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ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌 飛行機から始まった貴族令嬢の社会改変  作者: アントノフ


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146/211

139貴族令嬢は、新年の贈り物を作ります

136章 137章 138章にて旧ファイルをアップロードしてしまったため新ファイルに置き換えています。時間軸の矛盾や歴史的解説の不足が生じています。現在の136-138章は問題がありません。

第139章 貴族令嬢は、新年の贈り物を作ります


 康熙帝がエルレンフェルトへ到着したのは、1708年12月。年の瀬に入っています。


 大きな実務会議、琉球王国の加盟署名、国際連盟本部での挨拶、晩餐会、それに音楽まで終わった翌日、どろちゃんはまたチェブラーシカちゃんを飛ばしました。


 今度の行き先はリスボン。帰ってくるキャサリン王太后を迎えるためです。


          ◇ ◇ ◇


 リスボンから戻ったチェブラーシカちゃんには、人だけでなく食べ物も載っていました。


 冬でも比較的手に入りやすい新鮮なオレンジと、大西洋側で揚がった冬の海魚です。


 魚は水が漏れない防水バッグへ入れ、後部ハッチと後部与圧扉の間にある三角形の区画へ積みました。


 ここは客室の外側にあたり、暖房された客室から隔てられています。冬の高高度飛行では機体外板も周囲の空気も強く冷え、長時間飛べば、ここへ積んだ魚は冷蔵を通り越してカチカチに凍ります。


 リスボンからエルレンフェルトまでの飛行時間なら、港で冷えた魚を低温のまま運ぶのにちょうどよいくらい。氷を積む重量も融けた水の始末も増やさずに済みます。数時間なら冷蔵、もっと長ければ凍結します。


 昼食では、その魚を薄く切り、油と酸味を合わせて生のまま食べられる皿も出しました。


 ルイ14世、アン女王、王配ジョージ、サヴォさん夫妻、キャサリン王太后、康熙帝とその随員、エルレンフェルト側の人たちまで、同じ料理を取り分けます。食べたい量だけ取る。もうすっかり、エルレンフェルトではいつものやり方です。


 この日も、お毒味役は一時的に失業中。


 キャサリン王太后が持ってきたオレンジを康熙帝が気に入り、別の皿へもう一つ取ったところで、どろちゃんは満足しました。


          ◇ ◇ ◇


 昼食が終わると、年末の人の動きも始まります。


 エルレンフェルトはそろそろクリスマス休暇へ入るころ。工場、ホテル、厨房、鉄道、航空関係は必要な運転を残しながら、休める人を順番に休ませ、家族のところへ帰る人も出てきます。


 そこへ皇帝、国王、女王、王配、王太后と、それぞれの随員が集まっていました。予定を終えた人から帰国し、会議のために増やした人員も順番に通常の配置へ戻っていきます。


 ネーデルラント側の人たちが帰国するのに合わせて、アン女王と王配ジョージも英国へ戻ることになりました。どろちゃんはチェブラーシカちゃんで二人をロンドンまで送り、そのままエルレンフェルトへ戻る単純往復にしました。


 ルイ14世は康熙帝をヴェルサイユへ招き、サヴォさん夫妻も一緒に向かいます。


 サヴォさんの奥様はルイ14世の姪です。夫妻はヴェルサイユに自分たちの部屋を持っていて、そこへ実際に泊まるのは数年ぶり。エルレンフェルトから鉄道で西へ向かい、パリを経由してヴェルサイユへ入ります。


 大きな国を自分の名で長く治め、官僚を動かし、何十年単位で国を見てきた二人です。ルイ14世と康熙帝の話は長く続き、サヴォさん夫妻は親族としてそこへ加わりました。


 このあたりは主人公のいない親族間の会話。ここでは深入りしないでおきましょう。


          ◇ ◇ ◇


 ヴェルサイユでは、ルイ14世が康熙帝を宮殿の中だけでなく庭園や付属施設まで案内します。広大な敷地ですから、移動には馬車も使います。


 その途中で、康熙帝は庭に置かれている古い船も見ました。


 その船は、もともと4か国側に属していた船です。最初にその側から外れた理由が正式な売買ではなく鹵獲で、その後に持ち主が変わり、清へ渡って清側が使っていました。神様の現象が起きたとき、船は最初の鹵獲以前の所有者側へ戻されました。


