137貴族令嬢は、皇帝陛下をお迎えに行きます。
1708年頃からしばらくの日本では行政の行き詰まりも大きく、蒙古襲来時の鎌倉武士のように勇猛果敢に戦うことも、戦う判断や準備も出来なさそうです。
綱吉末期の幕府は、将軍権力そのものはまだ保たれていましたが、後継問題と財政難が重くなっていました。
1709年に綱吉が死去し、6代将軍徳川家宣が就任します。
家宣は成人した将軍でしたが、就任時すでに40代後半で、長期安定政権を築くには時間が足りませんでした。
新井白石らを重用し、貨幣・貿易・財政の立て直しを進めます。
しかし家宣は1712年に死去し、在職はわずか3年ほどで終わります。
その後を継いだ7代家継は幼児で、実際の政務は側近や老中が担いました。
中央の将軍権威は残っていても、対外危機で迅速に大規模軍事判断をする体制としては不安定です。
大名はそれぞれ領地・軍事力・財政基盤を持っており、外国勢力が個別に接触すれば分断工作を受けやすい構造でした。
しかも当時の幕府は外洋海軍や全国統一的な海防体制が弱く、港湾・島嶼・沿岸部から切り崩される危険がありました。
1716年に吉宗が8代将軍となるまで、短命将軍と幼児将軍が続く約7年間は、対外的にはかなり危うい時期だったと言えます。
それぞれが、徳川政権の中での立場をよくすることしか考えていませんし、本気で武家政権としての行政を考えるなら幼児を征夷大将軍にはつけません。
作者的にも何でこうなると思う部分も多いのですが、策を練っても安定しているヨーロッパ各国に対応しようがありませんでした。
第137章 貴族令嬢は、皇帝陛下をお迎えに行きます
時は少しさかのぼりますが、朝鮮王朝を清国へ編入し、半島を高麗地方として組み直す話をしていたころから、東アジアの別の問題も並行して動いていました。
どろちゃんたちは高麗の処理を終えると、北京からバタヴィアへ寄り、ラサを経て、いったんエルレンフェルトへ戻っています。
康熙帝がヨーロッパへ来るまでには一か月ほど準備が必要です。そのあいだ、北京には無線設備を整える技師さんたちが残り、バタヴィアではVOGの船と現地組織が動き続けました。
どろちゃん自身が東アジアに居続けなくても、仕事は止まりません。
無線で概要が届き、必要な内容は文書にまとめられます。
その中で最初に大きく形になったのが、琉球の扱いでした。
◇ ◇ ◇
琉球には王様がいて、王府があり、役人がいます。
外交文書を作ることができ、外国と交渉し、決めた内容を記録し、次の役人へ引き継ぐ仕組みもあります。
国際連盟へ加盟する国として必要なものは、すでにかなりそろっていました。
問題は、薩摩との関係です。
1609年の侵攻以後、薩摩は琉球へ強い支配を及ぼしてきました。奄美群島では、王府を介するよりさらに直接的な支配が続いています。
その背景には、薩摩藩そのものの苦しい財政がありました。幕府は外様大名へ大きな普請を藩の負担で命じることがあります。薩摩にも木曾三川の治水という、とんでもなく重い工事が割り当てられました。平田さんたちをはじめとする薩摩側の人たちは、遠く離れた美濃・尾張の川で難工事に取り組みます。
工事費は、およそ四十万両。
薩摩藩の年間収入のおよそ二年分にあたる金額でした。
しかも、その四十万両を使って薩摩の田畑や港や道路が良くなるわけではありません。工事が終わって残る治水施設は木曾三川にあります。薩摩から見れば、自分の領地へ投資する二年分ではなく、幕府から命じられて遠くの川へ出してしまう二年分です。
現代の感覚なら、日本がワシントンから命じられて、日本の税収二年分をミシシッピ川の改修工事へ出すようなものです。2025年度の日本の国税収入は約84兆円ですから、その二年分なら約168兆円になります。日本国内へ使える金は、その分だけ飛びます。
平田さんたちは、その無茶な条件の中で工事を成立させようと働いた側でした。
しかも薩摩本土にはシラス台地が広く、もともと稲作だけで大きな現金収入を安定して増やしやすい土地ではありません。幕府の普請で大きく空いた財政の穴を埋めるため、薩摩藩がますます頼るようになった収入源の一つが奄美の黒糖でした。
薩摩が入る前、島の人たちは食べるものを作る畑を持ち、島の中で食料を自給していました。そこへ薩摩が入り、その畑に、商品として島の外へ持ち出すサトウキビを強制的に植えさせます。
VOGが調べると、島の農業はサトウキビと黒糖へ極端に偏るモノカルチャーになっていました。砂糖を売った金は薩摩藩の財政へ入ります。ところが、食料畑をつぶした代わりの米や雑穀を、その金で買って奄美へ運ぶことはしませんでした。島民の食料を買えば、その分だけ薩摩藩の利益が減るからです。
無線で届いた現地の報告をまとめて読んだどろちゃんは、途中で何度も手を止めました。
島へ入ると、やせた人ばかりでした。食べるものはほとんどなく、体力のない子供から先に死んでいっていました。それでも畑には、島の外へ持ち出すサトウキビが植わっています。島の人たちは雑草や、毒抜きをしなければ食べられないソテツの実まで口にしていました。
「モノカルチャーにするなら、食べるものは外から入れないとだめでしょう」
どろちゃんは同じ数字をもう一度見ました。
「それをしないで、黒糖だけ持っていってる」
VOGの人も、しばらく返事をしませんでした。
