特別編5 暴れん坊将軍は、まだ将軍ではありません。 日本を何とかするには そういえば彼がいた!!
特別編5 暴れん坊将軍は、まだ将軍ではありません
清国皇帝がエルレンフェルトへ来た年の暮れ、国際連盟の総会は、いつもの総会よりずっと人が多くなりました。
加盟国は普段から、エルレンフェルトに国連大使のような立場の常駐代表を置いています。通常の総会なら、その人たちが席に着けば十分です。
今回は違いました。
清国皇帝本人が北京から来ています。
鉄道で無理なく来られる国からは、国家元首本人も顔を出しました。英国だけは鉄道で来られる距離ではないので、どろちゃんがチェブラーシカちゃんでアン女王とジョージ王配を迎えに行っています。
結果として、4か国の代表者本人も全員そろいました。
そこで、当初の予定が一つ変更されました。
琉球王国の加盟です。
本来は、年を越してから最終処理するつもりでした。ところが署名する4人が、いま全員この建物にいます。
「本人が4人ともここにいるのでしたら、委任状は使わずに済みます。書類もそろっていますから、今日できます」
実務側からそう言われると、その通りでした。
琉球側の加盟文書が大会議室へ運ばれ、4か国の代表者が順番に本人署名を入れました。
琉球王国は、1708年のうちに国際連盟へ加わりました。
そして、その総会でもう一つ大きな議題が通りました。
国際連盟軍の創設です。
発端は、日本から届いていた資料でした。
琉球をめぐる一連の出来事で、薩摩の島津家は船と人をかなり失っています。島津家の上位にいた人々にも、すでに消えた者が多く、以前ほどまとまった指揮系統が残っていません。
幕府は島津家を昔から警戒しています。
そこへ琉球の問題が重なりました。
さらに幕府は、羽島から桑名にかけて洪水の多い木曽三川の治水を急がせ、御手伝普請として薩摩へ大きな負担をかけていました。治水そのものは必要です。木曽川、長良川、揖斐川の流れが複雑に重なる地域ですから、大水が出れば田畑も家も水につかります。
ただし、誰に払わせるかは政治でした。
約40万両。
薩摩藩の年収にすると、およそ2年分です。
工事場所は、薩摩から遠く離れた木曽三川です。そこで人を出し、資材を買い、食料を運び、工事費を負担します。
琉球で人と船を失ったところへ、さらに巨額の普請です。
国際連盟側の実務者は、その先を考えました。
「幕府が島津家を改易した場合、薩摩の武士が一度に職を失います」
大きな大名家です。
家臣だけでなく、その家族もいます。
刀や槍、鉄砲を扱える人が、俸禄と主家だけを一度に失って日本各地へ散れば、幕府にとっても治安上の問題になります。
そこで国際連盟は、改易が実際に起きた場合に備えて、希望する旧藩士を雇用する制度を先に作りました。
軍務経験者の一部は、国際連盟本部、港、鉄道、共同倉庫、救援物資の輸送路などを守る常設部隊へ入れます。出身藩の部隊を看板だけ掛け替えて使うのではなく、一人ずつ個人として雇用します。
訓練はフランスが担当します。
共通語、指揮系統、射撃、警備、救護、住民への対応、国際連盟の規則。
どこの国の出身でも同じ命令で動けるようにします。
採用対象は、刀や槍が強い人だけに限りません。
薩摩には、帳簿を扱う人、測量のできる人、土木工事を監督できる人、港や蔵を管理できる人もいます。
そういう人は軍以外の仕事へ回します。
総会で制度だけは作りました。
年が明けると、その制度を本当に使うことになりました。
*
幕府から、島津家の改易と鹿児島城明け渡しの命令が出ました。
早い決定でした。
島津家は琉球関係で人と船を失い、木曽三川の御手伝普請でも財政を削られています。上位の家臣にも欠員が多く、城下に残った武士を一つにまとめて幕府へ抵抗できるだけの指揮系統も、ほとんど残っていません。
