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125貴族令嬢は、清の全権さんをようやくラサへ迎えます。  清の勢力がチベットに届く前にチベット国成立なるか?

第125章 貴族令嬢は、清の全権さんをようやくラサへ迎えます



 話は、第119章、中央アジアの国々を国家として認めた第一回国際連盟会議のあとへ戻ります。


 そこで決めたことの一つに、清へ正式な招待状を送ることがありました。


 チベットや中央アジアの国境を話すのに、清の代表がいないまま清に関係する場所まで決めてしまうわけにはいきません。


 ラサには六世さんが戻り、大学と無線が動き始めています。ホータンをはじめ、中央アジア側の代表も集まりやすくなりました。そこで東側の境界、通商、通行、巡礼、水場、放牧地などを話す会議は、ラサで開くことになりました。


 最初の会議より前に、アン女王陛下も王配殿下と一緒にラサへ来ています。


 この時期の国際連盟では、四か国から正式に権限を委ねられた全権が組織を代表して署名できます。今回はアン女王陛下がその全権です。


 大学の隣にできたホテル棟の会議室で、清へ送る招待状を作りました。


 ラサで何を話すのか。


 清に関わる部分は、清の全権が来るまで確定しないこと。


 参加するなら、条約へ署名できる権限を持つ人を送ってほしいこと。


 会議の日まで十分な期間を置くこと。


 文章を確認し、アン女王陛下が署名しました。


 招待状は正式な筒へ入れ、さらに外袋へ収めます。


 招待状はムリヤちゃんで東へ運びました。


 北京まで馬車で一日ほどの場所で清側の役人へ引き渡します。


 受取人。


 時刻。


 封印。


 受領したことを一つずつ確認しました。


「皇帝陛下のところまでお願いします。会議に来るかどうかは、そちらで決めてください」


 どろちゃんはそう伝え、ラサへ戻りました。



          ◇ ◇ ◇



 一回目の会議の日。


 ホテル棟には清の席も用意してありました。


 人はいません。


 それでも会議は始まります。


 中央アジアの国同士で確認できる境界、交易路、市場、水場、峠の通行などは、そのまま進めました。


 清に関係する場所へ来ると、書記が印を付けます。


「ここは、清の方が来てからですね」


 その部分は保留になりました。


 誰も空席へ向かって交渉はしません。


 一回目は、清に関係しない部分を進めて終わりました。



          ◇ ◇ ◇



 二回目。


 また同じ場所に席があります。


 やはり空いていました。


 どろちゃんがそちらを見ると、六世さんも気づきました。


「北京からラサは遠いですから」


「招待状はかなり前に届いてるよ」


「届いてからも、誰を出すか、どこまで権限を持たせるかを決めなければなりません」


 六世さんは少し笑いました。


「私はラサから北京へ送られかけましたから、距離だけはよく分かります」


 どろちゃんは、その一言には返事をせず、目の前の資料へ戻りました。


 二回目も、清に関わる場所はそのまま残りました。



          ◇ ◇ ◇



 北京では、本当に全権を決めるところから時間がかかっていました。


 ラサまで行く。


 国境を話す。


 条約へ署名できるだけの権限を持つ。


 往復だけでも何か月もかかるかもしれない。


 しかもラサには、清へ送られたはずの六世さんが戻っています。中央アジアの代表も集まり、国際連盟の会議として扱われます。


 候補になった人には別の役目が入り、別の人へ話が移ります。行く人が決まりかければ、今度は与える権限の範囲が問題になります。


 一回目が終わりました。


 二回目も終わりました。


 三回目の日が近づいたころ、ようやく清の全権が決まりました。



          ◇ ◇ ◇



 北京を出る朝。


 全権は随行員と護衛を連れて城門を出ました。


 馬車には、会議で使う文書、正式な印、衣類、食料、贈答品などが積まれています。


 最初のうちは、宿駅も町も多くありました。馬を替え、役所で文書を示し、次の宿へ進みます。


 西へ行くほど、一日に進める距離が安定しなくなりました。


 雨で川が増えれば待ちます。


 車輪を外して直す日もあります。


 馬の具合が悪ければ交換します。


 随行員が体調を崩せば、そこで予定を変えます。


 陝西せんせいを越え、蘭州らんしゅう西寧せいねいへ進むころには、夜の寒さが変わってきました。


 さらに高地へ入ります。