「薩摩側は、この状態を幕府へそのまま報告してはいないようです」
「そりゃ、隠すよね」
藩財政を支えるために島の生産を黒糖へ偏らせ、その結果として大量の餓死者を出しているのです。幕府へ正直に知らせれば、自分たちの経営失敗まで一緒に説明しなければなりません。
どろちゃんが報告を読んで腹を立てることと、VOGが動く理由は同じではありません。
VOGは利益団体です。
琉球王府には王がいて、役人がいて、外交文書を作り、約束を記録して次の役人へ引き継ぐ仕組みがあります。VOGから見れば、港の使用条件、倉庫、定期船、関税、商品代金を文書で決められる相手です。
そこへ薩摩が別の権限を持ったまま重なっていると、話が面倒になります。王府と契約したあとで鹿児島から別の条件が出る。港へ金を入れ、倉庫を建て、定期航路を作ったあとで、誰にどこまで権限があるのかをまた争う。VOGにとっては、その方が困ります。
「長く商売するなら、契約相手ははっきりしていた方がいいですね」
VOGの人が言いました。
「そっちが本音だね」
どろちゃんも否定しませんでした。
奄美も同じです。薩摩側のまま残せば、琉球列島の北側に薩摩の収入源と行政拠点が残り、境界のたびに鹿児島との交渉が必要になります。奄美まで琉球側へ戻して北の境界を一本にした方が、VOGには長期の航路と取引条件を作りやすくなります。
しかも、島の生産人口が餓死して減り続ける仕組みは、黒糖を買う側から見ても長続きしません。来年も再来年も商品を買うつもりなら、生産者そのものがいなくなる経営は取引先として不安定です。
薩摩の収奪と餓死は、VOGが正義を執行するための理由ではありません。ただし、薩摩が奄美をうまく統治していると主張する材料にはならず、四か国、清国、琉球王府との交渉では、現状維持を崩すための強い材料になりました。
北の境界は奄美群島までとします。奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島などを琉球側へ戻し、それより北のトカラ列島は日本側に残します。
薩摩側の武士は撤収させます。役人については出身地で分けません。新しい琉球側の行政で仕事を続けられ、住民もその指示に従う見込みがある人なら残します。反対に、旧来の収奪行政の中心にいて、その人を残すだけで新しい行政が動かなくなる人は外します。ここも処罰より、次の行政を実際に動かせるかどうかで決めます。
清国との関係も、曖昧には残しません。
琉球は清国へ朝貢し、冊封を受けてきました。
しかし、それを将来、
「昔から清国領だった」
と言うための根拠にはしない。
この点を清国側へ正式に確認しました。
どろちゃんは、まだ康熙帝本人とは会っていません。
北京に残っている人たちと清国側の官僚を通して文書をやり取りし、皇帝の裁可を受けた回答を返してもらいます。
清国は、琉球を独立した国として扱う。
従来の朝貢関係を、領有権の根拠にはしない。
これで琉球側の国際的な位置はかなり明確になりました。
日本側は、この会議に参加していません。
全権を持つ代表者も来ていません。
ですから日本は非締約国です。
勝手に日本の署名を作ることはできません。
琉球王府は、国際連盟への加盟申請書を作りました。
政府、国境、外交上の代表、国際連盟の規則を受け入れること、締結した条約を守ること。
必要な内容を文書にします。
◇ ◇ ◇
ただし、薩摩側へ何も知らせずに進めるわけではありません。
鹿児島には、琉球を独立国として扱うことと、海賊行為を行わないよう求める文書を届けます。
島津家の当主には通信筒です。
同じ内容をナーロッパ語、日本語、漢文で記した正式な外交文書にしました。
VOG船や、VOG職員がいる琉球の港や島を、警告を知ったうえで船を使って襲えば、四か国が神様と交わした海賊契約の対象になります。
政府の船だから除外されるわけではありません。
領主の命令を受けた武装船でも同じです。
警告のあとに海から襲えば、船は南極へ送られます。
実行者や命令者については、それまでに人を手にかけた分まで含めて年齢加算が起きる可能性があります。
薩摩だから起きるのではありません。
警告を知っていて海賊行為の条件を踏むから起きます。
その区別は、四か国側も何年もかけて調べてきました。
どろちゃんは、送る文書を見ながら言いました。
「これで、知らなかったは無理だね」
「はい」
警告はそのために出します。
◇ ◇ ◇
琉球からの収入を失うことは、島津にとってかなり大きな問題でした。
関ヶ原のあと、幕府は島津を簡単には処分できませんでした。薩摩は遠く、軍事力があり、攻めれば幕府側にも大きな損害が出ます。その後は大きな普請を藩負担で命じるなどして財力を削ってきましたが、薩摩は琉球との交易と奄美からの収入で持ち直してきました。
その南方収入が大きく削られます。
さらに、海を越えて琉球をもう一度軍事力で押さえようとすれば、今度は国際連盟との問題になります。警告を知ったうえで、VOG職員のいる島や港を船で襲えば、海賊契約の条件まで踏みます。
ただし、ここで幕府がすぐ島津処分へ動くわけではありません。
今の幕府には、ほかにも片付けなければならないことが多くあります。綱吉の治世のあいだは、島津家はまだ残ります。
島津改易は、もう少し先です。
綱吉の次の時代になってから、琉球を失って変わった薩摩の立場も含め、幕府側であらためて処理されることになります。