それでも、鹿児島城下には大勢の武士がいます。
明け渡しの最中に外国船をいきなり入れれば、何が起こるか分かりません。
VOGの船が鹿児島へ到着するには、3日から4日かかります。
そこで、先にムリヤちゃんが来ました。
ムリヤちゃんは鹿児島城下へ降りず、巨大な機体のまま上空を何度か通過して、紙を大量に落としました。
最初の紙は、旧薩摩藩士全体への案内です。
島津家の改易によって俸禄を失う人について、国際連盟とVOGが希望者の雇用を受け付けること。
本人だけでなく、妻、子ども、年を取った親を含めて家族単位で移住できること。
軍務経験者には国際連盟軍の採用枠があり、行政、会計、測量、土木、港湾、鉄道などの仕事も用意できること。
3日から4日後にVOGの船が来るので、それまで家族と相談したうえで、希望する人は指定された場所へ来てほしいこと。
そして、紙の下の方にはかなり大きな文字で注意が書かれていました。
『国際連盟およびVOGの航空機、船、人員へ攻撃を加えないでください。これまでの事例では、攻撃した側の人や船が消えています。試さないでください』
神様が何を考えているのかは誰にも分かりません。
ただ、これまでに何が起きたのかは分かっています。
事故防止のため、その事実を書きました。
もう一種類の紙には、人の名前が並んでいました。
候補者名簿です。
刀や槍で名の知られた人。
鉄砲や警備に向いている人。
木曽三川の普請で仕事ぶりが分かった人。
測量、帳簿、土木、行政で能力があると確認できた人。
名簿に名前があっても、行くかどうかは本人が決めます。
『こちらに仕事を用意できます。船が来るまでに考えてください』
そのための名簿でした。
紙が降ってから、人が集まり始めるまでには時間がかかりました。
昨日まで島津家に仕えていた人が、今日になって外国へ行くかどうかを決めろと言われています。
妻がいます。
子どもがいます。
親がいます。
家があります。
墓もあります。
3日から4日という時間は、そのために置きました。
*
VOGの船が来ました。
乗船希望者は、まず本人の名前と家族の人数を確認されました。
そして雇用契約書を読みます。
仕事の種類。
賃金。
家族の扱い。
移住先。
途中で仕事が合わなかった場合の扱い。
軍に入る場合には、フランスで訓練を受けること。
武器は移動中に別管理になること。
首里でいったん待機すること。
本人が納得すると署名しました。
契約書は一通だけ作りません。
本人へ渡す分。
VOGが保管する分。
そして鹿児島側へ残す分。
あとから見れば、誰がどの条件で出ていったのか分かります。
最初の光景だけを見れば、人さらいにも見えます。
外国船が旧藩士と家族をまとめて乗せていくからです。
しかし、城下には契約書が残りました。
本人の署名があります。
3日から4日考える時間もありました。
家族も一緒に移住できる仕組みにしてあります。
船は首里へ向かいました。
琉球王国は、すでに国際連盟加盟国です。
首里では、氏名、家族構成、技能、健康状態、契約内容をもう一度確認しました。
自由に町へ出歩ける状態にはしませんでした。
刀や槍を持った旧薩摩藩士が大量に首里へ来ています。
雇用先と移住先が決まるまで、受け入れ施設の中で過ごしてもらいます。
「ここで過ごしていただくのは、しばらくの間だけです。行き先が決まれば、家族と一緒に移動します」
そう説明しました。
何陣かに分けて運びます。
国際連盟軍へ行く人は、首里からさらに移送され、フランスへ向かいます。
鉄道、港、工場、大学、役所へ行く人は、それぞれ別の雇用先へ向かいます。
どろちゃん自身が、
「この人、軍人にするより別のところの方がいいね」
