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134貴族令嬢は、駅の1階で紅茶を売ります。

第134章 貴族令嬢は、駅の1階で紅茶を売ります


 ロンドンでは、紅茶を売る人が増え始めています。


 史実の場合、1706年

 トーマス・トワイニングは、ストランドのTom's Coffee Houseを買いました。

 コーヒーハウスですが、そこで上等な茶と、家へ持ち帰る乾燥茶葉を売り始めています。


 のちに茶とコーヒーの専門店Golden Lyonを開くのは1717年です。

 今はまだ、コーヒーハウスから始まったところでした。


 どろちゃんの紅茶売店は、それより先に営業しています。


 ただし、かなり変わった店です。


 濃く出した紅茶を用意して、サモワールのお湯で割ります。

 ジャムは別皿ではなく、紅茶へ入れます。

 駅や暖かい列車の中で飲むなら、その方が扱いやすいからです。


 半分くらい飲んで薄くなってもよければ、同じカップへお湯を足してもらえます。

 紅茶を買った人へのお湯足しは無料です。

 お湯だけ欲しい人には、お湯代が要ります。


 ピロシキもあります。


 トワイニングさんとは、だいぶ違う紅茶屋さんでした。


 やがて、試験農園から商品として売れる量の茶葉も届くようになりました。


          *


 そのロンドン・ウェストミンスター駅には、どろちゃんの土地が約100m²残っています。


 駅を造る前、ボーリング調査のために買った土地です。

 駅の方があとから、その上へできました。


 2階のコンコースでは、その約100m²を2つに分けて使っています。


 片方は、ピロシキと紅茶の店。

 もう片方は、エルレンフェルト・アクセサリーの店です。


 客単価はずいぶん違います。


 その真下、1階にも同じ約100m²の空き空間がありました。

 さらにその下には地下室もあります。


 1階の周囲には、事務所や衣類店などが並ぶモールがあります。

 2階の店とは直接つながっていません。


 今まで空いていた1階を、どろちゃんは今度も2つに分けました。


「紅茶のお店、2つにします」


 フランソワさんが図面を見ました。


「同じ商品を扱うのでございますか」


「来る人が違いますから、分けた方がいいと思います」


 1つは高級店。

 もう1つは、気軽に入れるアウトレット風の茶葉専門店です。


          *


 アウトレット側には、とにかく種類があります。


 アッサムのCTC。

 ウバ。

 ヌワラエリヤの高地系。

 ダージリン。

 そのほか、試験農園から届いた小さなロット。


 グレードも揃っていません。

 季節も違います。

 製茶条件を少し変えたものもあります。


 アクセサリー店でいう、試作品や習作に近いものまで棚へ並びました。


「これ、もう一回作れる?」


「同じものは難しいかもしれません」


「じゃあ、これも売ろう」


 どろちゃんが作ってみたけれど、定番商品にはしなかった茶もあります。

 次に来たとき、同じものがあるとは限りません。


 安価な茶葉は、船で運びます。

 船上で発酵工程を進めるものもあります。

 温度も時間も完全には揃いませんが、この店の商品はロットごとの差も含めて売ります。


 100g入り。

 または、2g入りの茶袋を50個。


 前世のお金に直せば、最安で1,000円くらい。

 上は5,000円くらいまでです。


 持ち帰り専用。

 取り置きもありません。


 棚を見て、その日にあるものを選びます。


          *


 隣の高級店は、雰囲気から違いました。


 デパートの1階にある高級ブランド店のような内装です。

 茶缶と箱が整然と並び、試飲用の席もあります。


 こちらで扱う茶葉は、ムリヤちゃんの便があるときについでに運びます。

 エルレンフェルトへ着くと、恒温室へ入れます。


 温度。

 時間。

 酸化の進み方。


 条件を揃えて、品質を安定させます。


 価格は100gで、前世換算5,000円くらいから。

 普段よく並ぶものは10,000円くらいまでです。


 シーズンによって、とても出来の良い茶が入ると、20,000円、30,000円、それ以上の札が付きます。

 特別なものでは50,000円くらいになることもありました。


 高級店では取り置きができます。

 地方発送も承ります。


 外商は置きません。

 貴族や富裕層の家からは、使用人さんが買いに来ます。