◇ ◇ ◇
琉球より難しかったのが、さらに北でした。
現在の日本で北海道と呼ばれている大きな島と、その北にあるカラㇷ゚トです。
この世界では、まだ北海道という行政名はありません。
アイヌモシリの各地にはアイヌの人たちが暮らし、カラㇷ゚トにはアイヌだけでなく、ニヴフやウイルタなど別の人たちも暮らしています。
北側には清国との貢納関係を持つ人たちもいます。
ここをどう扱うか。
最初から独立国にすると決めることはしませんでした。
VOGの船で各地の代表者を集め、清国側とも連絡を取り、北京で話をします。
そこで確認したのは、土地の広さや人口だけではありません。
誰が全体を代表するのか。
代表者が替わったあとも条約を引き継げるのか。
国境という概念を共有できるのか。
外国との約束を文書にし、その文書を保存して次の世代へ渡せるのか。
批准や外交上の代表権を理解できるのか。
広い地域に共通する行政を動かせるのか。
かなり時間をかけて確認しました。
各地には、それぞれ長く続いてきた社会があります。
集落の中で誰が何を決めるかも分かっています。
交易の相手もいます。
争いが起きたときの処理もあります。
でも、それと、外国との条約を何十年も維持する一つの国家を持つことは別でした。
共通の文字行政がありません。
代表者が理解した内容を、その人の死後まで同じ意味で引き継ぐ仕組みもありません。
国際条約を結ぶ国家としては、ここで一度止まります。
どろちゃんが国名を考えれば済む話ではありませんでした。
独立国としてまとめる案は、採用されませんでした。
◇ ◇ ◇
清国領にする案も検討しました。
ただし、もし清国領とするなら、単に毛皮や貢納を受け取るだけでは認めません。
役所を置く。
治安を守る。
裁判をする。
港を維持する。
冬でも補給する。
食料備蓄を持つ。
疫病が起きれば医療を送る。
地震や津波、火事が起きれば救援する。
領土にするなら、その行政責任まで引き受けてもらいます。
清国側は、この条件を皇帝へ上げました。
しばらくして返ってきた回答は、北方全域を清国領として引き受ける案は採らない、というものでした。
その代わり、昔の貢納関係だけを根拠に、あとから清国領だと主張できるような曖昧な形も残しません。
そこで、VOGが保護と広域行政を引き受けることになりました。
◇ ◇ ◇
VOGには、遠隔地を動かすノウハウがあります。
港を作る。
倉庫を置く。
船を運航する。
食料を備蓄する。
通信を置く。
診療所を作る。
治安を維持する。
必要なら軍船も置く。
現地の集落の暮らしまで全部作り替える必要はありませんが、広い地域をまたぐ仕事はVOGが責任を持ちます。
保護領と決めて地図へ色を付けるだけにはしません。
職員を常置します。
船も置きます。
冬季補給が止まらない仕組みも作ります。
そして、清国側にはもう一つ頼みました。
VOGそのものを真似する必要はありません。
でも、清国の中にも、港、船、鉱山、長距離物流、倉庫、地域開発を、役所とは別に継続して運営できる大きな組織を作ってほしい。
清国はすでに巨大な国です。
土地を増やすより、今ある土地を豊かにする仕事はいくらでもあります。
VOGが、軍船まで持ちながらエルレンフェルト条約以後に植民地を増やし続けず、安定した相手との長期交易で利益を上げていることも資料にしました。
この話は、康熙帝がヨーロッパへ来たあと、直接続けて話す議題になります。
◇ ◇ ◇
アイヌモシリとカラㇷ゚トをVOGの保護領とすることが決まると、日本の幕府にも知らせます。
日本はこの話し合いの締約国ではありません。
でも、VOG職員と船を常置する以上、何も知らせずに始めるわけにはいきません。
江戸城へ通信筒を届けました。
VOGが現地へ職員を常置すること。
VOG船を置くこと。
港と交易所を運営すること。
通常の交易や使節まで拒むものではないこと。
そして、武装した船で侵入してVOG職員、施設、現地住民を攻撃すれば、海賊行為になること。
この警告も、意味は薩摩へ出したものと同じです。
知ったうえで海から襲えば、海賊契約の条件を踏みます。
その船は南極です。
◇ ◇ ◇
こうして、どろちゃんたちがエルレンフェルトへ戻っている間にも、北京とバタヴィアでは仕事が進みました。
琉球の国際連盟加盟申請書。
奄美を琉球へ戻すための文書。
清国が従来の朝貢関係を領有権の根拠にしないという確認。
アイヌモシリとカラㇷ゚トの代表者を集めて検討した記録。
独立国家としてまとめることを断念した記録。
VOGが保護と広域行政を引き受ける文書。
幕府と薩摩へ警告を届けた記録。
必要なものが、少しずつそろっていきます。
ただし、太平洋にはまだ未整理の場所があります。
小笠原をどうするか。
ハワイをどう扱うか。
そこに外国との条約を継続して守れる政治組織があるのか。
国家として扱えないなら、誰が行政を引き受けるのか。
この問題は、康熙帝がエルレンフェルトへ来てから審議します。
年越し前なので、中心四か国の当番はまだアン女王陛下です。
ただし今回は、康熙帝の来訪に合わせてフランス、英国、ネーデルラント、サヴォイアの元首級がエルレンフェルトへそろいます。
まず琉球の加盟と、アイヌモシリ・カラㇷ゚トの処理を審議する。