 坂が長くなります。


 人も馬も息が切れます。


 荷物を別の馬へ移し、馬車から人が降りて歩く場所もありました。急な坂では後ろから綱を取ります。


 一日かけて進んでも、地図の上では指一本ぶんも動いていないような日があります。


 それでも戻りません。


 夜、宿で随行員の一人が地図を見ながら言いました。


「三回目に間に合いますでしょうか」


 全権は、しばらく地図を見ていました。


「間に合わせるために来た」


 翌朝、また馬車が動きました。



          ◇ ◇ ◇



 ラサが近づいた日。


 彼らが最初に見た大きな建物は、ポタラ宮ではありませんでした。


 遠くに細い塔が立っています。


「何でしょう」


 現地の案内役が答えました。


「無線局です」


 さらに進むと、長い滑走路が見えてきます。


 その近くに、中央の塔を高く立ち上げ、左右へ段を下げながら翼を伸ばした大きな建物があります。


「宮殿ですか」


「ライデン大学のラサ分校です」


 全権は、もう一度建物を見ました。


 その周囲には学生寮が並んでいます。


 道路の上には、見慣れない二本の線が長く伸びています。


 しばらくすると、その線の下を大きな車が近づいてきました。


 馬がいません。


 車の屋根から伸びた棒が、頭上の電線へ触れています。


 乗っているのは学生や町の人たちでした。


 全権も随行員も、通り過ぎるまで見ています。


「何という車ですか」


「トロリーバスと呼んでいます」


 北京を出てから何か月も馬と馬車で進んできた一行の横を、電気の車がそのまま走っていきました。


 大学へ人を運ぶための、ラサではもう日常の乗り物です。


 誰も一行の前で止めて見せようとはしません。


 全権は、走り去った車をしばらく見てから、また馬車へ戻りました。



          ◇ ◇ ◇



 三回目の会議。


 清の席に、初めて人が座りました。


 どろちゃんが会議室へ入ると、六世さんが少し笑いました。


「来ましたね」


「うん」


 どろちゃんは清の全権へ挨拶しました。


「遠いところ、ありがとうございます」


 全権は疲れた顔をしていましたが、きちんと礼を返しました。


「こちらこそ、三度目まで席を残していただいた」


「一回目と二回目は、清のところを決めずに残してあります」


「聞いております」


 机の上には、保留された地図がそのまま置かれています。


 会議が始まりました。



          ◇ ◇ ◇



 以前の条約。


 現地の記録。


 商人が使う道。


 川と水場。


 峠。


 季節で変わる放牧地。


 寺院。


 村。


 測量結果。


 空から撮った写真。


 同じ場所について、資料が何種類もあります。


 清の全権は、一枚ずつ見ました。


「この谷は、清側の管理下にあると聞いております」


「どの範囲ですか」


 どろちゃんが聞きます。


「この川から東です」


「川のどこを境界にしますか」


 全権は地図を見ました。


「そこまで定めた記録は、こちらにはありません」


「では、両側の人にも確認しましょう」


 別の場所では、六世さんが話に入りました。


「この峠は昔からこちらの者が使っております」


 清側の説明に対し、六世さんは地図へ指を置きます。


「使っている道は残しましょう。通行の権利と国境線を別に書けば、峠を使えなくする必要はありません」


 さらに別の場所。


 清側の随行員が、航空写真を長く見ました。


「この写真だけでは、現地の使われ方までは分かりません」


 どろちゃんは資料から顔を上げました。


「では現地まで行って調査してきてください。その場所は、戻るまで決めません」


 会議室が少し静かになりました。


 清の全権はどろちゃんを見ました。


「現地まで、ですか」


「はい」


 どろちゃんは地図を指しました。


「見た方が早いところは、見てから続きをしましょう」


 清側は相談し、現地確認が必要な場所を選びました。


 その場所には本当に線を引きません。


 調査へ行った人が戻るまで、空白のまま残しました。



          ◇ ◇ ◇



 話すことは境界線だけではありませんでした。


 季節ごとに家畜を連れて越える人。


 井戸や泉を両側から使う村。


 市場へ行く商人。


 巡礼者。


 寺院へ続く道。


 犯罪をして逃げた人。


 軍から逃げた人。


 争いを避けて移動してきた人。