と拾った人もいます。
刀や槍の達人は、紀州藩側が正式に鹿児島へ入るころには、かなりの人数がもういませんでした。
国際連盟軍や別の雇用先へ旅立っています。
土木や測量、会計で特に能力の高い人も、どろちゃんたちがかなり拾いました。
平田家のように、家そのものを引き取るところもあります。
木曽三川の普請で父の世代の仕事ぶりが評価されていたためです。
幼い子どもも家族と一緒に行きます。
この世界の平田靱負は、まだ子どものままライデンへ向かうことになります。
*
何回かVOGの船が往復したあと、紀州藩の代表団が鹿児島へ来ました。
城。
役所。
蔵。
港。
台帳。
残っている武器。
一つずつ引き渡します。
そのころ鹿児島に残っていた旧薩摩藩士の中心は、ごく普通の行政武士でした。
年貢台帳を読める人。
蔵の出入りを記録できる人。
村の位置を知っている人。
港へ入る船を記録していた人。
城下の役所がどのように動いていたか知っている人。
刀や槍の名人はかなり減っています。
特に優秀な技術者や実務者も、すでに別の雇用先へ向かいました。
紀州側の役人は、残った人たちを見て考えました。
「役所を動かす人は、こちらにも必要です。武士として召し抱えるのではなく、行政の仕事をする者として雇い直しましょう」
刀を差す身分はそのまま残さず、役所を動かす技能の方を残します。
非武士の行政職として、紀州側の制度へ組み込みました。
そしてもう一つ、紀州側が確認したものがあります。
VOGが残した雇用契約書です。
日本側から見れば、当然、問題も残ります。
幕府は日本人が勝手に海外へ渡ることを認めていません。
外国商社が旧藩士を大量に国外へ連れて行くのは、幕府の禁制から見ればかなりまずい行為です。
紀州側の役人は契約書を一枚ずつ見ました。
本人の署名があります。
雇用先があります。
賃金があります。
家族も一緒です。
そして何より、もう日本国内にいません。
「これを全部連れ戻しますか」
役人の一人が聞きました。
別の役人は、しばらく書類を見ていました。
「連れ戻したところで、主家も俸禄も失ったままです。幕府と紀州を恨んだ薩摩浪人を、日本中へ増やすだけでしょう」
その通りでした。
改易された大藩の武士が大量に浪人となり、大坂、京、江戸、九州各地へ散る。
幕府にとっては、むしろ厄介な話です。
ところがVOGが、希望者を家族ごと運びました。
輸送費は日本側が払っていません。
当座の食料も払っていません。
再就職先まで用意されています。
乱暴な言い方をすれば、紀州藩や幕府が費用を出さずに、将来問題になるかもしれない浪人を国外へ移したのと同じです。
「禁制に触れることは記録しておきます。ただ、すでに外国で職を得ている者を、こちらから金をかけて呼び戻し、あらためて無職にする理由もないでしょう」
紀州側は、追捕も送還要求もしませんでした。
VOGのやり方は正式承認せず、契約書だけを保管し、
『改易時の混乱中、外国商社との雇用契約によって国外へ退去した者については、追って連れ戻さない』
という実際的な処理をしました。
最初に見れば人さらい。
書類を全部見ると、無料の国外移送と再就職でした。
紀州藩側には、後者の方がありがたい部分がかなりありました。
*
旧薩摩領のうち、日本側に残った地域は、当面、紀州藩の支藩として再編されることになりました。
奄美群島は、すでに琉球王国側へ戻っています。紀州側が引き継ぐのは、鹿児島を中心とする薩摩本土と、その南のトカラ列島までです。
島津家を怖がって改易した直後です。
そこで幕府は、別の大きな外様大名を鹿児島へ入れる選択を避けました。
紀州徳川家なら、幕府にとって安心できます。
紀州も南海道にあります。
温暖な土地です。