続いて小笠原とハワイを審議する。
琉球の加盟文書は年明けまで寝かせず、四か国の代表が全員いるうちに1708年中に署名を終える予定です。代理署名も、あとから手紙で足す署名も要りません。
◇ ◇ ◇
そのころ北京では、康熙帝のヨーロッパ訪問準備が続いていました。
皇帝本人が国を離れます。
誰を連れていくか。
北京から郊外の飛行場まで、どの馬車で運ぶか。
荷物をどこまで持たせるか。
エルレンフェルトでの宿泊と、その後の会談日程。
清の宮廷では、一つ決めるたびに、その先へ何人もの仕事が増えていきました。
その途中で、北京へ残してきた通信士さんから最初の電文が届きました。
無線機の設置が終わったのです。
通信室では、短波のA1電信を受信していました。
音声を使うA3の無線機もあります。
伝搬状態がよければ、北京とエルレンフェルトの間でもA3で声が届くことがあります。
ただ、毎日の業務通信として頼る基準はA1のCWです。
狭い帯域で弱い信号も拾いやすく、フェージングがあっても訓練した通信士なら内容を取りやすいからです。
通信士さんがモールスを聞き取り、紙へ書いてどろちゃんへ渡します。
『北京側、受信良好。エルレンフェルトからの信号も明瞭』
どろちゃんは電文を読み、少し笑いました。
「ちゃんと届いた」
前に来たときは、手紙を預ければ返事が届くまで待つしかありませんでした。
今はエルレンフェルトから電鍵を叩けば、北京へその日のうちに用件を送れます。
通信士さんと技師さんたちは、そのまま北京へ残りました。
清側の通信担当者が、毎日そこへ通ってきます。
電鍵を正しい速度で打つこと。
モールスを聞き取って紙へ取ること。
周波数を合わせること。
電源設備を点検すること。
受信が悪いときに、伝搬なのか設備なのかを切り分けること。
A3の音声なら、機械が動けば比較的すぐ使えます。
A1で確実に通信するには、人の側にも訓練が要ります。
そのため、通信士さんたちは据え付けが終わってからも北京に残り、教官を続けていました。
ある日、エルレンフェルトから尋ねました。
「皇帝陛下と一緒にいらっしゃる方は、何人くらいですか」
しばらくして返ってきた数字を、通信士さんが読み上げます。
二千五百人。
「……二千五百人?」
どろちゃんは鉛筆を止めました。
聞き間違いかと思って、数字をもう一度確認しました。
二千五百。
間違っていません。
技師さんたちにも伝えました。
――皇帝が外国へ行くんだから、清ではそれくらいの行列になるんだろうね。
「ムリヤちゃん、二千五百人って運べる?」
『重さなら平気だよ。一人〇・一トンで見ても二百五十トンくらいだから』
「重さではいけるんだ」
『場所も、立ってぎゅうぎゅうに詰めれば入るよ』
「どのくらい?」
『日本の満員電車みたいになるね』
「皇帝陛下まで満員電車はだめだね」
『私もそう思う』
――座ってもらうなら、座席と通路が要るね。
「トイレもですね」
――水も食事もいる。
――乗せたり降ろしたりする時間もある。
――何かあったときに、全員を安全に外へ出せることまで考えないといけない。
重さと容積だけなら、ムリヤちゃんは運べると言います。
皇帝陛下の旅行として考えると、二千五百人は別の話になりました。
「十二人くらいなら?」
――それなら上でゆっくり座ってもらえる。
「護衛も入れて?」
――十二人全部でいいよ。
北京へ返しました。
康熙帝本人を含めて十二人。
護衛もその中へ入れてほしい。
清側でも調整に少し時間がかかりました。
やがて北京から、
『十二名で参ります』
という電文が返ってきました。
◇ ◇ ◇
ムリヤちゃんの中を人が暮らせるようにしてきたのは、もっと前からです。
最初のころは、荷物を積み、目的地へ運び、また帰る。
それで十分でした。
ところが、アン女王陛下を乗せました。
各国の代表も乗るようになりました。
ラサへ行き、バタヴィアへ行き、遠い飛行場で何時間も迎えを待つことも増えました。
貨物室には、すでに百二十席分の人員輸送用パレットがありました。
チェブラーシカちゃんの戦術輸送用シートの予備を借りて、ムリヤちゃんのパレットに合わせて組んだものです。
人をまとめて運ぶには便利です。
でも、長距離を何時間も過ごす座席としては簡素でした。
あるとき、どろちゃんはその座席へ座っていました。
広い室内に、パレットと荷物。
天井は高い。
空間はいくらでもあるように見えます。
でも、人が何時間も過ごすとなると、必要なものが次々に見えてきます。
「もう少し、人を乗せるところをちゃんとしたいです」
――そうだねえ。
技師さんたちも貨物室を見回しました。
天国の残骸置き場には、MRJの部品が残っていました。
技師さんたちが数えてみると、客席はおよそ四百席分。
まだ布にも傷みの少ない、ほとんど使われていない座席です。
――レールもあるよ。
床へ並べてみました。
どろちゃんも一つへ座ってみます。
背もたれを倒す。
戻す。
ベルトを締める。
「普通に使えますね」
――椅子はね。
――あとはムリヤにどう固定するかだ。
貨物室の床へ直接細工を増やすより、貨物パレットを一枚の客席床にしてしまう方が扱いやすそうでした。
パレットへMRJと同じ規格のシートレールを付けます。
座席を滑らせます。
所定の位置で固定。
少し揺すって確認。
「これなら、外すときも早いですね」
