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ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌 飛行機から始まった貴族令嬢の社会改変  作者: アントノフ


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138貴族令嬢は、世界の規格をそろえます。  史実のSI単位系やISOのお話。国際連盟加入条件です。

136章から138章まで旧ファイルをアップロードしてしてしまっていたので、新ファイルにしました。旧ファイルだと時間軸の矛盾がでたり、歴史的説明文に不足がでます。


第138章 貴族令嬢は、世界の規格をそろえます



 12月10日。康熙帝一行が北京からエルレンフェルトへ着いたあと、空港でそのまま会議を始めることはありませんでした。長距離飛行を終えたばかりです。


 ムリヤちゃんから降りた12人を迎えたのは、貸切になったピーチライナーでした。新滑走路側の駅からホテル棟まで、途中の駅には止まらずに運びます。


 ホテル棟では、最初に客室、食堂、浴室、医務室、連絡方法などを簡単に案内しました。康熙帝にはスィートを用意し、随員には仕事と警備の都合を見ながら近い部屋を割り当てます。


 北京で2500人規模の随行を想定していた一行は12人まで絞られています。荷物を置いてしまえば、動きは早くなりました。


 少し休んだあと、今度はホテル棟から斜行エレベーターで丘の上へ上がります。以前から使っている会議棟には会議室、控室、休憩場所、食堂があります。


 廊下には、これまでの国際会議、鉄道、航空、港湾、医療などを写した写真が並んでいます。四か国会議の大きな記念写真や、各国の王侯、技官、行政官が同じ建物の中で仕事をしている写真もありました。


「ここへ、毎回これだけの国の人が来るのか」


 康熙帝が大きな写真を見ながら尋ねました。


 どろちゃんは、総会のたびに全員が一度に来るわけではないこと、各加盟国には常駐代表がいること、遠方の国との連絡には無線電信や航空輸送も使っていることを説明しました。


 明日から実際に使う建物です。豪華さを見せる見学より、入口、会議室、便所、休憩場所、連絡先を覚えてもらう方が大切でした。


 その日は、それ以上の仕事を入れませんでした。ホテル棟へ戻ると、お父様、ルイ14世、VOGの主要な関係者、それに清側の主要随員を交えた夕食です。


 歓迎の宴会ではありません。長旅のあとに座って食べる、普通の夕食にしました。


 メニューは、根菜の澄んだスープ、焼いた川魚、きのこと小さな玉ねぎを入れた鶏肉の白ワイン煮、温野菜、焼いたパン、果物と菓子です。料理の名前も普段どおり共通語で書かれています。


 清国側とはそのまま話が通じるので、食事のたびに通訳を挟む必要もありません。翌日は朝から長い日程です。食事のあとに音楽会も舞踏会も入れず、そのままホテル棟で休みました。


          ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 朝食が終わると、清側の実務者は会議棟へ上がりました。技術を扱う者、行政を扱う者、費用と物資を確認する者、秘書官、書記がいます。


 清国側も連盟側も同じ共通語でそのまま話せます。通訳席を別に作る必要はありません。巨大な清国との会議なのに、言葉の変換だけで人数を増やさずに済むのは、実務ではかなり便利でした。


 連盟側も同じです。フランスから度量衡と標準器の担当者、ライデンや各国の工業技術者、鉄道、港湾、船舶、会計、教育制度を扱う行政官が集まり、VOGからは交易実務者が入りました。


 机の上には文章だけではなく、1 mと1 kgを各地へ伝えるための基準器、ねじとナット、配管継手、軸受、鉄道の規格図、海上コンテナの模型、タイヤとホイールの断面見本、グリニッジを零度とした星図と海図まで置かれています。


 康熙帝は、その机には座っていませんでした。


 国際連盟本部側の別室では、康熙帝、ルイ14世、サヴォさん、お父様が朝から歓談しています。


 サヴォさんは康熙帝を迎えに北京へ飛ぶより前からエルレンフェルトに滞在しており、オイゲンさんとハンナさんの家へ行って子どもの顔を見たり、こちらでの暮らしを聞いたりしていました。皇帝来訪に合わせて急に呼び寄せた客ではありません。


 どろちゃんはこちらの部屋にいました。康熙帝とサヴォさん、ルイ14世の話は、全員が共通語でそのまま続けられます。


 どろちゃんが席を外しても会話は止まりません。清国ほど大きな国と、通訳を一人ずつ挟まず直接話せるのは、こういう場面ではとても便利でした。


          ◇ ◇ ◇


 実務者会議で最初に扱ったのは、長さと質量でした。


 フランス側の担当者は、机に置いた基準器と、その横に並べた実用標準器を使って説明します。


「加盟国が共通に使う長さと質量は、mとkgを基礎にしております。中央に正しい基準器を置き、そこから比較用の基準器へ値を移し、さらに地方の役所、工房、学校へ伝えます。フランス側では原器、複製、比較記録、校正方法まで一つの体系として管理しています」


 この世界のメートル法はフランスが管理する知的財産です。1 m、1 kgという名前だけを外国が勝手に写す仕組みではありません。フランスの承認を受け、基準器を受け取り、その複製を比較し、同じ値を各地へ伝えるところまでを含めて使います。国際連盟へ加盟した国には、その体系を利用する権利と、標準器を受け取る仕組みが組み込まれていました。


 清側の行政官が、自分たちの国内で使われている尺について説明しました。同じ「尺」という名でも、地域、仕事、品物によって実際の長さがそろっていません。土地を測る人、建築をする人、布を扱う人、商人が別々の物差しを使ってきた場所もあります。


