118貴族令嬢は、山の向こうと西の国々を見ます。 2年間ほど時間が経過するお話です。
第118章 貴族令嬢は、山の向こうと西の国々を見ます
海へ出した船が減るほど、清の中では陸軍の発言力が強くなりました。
「船でやるから駄目なのだ」
そう考える人が出てきます。
水軍が何度やっても船を失い、朝鮮で造らせた新しい船まで帰ってこない。海軍や水軍の失敗を横で見た陸軍側は、自分たちの方法を試したがりました。
そこで、ベトナムへ陸路から入る案が強くなりました。
雲南。
広西。
山を越え、馬と徒歩で南へ入る。
その前には、陸軍が川を使う案も検討されています。
舟艇を集め、兵を対岸へ送り、そのまま川沿いの町や倉庫を押さえる方法です。
*
南部でこの方法を使うと、別の問題が出ました。
バタヴィアやマラッカとの交易が増え、4か国の人々は米の集積地、倉庫、修理場所、市場、医療施設にも入り、河川交通に沿って内陸へ動いています。
ある川沿いの町へ清側の部隊が入ろうとしたとき、斥候からは西洋人らしい姿が見えないという報告が来ました。
町にいるのは、ほとんどベトナム人に見えます。
そこで小舟を何十隻も集め、対岸へ兵を渡し、そのまま船着き場と倉庫を押さえることになりました。
先頭の舟艇が岸へ着き、部隊が町へ入り始めます。
その途中で、川の上にいた舟艇と人がまとめて消えました。
後ろから見ていた部隊には、何が起きたのか分かりません。
あとで町の帳簿を調べると、そこにはバタヴィアと取引する米商人がいました。
ベトナム生まれで、家族もベトナムに住み、普段使う言葉も周囲と同じです。
国籍はネーデルラント。
別の町には、イングランド側の臣民になったベトナム出身の商人もいます。
斥候が見て分かるのは服装や顔立ちまでで、国籍は本人の身分や帳簿の中にあります。
南部では、舟艇で町や集落を襲うたび、
「4か国人がいないことを確認したか」
という問いが付くようになりました。
確認したつもりでも、帰化した商人までは見た目で分かりません。
港から離れれば安全という地図も作れません。
メコンのデルタで水路を使わず軍事行動をするのは難しいのに、その水路を使って襲撃すれば、どこで神様の判定が動くか現場から予測できなくなっていきました。
*
清陸軍は、最後に山越えへ重点を移しました。
広西側と雲南側の山の入口へ、兵と荷物が集まります。
馬。
騾馬。
人夫。
米袋。
火薬。
鉛。
薬。
平地にいるうちは一つの大きな軍に見えていたものが、山へ入ると細長い列になりました。
道幅は兵の数に合わせて広くなってくれません。
雨が降れば泥になり、荷を積んだ動物が止まれば後ろも止まります。橋が一本使えなくなれば、何百人もの兵と人夫が谷間で待つことになりました。
それでも、船のように突然消えません。
清陸軍の側では、それだけで前より安全な方法に見えました。
*
兵士一人を前へ置くためには、その人が食べる米を後ろから運びます。
米を運ぶ人にも食料が要ります。
馬や騾馬には飼料が要り、火薬を撃てば次の火薬を運ばなければなりません。
軍が南へ伸びるほど、後ろの列は長くなりました。
その間、ベトナム側ではいくつかの作期が回っていました。
水路を直し、倉庫を作り、道路を補修し、米を備蓄する。南へ役人を送り、通信をつなぎ、三つの農業方式から上がってくる数字を見ながら、収穫後に失う米まで減らしていきました。
清が海で船を失い、責任を押し付け合い、予算と権限を陸軍へ移している時間が、そのまま共和国側の準備期間になります。
清軍が本格的に山へ入り始めたころ、共和国はすでに何度か収穫を終えていました。
*
山のこちら側にいる兵は、自分たちの土地を知っています。
どこに水があるか。
どの峠なら馬が通れるか。
雨のあとに崩れやすい斜面はどこか。
橋を一本使えなくしたら、次に通れる場所がどれだけ遠いか。
共和国軍は、清軍の補給の列を見ていました。
峠と谷、狭い道、橋を使い、補給の列が伸びたところを止めます。
前線の清兵が一日米を食べれば、翌日分が必要です。
火薬を撃てば、次の荷が要ります。
共和国側が道を一つ塞ぎ、橋を一つ落とすだけで、清軍は別の峠へ回らなければならなくなりました。
戦闘のない日にも、疲れた馬が出ます。
人夫が遅れます。
雨で米が傷みます。
病人も増えます。
地図の上では数日だった距離が、実際にはもっと長くなっていきました。
何度も押し合ったあと、清軍は国境の外へ戻されます。
共和国側はそこで追撃を止めました。
兵たちは、自分たちの村へ戻っていきました。
*
清が南で時間を使っているあいだ、西側でも変化が進んでいました。
最初のきっかけは、ホータンの滑走路脇でトルシー侯と地域の支配者が作った、簡単な紙です。
誰がこの地域を治めているのか。
隣は誰か。
商人はどの道を通るのか。
税は誰が取るのか。
最初は、それだけでした。
しばらくしてムリヤちゃんがもう一度ホータンへ降りると、前の会談にはいなかった人たちが待っていました。
別のオアシスから来た商人。