――貨物を積みたい日は、パレットごと降ろせばいい。
こうして、従来の百二十席の戦術輸送用パレットとは別に、長距離向けの旅客座席パレットも作れるようになりました。
MRJから確保した約四百席は、必要なときに必要な数だけ組めます。
座席の種類が増えると、次に目についたのはトイレでした。
「人を大勢乗せて長く飛ぶなら、これでは足りませんね」
――うん。
「食事を出す場所も欲しいです」
――またMRJを見てくるか。
天国の残骸置き場へ行った技師さんたちは、ラバトリーとギャレーも見つけました。
どちらもJAMCO製です。
寸法を測っているうちに、一人がMRJの胴体を見上げました。
――これ、胴体ごと入らないかな。
冗談ではなく、みんなで寸法を取りました。
重さはムリヤちゃんにとって大きな問題になりません。
問題は形でした。
細いMRJの丸い胴体を、そのまま巨大な貨物室へ押し込むと、その周囲が全部使えない空間になります。
入口も扱いにくくなります。
――外側、邪魔だな。
――中身だけ持っていこう。
「その方が広く使えますね」
ラバトリーはトイレパレットへ。
ギャレーはギャレーパレットへ。
床ごと独立した設備にします。
ムリヤちゃんの壁際へ置くと、MRJの曲面と貨物室の側壁がまるで合いません。
間には、人が入り込めそうなくらいの空間が残りました。
「ずいぶん空きますね」
――このままでいいよ。
技師さんは奥をのぞき込みました。
――裏へ入って点検できる。むしろ楽だ。
給水管。
排水。
汚物系統。
換気。
電源。
ムリヤちゃん側へつなぐアダプターを作ります。
何度か水を流しました。
接続部へ紙を当てます。
濡れていません。
――よし。
少し重い金具になりました。
それでも、軽くするために細いものを作って漏らすより、こちらの方が安心でした。
普段から使う上部の設備には、最初から機内へ据え付けるものを頼みました。
神様へお願いしたあと、ムリヤちゃんへ入ってみると、JAMCOの銘板が付いたラバトリーとエンハンスドギャレーが収まっていました。
固定も配管も電源も済んでいます。
扉を開けます。
表示はロシア語でした。
「JAMCOなのに、ロシア語だ」
――ムリヤ用だからだね。
どろちゃんは一つずつ読んでみました。
ちゃんとムリヤちゃんの中で使うための表示になっています。
エミレーツ向けのバーカウンターも付きました。
マルガレーテさんは、最初にそこへ茶器を並べてみました。
カップ。
ポット。
水。
軽食。
人の前で給仕するとき、いちいちギャレーの奥から運ばなくても済みます。
「これ、使いやすいです」
その一言で、置き場所は決まりました。
操縦席の後ろには、もともと六十席ほどあります。
そこへ、昔ミツバチちゃんで国際会議の人たちを運んだころのような、かわいい布のシートカバーを掛けました。
大きなムリヤちゃんの中に、少し不釣り合いなくらい柔らかな柄が並びます。
どろちゃんは通路から眺めました。
「こっちの方がいい」
技師さんたちも、そのままにしました。
さらに後ろは、ブランを運んでいたころに測定器材が置かれていた区画です。
この世界へ来てからは、だんだん物置になっていました。
工具箱。
予備品。
服まで吊ってあります。
「ここ、皇帝陛下とか女王陛下が乗るところにできないかな」
――広さはあるよ。
――部屋に区切る?
「長く座って楽な椅子があればいいです」
エミレーツ向けのファーストクラスシートを持ってきました。
座ってみると、身体を預けたまま足を伸ばせます。
倒せば、かなり平らになります。
机も収納もあります。
「これなら寝られます」
――じゃあ、これでいこう。
周囲の机や収納、仕切りは、チェブラーシカのVIPシートを作った家具職人さんにも頼みました。
木を持ち込み、現物に合わせて寸法を取ってもらいます。
出来上がった家具を固定すると、元は測定器材の部屋だった場所が、ずいぶん落ち着いた客室になりました。
長距離運用を続けるうちに、もう一つ欲しくなったものがあります。
寝る場所です。
天候を待つ。
迎えの馬車を待つ。
無線の返事を待つ。
日が暮れても、近くに泊まれる屋敷や宿があるとは限りません。
「ここなら取れますね」
どろちゃんが見ていたのは、貨物室のいちばん奥でした。
ルスラーンなら後部ハッチになっている、胴体最後部の区画です。
ここに四室作りました。
機長室。
操縦士室。
チーフアテンダント室。
そして、四人掛けの士官用ダイニングです。
三つの個室には、それぞれ寝台と机、衣類を置く収納があります。
トイレとシャワーも、それぞれの部屋に専用で付けました。
長い飛行のあとで順番を待たずに身体を洗えるのは、実際に使ってみるとありがたいものでした。
士官用ダイニングでは、食事をする。
地図を広げる。
着陸後の予定を確認する。
外で雨が降っていても、機内でそのまま話を続けられます。
護衛を兼ねるFEさんたちには、別の場所へ簡易寝台を用意しました。
一人が眠るあいだ、一人は起きています。
交代すれば、機体を無人にせず夜を越せます。
こうしたものは、一度に出来上がったわけではありません。
遠くへ飛ぶたび、
「これがあるといいね」
が一つずつ増えていきました。
今のムリヤちゃんには、その積み重ねが残っています。
北京からは、琉球の加盟申請書と、北方の処理についてまとめた文書もそろったと連絡が来ていました。