「北京に1 mの基準器を置いたあと、広州や南京の役所へ同じ長さを伝え、そこから工房へ移す。その途中で、今まで使っている尺の扱いも整理することになりますな」


 フランス側の技官は、実用標準器を指しました。


「中央から地方へ一度で飛ばすのではなく、比較の段階を作ります。地方の標準器が中央の値からどれだけずれているかを定期的に確認し、その標準器から物差し、巻き尺、分銅、秤、工作機械の目盛りへ値を移します。学校では、これから学ぶ子供たちに同じ単位を教えます」


 清側の行政官は、必要になる役所の数と学校の数を書き始めました。古い物差しや秤をその日に全部捨てる運用にはしません。今ある道具は使える間は使い、新しく作る物差し、秤、工作機械からm、mm、kgへ移します。道具が壊れて買い替えられ、学校を出た若い人が仕事へ入り、工場の設備が更新されるたびに、共通単位の割合が増えていきます。


 清ほど広い国では、この移行に必要な人員も標準器も多くなります。その一方で、清を取り巻くアジアの国々はすでにメートル法を使う側へ入っています。国境を越える交易が布、穀物、陶磁器だけなら換算表でも間に合います。機械、配管、鉄道、港湾設備を売買するようになると、図面、測定器、工具、交換部品まで二つの単位体系を維持する費用が積み上がります。


 清側の秘書官は、フランスが清国へ供給する場合に必要になる標準器の数、比較の頻度、地方まで値を伝える方法を細かく記録しました。加盟するかどうかは皇帝が後で決めます。実務者の仕事は、加盟した場合に何人、何本、何年、何を必要とするのかを具体的な数字へ落としておくことでした。


          ◇ ◇ ◇


 次の机には、ボルト、ナット、旋盤で切ったねじの断面見本、配管継手、軸受が並んでいます。


 連盟側の技官は、ねじを1本ずつ手に取らせながら説明しました。ねじは直径だけで決まりません。直径、ピッチ、ねじ山の角度、山頂と谷底の形、ねじ山の高さ、雄ねじと雌ねじの寸法関係、公差までそろえることで、離れた国の工場で作った2つの部品が組み合います。


 配管用のねじでは、その形が漏れにも関係します。机の上には、雄ねじと雌ねじを大きくした透明な断面模型がありました。


「水、蒸気、圧縮空気、燃料、冷却水、薬液を通す配管では、入口から奥まで連続した隙間が残ると、その隙間がねじの周りを螺旋状に進む流路になります。そこで管用ねじは、斜面の角度だけでなく、山頂と谷底の形、テーパー、ピッチ、公差まで一緒に決めています」


 清側の技官が模型を回し、接触する場所を横から見ました。


「この形を作るなら、旋盤の工具も同じ断面を作れるものが必要になる」


「はい。配管のねじを切削加工する旋盤用の刃物を、その形に合わせて研ぎます。刃物の材質、研ぎ方、ねじ切り盤の速度、測定の仕方は各工場で改良できます。完成した雄ねじと雌ねじが規格の断面へ収まれば、英国で作った管とフランスで作った継手でも接続できます」


 技官は模型の隙間へ細い糸を沿わせました。糸がねじの回転に沿って奥へ続けば、それがそのまま流体の通り道になります。電線を保護する一般的な電気配管なら、機械的に接続できることが主要な仕事です。水、蒸気、圧縮空気、燃料、冷媒、薬液を運ぶ配管では、接続部1か所ごとに密封が必要になります。


 この世界の新しい国際規格は、流体を通す管用ねじで山頂と谷底まで対応する断面を使い、締め込んだときに入口から奥まで連続する螺旋状の漏れ道を作らない形にしています。加工する工場だけを見れば、旋盤用の刃物を少し簡単な形にしたくなる場合があります。しかし、その変更が世界中のポンプ、ボイラー、給水設備、船、冷凍機へ広がれば、配管を使う側が何十年も接続のたびに追加作業をすることになります。


 清側の技官は、旋盤用の刃物と配管継手を同じ紙へ描きました。


「最初に工場が少し手間をかける方が、使う場所で毎回手間をかけるより総量が小さい。この考え方を規格へ入れているのですね」


 連盟側の技官は頷き、今度は管径の表を出しました。


 この世界で新しく作る国際規格の配管は、呼び径と関連寸法をmmで決めています。メートル法の採用以前からある工場、建物、船にはインチ寸法の配管が残っているため、それらは修理、腐食部分の交換、機械更新、建物改修の機会にmm規格品へ置き換えます。移行中の設備ではインチ配管とmm配管が同じ建物に残り、境目には変換継手を使います。


 その横の軸受も、内径、外径、幅、軸とハウジングへ組み付ける寸法、必要な精度と最低限の強度まで系列化されています。同じ規格番号なら、英国製のポンプにフランス製、ネーデルラント製の軸受を入れられます。清国が同じ規格で軸受を作るようになれば、清国製も同じ場所へ入ります。


 清側の行政官は、ここで品質について質問しました。


「寸法をそろえれば、粗悪な品まで同じものとして扱うことになるのですか」


 担当者は、同じ寸法の軸受を2つ机へ置きました。


「規格では、取り付けられる寸法と最低限使える性能までを定めます。その先の寿命、騒音、振動、加工精度、耐食性、検査の丁寧さはメーカーの責任です。同じ規格番号でも、長持ちする会社、静かな会社、品質のばらつきが少ない会社が信用を得ます」


