特別編 どろちゃんは、透明な石を作ります。 ダイヤモンド鉱山で強制労働により星になる人を無くす作戦です。
特別編 どろちゃんは、透明な石を作ります
色変わりコランダムも、バナジウムの量を変えながら何本も育て、昼の光とランプの光で色調がはっきり変わる石を安定して作れるようになりました。
赤いコランダム。青いコランダム。光によって色の変わるコランダム。どろちゃんの研究室では、少しずつ種類が増えています。
石はどろちゃん自身がカットと研磨をします。屈折率と分散を測り、その石が一番きれいに見える角度を決めて、研磨盤へ載せます。
アルミニウムやタングステンを使う品は、石座や爪を含めて金属部分も研究室で加工しました。アルミニウムは形を作ってからアルマイト処理をして色を付け、タングステンは削って磨き、必要な品には表面に構造色が出る加工を施します。
金や銀などの貴金属を使うティアラやネックレスの金属細工は、宝飾品の金属加工を専門にする職人へ任せました。
実験を続けていると、きれいなのに狙った条件から少し外れた石もたくさんできます。予定した青より少し水色に寄ったもの。対称性がほんの少しずれたもの。色はきれいでも、研究試料としては次の条件を試したくなるもの。
そういう石は、着色アルマイトの金具と組み合わせてアクセサリーになりました。青、赤、黄色、紫、緑。色を付けたアルミニウムと人工ルビーやサファイアを組み合わせているうちに、習作だけで百個ほどになり、家族とフランソワさんのところへ流れていきました。
ある日、どろちゃんは研究机へ新しい紙を置きました。透明な石を、もう少し増やしてみたくなったのです。
紙には四つの名前を書きました。
ダイヤモンド。
YAG。
炭化ケイ素。
キュービックジルコニア。
どれも透明な大きな結晶にできれば宝石になります。
どろちゃんが考えているのは、ダイヤモンドの偽物を作ることではありませんでした。それぞれの材料には、それぞれ違う屈折率と分散があります。結晶の硬さも違います。色の出方も違います。それなら、それぞれの石を、その石が一番きれいに見える形へ切ればいい。
それに、どろちゃんにはもう一つ理由がありました。
前世で知っている歴史では、ダイヤモンドを求めて大勢の人が動きます。鉱山をめぐって土地を奪い、人を働かせ、その利益を求めて争いも起きました。後世には、市場へ出す量を絞ったり、欲しい石だけを選ばせずまとめて買わせたりする商売まで現れます。
どろちゃんは、そういう商売が好きではありません。
「透明できれいな石がほかにもたくさんあったら、ダイヤモンドだけで大騒ぎしなくて済むよね」
ダイヤモンド騒動で人がたくさん星になる未来を、少しでも小さくしたいと思いました。
まずダイヤモンドを見ます。作り方は知っています。そのための装置が大がかりになることも知っています。高い圧力と高い温度を同時に扱う装置を、個人研究室のためだけに作るのは重すぎます。
YAGはイットリウムが要ります。希土類鉱物から分けるところを考えただけで、どろちゃんは少し嫌になりました。
炭化ケイ素は原料を揃えやすいものの、無色透明の大きな単結晶をきれいに育てるには、かなり条件を詰める必要があります。
最後に、キュービックジルコニアを見ました。高周波炉はあります。溶融法の結晶育成も、これまで何度も試しています。立方晶を安定させるためにはカルシウムやマグネシウムを使えます。
「じゃあ、これから」
キュービックジルコニアの文字を丸で囲みました。
◇ ◇ ◇
原料はジルコンです。
天然の酸化ジルコニウム鉱物を大量に探すより、手に入るジルコンからジルコニアを分離する方が早いと考えました。粉砕したジルコンからジルコニアを取り出し、透明な結晶の邪魔になる不純物を減らします。そこへ安定化剤を加えます。
高周波炉の中では、外側を固体のまま残し、その内側を溶かしました。原料自身の固まった殻が容器になります。
最初から全部がきれいに固まったわけではありません。気泡が入ったところ、細かな割れが走ったところ、少し曇ったところ。それでも中央には、透明な部分がありました。
どろちゃんは切り出して、屈折率を測りました。分散も測ります。
「きれいになるね」
ダイヤモンド用のカット図を使う理由はありません。キュービックジルコニアには、キュービックジルコニアの光学的性質があります。
