133貴族令嬢は、会社と茶園を置いて帰ります。 海外拠点にコロニアル調ホテルを作ります。
第133章 貴族令嬢は、会社と茶園を置いて帰ります
VOGになって最初にバタヴィアへ届いた大きな変更は、船の旗ではありませんでした。
役所の机へ置かれた通達です。
贈収賄。
賄賂。
許可を早く出してもらうための金。
商人から役人へ渡される品物。
長い間、役得の一部として受け取ってきた人もいます。
昨日まで普通にしていたことを、今日から過去にさかのぼって処罰しても仕事は回りません。
そこでVOG本部は、先に新しい服務規則を出しました。
役人の給与を見直します。
仕事に必要な費用は会社から出します。
そのうえで、許認可や徴税に伴う私的な受け取りを禁止します。
全員が通達を読み、署名しました。
「ここからを見てください」
どろちゃんが監査担当へ言いました。
監査の基準日は、署名した日です。
それまでの習慣だけで人を追い出しません。
通達を読んだあとに行為をやめた人は、そのまま仕事を続けます。
署名したあとも同じ受け取りを続けた人には、VOG本部から別の紙が届きました。
会社の服務命令に従わなかったため免職。
現地勤務を終え、本国へ送還。
処分理由は明快です。
「悪いことだと思っていなかった人も、命令を読んだあとは分かりますね」
「それでも続ける方だけが残りますから、監査もしやすくなります」
何度か船が出ると、役所の机に座っている人が少し入れ替わりました。
*
次は街の水です。
バタヴィアには水路が多くあります。
荷物を運ぶ水路。
排水する水路。
泥がたまり、流れがほとんどなくなった場所。
雨のあとに水が残る低地。
どろちゃんたちは地図を作り、蚊の多い場所とマラリア患者の住居、働く場所を重ねました。
水路を浚います。
行き止まりの水を減らします。
排水溝をつなぎ直します。
庭や道路脇に長く残る水も処理します。
役所、宿、病院、倉庫には網戸と蚊帳を入れました。
飲料水を取る場所も整理します。
患者の記録には住所だけでなく、昼間どこで働いているかも書きます。
数か月分を地図へ落とすと、同じ水路の周りに印が集まる場所がありました。
「ここは、まだ水が残っていますね」
翌日には浚渫班が向かいました。
バタヴィアの役人にとって、病気の地図は税の地図と同じくらい重要な紙になりました。
*
税制も変わりました。
小さな店と大商人を、同じ一人として数える方式はやめます。
土地。
家屋。
倉庫。
船。
商売の規模。
大きいほど負担率が上がる累進課税です。
華人だから別の税率、という帳簿も整理されました。
同じ規模の商売なら同じ表を使います。
清から働きに来る人には、労働ビザを作りました。
雇用先。
契約期間。
賃金。
居住地。
港で登録します。
次の仕事が決まれば更新できます。
契約が終わり、帰国を希望する人には清へ戻る船を用意します。
バタヴィアで生まれ、家族も商売も土地もここにある人は定住者として登録します。
砂糖工場の仕事が減ったときは、新しい労働ビザの数を減らします。
道路、水路、港湾工事で人が必要なら、賃金を示して募集します。
セイロンへ人を送って人数を減らす政策は、VOGの新しい運用から外れました。
人口と仕事の数を、同じ帳簿で見られるようになりました。
*
そのころジャワの内側では、王位をめぐる戦いが続いていました。
以前ならVOCの現地事情だけで処理していた問題です。
今はVOGの4か国担当者が同じ机へ着きます。
どの勢力がどこを押さえているか。
どこから税を取っているか。
どの街道を使っているか。
兵を養う米はどこから来るか。
戦いを続ける側へ条件を示し、武装部隊を順に解きました。
港と主要街道、徴税拠点はVOGの管理へ移します。
長く継承争いを続けていたマタラムの王権は、ここで終わりました。
地域の土地と言葉を知る役人は、行政の仕事を続けます。
今度はVOGから給与を受け取り、税と市場と道路の帳簿を同じ形式で上げます。
戦争に使われていた人と船の一部は、米、砂糖、木材、布を運ぶ仕事へ移りました。
バタヴィアの港には4か国の船が並びます。
買付所には公開された価格表があります。
生産を続けられる水準より下へ値切って契約を取ることはできません。
