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129私は、いつもの給仕さんです。

第129章 私は、いつもの給仕さんです


 私は、エルレンフェルトのホテル棟にあるレストランで働いています。


 たいていは、そこにいます。


 朝からお客様の席を整えて、料理を運んで、食器を下げます。

 このホテルには、いろいろな国の方が来ます。


 フランス。

 イングランド。

 ネーデルラント。

 イタリア。

 もっと遠いところから来る方もいます。


 国によって、給仕へお金を渡す習慣も違うそうです。

 ですから、うちのレストランでは、最初からチップはいりません。


 その代わり、私たちのお給金は少し多めです。


 私は従業員寮に住んでいます。

 呼ばれれば、すぐホテルへ行けます。


 それで、いつの間にか、急な用事があると私が呼ばれるようになりました。


 勤務表も、私が突然抜けても困らないように組まれています。


 最初のころは、ただ近くに住んでいて呼びやすかっただけだと思います。


 でも、コウノトリさんでフランソワ温泉を見つけたとき、私は2つ目の席に座っていました。


 フランソワさんのご親戚の結婚式では、フランソワさんの一時的な侍女もしました。


 そのうち、王様を乗せた飛行機にも乗るようになりました。


 お嬢様とフランソワさんと一緒に、パリへ行きました。

 ロンドンへ行きました。

 ライデンへ行きました。

 トリノへ行きました。

 リスボンへ行きました。

 テネリフェへ行きました。

 ホータンへも行きました。

 そして、ラサへも行きました。


 私の寮の部屋には、そのたびに買ってきたものが増えています。


 高いものばかりではありません。

 布だったり、小さな器だったり、見たことのない形の日用品だったりします。


 どこへ行ったときのものかは、だいたい覚えています。


 部屋が少し狭くなりました。


          *


 飛行機に乗るとき、私は料理を出すだけではありません。


 座席のベルトが絡まっていたら、ほぐします。

 座席の隙間へ落ちていたら出します。

 それから、みなさんがきちんと締めたかを見ます。


 ベルトそのものは、ほとんど壊れません。

 うっかり壊してしまっても、次の日には直っています。


 お嬢様の飛行機は、そういう飛行機です。


 トイレのお掃除もします。

 ただし、王様や大臣のようなお客様を乗せるときは、向こうの侍女さんや侍従さんが先にきれいにしてしまうことがあります。


 そういうときは、最後に私が見ます。


 食事も同じです。


 私が全部お出しすることもありますが、お客様の普段のお世話をしている方が一緒なら、その方へお渡しすることもあります。


 その方が、お客様も落ち着きます。


 安全のことだけは、こちらで見ます。


 具合が悪くなった方への簡単な手当ても習いました。

 飛行機から出なければならないとき、どちらへ案内するのかも習いました。


 長い飛行では、私も眠ります。


 お嬢様とフランソワさんが、


「これからしばらく給仕はいません」


 と皆さんへ説明してくださるので、そのあいだは仮眠できます。


 1人で全部の乗客を受け持つのは、エルレンフェルトの人たちだけで飛ぶときくらいです。


 大勢のお客様がいる便には、それぞれ担当の方がいます。


 ですから、見た目ほど大変ではありません。


 現地へ着けば、作業が一段落したときに休めることもあります。


 予定より長く滞在して、積んでいた食事を使い切ったときは、食べられるものを探しに行くこともあります。


 パンでも、果物でも、簡単な料理でもかまいません。


 ただ、食べ物だけは少し怖いです。


          *


 ラサでは、そのことをずいぶん考えました。


 ラサには、飛行機へ食事を積む業者があります。


 ライデン大学のチャーター便が多いので、ちゃんと仕事になっているそうです。


 私は最初、そこまで厳しいとは思っていませんでした。


 でも、積み込みを見て驚きました。


 食べ物の扱いも、器具の扱いも、ずいぶん細かく決められています。


 ラサは高いところにあります。

 普通にお湯を沸かしても、エルレンフェルトほど熱くならないそうです。


 そのため、カトラリーの消毒には圧力鍋を使います。


 煮込み料理にも圧力鍋を使います。

 普通の鍋では、なかなか柔らかくならないからです。


 使ってよいのは、ライデン大学製のものだけです。


 似たものは使ってはいけません。


 調理をする方たちと一緒に、安全弁と、圧力が上がると変形するパッキンが働かないようにした圧力鍋を、屋外で加熱する実演を見ました。


 爆発しました。


 絶対にだめだと思いました。


 お嬢様が、これまでエルレンフェルトのレストラン以外では簡単に機内食を積まなかった理由も、よく分かりました。


          *


 圧力鍋の話をしていたとき、お嬢様に飛行機のことも聞きました。


 チェブラーシカちゃんやムリヤちゃんが丸っぽいのは、高いところで中へ圧力をかけるからだそうです。


「膨らませたとき、ソーセージみたいな形がいちばん素直で強いんだよ。断面が円形ね」


 そう教えてくださいました。


 丸い形は使いにくいけれど、高いところを飛ぶには都合がいい。


 高いところまで行かないなら、ミツバチちゃんやコウノトリさんのような形でもいいそうです。


 ミツバチちゃんで限界まで高く上がると、人の方が息をできなくなるとも聞きました。


 少し怖い話です。


 それで聞いてしまいました。


「飛行機も、爆発するんですか」


「するよ。だから点検するでしょう」


 エルレンフェルトの飛行機では、まだないそうです。


 でも、コメットという飛行機は爆発したことがある、と教わりました。


 聞いたことのない名前です。