 清側の技官は2つを指で回し、回転の軽さを比べました。互換性をそろえることと、メーカーの競争をなくすことは同じ仕事ではありません。規格は最低線と接続面を作り、その上で良い品を作る競争が続きます。


          ◇ ◇ ◇


 次に広げられたのは、ユーラシア全体の鉄道図でした。


 現時点では、北京からリスボンまで線路が続いているわけではありません。これから各地で鉄道を造るとき、接続条件を先に共通化しておけば、完成した線路をあとから1本の輸送路としてつなげられます。


 軌間は1435 mm。電化方式は線区条件に合わせ、列車本数の多い区間では直流1,500 V、長距離で列車密度の低い区間では交流25,000 V・60 Hzを使います。信号、連結器、ブレーキ、車両限界、構造物限界、軸重、ホーム、架線の位置と安全間隔まで、国境を越えて車両を扱うために必要な部分を共通化しています。


 清側の技官が1435 mmという数字を指しました。


「この幅は、どこで決まったのですか」


 ライデン側の技官が、大学の古い実験図を横へ並べました。


「最初はライデン大学です。グライダーを発航させる重錘台車を走らせるため、実物の鉄道と同じ構造を試す軌道を作りました。その最初の実験線が1435 mmでした。鉄道が各国へ大量に広がる前だったので、その寸法を後から造る線路が引き継いでいます」


 現在の方式境界では、客車と貨車を残して機関車を交換します。発電、変圧、整流、制御の技術が進めば、複数の電源へ対応する機関車も作れます。機関車の性能が変わっても、1435 mmの軌道、連結器、ブレーキ、車両限界を保てば、貨車を国境ごとに積み替える必要はありません。


 清側の行政官は北京から西へ指を滑らせました。ロシアを通り、ヨーロッパを横断し、フランス、スペイン、ポルトガルへ続きます。線路が全部つながる日が来れば、北京で茶や絹を積んだ貨車を、そのまま西へ送り続けられます。


          ◇ ◇ ◇


 鉄道の次は海上コンテナでした。


 ライデン大学で試験している箱の寸法、四隅の接続位置、クレーンで持ち上げる場所、船や貨車へ固定する位置は、すでに国際規格へそろえられています。規格を決めたころには、大型の箱を大量に作る工業力も、大きなクレーンも十分ではありませんでした。今は人間側の工業力が追いつき、実際の輸送へ使える段階へ進み始めています。


 港で箱ごと船へ載せ、別の港で箱ごと降ろし、そのまま低床連接貨車へ固定します。荷物を港の倉庫でばらし、荷車へ移し、駅でまた貨車へ積み直す作業が減ります。


 フランスとネーデルラントの新しい主要幹線では、規格コンテナを2段積みする将来まで考えて、橋の下、トンネル、立体交差、架線の高さへ余裕を取っています。古い線区や山岳線では1段積みで運びます。箱そのものは同じなので、線区ごとに積み方を変えられます。


 港では、旅客船の搭乗口も同じ考え方で整理されています。主要な搭乗口の高さ、船体前後方向の位置、扉の大きさを規格範囲へ入れ、港側の可動通路をそこへ接続します。船の喫水は燃料や貨物で変わるため、上下差は港側の通路で吸収します。船会社は船体、客室、機関、速力をそれぞれ工夫し、港と船が接する場所だけを共通化します。


          ◇ ◇ ◇


 机の端には、空気入りゴムタイヤとホイールの断面見本もありました。


 この世界で長距離、大量の地上輸送を担っているのは鉄道です。町と町の間を自動車が大量に走り、貨物を大型トラックへ積んで運ぶ社会にはなっていません。空気入りゴムタイヤは、航空機の車輪や、一部の特殊な車輪付き設備など、現在必要になっている用途から使われています。


 そのためタイヤの国際規格も、存在する用途に必要なリムとの接続寸法、タイヤ幅、外径、ビード、許容荷重、使用空気圧、バルブなどを有限の系列としてそろえています。同じ規格寸法なら、別の工場で作ったタイヤを同じ規格のホイールへ取り付けられます。将来、新しい用途が生まれて別の寸法が必要になれば、荷重、速度、発熱、耐久試験の結果を持ち寄り、必要な系列を追加します。


 メーカーは同じ寸法の中で、ゴムの配合、補強材、摩耗、発熱、濡れた路面での性能、真円度、耐久性、品質のばらつきを競います。ここでも、規格が受け持つのは互換性と最低限の使用性能までです。


          ◇ ◇ ◇


 午前の最後に、清側の行政官から交易について質問が出ました。


「ここまで共通規格へ入れば便利になることは分かりました。では、国際連盟へ入っていない国とは、品物の売買が難しくなるのでしょうか」


 VOGの交易担当者が答えました。


「品物の性質で変わります。茶、絹織物、陶磁器、薬種のように、その品物だけで完成している商品は、相手の単位へ換算して売買できます。機械、配管、軸受のように、相手の設備へ取り付けて使う品物では、接続寸法の違いが保守部品と工具の量へ直接現れます」


 そこで東アジアの地図が机へ出ました。清から海を隔てた日本は国際連盟の外にあり、尺貫法と地域、用途ごとの慣行を残しています。徳川家と周囲の役人は、必要になる場面ごとに基準を相談して決め、商人と職人は取引先の尺度へ合わせて仕事をしています。