海があります。
そして徳川家です。
ただし、最初の城の引き渡しに紀州藩主本人は間に合いませんでした。
徳川吉宗は江戸にいました。
代表団が鹿児島の役所を動かし始めたあと、吉宗さん本人が妻の理子さんを伴って鹿児島へ来ました。
紀州藩の留守居役と重臣たちは、和歌山の政務を続けます。
鹿児島側は藩主本人が見ます。
後に8代将軍になる人です。
でも、この時点ではまだ紀州藩主です。
将軍になる前に、いきなり大きな仕事が来ました。
島津家が消えたあとの薩摩の立て直しです。
役所の人員は減っています。
財政も傷んでいます。
木曽三川の普請へ金を出しています。
琉球との関係も、大きく変わっています。
奄美群島は琉球王国へ戻り、紀州側の運営範囲から外れています。
ただし、鹿児島の役所には、薩摩が奄美を直接支配していた時期の帳簿と報告が残っていました。吉宗さんも、それを読みました。
砂糖を作れば金になります。
しかし、食料を作っていた畑までサトウキビへ替えさせると、島に食べ物が残りません。
やせた人が増え、食べるものがなくなれば、雑草やソテツの実まで口にします。
ソテツの実は、そのままでは安全に食べられません。
吉宗さんは奄美へ新しい命令を出さず、鹿児島に残った帳簿から旧薩摩行政の失敗を読み取りました。奄美の立て直しを担うのは、いまは琉球王府側です。
琉球側では、砂糖畑を全部なくすのではなく、人が食べる芋や雑穀の畑を戻し、足りない年に出せる食料を倉へ置き、砂糖を運び出した船の帰りには食料も運べるようにしていきます。
吉宗さんに残ったのは、旧薩摩の行政が何をすると人を飢えさせるのかという、かなり重い失敗の記録でした。
薩摩本土の立て直しにも、その記録は直接役立ちます。
火山灰の多い土地で何が作れるのか。
どこに水があるのか。
港と蔵をどう使うのか。
税を取りすぎて村そのものを潰していないか。
吉宗さんは、紀州から来た役人と旧薩摩の行政職を一緒に使って、少しずつ組み直していきました。
*
どろちゃんは鹿児島城に留まらず、日本側に残った旧薩摩領の島や辺境にも足を延ばしました。VOGの名簿から漏れていた優秀な人が、そうした場所にも残っていたからです。
遠い役所へ出ていた人。
海岸の測量をしていた人。
木曽三川からまだ戻ったばかりの人。
城下では名前が目立たなかったけれど、実際にはかなり仕事のできる人。
どろちゃんはムリヤちゃんで何度か、日本側に残った旧薩摩領を回りました。
大きな飛行場のない場所でも、いつもの神様滑走路法を使います。
ムリヤちゃんが降りられる場所を確保し、数人だけ拾うこともありました。
「またいたね」
『いたね』
「城下の名簿だけ見てたら、分からない人が多いよ」
『広いからね』
「島もあるもんね」
そうして何度目かの飛行をしていたとき、VOGの情報担当官から連絡が入りました。
内容を聞いて、どろちゃんは予定表を閉じました。
吉宗さんの奥さん。
理子さんの具合がかなり悪い。
産後の肥立ちが悪く、熱が続いている。
傷の痛みも強い。
紀州側の医師が診ているけれど、よくならない。
どろちゃんは、まず自分の今の立場を確認しました。
「私、いま鹿児島では何の人になってる?」
情報担当官は答えました。
「VOGの大株主として、旧薩摩側の人材移送と雇用状況を確認していることになっています」
「それだと、奥さんを診せてくださいって言っても政治の人が来たように見えるね」
「そうなります」
どろちゃんは診察鞄を開けました。
中には、フランス王国から与えられた薬剤医師の資格状の写しがあります。
以前、ルイ14世が作った資格です。
患者を診察し、病状を判断し、薬を選び、量を決め、治療して、その経過まで診ることができます。