 もとの所有者が民間の船主なら、その船は民間所有へ戻ります。返された船ごとに古い船名、拿捕記録、売買記録をたどり、実際の所有権に沿って扱いが決まります。


 一方、最初から清で建造された船や、4か国側から正式な売買で外へ出た船が違反行為に使われた場合は、南緯77度51分、東経166度45分付近の南極地域へ送られます。


 北京で報告書として読んでいた現象が、今度は目の前に船の形で置かれています。


          ◇ ◇ ◇


 庭園を回りながら、ルイ14世は康熙帝へ、以前この場所で起きた出来事を話しました。


 以前、フランス軍がエルレンフェルトを通って前進しようとしたことがありました。


 どろちゃんたちは、まず領境を越えないよう警告文を大量に刷り、タドポール君から軍の進路、宿営地、街道沿いの村へ何千枚も撒きました。将校だけでなく兵士まで内容を知れば、あとから「警告を受けていない」と言い張ることも難しくなります。


 それでもフランス軍は進み、領境近くで歩兵が横に長い戦列を組みました。


 エルレンフェルト側は、最初の警告どおり、破片を入れていない警告ロケットを戦列の手前から奥まで広い帯を覆うように撃ち込みました。強烈な閃光と腹へ響く爆音が前から後ろへ走り、馬が立ち上がり、兵士が伏せ、隊列が崩れました。


 それでもフランス軍は引かず、今度は大砲と臼砲を前へ出しました。どろちゃんはタドポール君から連日の航空写真を撮り、臼砲陣地、砲弾、発射火薬の集積場所まで特定します。砲撃準備が確認されたところで、大型ロケット1発を発射火薬の集積場所へ撃ち込み、最初の爆発から火薬の誘爆を起こして臼砲陣地の一角を無力化しました。


 攻撃前、攻撃直前、攻撃後の写真も同じ方向から残しました。陣地のどこに臼砲があり、どこへ発射火薬が集められ、攻撃後にどう変わったのかまで記録されています。


 そのうえで第二通知を撒き、「こちらは上空から陣地を観察し、写真で変化まで把握している」「攻撃準備をやめて領境から離れろ」と通告し、追伸では次に砲撃準備をするなら攻撃目標をライン川周辺だけに限定しない、ヴェルサイユにも到達できると警告しました。


 ここまでやって、ようやくフランス軍が動きを止めました。


 そのまま一日が過ぎ、フランス軍の砲撃準備は止まった状態が続きます。ところが翌朝になっても、どろちゃんはまだ腹を立てていました。


 それでタドポール君に乗ってヴェルサイユまで飛び、庭園の一部へグリホサート系の非選択性除草剤を撒きました。


 グリホサートは植物の緑色の部分から吸収され、植物体内を移動して効いていきます。作用が目に見えるまでには数日かかり、やがて葉が黄ばみ、その後に枯れていきました。


 空から撒いた日から数日遅れて、ヴェルサイユの庭が黄ばみ始めました。


 それから数年。1708年の今、その庭を荒らした本人はフランスのブルジェ侯爵になっています。


 康熙帝がルイ14世を見ました。


「それをした者を、今は侯爵として扱っているのか」


 ルイ14世は、そのままパリの廃兵院での話を続けました。


 どろちゃんは傷病兵を診察し、病状を見て薬を選び、投与量を決め、治療を続け、その後の経過まで確認しました。ルイ14世はその結果を見たうえで、診察から薬の選択、投与、治療、経過観察までを正式に扱える新しい資格「薬剤医師」を作り、どろちゃんへ与えました。


「庭を枯らした者を、医師にもしたのか」


「兵を治したからな」


 康熙帝は少し考えてから頷きました。


 ヴェルサイユの庭を枯らした話と、廃兵院で兵士を治した話。その両方を知っているのがルイ14世です。康熙帝には、エルレンフェルトで会ったブルジェ侯爵がフランスの医療資格を持つまでの経緯も伝わりました。


          ◇ ◇ ◇


 夜にはヴェルサイユ宮廷の楽団が演奏します。


 エルレンフェルトの晩餐会では、どろちゃんが清の曲からバッハ、パガニーニ、シューマンまで一人で弾きました。ヴェルサイユではフランス宮廷の楽団が、自分たちの宮廷音楽を聞かせます。二つの晩餐会では、聞こえてくる音楽がまったく違います。