「いつものを2缶、お願いします」


「かしこまりました。次回分もお取り置きいたしますか」


 そんな買い方をする人も出てきました。


 試飲用の茶器は、会議棟で補充される食器から持ってきました。


 鳴海製陶。

 ノリタケ。


 どちらもボーンチャイナです。


 紅茶を売る店なのに、茶器だけ見てもかなり立派でした。


          *


 値段を決める仕事には、料理長さんとマルガレーテも入っています。


 届いた茶葉を淹れます。

 香りを見ます。

 渋み。

 濃さ。

 冷めたときの味。

 ミルクを入れたとき。

 ジャムを入れたとき。


 料理長さんがカップを置きました。


「こちらは、食事のあとに出す方がよろしいでしょう」


 マルガレーテも別のカップを見ます。


「こちらは毎日飲むには少し高いですね。来客用にした方が売りやすいと思います」


 仕入れ値だけで値札を付けるわけではありません。


 マルガレーテは、今回の仕事が増えたところで一代男爵になっていました。


 長距離便の供食。

 VIP対応。

 外国での食品購入。

 現地の商人や役所との折衝。

 部下2人の指導。


 給料もかなり良くなりました。

 外国へ行く機会も多く、爵位があるので現地の貴族や役人とも話を進めやすくなります。


 人もうらやむ、いつもの給仕さんです。


 でも、本人の生活はあまり変わりませんでした。

 エルレンフェルトは狭く、急な便にもすぐ対応する必要があります。

 そのため、従業員寮を離れて暮らすわけにもいきません。


 住むところは今までどおり。

 寮の部屋が少し広くなっただけでした。


          *


 2つの店が開きました。


 最初の数日は、かなり混みました。

 買う人だけではありません。

 何ができたのか見に来る人もいます。


 高級店のボーンチャイナを覗き込む人。

 隣の棚で、見たことのない茶袋を手に取る人。

 値札を見て隣の店へ移る人。

 隣から戻ってくる人。


 5日もすると、少し落ち着きました。


 それぞれの店へ来る人の違いも、はっきりしてきます。


          *


 午後、アウトレットの店へ、きちんとした服装の女性が入りました。


「アッサムのCTCを1つ。それから、ウバのオレンジペコーもいただきます」


 店員さんが包みます。


「ありがとうございます」


 伝票には、ミンチン学園と書かれました。


 ミンチン先生、お買い上げです。


          *


 しばらくすると、今度は立派な帽子の紳士が棚の前で止まりました。


「これは妻への土産にしよう」


 選んだのは、ヌワラエリヤの高地系です。


 トップハム・ハット卿風の紳士様、お買い上げです。


          *


 高級店には、少し違うお客さんが来ました。


 以前にも二階の店にいらっしゃったMさんです。


 棚を見るより先に、説明を聞き始めました。


「この茶の発酵時の温度は何度ですか」


 店員さんがロット表を出します。


「こちらは、この温度で揃えております」


「時間は?」


 答えます。


「カテキンの酸化速度は測っていますか」


 店員さんは、今度は製造記録を開きました。


 質問が、だんだん普通の紅茶店から離れていきます。


 何種類か試飲しました。

 鳴海製陶のカップ。

 次はノリタケ。


 Mさんは最後に、ダージリンのセカンドフラッシュを選びました。


「これをいただきます」


「ありがとうございます。領収書のお名前はいかがいたしましょう」


 Mさんが告げたのは、個人名ではありませんでした。


 国立の研究所です。


 店員さんは、その名前をそのまま領収書へ書きました。


          *


 2階では、今日もピロシキが売れています。


 濃い紅茶へジャムを入れて飲み、半分になったところでサモワールのお湯を足してもらう人もいます。


 1階では、普段使いのCTCが袋へ入り、その隣の店では季節物のダージリンがボーンチャイナで試飲されています。


 さらに地下には、茶缶、包装資材、発送を待つ箱が並びました。


 1706年にストランドでトワイニングさんが茶を売り始めたロンドンで、どろちゃんの紅茶も、ずいぶん種類が増えました。


 今度は、飲ませるだけではありません。


 家へ持って帰る茶葉も売っています。


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