「会社になったら、ずいぶん会社らしくなりましたね」
どろちゃんが帳簿をめくりました。
会社の人には、褒められているのかどうか少し分かりませんでした。
*
セイロン島の調査が終わり、アムステルダムやロンドンで会社の書類が動いている間にも、茶の苗は育っています。
アッサムでは、直営農園と契約農家の両方から記録が届き始めました。
葉の大きさ。
芽の数。
病気。
虫。
雨。
摘んだ時刻。
大量に飲む茶に向く系統では、短時間で濃く出る加工を試します。
CTC用の原料候補です。
セイロン島では、キャンディー王国側のウバと、VOG側の高地農園で比較栽培を始めました。
アッサムから運んだ苗もあります。
島で選んだ苗もあります。
葉の形を残す製品には、どの位置の芽と葉を摘むかまで記録します。
「オレンジペコーは、こちらで育てたいですね」
どろちゃんはラサから届いた表へ書き込みました。
ダージリン地方にも試験区を作ります。
ここでは、どろちゃんが最初から一つ変な指示を出しました。
「虫がついた芽や若い葉は、捨てずに分けておいてください」
学生が確認しました。
「被害のあるものを、でございますか」
「はい。少し吸われたものと、たくさん吸われたものと、吸われていないものです」
同じ日に摘みます。
同じ条件で製茶します。
香りを比べます。
傷ませずに、どの程度の吸汁で香りが強くなるかを数字と試飲で探します。
マレー半島側にも試験区ができました。
「こちらはBOBにします」
ラサ分校の地図に、また一つ印が増えます。
アッサムの濃い茶。
セイロンの高地茶。
ウバ。
ダージリンの香り。
BOB。
茶袋へ入れる茶も、サモワールからすぐ出す茶も、香りを楽しむ茶も、同じ供給網へ乗せられる準備が始まりました。
*
ここから先は時間がかかります。
苗木が大きくなるまで待ちます。
季節ごとの葉を比べます。
何年も同じ区画を見ます。
毎日の仕事をどろちゃん一人で続ける必要はありません。
ライデン本校とラサ分校が共同で研究を引き継ぎました。
ラサの茶樹研究所には、アッサム、セイロン、ダージリンから標本と記録が届きます。
本校では植物学と栽培、加工の結果をまとめます。
カスパル・コメリンの貸出期間も、ここで終わりました。
アムステルダムへ戻る前、コメリンは最初の調査帳を机へ置きました。
「100本ずつ、という意味はよく分かりました」
「面白かったですか」
「非常に」
彼は自分でも採取記録の写しを持ち帰ります。
研究そのものは、ライデン本校とラサ分校の学生たちが続けます。
「では、あとはお願いします」
どろちゃんは茶園の日常管理から手を離しました。
最初に考えた「お茶をもっと手に入りやすくする」という仕事は、ようやく自分が毎日飛び回らなくても続くところまで来ました。
*
VOGの航路がまとまると、主要な停泊地には別の建物も増えました。
船会社が持つホテルです。
VOG系列は、白い壁と深い庇、高い天井、広いベランダを持つ大きなホテルになりました。
中庭や庭園があり、風が抜けます。
船長、商人、旅客、VOGの職員が同じ建物を使います。
港へ着いた人は、そこで次の船を待てます。
商談もできます。
荷物の問い合わせもできます。
その近くには、どろちゃん系列のホテルも建ちました。
こちらにも庭園があります。
ただし、庭とロビーの間には二重ガラスがあります。
出入口も外気が一度に入らない造りです。
ロビー、食堂、客室には冷房が入っています。
暑い午後でも室内は涼しい。
夕方になって庭に蚊が出ても、閉じたロビーへは入りません。
一方のVOGホテルでは、ベランダの椅子に座って海風を楽しむ客がいます。
「私はこっち」
どろちゃん系列へ入った客が、冷たい空気の中で帽子を取りました。
「蚊に刺されたくない」
同じ港に、2種類のホテルがあります。
開放的なVOGのホテル。
庭をガラス越しに眺める、冷房付きのどろちゃんのホテル。
どちらの食堂にも茶が出ます。
新しい農園の茶葉が安定して届くようになれば、VOGの船で各地のホテルへ運ばれます。
どろちゃんは冷房の効いたロビーで1杯飲みました。
「これ、もっと安くなるといいね」
茶園は大学が見ています。
VOGは船を動かしています。
ホテルも営業を始めました。
この仕事は、ここで一段落です。