それに、フランス側で使える爵位があります。
ブルジェ侯爵。
「じゃあ、今日はVOGの大株主じゃなくて、フランス王国の医師として行く。ブルジェ侯爵、薬剤医師。女性の医師で、診断もできる。薬も持ってるって伝えて」
情報担当官はすぐに意味を理解しました。
連絡の名目は、フランス王国の資格を持つ女性医師からの診察申し入れです。
「薬があることも、そのまま伝えてよろしいですか」
「うん。感染症なら使える薬がある。産後の傷なら、男性のお医者さんでは十分に見られていないところがあるかもしれない。女性だから診られるところまで診るって伝えて」
連絡はすぐに鹿児島へ飛びました。
*
返事は早く来ました。
吉宗さん側も、選べる手段はごく限られていました。
理子さんは、もと伏見宮家の女王です。
高い身分の女性です。
男性の医師が産後の身体を詳しく診るには、本人だけでなく周囲の抵抗もあります。
脈を見て、顔色を見て、腹の上から触るところまではできます。
でも、感染している傷が産道や会陰にあるなら、そこを実際に見ないままでは原因を確認できません。
そこへ、女性の医師が来ました。
しかも薬を持っています。
紀州側は、フランスの資格状の写しも確認しました。
ブルジェ侯爵という身分も確認しました。
そして吉宗さんが会いました。
「奥がかなり弱っております。女医であれば診られるところまで診ていただけると聞きました。治る可能性があるのであれば、お願いしたい」
どろちゃんは、診察鞄を持ったまま答えました。
「まず診察します。感染なら薬を使えます。ただ、薬だけ飲んでもらえば終わりということにはなりません。傷が感染しているなら、そこを確認して洗浄や処置をします。体温、脈、出血、悪露の状態も見ます。必要なら何日か続けて診ます」
「それで構いません。本人にも、女の医師が来たことは伝えてあります」
理子さんの部屋へ入ると、侍女だけを残しました。
どろちゃんは、最初に理子さん本人へ説明しました。
「産後の傷が原因になっている可能性があります。外から脈を見るだけでは分からないので、傷のところまで診せてください。私は女ですし、医師として来ています。嫌なことや痛いことがあれば、その場で言ってください」
理子さんは疲れていました。
それでも説明を最後まで聞き、診察を受けることにしました。
どろちゃんは体温と脈を測り、腹部の状態を確認しました。
出血の量と悪露の状態を侍女から聞きます。
それから傷を直接見ました。
腫れています。
触れなくても熱を持っているのが分かります。
傷の一部から感染が広がっていました。
「ここですね」
原因が見えました。
傷を洗浄します。
必要なところを処置します。
使う器具は清潔なものへ替えます。
そして抗生物質を使いました。
水分も取らせます。
熱が高いので、体温と脈を何度も確認します。
その日の夜にも、もう一度診ました。
翌朝、熱が少し下がりました。
脈も前日より落ち着いています。
どろちゃんは薬を止めません。
傷の状態をもう一度見て、感染が広がっていないことを確認しました。
数日後、理子さんは自分で食事を取れるようになりました。
「昨日より、ずいぶん楽です」
理子さんがそう言えるところまで来て、どろちゃんもようやく安心しました。
「まだ薬は続けます。熱が下がったから終わりにすると、残っている感染がまた増えることがあります。傷ももう少し見せてください」
「分かりました。最初に女性の先生だと聞いて、それだけでも少し安心したのです」
「そこは、私が女でよかったですね」
理子さんは少し笑いました。
吉宗さんも、数日後には妻が起きて話せるようになったのを見ました。
鹿児島へ来た理由は、島津家の改易後の薩摩を立て直すためです。
その鹿児島で、妻まで助かりました。
