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123貴族令嬢は、二便目でラサの大学を動かします。

フルシチョカって旧ソ連でフルシチョフ書記長の’ころ作られたコンクリートパネル構造の団地建築です。量産できて多くの人に住宅を与えたけど、品質的には部屋が広くなった日本の公団住宅な感じですね。組み付けが悪いとソ連で隙間風がはいる。ソ連中にたくさんありました。

第123章 貴族令嬢は、二便目でラサの大学を動かします


 第一便のムリヤちゃんがラサへ着いた日から、滑走路の近くは急に忙しくなりました。


 滑走路近くには、昨日空から見た、モスクワ大学本館を小規模にしたようなスターリン様式の校舎が立っています。第一便で来た人たちは、その大きな器へ授業と研究の中身を入れる作業を始めました。


 ライデン大学の先生は教室を見ます。


 学生たちは机と照明を確認します。


 無線担当は屋上と周囲の地形を見ます。


 行政担当は、ラサ側の役人と名簿を作ります。


 ホータンから一緒に来た小さな領主や集落の代表者たちは、六世さんと別の部屋で話を続けています。


 英国から短期で来た三人も朝から動いていました。ニュートン先生は六世さんと話し、ろばーとっちは水路と井戸の試料を採り、ハレーさんは屋上から空と周囲の地形を見ています。


「もう三人とも調査を始めておられます」


 フランソワさんが言いました。


 六世さんは屋上の方を見上げて、うれしそうに笑いました。


          ◇ ◇ ◇


 第一便でできることには限りがあります。


 大学の本棚はまだ大半が空です。


 研究機器も最低限。


 寮も、先に来た人が使える分だけ。


 電力設備も仮設が中心です。


 そこで、どろちゃんとフランソワさんは一度エルレンフェルトへ戻ることになりました。


「もう帰るのですか」


 六世さんが聞きました。


「荷物取りに行くだけ。また来るよ」


「何を持ってくるのですか」


「本と実験機器、それから町と大学を結ぶ電気の乗り物を四台」


「電気の乗り物?」


「屋根の上から二本の電線につないで走る、何人も乗れる車です。技師さんたちはトロリーバスと呼んでいます」


 六世さんは初めて聞く名前を、ゆっくり繰り返しました。


「トロリーバス」


「うん。実物は二便目で見られるよ」


「分かりました。こちらは、こちらで進めておきます」


 英国の三人はラサに残ります。


 滞在期間は短いですが、二便目が戻るまでにはまだ時間があります。


 どろちゃんとフランソワさんはムリヤちゃんへ戻りました。


 第一便で人を大勢降ろした機体は、来たときよりずっと軽くなっています。


 六基のエンジンを始動し、滑走路へ出ました。


「帰ります」


「はい」


 ムリヤちゃんはラサの高地から離陸しました。


          ◇ ◇ ◇


 エルレンフェルトへ戻ると、二便目の荷物はかなり準備されていました。


 貨物室の前に、四台の大きな電気車が並んでいます。年式でいえば一九五〇年代ごろの東ヨーロッパ製で、丸みのある車体も窓の作りも新しくはありません。


 中身には、ピーチライナーをいじっていたのと同じ技師さんたちの手がかなり入っています。天国の廃車置き場から拾って趣味工房へ持ち込み、長いことおもちゃにしていた車で、配線や補機まで手直しされていました。こちらの世界でもすでに実用運転の実績があり、技師さんたちは神様に頼んでエルレンフェルトへ出現させてもらっていました。


 四台の横には、架線柱、電線、金具、吊架部品、変電と配電に使う機器が並びます。さらに無線設備、書籍、実験機器、医療教育用の機材、机と棚、食料、冬用の物資。その一角には、大学で追加して使う太陽光パネル、蓄電池ユニット、大型インバーターも積まれていました。


 ラサの都市給電そのものは、もっと桁の違う設備がすでに動き始めています。町の外側には平方キロメートル単位で広がる太陽光発電設備が神様によって設置され、大容量の蓄電設備と電力変換設備も一緒に現れていました。


 そちらも、もとは災害や戦乱で壊れ、一括廃棄されて天国へ来た設備です。技師さんたちは残骸の中から使えるパネル、蓄電池、電力変換器を選び出し、趣味工房で修理していました。工房の広さにも限界があるので、大規模設備は使えるまとまりになったところで神様に頼み、ラサ側へ出現させてもらっています。


 二便目へ積んだものは、その都市給電設備とは別に、大学で実験や増設、独立運転にも使える小規模な追加分です。技師さんたちが手元で整備していたユニットを、今回はムリヤちゃんで一緒に運ぶことにしました。