 それでも絹織物は売れます。清国の商人は生糸、高級な絹織物、薬種などを直接長崎へ運び、VOGもバタヴィアを中心とした交易網で清国産の商品を扱います。幕府はVOGにも長崎での取引を認めています。単位体系が違っても、布、茶、陶磁器、薬種を船へ載せて売ることはできます。


 機械の取引が増えると、同じ差が別の費用になります。日本の工房が精密なポンプを作っても、配管径、ねじ、軸受、取付寸法が国際規格と別なら、外国の港や工場では日本向けの交換部品と工具を保管します。製品の品質と、世界中で修理できることは別々に評価されるようになります。


 清側の行政官は、その説明も記録しました。清は日本よりはるかに大きく、自国市場だけでも多くの品物を動かせます。それでも周囲の国々が共通規格へ入り、機械と鉄道と港湾設備の交易が増えるほど、外側にいる費用も少しずつ増えます。加盟で得られる利益と、国内を切り替える費用の両方を数字へする必要がありました。


          ◇ ◇ ◇


 昼になると、午前の実務者会議はいったん止まりました。


 会議棟の食堂では、康熙帝側と午前中に働いていた技官、行政官、書記、それにルイ14世、サヴォさん、お父様たちが混ざって座ります。皇帝の皿だけ別の料理にする昼食ではありません。温かいスープ、パン、肉と魚、野菜、果物という、仕事の途中に食べるいつものメニューが全員へ同じ順で出されました。


 朝から別々の部屋にいた人たちが、ここでようやく互いの顔を見ます。康熙帝は、自分の随員が午前中に誰と話し、どの人が標準器を扱い、どの人が鉄道図を説明していたのかを知りました。実務者側も、午後の本会議で挨拶する皇帝を、遠い席の国家元首ではなく同じ昼食を取る人として見ることができます。


 そのころ、ネーデルラントの元首を乗せた列車がエルレンフェルト駅へ着きました。顔合わせ昼食会には途中から割り込まず、ホテル棟のレストランへ入り、そこで昼食を取ります。食事が済むと国際連盟本部側の歓談室へ移り、康熙帝、ルイ14世、サヴォさん、お父様たちの話へ加わる予定です。


 どろちゃんは、顔合わせ昼食が始まるころには別の仕事へ向かっていました。


「女王様を迎えに行ってきます」


 チェブラーシカちゃんが待っています。


          ◇ ◇ ◇


 今回のロンドン便は、アン女王と王配ジョージだけを迎える便ではありませんでした。


 年越し前なので、国際連盟の当番はまだ英国です。その夜の正式晩餐を担当する調理師さん、給仕さん、会場運営に必要な人も英国から借りています。アン女王と王配の最低限の随員まで乗せると、帰りのチェブラーシカちゃんは客席が埋まりました。


「今日はいっぱいだね」


『いっぱいだよ』


 チェブラーシカちゃんも分かっています。


 どろちゃんとフランソワさんが操縦席へ入り、ロンドン側を離陸しました。女王と王配は、エルレンフェルトへ着いてから昼食を取る予定にはしていません。機内で温かい料理、パン、果物、飲み物を出し、飛行中に食事を済ませます。


 英国側の調理師さんと給仕さんは、機内で晩餐会を始めるわけではありません。今日は乗客です。到着したら国際連盟本部側の厨房と晩餐会専用ルームへ入り、夜の人数分の料理、食器、席次、給仕動線を確認する仕事が待っています。


 昼を少し過ぎて、チェブラーシカちゃんはエルレンフェルトへ戻りました。


 アン女王と王配ジョージは機内で食事を済ませています。ホテルレストランへ寄らず、そのまま国際連盟本部側の歓談室へ向かいました。そこには、先にホテルで昼食を済ませたネーデルラントの元首も合流しています。


 これで午後には、フランス、イングランド、ネーデルラント、サヴォさんの4か国側の元首がそろいました。


 どろちゃんも歓談室へ戻ります。ただし、彼女がいなかった間も話は普通に続いていました。清国側も4か国側も共通語で話せるので、どろちゃんが飛行機へ乗ったから会話が止まることはありません。


          ◇ ◇ ◇


 4か国の本人がそろったところで、年明けまで待たせる理由がなくなった書類を先に片づけました。


 琉球王国の国際連盟加盟です。


 加盟審査のために来ていた琉球王も、この日までエルレンフェルトに滞在していました。1708年の当番国はまだ英国ですが、今回は4か国の元首級が全員ここにいます。


 琉球王が署名しました。


 続いてアン女王。


 ルイ14世。


 ネーデルラント側の元首。


 サヴォさん。


 代理署名はありません。あとから手紙へ署名して送り返す人もいません。


 康熙帝もその場にいました。清国が国際連盟へ加盟するという意味ではありません。清国が従来の朝貢関係を理由に琉球を領土として扱わず、独立国として認めることは、北京側ですでに確認しています。


 こうして琉球王国の加盟は、1709年を待たず、1708年のうちに完了しました。


          ◇ ◇ ◇


 午後、実務者会議も再開しました。


 午前中に出た数字を整理し、清国が加盟した場合に必要になる標準器、学校教育、計量器の更新、工作機械、鉄道規格、港湾設備、書類の量を分野ごとにまとめます。清側の技官と行政官は、それぞれ自分の分野で疑問を出し、連盟側も「清国ほど広い国なら、ここは小国と同じ方法では足りない」と必要な人数や拠点数を修正していきました。