相手は、つい少し前までVOGの大株主として旧薩摩藩士を外国へ連れて行っていた人です。
同じ人が、今度はフランス王国のブルジェ侯爵で、女性の薬剤医師として妻を治しています。
吉宗さんから見ると、職業が多すぎます。
*
理子さんは生き残りました。
伏見宮家のもと女王です。
吉宗さんは、このあと本当に将軍になります。
しかも将軍になる前に、鹿児島で普通の大名ならなかなか経験しないものを大量に見ました。
巨大な藩が改易されたあとの行政再建。
大量に出る浪人の再就職。
外国商社との雇用契約。
国際連盟軍。
海外へ移住する日本人。
琉球王国の国際連盟加盟。
砂糖だけに依存させた旧薩摩行政の失敗。
外国の医師。
抗生物質。
そして、妻の命を救ったブルジェ侯爵。
この世界の吉宗さんが、史実とまったく同じ将軍になる理由は、もうかなり減っていました。
明治維新まで待たなくても、徳川家の側から先に変わり始めるものが、少しずつ増えています。
*
【特別編5の小さな説明】
【国際連盟軍】
本作では、清国皇帝来訪時の総会で常設の国際連盟軍創設案が可決された設定です。加盟国を征服する軍隊ではなく、国際連盟本部、港、鉄道、共同施設、救援輸送路などの治安維持を主目的とします。旧薩摩藩士をそのまま一つの薩摩部隊として使うのではなく、個人として雇用し、フランスで共通の訓練を受けさせます。
【琉球加盟の署名】
当初は年越し後に最終処理する予定でしたが、康熙帝来訪に伴って4か国の代表者本人がエルレンフェルトへ集まりました。そのため予定を変更し、委任状ではなく4人全員が本人署名して1708年中に琉球王国の加盟を成立させます。
【奄美群島と紀州側の権限】
第137章「貴族令嬢は、皇帝陛下をお迎えに行きます」で、奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島などの奄美群島は琉球王国側へ戻しています。トカラ列島は日本側に残ります。
本特別編は島津家改易後なので、吉宗と紀州側が行政を立て直す範囲に奄美群島は入りません。吉宗は鹿児島に残った旧薩摩時代の帳簿から奄美の飢餓と砂糖モノカルチャーの失敗を知りますが、奄美への行政命令は出しません。奄美の食料畑、備蓄、砂糖と帰り荷の再編は琉球王府側の仕事です。
【木曽三川と薩摩への御手伝普請】
史実の宝暦治水は1754~1755年に薩摩藩が担当した御手伝普請で、約40万両を費やした大工事です。本作では、琉球関係で人と船を失って弱った島津家をさらに削るため、幕府が木曽三川治水を約半世紀早めています。
ただし、羽島から桑名にかけての治水そのものは必要な公共事業です。木曽三川では洪水が繰り返されました。本作では工事を早めたため、その後の維持管理も史実より早い時期から必要になります。十分な浚渫や堤防補修を続けなければ河床が上がり、再び洪水が増えます。ヤロカ水のような洪水伝承が消える世界にはなりません。
【平田家】
史実で宝暦治水の総奉行となる平田靱負は1704年生まれです。そのため、本作で1708~1709年に前倒しされた治水工事を本人が指揮することはできません。父の世代を含む平田家の大人が実務に関わり、その能力を評価され、島津家改易時に一家で国外雇用される設定です。幼い平田靱負も家族と一緒にライデンへ渡ります。
史実では平田靱負は1755年、宝暦治水終了後に亡くなっています。この世界では幼少期から別の人生へ入ります。
【旧薩摩藩士の国外移送】
日本側から見れば、幕府の海外渡航禁制がある時代にVOGが旧藩士を家族ごと国外へ運ぶ行為は非常に問題があります。本作では、3~4日の検討期間を置き、本人と雇用契約を結び、契約書の写しを鹿児島側にも残します。