 どろちゃんは搭載表と重心表を確認しました。


「四台と架線資材を先に固定して、そのあと本と機器を分けて積みましょう。長物と重量物の位置は技師さんたちの計算どおりで」


『了解。固定点も確認してあるよ』


 四台は床を傷めないように誘導され、指定された固定位置へ入りました。架線柱は長物用の位置へ、書籍や実験機器は重量と取り出す順番を見ながら分けて積まれます。


 フランソワさんは搭載表を確認しました。


「この便で交通と研究設備の骨格まで届きますね」


「うん。本と消耗品は後便でも追加できる」


 第二便は、大学と町を実際に動かすための大物を優先しました。


          ◇ ◇ ◇


 二便目のムリヤちゃんがラサへ戻ると、第一便のときより地上の人の動きが慣れていました。


 誘導する人。


 貨物扉の周囲を空ける人。


 荷下ろしの順番を確認する人。


 ラサ側の人も混ざっています。


 後部扉が開きました。


 最初に大きな荷物が見えます。


「これが、話していたトロリーバスですか」


 六世さんは、初めて見る車体を見上げました。


「そう。四台とも同じ仲間だけど、技師さんがかなり手を入れてる」


 車両が順に降ろされると、見物する人が増えました。馬車より大きな箱形の車体なのに、馬をつなぐ場所がありません。


 六世さんは車内へ上がり、座席と運転台を見ました。


「屋根の上から電気を取るのですね」


「うん。架線はこれから張る」


 その後ろから、架線柱と電線が降りてきました。


 六世さんは納得した顔になりました。


          ◇ ◇ ◇


 ラサでは、神様が先に設置した都市給電用の大規模な太陽光発電設備がすでに働いていました。その電力を大学へ引き込む系統に加えて、二便目で運んできた小規模な太陽光パネル、蓄電池ユニット、大型インバーターも大学脇へ降ろします。


 追加分は、停電時の独立運転や研究設備の電源、学生たちの実習にも使えます。外装には古い年式の違いも傷も残っていますが、中は技師さんたちが点検し、必要な部品を交換してあります。


 学生たちは都市側からの受電設備を確認しながら、追加分のパネルを屋根や周辺へ設置し、蓄電池とインバーターを接続していきました。


 ライデンから来た学生の中には、エルレンフェルトで電気設備の作業を経験した人がいます。


 現地の若い人たちも横につきました。


 同じ作業を一緒にやります。


「ここを締めたら終わりですか」


「まだ。次に測ります」


 学生が計器を渡します。


「電気は見えないから、測らないとね」


 どろちゃんが言いました。


 六世さんも横で見ています。


「宗教より厳しいですね」


「何が?」


「信じても通電しない」


 どろちゃんは笑いました。


「それはそう」


 夕方。


 一つの部屋に灯りがつきました。


 次の部屋。


 その次。


 大学の窓が少しずつ明るくなります。


 接続と測定が終わった区画から順に灯りが増えていきました。


 六世さんは外へ出て、それを見ていました。


「きれいですね」


「うん」


「でも、きれいというより、安心します」


「どうして?」


「人が作業した分だけ光っているからです」


 神様が建物を作りました。


 そこへ人が入り、線をつなぎ、測り、確認し、灯りがつきます。


 大学が人の場所になっていきました。


          ◇ ◇ ◇


 学生寮も増えました。大学から少し離れたところへ、四階や五階ほどの四角い集合住宅が何棟か並びます。


 どろちゃんには、すぐ元が分かりました。フルシチョカです。


 技師さんの一人が生前に住んでいた建物が建て替えで失われ、天国側へ流れ着いていたものを、趣味工房でラサ向けに手直しした型でした。外形は簡素な集合住宅のままですが、耐震性、断熱、二重窓、暖房、給湯までかなり改造されています。


『昔のままラサへ置いたら寒いし、地震もあるからね』


 技師さんが言いました。


 内部には二人か三人で使える部屋のほか、浴室、洗濯場所、大きめの共用室、食堂があります。神様は必要になるたび、この改造済みの型を大学の周囲へ増やしているようでした。