康熙帝一行と一緒に、その書類もエルレンフェルトへ運びます。
◇ ◇ ◇
そして、十二月九日。
北京へ出発する日が来ました。
往路の便名はEB1209。
エルレンフェルトを十二月九日に出て、北京へ着くころには、現地は十二月十日の朝になります。
帰りはBE1210。
康熙帝を北京からエルレンフェルトへお連れする便です。
どろちゃんが左席。
フランソワさんが右席。
マルガレーテさん。
護衛を兼ねるFEさんが二人。
北京の無線局からも、朝の電文が届いていました。
皇帝陛下の出発準備は予定どおり。
通信士さんと技師さんたちは、今日も北京へ残ります。
清側の人たちが自分たちで無線を扱えるようになるまで、先生役を続けてもらいます。
帰りに康熙帝を北京へ送り届けるとき、一緒に乗せて帰ることになっています。
どろちゃんは計器を見回しました。
いつものムリヤちゃんです。
今日は、そのムリヤちゃんで清の皇帝を迎えに行きます。
「出ます」
「はい」
六発のエンジンが出力を上げました。
機体の奥から低い振動が伝わってきます。
長い滑走路の白線が前へ伸びています。
走り始めました。
速度が上がります。
操縦桿へ力を加えると、前脚が静かに浮きました。
少し遅れて、主脚もエルレンフェルトの地面を離れます。
街と線路が下へ遠ざかりました。
これまで東アジアへ向かう長距離便で中継したバタヴィアも、ラサも、今日は通りません。
ムリヤちゃんはそのまま東へ向きを取りました。
北京まで直行です。
◇ ◇ ◇
長い飛行になりました。
雲の切れ間から山が見えます。
川が見えます。
町らしい集まりが見えても、すぐ後ろへ流れていきます。
やがて前方に、見覚えのある長い水面が現れました。
『バイカル湖だよ』
ムリヤちゃんが静かに言いました。
「うん」
どろちゃんは窓の外を見ました。
青い湖面が、思っていたより長く続いています。
湖岸の山。
入り組んだ岸。
その中に島があります。
前の世界では、あの湖の島に家がありました。
帰ろうとしていました。
その途中で、前の人生が終わりました。
今は、まったく別の身体で、
まったく別の時代を、
巨大な飛行機の左席から見下ろしています。
どろちゃんは手を操縦桿へ置いたまま、しばらく湖を見ていました。
懐かしい。
どろちゃんは島の位置を探しました。
「あそこかな」
前の世界で知っていた場所が、この時代にはどんな姿をしているのか。
少し高度を下げて見てみたい気もしましたが、今日は北京へ皇帝陛下を迎えに行く途中です。
フランソワさんは隣で航法を確認していました。
何も聞きません。
湖が後ろへ消えるころ、
「行こう」
どろちゃんが小さく言いました。
「はい」
ムリヤちゃんは、そのまま北京へ向かいました。
◇ ◇ ◇
北京郊外が見えてきました。
前に来たときと同じ場所を探していたどろちゃんは、少し驚きました。
「あ、ちゃんと飛行場になってる」
長い滑走路。
誘導に使える地上の区画。
駐機場所。
神様タンク。
簡単な休憩所。
トーイングカー。
無線局。
前回は、巨大なムリヤちゃんを降ろせる場所を確保した、という感じでした。
今回は上空から見ても、ここへ飛行機が来ることを前提に地面が整えられています。
「北京にも、うちの場所ができたみたいですね」
フランソワさんが言いました。
「うん」
飛行場内のA3音声へ切り替え、進入を知らせます。
地上の通信士から、声で返事が返ってきました。
遠距離の連絡はCWを基本にしていますが、飛行場の近くでは音声でそのままやり取りできます。
どろちゃんは機首を合わせました。
滑走路が正面へ入ります。
接地。
主脚が地面をつかみました。
逆噴射。
速度が落ちます。
誘導された場所で停止して、六発を止めました。
急に静かになります。
でも、これで終わりではありません。
皇帝陛下一行が到着したら、なるべく早く出発したいところです。
護衛さん二人が機外へ出ました。
一人はトーイングカーへ乗ります。
もう一人は機首の前へ回り、周囲と位置を確認するマーシャラーです。
操縦席とトーイングカーは、神様から届いたUHF無線機でつながっています。
『牽引準備できました』
「ブレーキ解除します」
『了解。動かします』
ムリヤちゃんが、エンジンを止めたままゆっくり動き始めました。
もう一人の護衛さんが機首の前で位置を見ながら合図します。
『もう少しです』
機首が復路の離陸方向へ向きました。
『停止』
「ブレーキ掛けました」
車止めを入れ、牽引具を外します。
次にエンジンを掛けたら、そのまま出発できます。
無線局へ尋ねました。
「皇帝陛下は、あとどれくらいですか」
『およそ一時間です』
どろちゃんは腕時計を見ました。
「一時間」
フランソワさんも時計を見ます。
「ございますね」
どろちゃんの頭へ、別の場所が浮かびました。
「合芳楼、行けるかな」
フランソワさんは地図と時計を見比べました。
「買って戻るだけでしたら」
「行こう」
以前、清の全権さんたちから教えてもらった店です。
合芳楼。
饽饽を買う店。
前にも一度、北京まで飛んできて買いました。
今度は飛行場から先へ行く足もあります。
◇ ◇ ◇
貨物室のランプを下ろしました。
奥からハイラックスが出てきます。
ダブルキャブ。
オートマチック。
ディーゼル。
四輪駆動。
天国の残骸置き場から技師さんたちが拾い、走れるように直した車です。
