117貴族令嬢は、社会主義共和国で田んぼを比べます。 共産党が主導しない形の社会主義検証です
第117章 貴族令嬢は、社会主義共和国で田んぼを比べます
条約は20日の間にどちらからも撤回されず、21日目から効力を持ちました。
そのころ南では、止まりかけていた行政を動かす仕事が続いています。
北から役人が行き、税の帳簿を確認し、水路を見て、治安を戻し、米が途中で止まらないよう港と集積地を調べます。南側の有力者が消えたことで宙に浮いた土地や財産も多く、私有財産、徴税権、国家の土地、軍の施設を一つずつ分けて調べなければなりませんでした。
帳簿の名義と実際の権利関係を照合します。
役職に付随して使っていた土地もあります。
誰かが勝手に取れば、次の争いの種になります。
確認には、土地の境界を知る村人、古い税の記録を持つ人、港の倉庫を管理していた人も加わりました。
そうして南の暮らしが少しずつつながり始めてから、国の制度をどうするかという話が本格的に始まります。
*
チン・カンは、ヨーロッパで自分が見たものを国内の人たちへ説明しました。
大きな王国の王と会ったこと。
外国の代表として同じ高さの席へ着いたこと。
外国人に土地を貸しても、その土地の主権まで渡す必要がないこと。
軍隊を置かなくても交易できること。
そして、地図では驚くほど小さいエルレンフェルトへ、アン女王とサヴォ公が自分から来ていたこと。
その話を材料にして、北と南の役人、軍、商人、農村側の代表まで交えた相談が続きました。
そこへ、どろちゃんたちが持ち込んだ案も入ります。
共和国。
国名は、Cộng hòa Xã hội chủ nghĩa Việt Nam。
ベトナム社会主義共和国。
この時代にはずいぶん先回りした名前ですが、どろちゃんたちが持ち込んだ案であることは隠しません。採用するかどうかはベトナム側で決めます。
黎の皇帝は政治から離れ、住居、生活費、身の回りの物、必要な使用人を確保して暮らす。皇帝の地位に付随していた徴税権、軍、国家の土地、公の財産は共和国へ引き継ぎ、南側の旧有力者が政治権力と一緒に持っていた大きな土地も同じ基準で整理しました。
制度を変えるだけなら紙でできます。
生活が良くなるかどうかは、田んぼへ行かないと分かりません。
*
どろちゃんが最初に見に行った村では、水田の畦が細く、少し外れると靴が泥へ沈みました。
水路には泥がたまり、鍬でさらっている人がいます。牛を持つ家もあれば、働ける人は多いのに土地をほとんど持たない家もあり、一軒だけでは水路を直せないところもありました。
北から来た役人は帳簿を持ち、村の人たちは自分の田や水の取り口を指しながら話します。
「ここまでがうちの田です」
「水は上の家から来る」
「牛は三軒で使っている」
「この家には田がない。でも働く人はいる」
同じ村でも条件はかなり違います。
どろちゃんは田の端に立ってしばらく眺めたあと、急に楽しそうになりました。
「三つ並べよう」
「何をでございます」
フランソワさんが聞きます。
「農場」
自作農。
共同農場。
国営農場。
同じ地域で三つのやり方を動かして、実際にどうなるか比べることにしました。
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自分の田を自分と家族で耕したい人は、自作農を選びます。
収穫期に人を雇ったり、隣同士で手伝ったりすることはできますが、農地を持つ人自身が耕すのが原則です。遠くに住む地主が小作人から地代だけを取る形や、農地を投資物件として持つ形は制度から外しました。
水路や牛、農具を共同で使った方が都合のよい人たちは、共同農場を作ります。
働いた日数だけで分けるのか、仕事の種類も見るのか、農場全体の収益をどう分けるのか。最初から一つの方式に固定せず、各農場で決めた方法を帳簿へ残します。
土地を持たない人には、国営農場があります。
共和国の土地で働き、給料を受け取る仕組みです。
そこには農業試験場も付けました。
稲の品種、播種、植える間隔、水の量、肥料、病害虫、乾燥、倉庫まで測ります。
説明を聞いた村の人からは、すぐ質問が出ました。
「共同に入ったら、家の田は誰のものになる」
「働けない日があったら分配はどうする」