 山や谷の遠い村から学生が来れば、毎日家へ帰ることはできません。


 大学を作るなら、住む場所も必要です。


 六世さんは部屋を一つずつ見ました。


「ここへ、ラサの人だけが入るのですか」


「六世さんはどうしたい?」


「遠いところの人も」


「じゃあ、そうしよう」


「女性も?」


 フランソワさんが六世さんを見ました。


「入れたいです」


 六世さんは答えました。


「学ぶ人を性別で分けて、片方だけ外へ置く理由がありません」


 フランソワさんは何も言わず、少しだけ笑いました。


          ◇ ◇ ◇


 無線局も大きくなりました。


 第一便で仮設した設備へ、新しいアンテナと給電線を追加します。


 ホータン。


 エルレンフェルト。


 さらに遠い場所。


 通信できる相手が増えました。


 六世さんは通信室で、ホータンから届いた電文を読みました。


「昨日の話の返事が、もう来ています」


「うん」


「以前なら、使者を待っていた」


「何日とか何週間とかね」


「途中で文書を止められれば、届いたかどうかも分からない」


「無線だと、少なくとも返事が来ないことは分かるよ」


 六世さんは紙を置きました。


「行政で、これは大きいです」


 ライデンで学んだ六世さんらしいところでした。


          ◇ ◇ ◇


 トロリーバスの工事は、大学の電気と並行して進みました。


 経路は最初から決めます。


 滑走路。


 学生寮。


 ライデン大学ラサ分校。


 ラサの中心部。


 ポタラ宮の麓。


 道路沿いへ架線柱を立てます。


 上へ二本の線が伸びていきます。


 ラサの人たちは、何が始まったのか見ています。


 最初に運転する人と整備する人は、外から来た経験者です。


 その横へ現地の人が乗ります。


 操作。


 停車。


 集電装置。


 点検。


 故障したときにどこを見るか。


 何度も一緒にやります。


 試運転の日。


 一台目のトロリーバスがゆっくり動き始めました。


 馬が少し避けました。


 子どもが追いかけます。


 六世さんは、どろちゃん、フランソワさんと一緒に乗りました。


「静かですね」


「モーターだからね」


「これなら学生寮から大学へ来られます」


「滑走路からも」


「町の人も大学へ来られる」


「うん」


 六世さんは窓の外を見ました。


 固定路線は、滑走路と学生寮、大学、ラサ中心部、ポタラ宮の麓を一本につなぎました。大学へ通う人だけでなく、町から大学へ来る人にも使える線です。


 ポタラ宮の麓へ着くと、待っていた人たちが車体の周囲へ集まりました。運転担当は停車時間を少し延ばし、現地の人たちに車内と集電装置を見せました。六世さんも一緒に降り、質問へ答えています。


          ◇ ◇ ◇


 短期滞在の三人は、その間も好きなことをしていました。


 ハレーさんは大学の屋上へ観測場所を決めました。


 気圧と気温を記録し、風を見ます。


 夜になると空を見上げます。


「空が暗い」


 六世さんが隣で言いました。


「だから星が見える」


 ハレーさんは嬉しそうでした。


「ここに継続観測する人がほしい」


「学生に教えます」


「毎日、同じ時刻に記録を」


「できます」


 すぐ授業の話になりました。


 ろばーとっちは、水路や井戸から取ってきた水を顕微鏡で見ています。


 ラサの学生候補が周囲へ集まりました。


「これが水の中にいるのですか」


「見てみる?」


 順番にのぞきます。


 六世さんも見ました。


「ロンドンで見たものと違います」


「場所が違えば、いるものも違う」


 ろばーとっちは楽しそうです。


 ニュートン先生は、六世さんとの話が多くなりました。


 話題は数学から、大学で自然科学と宗教をどう置くかへ移りました。


 観測が古い宇宙観と食い違ったとき、どう教えるのか。


 六世さんは、ライデンやロンドンで考えたことを、自分の言葉で話すようになっています。


「古い人が見た範囲で考えたことを、私は笑いたくありません」


「では、どうするのです」


「今、見えるものを足します。合わなければ考え直します」


「経典を直すのですか」


「必要なら」


 ニュートン先生は少し考えました。


「大胆ですね」


「先生に言われたくありません」


 六世さんが言うと、ニュートン先生が笑いました。


 どろちゃんは少し離れたところで聞いていました。


 一年前、清へ送られる途中の六世さんは、自分の宗教から離れるつもりでした。


 今は、ニュートン先生と自分の大学で、どう直すかを話しています。


          ◇ ◇ ◇


 ホータンから来た代表者たちとの話も続きました。


 大学の一室へ地図を広げます。


 ラサ側の役人も入ります。


 六世さんは机の端ではなく、代表者たちと同じ地図を囲みました。


「この谷は、どこまで同じ役人が見ていますか」


「冬はここまでです。夏は人が増えます」


「税を集める人は?」


「二人います」


「二人?」


「こちらと、向こうから来ます」


 どろちゃんは思わず顔を上げました。


「二重取り?」


「年によります」


 聞き取りを重ねるたび、地図には冬と夏の利用範囲、水場、徴税者、峠道が書き足されました。紙の線が増えるほど、あとから大きな国が一色で塗って済ませられる余地は小さくなっていきます。


 六世さんは最後に言いました。


「この続きは、もっと広い会議が必要です」


 どろちゃんも頷きました。


「清も呼ばないとね」


 まだ、その会議は先です。


 今はまず、ラサに話をする場所ができました。


          ◇ ◇ ◇


 数日後。


 夜の大学は、最初の日とは別の建物のようになっていました。


 窓に灯りがあります。


 図書室へ本が入り始めました。


 研究室で人が動いています。


 学生寮にも明かりがあります。


 無線塔から通信が飛びます。


 道路には架線が伸び、四台のトロリーバスが交代で走っています。


 滑走路にはムリヤちゃん。


 その向こうにはポタラ宮。


 神様が先に用意した巨大な校舎へ、人の生活と仕事が入りました。


 六世さんは大学の前で、その景色をしばらく見ていました。


「一年くらい前には、私は清へ送られていました」


「うん」


「今は大学の前にいます」


「うん」


「少し変ですね」


「かなり変だと思う」


 六世さんが笑いました。


「神様は、これを見たかったのでしょうか」


「分からない」


 どろちゃんは正直に答えました。


「あの救出の滑走路から始まって、今度はラサに滑走路と大学まで用意した。助けた先で何かしてほしい、くらいの意思はありそうだね」


 六世さんは、もう一度大学を見上げました。


「それなら、無駄にしないようにします」


 その言い方は、一年前よりずっと六世さんらしく聞こえました。


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