108貴族令嬢は天国三人組で昔話をします
第108章 貴族令嬢は天国三人組で昔話をします
ムリヤちゃんが天国の話をするようになってから、どろちゃんは、ときどき不思議な気持ちになりました。
自分も一度、そこへ行っています。
タドポール君もそうです。
そして今度は、ムリヤちゃんまでこちらへ戻ってきました。
三人とも、一度こちら側で終わって、神様のところを通って、もう一度この世界で動いています。
ただし、終わり方はずいぶん違いました。
「わたしはね、格納庫にいたとき、爆弾が爆発したんだよ」
ムリヤちゃんが、あの大きな格納庫のことを思い出すように話しました。
「ばらばらになって、それから天国に行ったよ」
どろちゃんは少し考えてから、自分のことも話しました。
「私も、ばらばらになったかも分からないよ。自分がどうなったのか、そこまでは見てないから」
覚えているのは、その直前までです。
「でも私は、元の身体を直してもらったんじゃないみたい。同じ名前のどろちゃんと、くっついたのかな。私の身体は修理できなかったらしいよ。神様も」
ムリヤちゃんは、その話を聞いてしばらく考えていました。
「でも、An-2だったら修理したんじゃない?」
「……そこ、飛行機の大きさで決まるの?」
どろちゃんは笑いました。
自分にぶつかったのはAn-22です。
もっと小さな飛行機なら、神様でも直せる程度で済んだのではないか。
ムリヤちゃんは、どうやらそう考えたようでした。
そこで、どろちゃんは自分の名前のことも話しました。
「前の世界で、バイカル湖の近くに住んでいたときは、Доротея(ドロテーヤ。「神の贈り物」に由来する名前。)だったの」
それから、自分の胸を指します。
「それで、こっちへ来たら、Dorothea von Erlenfeldになったよ」
ムリヤちゃんが、すぐに気づきました。
「名前、ほとんど同じだね」
「うん。文字も国も違うのにね。だから、同じ名前のどろちゃんとくっついたのかなって思ってる」
どろちゃんは、もう一つ思い出しました。
「こっちにはない言葉だけど、英語だと Dorothyっていう形もあるらしいよ」
すると、ムリヤちゃんが少し嬉しそうに答えました。
「英語って懐かしいね。わたし、英語を話す人を乗せたことあるよ」
その話を聞いていたタドポール君も、今度は自分の番だと口を挟みます。
「僕もあるよ。英語を話す人、乗せたことある」
「二人とも知ってるんだ」
どろちゃんがそう言うと、ムリヤちゃんは当然というように返しました。
「いろんな人を乗せたからね」
タドポール君も、昔の乗客を思い出しているようでした。
「僕も、いろんなところで飛んだよ」
文字も言葉も、前の世界に置いてきたものです。
それなのに、三人で話していると、ずっと昔の旅行の話でもするように出てきます。
「でもね、私、An-22は嫌いじゃないよ」
名前の話が一段落したところで、どろちゃんはさっきの話へ戻りました。
ムリヤちゃんが聞き返します。
「ぶつかった飛行機なのに?」
「うん。エンジンとプロペラ、かっこいいし」
巨大な二重反転プロペラを思い浮かべると、それと事故の記憶は、どろちゃんの中では別のものでした。
それに、あれがAn-22でなかったら、今とはまったく違っていたかもしれません。
「An-22じゃなかったら、頭の中の技師さんたちにも、タドポール君にも、ムリヤちゃんにも会えなかったんだよね」
ひどい事故だったことは変わりません。
でも、その先でしか会えなかった仲間もいます。
ムリヤちゃんは、その話を聞いていましたが、やがて少しだけ小さな声で言いました。
「それでも、わたしは爆弾きらいになった」
「それは嫌いになるよ」
どろちゃんは、それ以上は何も言いませんでした。
*
今度は、タドポール君が自分の話を始めました。
「僕はね、エンジンが錆びて、ベアリングが固まって、燃料供給のパイプも詰まって……うーん。僕は老衰かな」
ムリヤちゃんのように爆発したわけではありません。
どろちゃんのように事故に遭ったわけでもありません。
長い時間がたって、少しずつ身体が動かなくなっていったようです。
けれど、こちらへ来てからの身体は違います。
「でも、ここへ来ると経年劣化も摩耗も、一晩で元に戻るんだ。僕は驚いたね。生まれて、ちゃんと調整されたときのコンディションなんだよ」
古い設計が新しい設計へ変わるわけではありません。
性能が勝手に増えるわけでもありません。
ただ、その機体が生まれて調整を終えたころの、いちばん調子のよい身体へ戻ります。
タドポール君にとって、それはとても不思議なことでした。
前には、少しずつ動かなくなっていった身体です。
今は飛んで帰って一晩休めば、また元気になっています。
どろちゃんが操縦席で眠ってしまっても、タドポール君はそのまま飛べます。