どろちゃんは、その値に合わせて角度を決めました。
丸い石。四角い石。三角の石。細長い石。クッション形。マーキース。ペアシェイプ。ハート。
面の数も変えました。上側と下側の角度も少しずつ変えます。
キュービックジルコニアは、コランダムより少し軟らかく、研磨作業が早く進みました。
小さな石は保持しにくく、面も見にくくなります。練習を続けているうちに、どろちゃんが切る石はだんだん大きくなりました。大きな石の方が持ちやすく、面を確認しやすく、角度を変えたときの光の違いも分かりやすかったのです。
材料もたくさんあります。
気に入らなかった石は再溶解用の箱へ入ります。ある程度たまると、次の溶解で炉へ戻しました。
「もう一回ね」
また透明な結晶になり、別のカットの練習に使われます。
そうしているうちに、大小合わせて二千個ほどの石ができました。完成品だけの数ではありません。カットの比較試料、角度を変えた習作、大きさを変えたもの、途中で別の形にしたもの。
その中から特に気に入った石は、またアクセサリーになりました。
透明な石には、着色アルマイトの金具がよく合います。青い台座、紫の台座、赤い台座、黄色、緑、無着色の銀白色。同じ透明な石でも、金属側の色で印象が変わります。
どろちゃんの机から出来上がったアクセサリーは、また家族とフランソワさんのところへ流れていきました。
◇ ◇ ◇
十分に練習したところで、どろちゃんは特に透明度の高い結晶を二つ選びました。今度は大きな石を切ります。
一つは、約200ctのマーキースカット。
もう一つは、約300ctのハートシェイプカットです。
どちらもキュービックジルコニアの屈折率と分散に合わせて角度を決めました。研磨を終えた石を窓の光へ向けると、細かな色が散ります。ランプの光では、また違う光り方をしました。
「これなら持っていけるね」
どろちゃんは二つの石を別々の箱へ入れました。アン女王への献上品です。
同じ荷物の中には、本領の店へ持っていく販売用の石も入れました。こちらは0.5ctほどから4ctほどまで。指輪や耳飾り、ペンダントへ使いやすい大きさです。
どろちゃん自身にとっては小さい石の方が加工しにくいのですが、身につける人にはこのくらいが扱いやすくなります。
販売用はルースのまま店へ並べます。価格は石の大きさ、透明度、カットの複雑さ、光の出方で変えました。後世の現在の日本円へ換算すれば、およそ15万円から600万円ほどになる価格帯です。
翌日から売ります。先に女王陛下へ見ていただき、その翌朝に同じ種類の結晶を店頭へ出すことにしました。
◇ ◇ ◇
宮殿で、どろちゃんはアン女王へ二つの箱を差し出しました。
「女王陛下、新しく作った透明な石をお持ちしました」
最初の箱には、細長いマーキースカットの石があります。
「こちらは約200ctです」
アン女王が箱の中で少し向きを変えると、石の中から強い光が返ってきました。
次の箱には、もっと大きなハート形の石があります。
「こちらは約300ctです」
アン女王はしばらく二つを見比べました。
「この石も、人が作ったものなのですね」
「はい。結晶を作って、私が切りました」
「この形も?」
「はい。石の性質に合わせて角度を決めています」
前に献上した色変わりコランダムとは、また違う石です。
アン女王はマーキースを見てから、ハート形へ視線を移しました。
「ずいぶん大きいのに、よく光りますね」
「大きい方が、私には切りやすいんです」
アン女王が少し笑いました。
普通の宝石商なら、大きな原石ほど削る量を惜しみます。どろちゃんの結晶は、気に入らなければまた炉へ戻ります。大きさを残すために光を犠牲にする理由がありません。
二つの石は、そのままルースでアン女王へ献上されました。
◇ ◇ ◇
翌朝、本領の店にキュービックジルコニアが並びました。
赤いコランダム。青いコランダム。光によって色の変わるコランダム。そこへ新しい透明なルースが加わります。
丸いもの、四角いもの、細長いもの、三角のもの。
店の人は、前日に女王陛下へ献上されたものと同じ種類の結晶だと説明しました。
よく売れました。
売上は、どろちゃんの研究室の帳簿へ入ります。この研究室は独立採算です。宝石が売れると、そのお金で次の材料と器具を買います。
どろちゃんは帳簿を見て、高純度の黒鉛、炉内材料、アルゴン、治具や測定用の部品を注文しました。