 康熙帝は、この細部を一つずつ自分で聞いて回りません。清側の実務者が整理し、皇帝判断が必要な部分を後で上げます。巨大な国を動かすためには、皇帝が旋盤の刃物から地方学校の分銅まで全部自分で決めるより、専門家が調べ、行政官が費用を積み上げ、最後に国家としての選択を皇帝へ示す方が合理的でした。


          ◇ ◇ ◇


 午後の後半、康熙帝は国際連盟本部の大会議室へ入りました。


 清国は、まだ国際連盟の加盟国ではありません。したがって加盟国代表の席へ清国代表として座る日ではありません。今日は、加盟を検討している大国の皇帝が、招待された国家元首として各国の常駐代表、大使、外交官の前で挨拶をします。


 係が康熙帝を大会議室の中央へ案内しました。清の随員は少し後ろに残ります。康熙帝は、半円状に自分を囲む各国の代表を見渡してから、共通語でそのまま話し始めました。


「清国皇帝として、この場に招かれたことに礼を申し上げる」


 大会議室の中央から出た言葉は、そのまま各国の代表へ届きます。


「余は北京で、ここについて多くの報告を読んだ。国境を定め、交易の約束を作り、同じ物差しを使い、遠く離れた国どうしを鉄道や船で結ぼうとしていることも聞いた。しかし、紙に書かれたものだけでは、それが清国にとって何を意味するのかまでは分からなかった」


 朝から会議をしていた清の技官や行政官も、壁際の席から皇帝を見ています。


「ゆえに余は、自らここへ来た。今日、清国の技官と役人は、皆の技官、役人と同じ机についている。余も、この建物、この町、鉄道、港、工場を自分の目で見る」


 康熙帝は、そこで一度、会場をゆっくり見渡しました。


「清国が国際連盟へ加わるかどうかは、まだ決めていない。大国には大国の利益があり、大国であるからこその負担もある。北京へ戻るまでに、それをできるだけ多く見て、聞き、確かめたい」


 康熙帝は一度会場を見渡してから、もう一度続けました。


「今日ここにいる諸国とは、加盟するか否かにかかわらず、これからも交易し、話し合うことになる。そのためにも、互いの顔を知る機会を得たことを、余は喜んでいる」


 加盟宣言ではありません。清国が参加すると約束した言葉もありません。それでも、北京から皇帝本人が来て、国際連盟の大会議室の中央で各国の代表へ直接話し、清国自身が利益と負担を調べて判断すると明言しました。最後の一文が終わると、会場から長い拍手が返ってきました。


 大会議室では、この機会にもう一つ、以前から詰めていた案件も決めました。


 国際連盟が自前で持つ常設の警備・防衛部隊です。加盟国の領土を増やすための軍ではなく、連盟施設、共同輸送路、国際会議、災害時の救援など、加盟国が共同で守る必要のある場所へ出す部隊にします。


 これから日本側で島津の処理が進めば、職を失う武士や軍事技能を持つ人も出ます。採用するなら本人の希望と契約を前提にし、国籍を一つへそろえる必要はありません。訓練体系の立ち上げは、人数と施設を持つフランス側へ任せることになりました。


          ◇ ◇ ◇


 夜は、国際連盟本部側の晩餐会専用ルームです。


 ホテル棟のレストランでも、昼間の会議棟の食堂でもありません。各加盟国の国際連盟常駐代表、大使、外交官、その婦人たちまで入る正式な歓迎行事なので、最初から大人数の晩餐、席次、給仕、食後の歓談を想定した部屋を使います。


 康熙帝と清側主要随員、4か国の元首級、お父様、各国代表、大使、外交官、夫人、VOGの主要関係者が席へ入りました。昼の実務者会議に出ていた技官や行政官の中からも、今回の説明を担当した主要な人が招かれています。昼は仕事の途中の食事でしたが、夜は正式な歓迎晩餐です。


 厨房と給仕を担当するのは英国側です。年越し前なので当番国はまだ英国で、昼にチェブラーシカちゃんで到着した調理師さんと給仕さんたちが、到着後すぐに準備へ入りました。


 最初は澄んだスープ。次に白身魚を焼き、バターと香草を使った温かいソースを添えます。主菜は牛肉のローストで、焼いた玉ねぎ、根菜、温野菜を一緒に出しました。パン、チーズが続き、最後はリンゴと洋梨、干した果物を使った温かい菓子です。水、茶、ワインなどの飲み物は各自が選びます。


 王や皇帝だけに別の料理を出すことはありません。各国代表も大使も、その婦人も、清側の技官も行政官も、同じ順で同じ料理を食べます。席次は外交上の順序を整えますが、皿の中身で身分を分ける晩餐にはしませんでした。


 今夜の進行表には、最初から舞踏会が入っていませんでした。4か国側だけの晩餐なら食後に踊ることもありますが、今日は清国の皇帝一行を迎えています。男女が組んで踊るヨーロッパ式の舞踏を歓迎された側にも参加してもらう形にはせず、食後は席を大きく崩さないまま歓談と音楽を楽しむ時間にしてあります。


 そのため国際連盟本部側の晩餐室には、食事が始まる前からローランドの電子ピアノとPAが用意されていました。ホテル棟には本物の弦と響板を持つアコースティックピアノがありますが、大人数の晩餐会のために重い楽器を斜行エレベーターで運ぶようなことはしません。会場設備を扱う人たちが電子ピアノとPAを据え、晩餐室の後ろまで無理のない音量で聞こえるように調整しています。