神様が、まったくの初心者だったどろちゃんにタドポール君を選んだのも、安全に空を覚えられるからでした。
危ない操作なら助けてくれます。
疲れてしまえば代わって飛んでくれます。
上昇気流をつかまえれば、エンジンを使わなくても長い時間、空にいられます。
そこまで話したところで、タドポール君は少し得意そうに付け加えました。
「僕は上昇気流をつかまえると、どろちゃんがトイレに行きたくなるまで飛べるよ。お腹が空いても、ビスケットと紅茶があるから」
「そこ、私の方が先に限界になるんだ」
どろちゃんが笑いました。
機械より先に、人間の方が降りたくなる飛行機です。
*
三人で話しているうちに、話題はいつの間にか飛行機そのものになっていました。
今度はタドポール君が、仲間の顔ぶれを思い浮かべながら言いました。
「僕たちの仲間って、ミグとかスホーイみたいに、ビューンって飛ぶの誰もいないね」
確かに、速さを競うための戦闘機のような仲間はいません。
タドポール君はグライダー。
チェブラーシカは輸送機。
ミツバチちゃんも輸送機。
コウノトリさんは短い場所から飛べる連絡機です。
ムリヤちゃんも、巨大な輸送機でした。
タドポール君は、隣の大きな仲間へ話を振ります。
「でもムリヤだって、グライダーを背負うために生まれたんでしょ」
ムリヤちゃんは少し考えてから答えました。
「大きいグライダーだよ」
宇宙から帰ってきて、最後は滑空して着陸する大きな機体です。
するとタドポール君が、すぐに別のことを思いつきました。
「僕、背負う?」
ムリヤちゃんは、少しも困らずに答えます。
「中に積んであげるよ」
「背中じゃないんだ」
タドポール君は少しだけ残念そうでした。
でも、ムリヤちゃんの貨物室なら、タドポール君くらいは本当に中へ入ってしまいます。
「僕、200kgくらいだけど、ムリヤって?」
タドポール君に聞かれて、ムリヤちゃんが答えます。
「わたし、空っぽでも285000kgくらい」
少し間がありました。
タドポール君は、ようやく納得したように言いました。
「……エンジン6ついるね。納得」
自分の身体と比べてしまったようです。
「僕はエンジン1個だよ。チェブラーシカは2つ。ムリヤは6つ。同じジェットエンジンだから、僕らとチェブラーシカが同じだね。1つと2つと6つついてるね」
さらに外から見た違いにも気づきます。
「僕とチェブラーシカは翼の上にエンジンがあるけど、ムリヤは下だね」
ムリヤちゃんが答えます。
「うん。わたしは下」
「6つも下にあるんだ」
今度は出入り口です。
タドポール君が、また仲間分けを始めました。
「僕とムリヤは前だね。チェブラーシカは後ろ。ミツバチちゃんも後ろ」
同じ「前」でも、タドポール君とムリヤちゃんでは大きさがまるで違います。
ムリヤちゃんは巨大な機首を開けて荷物を出し入れします。
タドポール君は、もちろん鼻をそんなふうには開けません。
「ムリヤは鼻が開くんだね」
「開くよ」
ムリヤちゃんが答えると、タドポール君も自分の鼻を思い出したように言いました。
「僕は開かないよ」
それでも、なんとなく仲間を見つけたようで嬉しそうでした。
*
燃料の話になると、今度は大きさの差がもっと極端になります。
タドポール君が先に自分の量を話しました。
「僕は燃料、30kgくらい積むよ。前に増槽をつけてもらったときは、50kgも積んだ」
タドポール君にとって50kgは、かなりたくさんです。
自分の身体が200kgほどなのですから、無視できる量ではありません。
ところが最近のエルレンフェルトには、大きな燃料タンクが増えてきました。
「最近、燃料タンクが大きいのばっかり増えたよね。僕だと使い切れない」
ムリヤちゃんが来てからは、400kLもの神様タンクまであります。
タドポール君が何回飛べばなくなるのか、考える気にもなりません。
それを聞いたムリヤちゃんが、あっさり言いました。
「じゃあ、わたしが飲むね」
「うん。お願い。僕には多すぎる」
エンジンが1つの小さなタドポール君と、6つのエンジンを持つムリヤちゃん。
身体の大きさも、使う燃料の量も、まるで違います。
それでも三人には、一つだけよく似たところがありました。
一度、天国へ行っています。
そして、神様のところから戻ってきました。
どろちゃんは元の身体を直して戻ったわけではありません。
タドポール君は老衰した身体を、いちばん元気だったころへ戻してもらいました。
ムリヤちゃんは、爆弾で壊れてばらばらになった身体を、もう一度まるごと直してもらいました。
帰り方は三人とも違います。
それでも、天国の話をするときだけは、ほかの誰より話が通じます。
どろちゃんは、ときどきこの三人を心の中で呼ぶようになりました。
天国三人組。
ずいぶん変な三人組です。
でも、本人たちはけっこう気に入っていました。