「国営農場の給金は米でも受け取れるのか」
役人が一つずつ書き留めます。
それぞれが、自作農、共同農場、国営農場のどれを選ぶか決めます。
選んだ結果を残しておけば、何度か収穫を重ねたところで比べられます。
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「どれが社会主義として正しいかを決めるんですか」
現地の若い役人が聞きました。
「どれがちゃんと食べ物を作れて、働いた人が暮らせるかを見るの」
どろちゃんは田の方を見ながら答えました。
「自作農が一番良かった場合は」
「そう書く」
「共同農場の数字が悪かった場合は」
「悪かったって書く。それから理由を調べる」
水が足りなかったのか。
品種が合わなかったのか。
虫が増えたのか。
管理する人が下手だったのか。
国営農場も同じです。
目標へ届かなかったとき、担当者が数字を書き換えてしまえば、次の年も同じ失敗をします。測った数字はそのまま残し、悪い結果が出たときほど原因を調べることにしました。
米の収量を決めるのは、品種、水、肥料、作業と管理です。
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何度か田植えと収穫を繰り返すと、役人の机へ数字が集まり始めました。
収穫の日には田ごとに米を分け、どの田から何袋出たか、乾燥したあと何袋残ったか、倉庫へ入るまでにどれだけ減ったかを測ります。
国営農場では秤を使い、共同農場では働いた日数や仕事の内容も帳簿へ残しました。自作農にも、希望する家には同じ測り方を使ってもらいます。
1haあたりの収量。
働いた時間。
収穫後に腐った量。
倉庫へ入るまでに失った量。
現金収入。
借金。
子どもの栄養状態。
国営農場で働き始めた家族のうち、貯めた金で自分の田を買った家族の数。
最初の作付け期に土地を持たず国営農場へ入った一家が、何度か収穫を重ねたあとに小さな田を買ったとき、役人はその名前へ印を付けました。
「前より食べられてる?」
「はい」
「前よりお金残る?」
「地域差はありますが、増えております」
「じゃあ、その理由を調べよう」
どろちゃんは、生活がどう変わったかを見ていました。
収量が増えたのか。
借金が減ったのか。
食べ物が安定したのか。
水路が直ったのか。
倉庫で腐らせる米が減ったのか。
以前より普通の人が豊かになっているなら、その仕組みは残す価値があります。
*
バタヴィアとマラッカからベトナムへ来る船も増えました。
米、布、薬、機械、金具を積んで来る船があり、帰りには別の荷物を積んでいきます。
港にいる人も変わりました。
ネーデルラントの商人。
イングランドの商人。
フランス側の会計担当。
イタリア王国から来た船員。
その中には、見た目も言葉も周囲のベトナム人とほとんど変わらない人もいます。
バタヴィアで長く商売をしたあとネーデルラントへ帰化したベトナム出身者もいれば、イングランド側の臣民になった商人もいました。家族はベトナムに住み続け、本人だけ国籍が変わっている例まであります。
市場で米の値段を聞いている姿から国籍は分かりません。
本人の身分や帳簿を調べて、初めて分かります。
この人の動きまで含めて交易は広がっていきました。
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ベトナムの港へ商船が増えていたころ、海の向こうでは、その航路を別の意味で見ている人たちがいました。
清側へ届く報告にも、バタヴィアやマラッカからベトナムへ向かう船の動きが載るようになります。4か国が遠い港から人と物を送り、交易を通じてベトナムを支えているなら、その長い航路の途中を切ればよい。南方の役人や軍人が地図を前に考えたのは、そういう作戦でした。
正規の艦隊を大きく動かすより、地方の水軍や所属を曖昧にした船を使い、商船を途中で拿捕して積荷を奪う方が手軽に見えます。
最初に出した襲撃船は帰ってきませんでした。
続いて出した船も戻りません。
清側から見えるのは、4か国の船を襲った船が海上から消え、そのまま戻らないという結果です。
4か国から拿捕された履歴を持つ船なら、海から元の国の宮殿や政府の前へ直接戻ります。それ以外の違反船は、南緯77度51分、東経166度45分付近の南極地域へ送られました。