荷台には古い弾痕が残っています。
いくつかは貫通しています。
荷台の前には機関銃用の架台も残っています。
銃は付いていません。
見た目には少し物騒な経歴が残っていますが、エンジンも足回りもきちんと直っています。
冷房もよく効きます。
どろちゃんはエルレンフェルトの滑走路で、技師さんたちと何度も運転しました。
大きさ。
曲がるときの位置。
後ろの長さ。
未舗装路で四輪駆動へ切り替える感覚。
もう普通に扱えます。
護衛さんの一人はムリヤちゃんへ残ります。
もう一人が後ろへ乗りました。
どろちゃんが運転席。
フランソワさんが助手席です。
「行ってきます」
ハイラックスは飛行場を出ました。
前に北京へ来たときは、着陸してからの移動に困りました。
巨大な飛行機はあるのに、町へ行く馬車がありません。
今日は、自分で走っていけます。
窓の外を、北京郊外の道と人と馬車が流れていきました。
◇ ◇ ◇
前にも一度通った道です。
見覚えのあるところが少しずつ増えてきます。
「あっちです」
フランソワさんが先を見ました。
合芳楼の看板がありました。
「まだあった」
どろちゃんは少しうれしくなりました。
車を止めて店へ入ります。
店の中には、甘い匂いと焼いた粉の香りが混じっています。
箱でいくつか頼みました。
自分たちが食べる分。
帰りの機内で出す分。
エルレンフェルトへ持って帰る分。
包まれていく箱を見ていると、もっと買いたくなります。
どろちゃんは時計を見ました。
「これで」
今日は買い物旅行ではありません。
箱をハイラックスへ積みます。
「戻ろう」
「はい」
今度はまっすぐ飛行場へ向かいました。
冷房の風が顔へ当たります。
外では馬車がゆっくり進んでいます。
その横を、ハイラックスが走っていきます。
飛行場が近づくころ、遠くの道に馬車の列が見えました。
どろちゃんは少し速度を落としました。
「あれかな」
「おそらく」
皇帝陛下の一行も、ちょうど到着するところでした。
◇ ◇ ◇
馬車が飛行場へ入りました。
人数は十二人。
一か月前に聞いた数字とは、ずいぶん違います。
康熙帝。
側近。
身の回りを担当する人。
護衛。
その中に、どろちゃんの知っている顔が二人ありました。
以前、ラサ会議へ来た清の全権さん。
そして、そのとき一緒だった随行員さんです。
二人はムリヤちゃんにも乗ったことがあります。
全権さんが、どろちゃんを見つけて少し頭を下げました。
どろちゃんも返します。
康熙帝は馬車を降りると、まずムリヤちゃんを見上げました。
機首。
高い尾翼。
六発のエンジン。
長い主翼。
北京の空を飛んでいる姿を見た人はいます。
報告を聞いた人もいます。
これから康熙帝本人が、その中へ入り、空を越えてヨーロッパへ行きます。
どろちゃんは少し離れたところで待ちました。
朝鮮と琉球をめぐる交渉では、VOG側の代表が北京へ来ています。
そのとき、どろちゃん自身は康熙帝へ会っていません。
今日が初対面です。
やがて康熙帝がこちらを見ました。
どろちゃんは姿勢を整えました。
「ドロテーヤ・フォン・エルレンフェルトでございます。本日は陛下をお迎えに参りました」
きちんと礼をします。
康熙帝からも挨拶が返りました。
そのあと、以前の全権さんと随行員さんが近くへ来ました。
すでにどろちゃんと長い旅をしたことのある二人です。
初対面の挨拶が終わると、そこからは搭乗の案内へ移りました。
◇ ◇ ◇
一行を上部デッキへ案内しました。
六十席の客席には、かわいいシートカバーが並んでいます。
その奥には、エミレーツ向けのファーストクラスシート。
JAMCOのギャレーとラバトリー。
バーカウンター。
ずっと前から少しずつ整えてきた場所を、
今日は清の皇帝が使います。
どろちゃんは、そのことが少し不思議でした。
荷物を積みます。
固定を確認します。
扉。
客室。
貨物室。
地上に残したもの。
FEさんたちから順に確認が返ってきます。
「では、エルレンフェルトへ参ります」
どろちゃんは左席へ戻りました。
全員が着席し、扉が閉じられたことを確認します。
どろちゃんは機内放送のマイクを取りました。
正式な会社名は、
Аэрофлот Эрленфельдские авиалинии
(アエロフロート・エルレンフェルドスキエ・アヴィアリーニイ/エルレンフェルト航空)。
ちょっとやってみたかった挨拶です。
『皆さま、本日はアエロフロート・エルレンフェルト航空、BE1210便、エルレンフェルト行きをご利用いただき、ありがとうございます。機長のドロテーヤ・フォン・エルレンフェルトでございます』
言ってみると、ちゃんと旅客便の機長になったような気がします。
『これより北京を出発いたします。飛行中は、どうぞごゆっくりお過ごしください』
マイクを戻します。
右席のフランソワさんが少し笑っていました。
続いて、マルガレーテさんが客室でいつもの離陸前案内をします。
シートベルトの締め方。
外し方。
非常口の位置。
離陸中は席を立たないこと。
何かあれば、乗務員の案内に従うこと。
以前の全権さんと随行員さんは、一度聞いた案内です。
残りの十人は、ベルトの金具を手元で確かめながら聞いていました。
◇ ◇ ◇
十二月十日。
BE1210便です。
機首は、もう離陸する方向を向いています。
エンジンを始動しました。
