131貴族令嬢は、茶畑より先に島の線を引きます。 不確定な国境線 ポルトガル植民地時代に食い荒らしあとを整理しないと動きが取れません。
第131章 貴族令嬢は、茶畑より先に島の線を引きます
ラサからキャンディー王国へ着いたどろちゃんは、最初に高地の地図を広げました。
ムリヤちゃんには、アッサムから引き続いてマルガレーテと給仕見習い2人、護衛兼FE見習いのオイゲンさんの部下2人も乗っています。
アッサムから持ってきた苗をどこへ植えるか。
風はどうか。
雨はどれくらいか。
標高は十分あるか。
カスパル・コメリンとラサ分校の学生たちは、すぐに植物の話を始めています。
ところが土地を買おうとすると、別の紙が出てきました。
ポルトガルが建てた要塞。
ポルトガルが使っていた港。
VOC――Vereenigde Oostindische Compagnie(フェレーニフデ・オーストインディシェ・コンパニー。オランダ東インド会社)が引き継いだ倉庫。
キャンディー王国が使ってきた道。
古い関税の権利。
戦争のたびに持ち主の説明が変わった土地。
「畑の前に、こちらを片づける必要がありますね」
どろちゃんは茶の木の紙の上へ、島の古い地図を重ねました。
*
キャンディー王国とネーデルラント側には、長い付き合いがあります。
ポルトガルを島から追い出すときには協力しました。
その前までさかのぼれば、キャンディー側が国内の争いの都合でポルトガルと組んだこともあります。
港の要塞一つを見ても、建てた人、奪った人、補修した人、今使っている人が違います。
茶園候補地の近くでも、VOC側とキャンディー側の役人が同じ土地について別の紙を持っていました。
「ここを買った場合、税はどちらへ納めればよいのでしょう」
どろちゃんが聞くと、二人が別々の答えをしました。
これでは農園を作っても、次の年に別の役人が来て話をやり直すことになります。
最初の会議には、キャンディー王国とVOCの現地担当者が来ました。
地図を広げます。
話はできます。
けれどVOC側の人は、何か決まりそうになるたびに言いました。
「その件は本国へ確認が必要です」
別の要塞でも同じです。
「それもアムステルダムの判断になります」
どろちゃんは三度目くらいで鉛筆を置きました。
「では、アムステルダムへ持って行く書類を、ここで全部まとめてしまいましょう」
現地で決められるところは、その場で決めます。
アムステルダムの承認が要るものは、地図の番号と一緒に束ねました。
コメリンと学生たちは、その間も高地の標高、土、水、既存の作物を調べます。
キャンディー王国側とVOC側の都市の間は、コウノトリちゃんで短距離の往復もしました。
茶園や土地の調査に直接関係しない分野の先生や学生は、席が空いている便で少し見物もできます。
島にいる間にできる調査と契約の準備を進め、キャンディー側の署名が必要な書類も揃えました。
それからムリヤちゃんでエルレンフェルトへ戻ります。
一時帰国する先生や学生たちは、ラサを出たときからこの便に乗っています。
オイゲンさんの部下2人はFE席で業務を続けます。
この便では、マルガレーテは客席です。
給仕業務には入りません。
エルレンフェルトからずっと見習ってきた部下2人が、キャンディー王国からエルレンフェルトまでの給仕業務を担当しました。
エルレンフェルトへ着くと、地上の係員がムリヤちゃんへ入り、荷物を降ろしていきます。
ここでムリヤちゃんの遠征はいったん終わりです。
どろちゃんはフランソワさんと2人でチェブラーシカちゃんに乗り、アムステルダムへ向かいました。
今度は2人乗務です。
アムステルダムで、どろちゃんが欲しかったのは説明を聞く席ではありませんでした。
VOCの最高意思決定機関は「17人会(ヘーレン17)」と呼ばれていました。
基本の16人は、アムステルダム8人、ゼーラント4人、デルフト、ロッテルダム、ホールン、エンクハイゼンが各1人です。