行き先がどちらでも、清側の艦隊から一隻減る点は同じです。
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4か国側では、戻ってきた船を調べられます。
船体に残る古い名前。
補修跡。
港の帳簿。
拿捕記録。
売買記録。
各国が電信で情報を持ち寄るうち、神様が船の来歴をどこで分けているのかもかなり分かってきました。
もともとイングランドの船が戦争中に他国へ鹵獲され、そのあと正式に清へ売られた場合、その船が海賊行為へ使われればイングランド側へ戻ります。最初にイングランドから外れた原因が鹵獲だった履歴が残るためです。
最初から正式に売られた船は扱いが違い、のちに清へ渡って海賊行為へ使われれば南極へ送られます。
どろちゃんは、その細かな規則まで北京へ送りません。
4か国の船を襲わない。
警告を全船へ届ける。
止めたり、遅らせたり、書き換えたりしない。
知らせる内容は毎回それだけでした。
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船と一緒に送られる人にも、それぞれ別の判定がありました。
海賊行為に加わったばかりで、それまで人の人生をほとんど奪っていない若い乗員なら、何年か年を取った姿で船の行き先へ到着することがあります。フランスから奪われた船ならヴェルサイユへ、それ以外の該当船なら南極へ行きます。
長く同じ仕事を続け、多くの人の人生を奪ってきた者は、加えられる年数が残りの寿命を越えれば、船の到着先まで姿を現しません。
4か国の船への襲撃が判定のきっかけになると、神様はその人が過去に同じ行為や仕事で奪った人生まで数えます。
別の国の船員。
沿岸の住民。
捕虜。
司令官なら、自分で撃った人数だけでなく、命令によって奪った人生も積み上がっています。
さらに北京からの警告を知りながら文章を弱くした役人、地方へ回すのを止めた役人、作戦の邪魔になるからと遅らせた者にも異変が起き始めました。
それでも巨大な官僚機構は、すぐには止まりません。
前任者が消えれば後任が入ります。
記録には遭難、反乱、敵の新兵器といった説明が並び、都合の悪い経緯はその中へ埋もれていきました。
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船が足りなくなると、清は朝鮮へ代わりの船を造らせました。
朝鮮で新造した船の来歴は、朝鮮での建造から始まります。
その船を同じ海賊任務へ入れれば、今度は南極へ送られます。
事情を知らず船板を削る職人は、通常の造船作業をしているだけです。
問題になるのは、4か国の船を襲わせれば船が消えると知ったあとも、
「清の船が足りないなら、朝鮮に代わりを造らせろ」
と決裁し、同じ任務へ送り込む側でした。
役人が消えても後任が入り、造船材を集める部署、予算を出す部署、朝鮮へ命令を送る部署、港で船を受け取る部署が別々に動きます。
発注が続けば利益を得る者までいました。
船を補充する。
出す。
帰ってこない。
また造る。
その繰り返しがしばらく続きます。
船大工には商船を造る仕事があり、水夫には荷物を運ぶ仕事があり、漁師には漁があります。
海賊任務をやめれば済む話です。
その簡単な結論へ巨大な官僚機構がたどり着くまでに、かなりの時間がかかりました。
ベトナム側にとって、その時間はそのまま収穫と行政再建の時間になります。
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ここで使っている「共同農場」「国営農場」は、後世のコルホーズ、ソフホーズに似た仕組みを説明するための呼び方です。本作のベトナムでは、自作農、共同農場、国営農場を本人の選択で並行して動かし、収量、所得、労働時間、貯蔵損失などを実測して比べています。
神様の判定は、船と人で別に動きます。船の行き先はその船の来歴で決まり、乗員に加わる年齢は各人が過去に奪った人生によって決まります。若い乗員が生きて到着する場合でも、船がヴェルサイユへ戻る船ならヴェルサイユへ、それ以外の該当船なら南極へ一緒に送られます。