山沿いを移動する集団の代表。
遠い遊牧路を使う人々の使者。
巨大な飛行機を見るのが初めての人もいます。
遠くで六発の音が聞こえると、それまで話していた人まで空を探しました。銀色の大きな機体が見えてくると、馬を建物の陰へ連れていく人がいます。
着陸したあとも、初めて来た人たちは少し距離を取り、前から来ている商人の様子を見ていました。
「大丈夫だ。あれは米を持ってくる」
商人の一人が笑うと、緊張していた人たちの顔が少し緩みます。
けれど、外交の話になるとまた別です。
*
交易路を安全にしたい。
隣との境界を外の国にも知ってほしい。
清が西へ来ることが心配だ。
自分たちの名前を外国の文書へ載せるのは怖い。
同じ場所へ来た人でも、期待しているものは違いました。
紙へ線を引けば、曖昧だったものが残ります。
隣がその線を認めるのか。
清がどう見るのか。
ヨーロッパの国々が、本当に自分たちを条約の相手として扱うのか。
トルシー侯は、最初から国名や国境を決めようとはせず、まず本人たちへ聞きます。
「あなた方は、誰と同じ集団だと考えていますか」
同じ言葉を使う人。
同じ市場を使う人。
同じ遊牧路を使う人。
同じオアシスの水を使う人。
長く同じ支配者へ税を払ってきた人。
ところが、これらは全部同じ範囲にはなりません。
言葉が同じでも、別の市場を使う集団があります。
同じ水場を季節ごとに別々の遊牧集団が使うこともあります。
税を払う相手が途中で変わった土地もありました。
*
ある日の会談では、一つの水場をめぐって二つの集団が長く話しました。
「夏は、こちらが使う」
「冬は、こちらの家畜が来る」
「井戸を掘ったのは誰か」
「道を直しているのは誰か」
地図だけを見れば一本の線で済みます。
地上では、水と道と家畜がその線を何度も横切ります。
どろちゃんは口を挟まず、必要な言葉だけをつなぎました。
トルシー侯も線を先に描きません。
話がまとまったところは紙へ書き、決まらないところは次回へ残します。
何度も会ううち、自分たちが誰として外と話すのかが少しずつ形になっていきました。
民族や言語、生活圏を基礎にした小さな政治単位が生まれます。
一つ一つは小さい。
けれど名前があり、代表者がいて、隣との境界や交易路を文書へ書くことができます。
争いが起きたとき誰へ話を持っていくかも決められます。
フランスに続いて、イングランド、ネーデルラント連邦共和国、イタリア王国、エルレンフェルトなどが、少しずつ同じ相手と条約を結び始めました。
どろちゃんは飛行機で人と地図を運び、必要なときに言葉をつなぎます。
国家として扱うかどうかを決めるのは、トルシー侯たち各国の外交担当者です。
そして、どの名前で、どの範囲を自分たちの国とするかを決めるのは現地の人々でした。
*
ホータンの滑走路へ来る商人も変わっていきました。
最初は子どもを連れて巨大な飛行機を見に来る人が多く、馬を怖がらせないよう遠くへ置いたまま、ムリヤちゃんが飛び立ったあとの滑走路まで見物していました。
何度か往復すると、待ち方が変わります。
音が聞こえるころには荷物を並べる。
商人同士で場所を決める。
書記は前回の交換比率を書いた紙を持ってくる。
乾燥果物、布、革、馬。
米と交換する物。
そして手紙。
「これ、また増えたね」
どろちゃんが箱を見ると、トルシー侯が中身を確かめました。
「今回は外交文書が多うございます」
「そのうち、私のお店への注文書も一緒に来ればいいね」
前回の交換比率を書いた紙を持ってくる商人が増えているので、それも十分ありそうでした。
ムリヤちゃんの影の下では、別の国の人たちが地図を広げています。
清が南で船を失い、山へ兵を送るまで作戦の切り替えに長い時間を使っているあいだ、西側では、自分たちの名前、代表、境界を紙へ残す作業が続いていました。
前に来たときには、長い滑走路と砂漠ばかりが目立った場所です。
今は、人と荷物と文書が集まっています。
どろちゃんは政治の話をトルシー侯へ任せ、帰りの機内で食べる果物を探しました。
「西瓜ある?」
前から来ている商人が笑い、後ろの荷物を指します。
ありました。
今日も、ムリヤちゃんの帰り荷は少し増えそうです。
◇◇◇◇◇
作中の「何度か収穫を終えた」は、ベトナム南部の二期作を使った描写です。ベトナム南部には、気温の面では年に二度の稲作ができる地域があります。雨季には川や水路の水位が大きく上がるため、水位を下げ、必要な時期には水を入れられる水路・堤防・水門の管理が二期作の条件になります。本作では、ベトナム側が以前から持っている水田農業の経験に、ネーデルラントの低地水管理の技術が加わり、二期作のできる土地が少しずつ増えています。何度か収穫を比較し、清との本格的な山越え戦までを含めた一連の出来事は3年未満を想定しています。
中央アジアで形になっていく小国の範囲は、オアシス、水場、交易路、言語、宗教、部族や遊牧集団、既存の支配関係を一つずつ確認し、現地の人々が自分たちの政治単位として決めていく形にしています。