 食事が終わり、皿が下げられて歓談へ移るころ、清側には皇帝の宮廷楽団が一人も来ていないことが話題になりました。北京で2500人規模を想定していた随行を12人まで削ったとき、音楽関係者は全員外れています。技官、行政官、秘書官、護衛を優先した結果、皇帝本人は音楽に詳しいのに、楽団員は0人です。


 アン女王が、少し離れたところにいたどろちゃんへ目を向けました。


「ウェストミンスター侯爵にお願いしてはいかがでしょう。私は以前、侯爵の演奏を聞いています」


 康熙帝も、どろちゃんの方を見ました。


「侯爵は楽器も弾くのか」


「はい。ピアノとヴァイオリンなら」


「それは聞いてみたい」


 こうして、どろちゃんが食後の音楽を受け持つことになりました。


 せっかく清国の皇帝がいるので、どろちゃんは以前入手していた工尺譜を何枚か持ってきてもらいました。彼女には文字が読めます。工尺譜も、書かれた音名と進み方を見れば読めました。


「最初は、こちらの曲を弾きます」


 清側の人たちが知っている旋律が、ローランドから流れました。


 1曲目が終わるころには、康熙帝が少し身を乗り出しています。2曲目では、清側の随員の何人かが互いに顔を見ました。ヨーロッパの晩餐室で、北京から楽団を一人も連れてこなかった日に、工尺譜から自分たちの曲が出てくるとは思っていません。


「その譜を読めるのか」


「読めます」


 どろちゃんには、それ以上の説明が要りません。


 何曲か清の曲を弾いたあと、西洋側へ移ります。


 ローランドの音色を変え、バッハのオルガン曲を何曲か弾きました。PAを通すので、低い音も晩餐室の奥まで届きます。続いてクラヴィーア曲へ移り、今度は鍵盤そのものの動きがよく聞こえる音色にしました。


 康熙帝は、西洋音楽を初めて聞く人ではありません。北京ではポルトガル出身のイエズス会宣教師トマス・ペレイラから西洋音楽の理論を学び、音程、音階、記譜、楽器についても知識を持っています。どろちゃんが思っていたより細かなところまで聞いていました。


「低い音が戻ってくる。その上で違う動きを重ねているのだな」


 曲が終わってから、康熙帝がそう言いました。


「はい。同じものが戻ってきても、その上や周りが変わるので、ずっと同じには聞こえません」


 どろちゃんは、次に5弦のエレクトリックヴァイオリンを持ちました。


「次は、チャッコーナを弾きます」


 バッハの無伴奏ヴァイオリンのための《Ciaccona》です。


 1人のヴァイオリンだけで長い曲が続きます。伴奏はありません。それでも低音の動きと和声が聞こえ、上には何本も線があるように響きます。舞踏会をしない夜には、踊らずに座ったまま聞ける曲の方が都合がよかったのでした。


 そのあと、どろちゃんは以前から何度も弾いている曲へ進みました。


「パガニーニの《24の奇想曲》第24番です」


 知っている人が少し前へ出ます。


 最後は、もう一度ローランドへ戻りました。


 シューマンの《子供の情景》から《トロイメライ》。


 大人数の晩餐室が、だんだん静かになりました。


 演奏が終わると、どろちゃんは立って頭を下げました。


 舞踏会はありません。


 でも、北京から来た皇帝の曲もありました。バッハもありました。ヴァイオリンもありました。最後には《トロイメライ》までありました。


 康熙帝がエルレンフェルトで国際連盟を見る1日は、物差しとねじから始まり、音楽で終わったのでした。



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第138章の小さな説明

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【1708年12月の時系列】


 本章は1708年12月10日の康熙帝到着直後から始まります。翌日に実務者会議、4か国元首級の集合、琉球王国の加盟調印、康熙帝の大会議室での挨拶、正式晩餐まで進みます。年はまだ1709年へ変わっていません。


 以前の稿では康熙帝来訪の直後に年を越し、1709年に琉球加盟を処理していましたが、後の展開で日程が前倒しになったため、本版では1708年中に修正しています。


【第119章から続く国際連盟本部・会議棟・ピーチライナー】


 第119章「貴族令嬢は、第一回国際連盟会議に出ます」では、国際連盟の新しい本部側施設、以前からある会議棟、ホテル棟、ピーチライナーによる日常交通が描かれています。ホテル棟と丘の上の会議棟は斜行エレベーターで結ばれ、会議参加者だけでなく住民もピーチライナーを日常の交通として使っています。


 本章では、康熙帝一行が到着直後に会議を始めず、まず貸切のピーチライナーでホテル棟へ入り、客室を確認してから斜行エレベーターで会議棟を短時間見学します。翌朝の実務者会議は会議棟、国家元首側の歓談と本会議場での挨拶、夜の大規模晩餐は国際連盟本部側というように、施設ごとの役割を分けています。


【第120章から続くオイゲンさんとハンナさん】


 第120章「貴族令嬢は伯爵さんの家へ往診します」では、オイゲンさんとハンナさんの間に子どもが生まれる見込みになり、お父様がサヴォさんへ身分、婚姻、出生、将来の継承について確認する電文を送っています。本章の時点ではその後の時間が進み、サヴォさんは康熙帝来訪より前からエルレンフェルトに滞在し、オイゲンさんとハンナさんの子どもの顔も見ています。