机の紙へ戻ります。キュービックジルコニアには大きな丸が付いています。
その隣に書かれた炭化ケイ素へ日付を入れました。
「次はこれね」
◇ ◇ ◇
炭化ケイ素の結晶育成が始まりました。
高純度の原料を用意し、黒鉛坩堝を使います。高温側から気相へ移した成分を、少し温度の低い側で結晶へ戻します。
アルゴンの圧力、温度勾配、種結晶の向き、原料の純度、炉内から入る不純物。条件を少しずつ変えました。
最初の結晶には黄色が入りました。次は少し緑。透明なところはありますが、色が残ります。
「惜しい」
また条件を変えます。
何度か繰り返すうちに、透明な部分が増えてきました。
そこで、切ってみます。
硬い。
コランダムより、さらに硬い石でした。
どろちゃんは少し削ったところで手を止めました。机の紙を見ます。
ダイヤモンド。
YAG。
炭化ケイ素。
キュービックジルコニア。
「先に研磨剤を作ろう」
炭化ケイ素の途中で、少しだけダイヤモンドへ浮気することになりました。
◇ ◇ ◇
今回の目標は、研磨に使える細かなダイヤモンド結晶です。
ただ、高圧装置は大がかりになります。しかも人工ダイヤモンドの砥粒は、どろちゃんの研究室だけで使うものでもありません。機械工場でも、硬い材料を切り、削り、磨くために使えます。
「これは工場で作ってもらおう」
どろちゃんは必要な条件と装置の考え方をまとめ、工場側へ渡しました。目標は、小さなダイヤモンド結晶を安定して作り、粒度を揃えた研磨剤にすることです。
高圧装置は工場設備になりました。
どろちゃんは炭化ケイ素の結晶育成へ戻ります。
◇ ◇ ◇
人工ダイヤモンドの研磨剤を待っているあいだも、炭化ケイ素は育ち続けました。
回を重ねるごとに透明度が上がります。黄色や緑の強い部分が減り、無色に近い澄んだところが増えてきました。
どろちゃんは、その中で一番透明な結晶を選び、光学的性質を測定しました。
予想どおりでした。
屈折率は高く、分散はとても大きく出ています。
光を入れると、天然のダイヤモンドよりも強い虹が現れました。
「うん。やっぱりきれい」
そこへ、工場から小瓶がいくつも届きました。人工ダイヤモンドの砥粒です。粒度ごとに分けてあります。
「来た」
どろちゃんは、一番粒の大きなものから使いました。
まず外形を出します。面が決まると少し細かい粒へ替えます。さらに細かくし、最後に仕上げます。
炭化ケイ素の石が、ようやく狙った形へ近づいていきました。
ただし、キュービックジルコニアとは別の問題が出ました。
大きな石ほど、人工ダイヤモンドの砥粒をたくさん使います。外形を出すための研削量が増え、ファセット一面の面積も大きくなります。粗研削から仕上げまで、全部の工程で研磨剤を消耗します。
巨大な結晶を巨大な宝石へ仕上げると、加工費が急に重くなりました。
どろちゃんは、透明度の高い部分を選び、現実的な大きさへ切り分けることにしました。
最初の献上品には、二つの石を選びます。
一つは約20ctのラウンドブリリアントカット。ダイヤモンドの角度をそのまま使わず、炭化ケイ素の屈折率と分散に合わせた形です。
もう一つは、同じく約20ctのペアシェイプカット。丸い石とは違う光の流れ方をするよう、面の配置を調整しました。
どちらもルースのまま箱へ入れます。
◇ ◇ ◇
「女王陛下、また新しい石ができました」
アン女王の前で、どろちゃんは二つの箱を開きました。
最初は丸い石です。
「炭化ケイ素の結晶で、約20ctございます」
向きを少し変えるだけで、細かな虹が強く散ります。
次の箱には、雫形の石がありました。
「こちらも炭化ケイ素で、約20ctです」
アン女王は前に献上されたキュービックジルコニアを思い出したようでした。
「この前の透明な石より、色が強く見えますね」
「はい。光を色に分ける性質が、こちらの方が強いんです」
アン女王は二つの石を見比べました。ラウンドは全体から強く光を返します。ペアシェイプは、丸いふくらみから先端へ向かって光が動いて見えました。
二つとも、そのまま王室へ献上されました。
◇ ◇ ◇
翌日、本領の店にも炭化ケイ素が並びました。
こちらはキュービックジルコニアと売り方が違います。ルース販売は行わず、完成したアクセサリーとして店頭へ出しました。
磨いたタングステンのリング、ペンダントトップ、幅のあるバングル。
