではありません。ただし、本作ではすでに産後感染を治療し、史実とは別の経過へ入っています。
【生存理由は一つではありません】
本作では、歴史上重要な人物だから神様が死亡を禁止する、という仕組みにはしていません。
大きく分けると、
治療によって実際の死亡原因を除いた人。
高高度飛行を繰り返し、この世界の「高いところほど偉い」という法則の影響を強く受けた人。
戦争、亡命、居住地、衛生、栄養など人生の経路そのものが変わり、史実と同じ死亡条件が成立しなくなった人。
この3つがあります。
実際には、一人へ複数が重なる場合もあります。
【プリンツ・オイゲン】
プリンツ・オイゲン、一般にはプリンツ・オイゲン・フォン・ザヴォイエン、またはサヴォイア公子エウジェーニオとして知られる人物です。
サヴォイア=カリニャーノ家の分枝につながる王侯家の公子で、母はオランピア・マンチーニ。
若いころフランス軍への仕官を望みましたがルイ14世に認められず、1683年にハプスブルク側へ移りました。
その後、対オスマン戦だけでなくフランスとの戦争でも重要な指揮官となります。
本作では神聖ローマ帝国崩壊後、エルレンフェルトへ帰化し、軍政、兵站、防衛、外交、警備などの相談役になっています。
【オランピア・マンチーニとルイ14世】
オランピア・マンチーニはマザラン枢機卿の姪の一人です。
若いルイ14世との関係は、同時代から非常に近いものとして知られていました。ただし「正式な愛妾」と単純に固定できる関係ではありません。
1657年にウジェーヌ=モーリス・ド・サヴォワ=ソワソンと結婚したあとも、しばらくルイ14世との接触は続いています。
同年12月に生まれた長男ルイ・トマについては、ルイ14世の子ではないかという噂が当時からありました。
これは確定した事実ではありません。
本作でも父親を断定しません。
ただし、ルイ14世とオランピアさんの間に、普通の「外国の国王と臣下の母」では説明しきれない古い関係があることは利用しています。
【オランピアさんが1708年に亡くならないこと】
史実のオランピア・マンチーニは1708年にブリュッセルで亡くなります。
ただし、晩年にどの病気が直接の死因になったのかを、この作品では固定しません。
本作では、亡命後に各地を移る史実の生活経路自体が消えています。
オイゲン一家とともにエルレンフェルトへ定住し、家族、住居、食事、衛生、医療の条件が大きく変わりました。
したがって「史実で1708年に亡くなったから、この世界でも1708年に何かの病気を起こさなければならない」とは扱いません。
【ジョージ王配】
史実のジョージ王配は1708年10月28日、重い喘息で亡くなります。
本作では1704年からアン女王とともに長距離・高高度飛行を何度も経験しています。
そのため、重い喘息を発症してから治療したのではなく、そこへ進む前段階の呼吸器症状自体が消えていった設定です。
1708年12月にも普通に飛行機へ乗ってエルレンフェルトへ来ています。
【理子女王】
徳川吉宗の正室、理子女王は伏見宮貞致親王の第4王女です。
史実では1710年、流産後の病で20歳で亡くなります。
本作では鹿児島滞在中に産後感染を起こしますが、どろちゃんが薬剤医師として診察し、抗生物質を用いて治療しました。
1709年時点ではまだ史実の没年以前ですが、すでに史実とは違う人生へ分岐しています。