【第24章・第25章から続く英仏の規格分担】


 第24章で、どろちゃんはルイ14世へ「英国はグリニッジを世界の経度零度にする。フランスはメートルとキログラムを世界共通の度量衡として主導する。お互い1つずつ取ります」と提案しています。第25章へ続く交渉と実務で、m、kg、10進接頭語を使う共通単位系と、グリニッジを基準にした星図、海図、地図の体系が整えられていきました。


 この世界ではメートル法をフランスが管理する知的財産として扱います。使用にはフランス側の承認が必要で、基準器の複製、比較方法、校正記録、各地へ値を伝える実用標準器まで含めて体系へ入ります。清国は本章の時点で国際連盟への加盟を決めておらず、康熙帝はその利益と全国導入の費用を調べています。


【清国の尺を全国へそろえる仕事】


 史実の中国では、同じ尺という名前でも時代、地域、用途によって実長の違う物差しが長く併存しました。中華人民共和国の国務院が1959年に統一計量制度を出し、メートル法を基本制度として全国へ広げ、市制も1 m=3市尺、1市尺=約33.33 cmという形へ整理していきます。


 したがって1708年の清国でメートル法を導入する仕事は、単純に1尺を何mへ換算するだけでは済みません。国内で使われている複数の尺度を行政上整理し、中央の標準器から地方へ値を伝え、学校、商取引、工業で使う単位を長い時間をかけて移していく仕事になります。本作では周囲のアジア諸国がすでにメートル法を採用しているため、清が独自体系を維持する費用と、加盟して全国を切り替える費用の両方が比較対象になります。


【管用ねじ、旋盤用の切削工具、螺旋状の漏れ道】


 本文では1708年の登場人物が扱える技術問題だけを書き、後世の人名と年代はここへ分けています。


 前の世界では、Joseph Whitworthが1841年に55°のねじ山を標準化し、山頂と谷底へ丸みを持たせました。William Sellersは1864年、アメリカ向けの標準ねじとして60°で山頂と谷底を平らにした形を提案します。60°で平らな部分を持つ形には、当時の普通の機械工や旋盤工が切削工具を用意しやすい利点がありました。


 本文の「配管のねじを切削加工する旋盤用の刃物」は、雄ねじや雌ねじを旋盤やねじ切り盤で加工するバイト、チェーザなどの切削工具です。完成したねじ山の断面は、この工具形状と加工条件から作られます。


 後世のNPTでは、締め込んだ状態でも山頂と谷底の奥に残る空間がねじの螺旋に沿って連続し、細い漏れ道になります。流体配管では、その道を施工時に埋めるため、初期にはわらなどの植物繊維を巻き、その後は麻や亜麻を細長くまとめた材料やペースト、さらに後世には白いPTFEシールテープなどが使われます。


 本作の国際規格は、工業化が進みきる前に管用ねじの形を共通化し、山頂と谷底まで対応する断面を採用して、入口から奥まで連続する螺旋状の漏れ道を作らない設定です。加工する工場で旋盤用切削工具を少し複雑にする代わりに、世界中の流体配管で接続のたびに密封作業を追加する負担を減らしています。


【この世界の配管径はmm】


 国際規格として新しく作る配管は、呼び径と関連寸法をmmで決めます。メートル法採用以前から存在する設備にはインチ寸法の配管も残っているため、既設管は使える間は保守し、腐食、漏れ、機械更新、建物改修の機会にmm規格品へ交換します。移行期には変換継手を使い、設備更新のたびにmm規格の割合を増やします。


【1435 mmになった理由――第32章・第71章参照】


 第32章「貴族令嬢は帰りにライデンへ寄ります」の小さな説明「重錘台車式の発航ウインチと鉄道実験線」で、ライデン大学はグライダーを発航させる重錘台車用の実物大軌道を1435 mmで作っています。レール、木製枕木、犬釘、左右一体の輪軸、フランジ付き車輪、踏面テーパーまで試し、この設備が大学最初の鉄道実験線になりました。


 どろちゃんの前世の記憶にあった標準軌は4 ft 8½ inですが、ライデン大学で図面へ入れた値は最初から1435 mmです。この世界では1435 mmそのものが原規格なので、0.1 mmの端数はありません。1500 mmでも鉄道として成立しますが、どろちゃんが前の世界でロシアだけ軌間が違って接続が面倒だったことを覚えており、深く最適化せず、記憶していた標準軌を1435 mmとして採用しました。


 第24章では鉄道が各国へ広がる前に軌間をそろえる原則を提案し、第32章で1435 mmの最初の実物軌道が作られます。その後、第71章「貴族令嬢は英国で航空測量をします」では英国鉄道も1435 mmをフランス、スペインと同じ共通規格として採用しています。


【鉄道電化と海上コンテナ――第98章参照】


 第98章「貴族令嬢は、学食で鉄道とトンネルの話をします」では、直流1,500 Vと単相交流25,000 V・60 Hzの2方式を線区条件によって使い分け、方式境界では客車と貨車を残して機関車を交換する運用を整理しています。同章では、ライデン大学が海上コンテナ、クレーン、2段積み低床連接貨車をまとめて試験していることも説明しています。


 海上コンテナは規格が先に決まり、量産技術と荷役設備が後から追いついた設定です。フランスとネーデルラントの新しい主要幹線は将来の2段積みを考えて構造物限界へ余裕を持たせ、既存線や山岳線は同じ規格コンテナを1段で運びます。


【空気入りゴムタイヤと、この世界の地上交通】


 本章の時点では、長距離、大量の地上輸送は鉄道中心です。小型乗用車や大型トラックが道路を大量に走る社会を前提にせず、空気入りゴムタイヤは航空機や一部の特殊な車輪付き設備など、現在実際に必要な用途から規格化しています。