金属部分には構造色が出る表面加工を施してあります。見る角度によって、青から紫、緑、金色に近い色まで変わりました。
鏡のように磨かれた重い金属の上で、透明な炭化ケイ素が強い虹を返します。
石が一つのものもあります。中央の石の周囲へ小粒を添えたもの。複数の石を並べたリング。バングルへいくつもの石を配したものもありました。
後世の現在の日本円へ換算すると、20万円ほどから、複数石を使った大きな品では1000万円ほどになります。
◇ ◇ ◇
午前中、恰幅のよい年配の貴婦人が店へ入りました。連れの若い女性も一緒です。
赤いコランダムを見ます。次に青。色変わりコランダムは窓際へ持っていき、ランプの近くでも確かめました。
「これ、面白いわね」
「光の種類によって色調が変わります」
「でも今日は、わたくしのものを選びに来たのよ」
娘や親戚への贈り物ではありません。本人が身につけるものです。
キュービックジルコニアの大粒ルースを見て、しばらく止まりました。
そこへ、炭化ケイ素のバングルが目に入ります。
構造色の出るタングステンの表面を、透明な石の虹が動きます。
「……困ったわね」
付き添いの女性が笑いました。
「奥様がお迷いになるのは珍しゅうございます」
「五種類も並べる店が悪いのよ」
しばらく迷ったあと、貴婦人は色変わりコランダムの指輪と、炭化ケイ素のバングルを選びました。
「二つ使えばいいのよ」
満足そうでした。
◇ ◇ ◇
そのあと、大きな帽子をかぶった丸い紳士が店へ入りました。身体も大きく、外套も立派です。
帽子を取ると、店員へ丁寧に頭を下げました。
「妻への贈り物を探しております。私は、こういうものがよく分かりません」
店員が赤いコランダムを見せます。
「これは分かります。赤ですな」
青いコランダムを出します。
「こちらは青い」
色変わりコランダムをランプのそばへ移すと、紳士の顔が変わりました。
「これは、先ほどと同じ石ですか」
「同じものでございます」
「それは妻が喜びそうです」
ほぼ決まったところで、炭化ケイ素のペンダントトップも見せました。
透明な雫形の石の周囲で、タングステンの色が青紫へ変わります。
「こちらは昨日、女王陛下へ献上されたものと同じ種類の結晶でございます」
丸い紳士は少し困った顔になりました。
「それを先に言われると、迷いますな」
色変わりコランダムを見ます。炭化ケイ素も見ます。
「妻は、たぶんこちらを面白がるでしょう」
色変わりコランダムを指しました。
そのあと、炭化ケイ素のペンダントトップを見ます。
「こちらは私がきれいだと思いました」
しばらく考えます。
「両方お願いします」
朝の貴婦人と同じ結論になりました。
◇ ◇ ◇
午後、一人の男が店へ入りました。
灰色の外套。飾り気の少ない帽子。五十代くらいに見えます。
姿勢がよく、店へ入った瞬間、出入口と窓と奥の扉へ一度ずつ目を向けました。
「妻への贈り物を」
声も静かです。
赤いコランダム。青いコランダム。色変わりコランダム。キュービックジルコニア。炭化ケイ素。
男は順番に見ました。
「この透明な裸石と、こちらの透明な石は種類が違うのですね」
「はい。裸石はキュービックジルコニア、こちらのタングステンに留めてあるものは炭化ケイ素でございます」
男は炭化ケイ素の入ったリングを手に取りました。
石を見ます。次に、青紫の色が浮かぶ金属部分を見ました。
「この金属は?」
「タングステンでございます」
「融点は」
「約3422℃です」
返事がすぐに返ってきました。
男が店員の顔を見ます。
「硬度は」
「加工状態によりますが、純タングステンでビッカース硬度300から500ほどでございます」
「密度は」
「約19.25g/cm³です」
今度は男の方が少し間を置きました。
「……よくご存じですね」
「こちらで扱っている材料については、教わっておりますので」
店員はいつも通りに答えました。
男はリングを指先で持ち直しました。見た目の大きさに対して、かなり重い金属です。
「この色は?」
「表面に薄い層を作り、光の干渉で色が見えるように加工しております」
男はリングをゆっくり傾けました。
青から紫へ移り、角度を変えると緑が見えます。
「なるほど」
妻への贈り物を買いに来た客としては、聞くところが少し変わっています。
店員さんは、次の質問を待っていました。