 同じ「境界を越えた人」でも、扱いは違います。


 放牧に使える季節。


 市場を開く場所。


 税を取る場所。


 水場を閉じる必要が生じたときの連絡。


 兵が相手側へ追いかけて入らないこと。


 大きな軍を国境へ集めるときは事前に知らせること。


 寺院とその道をどう扱うか。


 昔の称号、朝貢、宗教上の関係だけで、あとから境界線を動かさないこと。


 境界を変更するなら双方で新しい条約を作り、国際連盟へ登録すること。


 話すほど本文が増え、附属地図にも書き込みが増えていきました。


 全権は反対するところでは反対しました。


 中央アジア側も譲れないところを出します。


 六世さんもチベット側の記録を出します。


 何日も続けるうちに、会議室で相手の顔を見ること自体は珍しくなくなっていきました。



          ◇ ◇ ◇



 ある日の休憩中。


 清の全権の随行員たちが北京の食べ物の話をしていました。


 どろちゃんは、聞き慣れない店の名前へ反応しました。


「おいしいお店なんですか」


 随行員の一人が頷きました。


合芳楼ごうほうろうです。饽饽ボーボーを買うなら、よい店です」


「ボーボー?」


「菓子や焼いたもの、蒸したものなどを広くそう呼びます。贈り物に箱で求めることもあります」


 隣の随行員も話へ入りました。


「贈り物に持っていくこともあります。北京に戻れば、また買いたい店です」


 長い旅をしている人が、かなり楽しそうに話しています。


 どろちゃんは少し考えました。


「場所、分かります?」


「もちろんです」


 どろちゃんは部屋の端に置いてあった大きな筒を持ってきました。


 広げると、北京城の航空写真です。


 城壁の内側へ街路が細かく伸び、紫禁城しきんじょうは中の中庭や建物の配置までくっきり写っています。


 随行員の手が止まりました。


「これは……北京ですな」


「うん。お店の場所、ここへ印を付けてもらえます?」


 鉛筆を渡します。


 随行員はすぐには印を付けませんでした。


 まず紫禁城を見ます。


 そこから大きな通りを追い、自分の知っている街路を探します。


「この屋根まで分かるのですか」


「上から撮ってるからね」


 随行員はもう一度写真へ顔を近づけました。


 やがて東側へ指を動かし、いくつかの道を確認して、小さな丸を書きました。


「この辺りです」


「ありがとう」


 どろちゃんは写真を丸めました。


 随行員が聞きます。


「何になさるのですか」


「買いに行こうかなと思って」


 清の全権が顔を上げました。


「北京へ?」


「休憩、少し長めにしますね」


 フランソワさんが、もう分かっている顔をしています。



          ◇ ◇ ◇



 ラサの滑走路へ行きます。


 ムリヤちゃんは、朝のうちに燃料を入れてありました。


 北京まで往復する燃料は、ラサで十分に積んであります。


 どろちゃんは左席へ座り、フランソワさんが右席へ入ります。


合芳楼ごうほうろうまで行って戻ります」


「はい。箱を置く場所も空けてあります」


 ムリヤちゃんはラサを離陸しました。


 山を越え、東へ向かいます。


 北京近くまで来ると、以前から使っている着陸地点へ降ります。


 途中で両替商へ寄り、買い物に使う銀銭を用意しました。


 それから市内へ入り、随行員が航空写真へ付けた印を頼りに店を探します。


 看板を見つけました。


「ここだ」


 フランソワさんも見上げました。


「合っていますね」


 店へ入り、その日に作られたものを何種類か箱へ詰めてもらいました。


 どろちゃんは自分たちの分だけではなく、清の全権と随行員、六世さん、会議に参加している人たちへ回せる数を買いました。


 箱は揺れないようにまとめます。


 またムリヤちゃんへ戻ります。


 六基のエンジンが動き、北京を離れました。



          ◇ ◇ ◇



 ラサへ戻ったのは、その日の夕方でした。


 箱を開けて確認します。


 焼いたものも、餡の入ったものも、ほとんど崩れていません。


 頭の中で技師さんが声を出しました。


『きれいに帰ってきたね』


「日本のアニメで見た、ぴよりんチャレンジより簡単だったよ」


『それ、ここで分かる人いないぞ』


「技師さんたちは分かるでしょ」


『ぴよりんをムリヤで運んだら、たぶん無理だな』


「うん。できるくらいの旅客機、作りたいね。」



          ◇ ◇ ◇