 新しい用途が生まれた場合は、荷重、速度、発熱、耐久性などを試験し、必要な寸法を共通系列へ追加します。同じ寸法の中で、メーカーは材料、補強構造、摩耗、発熱、耐久性、品質管理を競います。


【日本との交易】


 日本は国際連盟の外にあり、尺貫法と地域、用途ごとの慣行が残っています。本章では、清側の行政官が「共通規格の外にいる国とも交易できるのか」と質問した流れから日本を例にしました。絹織物、陶磁器、茶、薬種などの完成商品は取引時に単位を換算して売買できます。機械、配管、軸受では接続寸法が保守性へ直結するため、共通規格へ入る利益が大きくなります。


 国立公文書館に残る『唐蛮貨物帳』は宝永6年(1709年)から正徳4年(1714年)まで、中国船とオランダ船の積荷、数量、代価などを船ごとに記録しています。中国船による直接輸入と、バタヴィアを中心とするオランダ側の交易網が同じ中国産商品を扱うことは両立します。


【康熙帝と西洋音楽】


 康熙帝は西洋音楽を初めて聞く人物ではありません。ポルトガル出身のイエズス会宣教師Tomás Pereira(トマス・ペレイラ、1645-1708)は北京で康熙帝に西洋音楽を教え、音楽理論を中国語で整理する仕事にも関わりました。そのため本章の康熙帝には、どろちゃんが演奏する西洋音楽を音の珍しさだけでなく、音程、音階、反復、和声の組み立てとして聞く素地があります。


 Teodorico Pedrini(テオドリコ・ペドリーニ、1671-1746)が北京へ到着するのは1711年で、本章より後です。Pereiraのあと、康熙帝の宮廷で西洋音楽を扱う仕事はさらに続いていきます。


【工尺譜と、どろちゃん】


 工尺譜は中国で長く使われた文字譜の一つです。本章では、どろちゃんが以前にいくつか入手していた工尺譜を晩餐会へ持ち込みます。どろちゃんはこの世界の文字を読む能力を持つため、工尺譜も書かれた音名と進行をそのまま読み、ローランドで数曲演奏します。


 康熙帝は北京を出るとき随行を12人まで削っており、音楽関係者は同行していません。そのため皇帝の楽団員は0人です。西洋音楽を学んだ皇帝本人はいるのに、楽団だけが北京に残っているという状態で、エルレンフェルト側の演奏が歓迎行事を受け持つことになりました。


【チャッコーナ、24番、トロイメライ】


 バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番の終曲は、自筆譜で「Ciaccona」と記されています。本作ではこの表記に合わせ、本文で「チャッコーナ」と呼びます。現在の日本語ではフランス語形Chaconneに由来する「シャコンヌ」という呼び方も広く使われています。


 どろちゃんが続けて弾く「24番」は、これまでの章でも登場しているパガニーニ《24の奇想曲》第24番です。《トロイメライ》はシューマン《子供の情景》の1曲で、これも以前からどろちゃんが何度も演奏しています。


 1708年の晩餐会で後世の曲まで演奏できるのは、どろちゃんが前世の記憶で曲を知っているためです。作曲年代を宮廷の客へ説明することはせず、演奏だけを聞いてもらいます。


【舞踏会をせず、子作りバッハさん】


 四か国側だけの宴会なら食後に舞踏会を行うことがあります。今回は清国の皇帝一行を迎えるため、進行表を作る段階でヨーロッパ式の舞踏会を外し、座って一緒に聞ける歓談と音楽の時間へ置き換えました。食事が終わってから急に舞踏会を中止したのではありません。


 そこで活躍するのがヨハン・ゼバスティアン・バッハです。バッハには2度の結婚で合計20人の子どもがいたため、本作の軽い説明では「子作りバッハさん」と呼べる人でもあります。舞踏会を使わなくても、オルガン曲、クラヴィーア曲、ヴァイオリンの《チャッコーナ》まで、長い時間しっかり音楽を楽しめます。


【昼食と晩餐会のメニュー】


 会議途中の顔合わせ昼食は、第119章で使っている会議昼食の考え方を引き継ぎます。温かいスープ、パン、肉と魚、野菜、果物を同じメニューで出し、王侯、技官、行政官、書記を料理で分けません。仕事の途中なので料理数を増やしすぎず、食後は実務者がそのまま午後の会議へ戻れます。


 前日のホテル棟での夕食は、根菜の澄んだスープ、焼いた川魚、きのこと小さな玉ねぎを入れた鶏肉の白ワイン煮、温野菜、焼いたパン、果物と菓子です。長距離飛行直後なので歓迎パーティーにはせず、この食事を終えたら宿泊します。


 夜の正式晩餐は国際連盟本部側の専用ルームで行います。年越し前なので当番は英国で、英国から借りた調理師と給仕が担当します。澄んだスープ、白身魚の焼き物とバター・香草のソース、牛肉のロースト、玉ねぎと根菜、温野菜、パン、チーズ、リンゴと洋梨、干した果物を使った温かい菓子を順に出し、水、茶、ワインなどは各自が選びます。


 各国の国際連盟代表、大使、外交官、その婦人、清側の技官や行政官まで人数が多いため、ホテル棟や通常の会議棟ではなく、大人数の正式晩餐を想定した国際連盟本部側の専用ルームを使います。席次は外交上の順序を整えますが、料理そのものは同じものを食べます。


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