 機体に大きな穴が開いても、どうにか帰ってきた飛行機もあるそうです。


 逆に、爆発して尾翼の一部が吹き飛び、そのまま山へ落ちた飛行機もあるそうです。


 知らない飛行機の話なのに、怖いものは怖いです。


 それでも、次の飛行ではいつもどおりベルトをほぐして、皆さんが締めたのを確認しました。


          *


 ラサには長く滞在したので、私はホテルに泊まり、休日もいただきました。


 最初に階段をいつもの調子で上がって、すぐ息が切れました。


 ただ階段を上がるだけでも、自分の身体を上へ持ち上げなければなりません。

 そこへ空気の薄さが加わります。


 ラサへ来たことを、いちばん最初に身体で知ったのは階段でした。


 ポタラ宮殿の上の方へは、六世猊下が斜行エレベーターを付けたそうです。


 僧侶の方から伺いました。


 高齢の僧侶の方々には、とても評判がよいそうです。


「支持する方が十倍ほどになりました」


 と、その方は笑っていました。


 エルレンフェルトでも、ホテル棟から丘の上の会議棟へ行く斜行エレベーターが点検で止まると、歩いて上がるのは大変です。


 でも、ポタラ宮殿はそれよりずっと大変だと思いました。


 休日には、揚水発電所へも行きました。


 トロリーバスで行けます。


 20台くらいまで増えたそうです。


 たしかに、町の中でたくさん見ました。


 上の池は、本当に空に近いところに見えました。

 そこから500mほど下に、もう一つ池があります。


 池のそばに看板があって、余った電気で水を上へ戻し、必要なときに下へ流して発電すると書いてあります。


 水を上げるポンプと、発電するタービンは別々です。


 形が違う方がよいからだそうです。


 下の池にある発電所とポンプ室は、中も見せてもらえました。


 発電所が観光地になるとは、エルレンフェルトへ来る前の私なら考えもしなかったと思います。


          *


 お昼は、ラサの下町にある食堂で食べました。


 チベット料理という触れ込みです。


 ただ、この環境では手に入れるのが難しいはずの食材まで出てくるので、きっと昔からそのままの料理ではありません。


 お嬢様は、シャパレというものを食べて、


「ピロシキ」


 と言っていました。


 本人談です。


 私はトゥクパが好きです。


 料理長さんが持たせてくださったブイヨンがあったので、お店の方にお願いして、スープに使ってもらいました。


 モモは最近、種類が増えています。


 いろいろな土地から来る人が、食材まで一緒に持ってくるからだそうです。


 冬は寒いので腐りにくい、と言われました。


 でも、少し怖いです。


 ヤクなら、このあたりにいる家畜ですから、まだ分かります。


 このあたりにいない家畜のお肉が入っていると、どこからどうやって来たのかを考えてしまいます。


 給仕を長くしていると、食べ物を見る癖がつくようです。


          *


 エルレンフェルトへ帰ってから、また仕事の話がありました。


 水上機の定期便です。


 水玉模様のAn-2が3機あります。


 ターボプロップというエンジンになっています。


 ロンドンのテムズ川から、パリのセーヌ川。

 エルレンフェルトのライン川。

 バーゼル。

 チューリッヒ湖。

 そしてトリノのポー川まで。


 冬のあいだは飛びません。


 水面が凍ったり、着氷したり、霧が出たりする季節に無理をする必要はないそうです。


 格納庫はもうあります。


 操縦する方の訓練も進んでいます。


 オイゲンさんの部下の方々が、1人1日2時間ずつ飛んでいます。


 この冬が終われば、いよいよ運航を始めるそうです。


 そこで、給仕を3人増やしたい、と言われました。


 料理長さんのところから3人も引き抜いたら、レストランが困ります。


 ですから、別に適任の方を探します。


 そして、その3人を私が教えるそうです。


「私が、ですか」


 思わず聞き返しました。


 でも、考えてみれば、飛行機の中で何をするのかを一番長くやっている給仕は、今のところ私しかいません。


 ベルトを直すこと。

 食事を積むこと。

 お客様へ出すこと。

 向こうの侍女さんや侍従さんへ任せること。

 トイレを見ること。

 簡単な手当てをすること。

 非常時に人を案内すること。

 長い飛行なら、ちゃんと眠ること。

 知らない町で食べ物を探すこと。


 教えるためのお部屋までいただきました。


 そして、まだ私一人しかいないのに、肩書まで付きました。


 チーフアテンダント。


 1人なのに、チーフです。


 少し変な気がします。


 でも、春には3人増えます。


 そう考えれば、先にチーフがいてもよいのかもしれません。


          *


 私は、戦争のことを覚えていません。


 私が生まれる前、1675年の八月、コンデ公と帝国側が戦っていたころに、母の家族は戦乱で崩壊したそうです。


 残ったのは母だけでした。


 1680年に私が生まれ、母は亡くなりました。


 父が誰なのかは分かりません。


 私は教会へ引き取られました。


 その教会も、あとで戦乱で壊れました。


 それで、エルレンフェルトへ来ました。


 家もありませんでした。


 今は従業員寮に部屋があります。


 その部屋には、ロンドン、パリ、ライデン、トリノ、リスボン、テネリフェ、ホータン、ラサで買ってきたものが並んでいます。


 王様にも会いました。


 アジアの方にも会いました。


 飛行機の中で眠ったこともあります。


 知らない町で食べ物を探したこともあります。


 春からは、三人の後輩を教えます。


 教会では、母と同じ名前で呼ばれていました。


 母の名前だけは残っていたからです。


 私の名前は、マルガレーテです。


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