17人目はアムステルダム以外の商業会議所から持ち回りで加わります。アムステルダムの8人だけでは半数に届かない仕組みです。
そのアムステルダム側8席の背後にある出資持分を、どろちゃんは買うことにしました。
「全部ですか」
「はい」
相手の商人が、もう一度金額を確認しました。
小さな土地を買う話ではありません。
巨大な会社の中枢にある持分です。
それでもどろちゃんの個人資産なら払えます。
売る側にも理由がありました。
長い航海には金がかかります。
戦争が減って交易の形も変わり始めています。
今後の会社をどうするか読みにくい時期に、巨大な持分を現金化できる話が来ました。
契約書が何枚も並びました。
最後の署名が終わるころには、どろちゃんの前の紙の山がかなり高くなっています。
「これで、セイロンの話を進められますか」
「できますが、侯爵様」
「はい?」
「会社そのものの話もできる立場になっております」
「それは、あとで考えます」
今はお茶です。
*
セイロン島を出る前に、現地で決められるところはかなり詰めてありました。
地図の上には、古いポルトガル時代の施設が一つずつ置かれています。
港を守る要塞。
今も倉庫として使える建物。
すでに軍事的な意味を失った小さな砦。
内陸から海へ出る道。
村が使う水場。
VOCが使い続ける施設は、その理由と範囲を書きました。
キャンディー王国へ渡す場所も決めました。
軍事施設として要らなくなったところは、倉庫や商業施設へ変える案まで付いています。
一つの道に関所が2つある場所では、島にいたときにキャンディー側の担当者が言いました。
「ここは1つにしましょう」
VOC現地側も、その処理で了承してあります。
アムステルダムの判断が必要なところだけ、未決の印を付けて持ち帰っていました。
8席分の持分を買ったあと、その印を上から順に処理します。
最後に残った大きな境界も決まりました。
島の西側はVOC側。
北東部を含む東側はキャンディー王国。
キャンディー王国には東側の海岸と港があります。
VOC側には西側の港湾、倉庫、航路拠点がまとまります。
双方が島で確認していた地図へアムステルダム側の承認が加わり、必要な署名が揃いました。
「これなら、農地の契約も動かせますね」
どろちゃんは茶の木の書類を上に戻しました。
*
キャンディー王国側の高地には、不在地主が持つ農地がありました。
地主は町に住み、畑では別の家族が小作をしています。
どろちゃんは、島にいる間にその農地の購入条件をまとめていました。
境界と権利関係の承認が揃ったところで契約が有効になります。
土地で働いていた人たちには、農園の従業員になる条件を示してあります。
賃金。
仕事の内容。
住んでいる家をそのまま使えること。
最初から全部を茶畑にせず、食べ物を作っている区画を残すこと。
「ここでずっと働けるのか」
「茶の木が育てば、仕事はずっと続きますよ」
ウバの高地では、残った研究班が試験区を作ります。
アッサムから持ってきた苗。
現地で手に入る苗。
標高の違う区画。
風を強く受ける斜面。
雨の多い場所。
VOC側の高地にも別の農園を確保しました。
同じ島の東西で、同じ系統の苗を育てます。
学生たちの表に、また新しい列が増えました。
*
キャンディー王国から持ち帰った紙の中には、もう一枚大事なものがありました。
国際連盟への加盟希望です。
加盟には、希望する国の元首と、4か国の了承が要ります。
キャンディー王の署名は、島を出る前にもらってあります。
フランス、ネーデルラント、イタリアの了承も揃いました。
最後の署名をするのは、今年4か国側の持ち回り代表を務めているグレートブリテンです。
「では、アン女王様のところへ持っていきますね」
フランソワさんが、茶園の書類とは別の鞄へ加盟文書を入れました。
アムステルダムで買ったVOCの持分の書類も一緒です。
2人はチェブラーシカちゃんでロンドンへ向かいました。