 ラサへ降りる前、どろちゃんはギャレーでいくつかを電子レンジへ入れました。


 温めたものは保温袋へ入れます。


 会議室へ戻ると、清の全権たちは本当に待っていました。


 どろちゃんは箱を机へ置きます。


合芳楼ごうほうろうで買ってきました。夜食にどうぞ」


 随行員が箱の文字を見て、すぐに分かりました。


「合芳楼……」


 印を付けた本人が一つ取りました。


「……まだ温かい」


「着く前に温めたから」


 少し食べます。


「これです。この餡です」


 別の随行員も頷きました。


「この香りは、間違いありません」


 北京からラサまで何か月もかけて来た人たちです。


 朝まで北京にあった菓子が、その日の夕方にはラサへ届きました。


 全権も一つ取り、茶と一緒に食べました。


「ありがとうございます」


 そのあと、航空写真の話も、飛行機の話も出ませんでした。


 翌朝、また同じ机へ地図を広げて会議を続けました。



          ◇ ◇ ◇



 現地へ行った人たちが戻り、保留していた場所も一つずつ決まりました。


 資料が足りない場所は文章を直します。


 境界線には附属地図と測量記録を付けます。


 それぞれの言葉で同じ内容の本文を作り、地図にも署名と印を置けるようにします。


 最後の日。


 清の全権の前へ、議定書が置かれました。


 本文。


 附属地図。


 確認用の別紙。


 全権は随行員と最後まで確認しました。


 筆を取ります。


 署名。


 その横へ清の正式な印が押されました。


 六世さんが紙を見ました。


「これで、清側は終わりましたね」


「うん。でも最後がまだ」


 どろちゃんは、国際連盟側の署名欄を指しました。


 今回、四か国から全権を委ねられているアン女王陛下は英国にいます。


「じゃあ、ちょっとイギリスまで行ってきます」


 清の全権が顔を上げました。


「英国まで?」


「陛下をラサへお迎えに行きます」


 どろちゃんは少し考え、全権へ続けました。


「ついでだから一緒に行こうか?」


「私も英国へ?」


「署名した方が一緒なら、陛下にも説明しやすいですし。ムリヤちゃんなら席もあります」


 随行員たちが相談しました。


 全権本人は、思ったより早く答えました。


「参りましょう」


 北京からラサまで何か月もかけてきた人は、今度はそのまま英国まで行くことになりました。


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第125章の小さな説明

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【第一回国際連盟会議のあと】


 第125章は、第119章で中央アジアの国々を国家として認めた第一回国際連盟会議のあとへ話を戻しています。

 清に関係する国境や通行条件は、清側の代表がいないまま確定せず、一回目、二回目とも該当部分を保留しました。

 三回目でようやく、条約へ署名できる権限と正式な印を持った清の全権がラサへ到着します。


【北京からラサまで】


 北京からラサまでは直線でも二千五百キロメートルを超えます。

 この時代に馬車と騎馬で実際の道を進めば、川、宿駅、山地、高地、天候、馬の交換などに左右され、旅程は直線距離どおりにはなりません。

 本章では陝西、蘭州、西寧を経て高地へ入り、何か月もかけてラサへ到着する旅として描いています。


饽饽ボーボー


 「饽饽」は清代にも使われた語で、特定の一種類の商品名ではなく、粉を使った菓子や点心類を広く指すことがあります。

 本章では、北京の店で買う菓子類を清の随行員がこの語で説明しています。


合芳楼ごうほうろう


 本章では北京の菓子店として「合芳楼」を登場させています。

 店名の年代については史料上の確認が難しいため、本作では1707年の北京に存在する店として採用した物語上の設定です。

 具体的な商品名や細かな製法を固定せず、清の随行員が知っている店を航空写真上で示し、どろちゃんが実際に買いに行く流れにしています。


【北京の航空写真】


 どろちゃんが広げた北京の写真は、上空から撮影した高解像度の航空写真です。

 清の随行員は街路をたどって自分の知っている店の位置を示す一方、紫禁城の中庭や建物配置まで写っていることにも気づきます。

 どろちゃん本人の目的は店探しですが、写真の精度を清側の人自身が確かめる場面にもなっています。



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