 そのあと夕食になり、ルイ14世と康熙帝の話は夜まで続きました。サヴォさん夫妻は数年ぶりに使う自分たちの部屋へ戻ります。


          ◇ ◇ ◇


 そのころ、どろちゃんはエルレンフェルトで真珠を並べていました。


 今年採れた真珠は、かなり出来がよくなっています。見るのは大きさ、形、表面、色、照り、それにそろえやすさ。


 6年間続けてきた系統選抜、水質管理、貝の状態の記録、施術条件の比較が、目に見える形でそろってきました。


 どろちゃんの知っているアコヤ真珠と比べても、今年の上位の珠なら上回りそうなものまで出てきました。6年分の仕事が、今年の珠に現れています。


 最上級のものは年始の献上品へ回し、今年は真珠を育ててきた人たちにも1粒ずつ渡すことにしました。


「今年は、池の人にも渡そう」


 真珠育成を担当してきた人全員へ、今年採れた上質な真珠を1粒ずつ使ったブローチを作ります。


 意匠はタドポール君。真珠池に住んでいる、小さなおたまじゃくしの方です。


 丸い頭と尾を持つ形をアルミニウムで作り、装飾用の着色アルマイトを施します。多孔質の皮膜へ染料を入れ、封孔して色を残す方法です。その体の一部へ、今年の真珠を1粒留めます。


 裏には受け取る人の名前を入れました。今年の真珠と、その人が続けてきた仕事を一緒に残す記念品になります。


          ◇ ◇ ◇


 航空機の整備、滑走路、トーイングカー、飛行場の地上作業など、どろちゃんの仕事へ長く付いてきた人たちにも、それぞれの職種に合わせたブローチを用意しました。


 形式上の雇い主はエルレンフェルトです。何年もどろちゃんの仕事へ回されるうちに、航空機、滑走路、整備設備、牽引車などを扱う専門職として仕事が固まり、日常ではどろちゃんの専属に近い動きをする人たちになっています。


 ブローチの意匠は、その人が続けてきた仕事が分かる形にします。裏には本人の名前。小さいものですが、誰の仕事をたたえた品なのかは、これでずっと残ります。


          ◇ ◇ ◇


 もう一種類は、ロンドンとエジンバラの店で2年以上働いてくれた店員さんたちの分です。


 アクセサリー屋さんと、ピロシキとジャム入り紅茶を出すお店。どろちゃんはこの数年、茶畑でも市場でも倉庫でも、ずいぶんたくさんの茶葉を見てきました。


 そこで、茶葉と茶の実を意匠にします。葉の部分は緑色の着色アルマイト、茶の実に見立てる部分には丸く磨いたカボションルビー。


 緑の葉の中に赤い石が入り、店で身につけたときにも意匠がはっきり見えます。


 2年以上続けて働いてくれた人への、年始の奨励品。ロンドン店とエジンバラ店、それぞれ必要な人数を確認し、箱も一人ずつ分けました。


          ◇ ◇ ◇


「フランソワさんは、これ」


 最後の箱を開けると、そこにはムリヤちゃんがいました。


 翼と胴体の特徴を小さな意匠にまとめた、普段の服や礼装にも付けられる大きさのブローチです。


「こちらを、わたくしに?」


「うん。もう一つあるよ」


 もう一つの箱にも、同じ大きさ、同じ意匠のムリヤちゃんが入っています。いつもの給仕さんの分です。


 二つは同じ大きさで、裏側に入れた名前だけが違います。


「おそろい」


 どろちゃんは、それで満足しました。


 皇帝を迎えに行くときも、遠い国へ飛ぶときも、会議へ行くときも、この二人はそれぞれの仕事でどろちゃんの近くにいます。


          ◇ ◇ ◇


 1709年になりました。


 エルレンフェルトでも、新年の挨拶があります。


 お父様の前へ集まったのは、工場、農場、ホテルと厨房、鉄道、航空機の整備、滑走路、真珠池など、領地の仕事を支えている人たちです。


 一人ずつお父様へ新年の挨拶をし、お父様も前年の仕事への礼と、新しい年の話を短くしました。


 そのあと、どろちゃんの仕事へ長く付いている人たちへ、用意していたブローチが渡されます。


 真珠係さんには、タドポール君と今年の真珠。航空機、滑走路、トーイングカーなどの仕事をしてきた人たちには、それぞれの職種に合わせた意匠。フランソワさんといつもの給仕さんには、同じ大きさのムリヤちゃんです。


 名前入りの小さなブローチを手にすると、その人が前年まで何をしてきたのかも一緒に思い出せます。新年の最初に、去年までの仕事が小さな形になって返ってきました。


          ◇ ◇ ◇


 最後に、お父様がもう一度みんなの前へ出ました。


 いつもの給仕さんが男爵になったことを、ここで皆へ知らせます。


 給仕として屋敷で働き、航空便へ何度も乗り、王侯や外交使節へ食事を出し、長距離飛行の客室を支えてきた人です。男爵になっても、その歩みの続きに立っています。


 本人の胸には、フランソワさんと同じ大きさのムリヤちゃん。


 お父様の報告が終わると、新年の集まりもお開きです。


 アン女王陛下への新年のご挨拶と真珠のお話は、特別編『貴族令嬢は貝に六年間お願いしました』をご覧ください。


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