紀州藩側は、法的には好ましくない一方で、島津家へ強い帰属意識を持つ浪人が日本国内へ大量に散るより、家族ごと国外で職を得ている方が治安上は扱いやすいと判断します。しかも移送・当座の生活・再就職に日本側の費用がかかりません。そのため追捕や送還要求を行わない、という本作独自の処理です。
【首里での一時待機】
旧薩摩藩士は武器を扱える人が多く、一度に大量の人員が到着するため、首里で雇用先と移住先が決まるまで行動範囲を制限します。恒久的な拘束ではなく、家族を分離せず、次の移送までの短期間の安全管理という設定です。
【理子女王】
徳川吉宗の正室・理子女王は、伏見宮貞致親王の第4王女で、1691年生まれです。史実では1710年、流産後の病によって20歳で亡くなっています。
本作では吉宗とともに鹿児島へ滞在していた時期に産後の感染症を起こし、偶然、日本側に残った旧薩摩領を回っていたどろちゃんが治療します。その結果、史実では早世する理子女王が生き残る歴史へ分岐します。
【どろちゃんの医師資格】
参照:第30章「貴族令嬢は、お薬を玄関まで届けます」。
ルイ14世は、どろちゃんの医療行為に合わせて「薬剤医師」という資格を新設しています。薬を調合するだけでなく、患者を診察し、病状を判断し、薬を用いて治療し、その経過まで診ることのできる医師資格です。
本特別編では、VOGの大株主として鹿児島へ来ていた立場から、フランス王国のブルジェ侯爵・薬剤医師という立場へ切り替えて紀州藩側へ診察を申し入れます。産後の傷を直接確認する必要があるため、女性医師であることも大きく働きます。
【ムリヤちゃん】
参照:第107章「貴族令嬢の滑走路に、ムリヤちゃんが来ました」。
ムリヤちゃんはAn-225系の大型輸送機で、神様現象によってこの世界へ来た機体です。本特別編では、鹿児島城下へのビラ投下、日本側に残った旧薩摩領の島や辺境で名簿から漏れた人材の回収、長距離移送の一部に使われます。
【ムリヤちゃんのビラ印刷設備】
ムリヤちゃんには、現地で警告文、避難案内、募集案内、候補者名簿などをすぐ作れるよう、ビラ用の印刷機とペーパーカッターを常備しています。紙もある程度まとめて機内に備蓄しています。
そのため今回の薩摩でも、完成したビラをエルレンフェルトから大量に運ぶ手間を省けます。現地で入った最新情報を原稿へ反映し、一般向けの案内、攻撃しないよう求める注意書き、候補者名簿入りの案内をそれぞれ必要部数だけ印刷し、同じ大きさに裁断してから投下できます。大型輸送機のムリヤちゃんにとって、印刷機一式を常備する重量は運用上ほとんど問題になりません。
【紀州弁と宮廷言葉】
どろちゃんには、これまでと同じ言語チートが働いています。そのため紀州藩士が話す紀州弁も、伏見宮家出身の理子さんやその周囲が使う宮廷寄りの言葉も、通訳なしで自然に理解できます。聞き取るだけでなく、相手に合わせて語彙や言い回しを変えて話すこともできます。
紀州側から見ると、外国から来た女性医師が家臣の紀州弁をそのまま理解し、奥へ入れば理子さんや侍女ともそのまま話し、さらに産後の感染症まで治してしまいます。
紀州の言い方で「ドテライ」は「かなり、ものすごく」といった意味です。
かなり驚いた、を紀州っぽく言えば、ドテライオドロイテライショ。
しかも今回は、カダラモナオッタシ、です。
【暴れん坊将軍】
この時点の吉宗は紀州藩主です。本特別編では、島津家改易後の薩摩を立て直すため鹿児島へ入ります。
史実の吉宗はのちに8代将軍となりますが、この世界では将軍になる前から国際連盟、VOG、国外雇用、琉球の国際的地位、近代的な医療などを直接経験します。さらに理子女王も生存するため、その後の日本は史実とはかなり違う方向へ進むことになります。