一発。
二発。
六発すべてが安定します。
どろちゃんはブレーキを離しました。
ムリヤちゃんが動き始めます。
滑走路へ入りました。
後ろには、康熙帝が座っています。
北京まで迎えに来ること。
それだけでも、少し前なら大仕事でした。
今日は、北京で饽饽まで買って、
皇帝陛下を乗せて、
そのままヨーロッパへ帰ります。
「行きます」
出力を上げました。
巨大な機体が走り出しました。
◇ ◇ ◇
巡航に入ると、上部デッキの空気も落ち着きました。
マルガレーテさんが食事と茶を用意します。
そして、北京で買ってきた箱も開けました。
康熙帝が箱の文字を見ました。
「これは北京のものではないか」
「はい。合芳楼で買ってまいりました」
「いつ買った」
「陛下をお待ちしている間です」
康熙帝がどろちゃんを見ました。
「待っている間に?」
「一時間ほどございましたので」
康熙帝はもう一度、箱を見ました。
自分が北京から馬車で飛行場へ向かっていたあいだに、
迎えに来た人たちは飛行機から自動車を降ろし、
北京の店へ行き、
菓子を買い、
先に飛行場へ戻っていました。
饽饽は、まだ香りを残しています。
康熙帝は一つ取りました。
どろちゃんも一つもらいました。
北京の味を食べながら、
北京から遠ざかっていきます。
◇ ◇ ◇
長い帰路の終わりに、エルレンフェルトが近づいてきました。
飛行場が近くなったところで、A3の音声へ切り替えます。
「エルレンフェルト、BE1210。地上気象をお願いします」
声で返事が来ました。
風向。
風速。
天気。
気温。
着陸に必要な情報がそろいます。
「マルガレーテさん、お願いします」
『はい』
少しして、客室へ案内放送が流れました。
『皆さま、アエロフロート・エルレンフェルト航空BE1210便は、まもなくエルレンフェルトへ到着いたします。現地は薄曇り、気温はただいま三度でございます。お席へお戻りになり、シートベルトをお締めください。お手回り品も、着陸までに収納へお戻しください』
マルガレーテさんの、いつもの到着前の案内です。
食器が片づけられ、客室も着陸の準備へ入ります。
そのあと、エルレンフェルトからもう一つ連絡が入りました。
もう一人、こちらへ向かっている王様がいます。
ルイ十四世です。
フランスから専用列車で来ています。
康熙帝を迎えるため、今年の国際連盟の中心四か国の一人としてエルレンフェルトへ向かっています。
列車の到着予定を聞くと、ムリヤちゃんとほとんど同じころでした。
「ちょうどですね」
フランソワさんが言いました。
「うん。駅も忙しくなるね」
どろちゃんは降下を始めました。
見慣れた滑走路が近づいてきます。
主脚が接地しました。
逆噴射。
六発の音が変わります。
速度が落ちました。
北京を朝に出た康熙帝は、その日のうちにエルレンフェルトへ降りました。
ムリヤちゃんが駐機場所へ向かうころ、
線路の向こうからも、
ルイ十四世を乗せた専用列車が近づいていました。
【小さな説明】
【VOGと琉球独立】
本章で、どろちゃん個人は奄美の飢餓と収奪に強く反応しますが、それをVOGの行動原理にはしていません。VOGは港湾投資、倉庫、定期航路、関税、長期契約を安定させる利益団体です。琉球王府を一つの明確な契約相手にし、奄美まで含めて北の境界を固定した方が商売しやすい、という判断が先にあります。薩摩の統治失敗は、その境界変更を交渉で通すための材料として使われます。
【A1(CW)とA3(AM)】
本作の無線では、近距離の航空通信などにはA3のAM音声通信も使っています。
北京―エルレンフェルトのような長距離連絡では、TX-88DS/QR-59DS級の設備で毎日確実に通信するため、A1のCWを基本にしています。
伝搬状態がよく、CWの信号が十分に強く安定しているときには、A3へ切り替えて音声通信を行うこともあります。
そのため、遠距離通信拠点では機械の操作だけでなく、モールスを正確に送受信できる通信士を養成する必要があります。
【戦術輸送用シート】
チェブラーシカ(An-72S)は、通常はゆったりした旅客用シートで運用しています。
それとは別に、軍用の戦術輸送時に人員を高密度で運ぶための簡素なシートを、予備を含めて用意しています。
ムリヤちゃんの貨物室に以前からある百二十席の人員輸送用パレットは、この戦術輸送用シートを借り、ムリヤちゃんの貨物パレットに合わせた配置で固定したものです。
チェブラーシカ自身の通常の旅客席数や座席配置とは別のものです。
【航空会社名と便名】
正式な会社名は、
Аэрофлот Эрленфельдские авиалинии
(アエロフロート・エルレンフェルドスキエ・アヴィアリーニイ/エルレンフェルト航空)
です。
地名のЭрленфельд(エルレンフェルト)を、そのまま名詞でавиалинии(アヴィアリーニイ/航空路・航空会社)の前へ置かず、複数形のавиалинииに合わせた形容詞Эрленфельдские(エルレンフェルドスキエ/エルレンフェルトの)にしています。
便名は、出発地と到着地を表す文字のあとへ出発地側の現地日付を続けます。
今回の往路はEB1209。十二月九日にエルレンフェルトを出て北京へ向かう便です。
復路はBE1210。十二月十日に北京を出てエルレンフェルトへ向かう便です。




