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特別編 貴族令嬢は、貝に六年間お願いしました。  現代グレード(アコヤ真珠より高品質もできる)の淡水パール養殖に挑戦します。

特別編 貴族令嬢は、貝に六年間お願いしました


 テネリフェで食べた貝の中に、小さな真珠が入っていました。


 それは、宝石店の箱に入っているような丸いものではありませんでした。


 アワビに近い貝の身を切り分けていたとき、皿の上で何かが硬く当たり、ころりと転がりました。少し歪んでいて、表面には貝殻の内側と同じような光があります。


 どろちゃんは、指先でつまみました。


 白だけではありません。


 見る角度を変えると、緑や桃色のような色が薄く動きます。


「真珠だ」


 同じ食卓には、別のカキに似た貝もありました。


 そちらにも、ごく小さな丸いものが一つ入っていました。


 天然のものです。


 食べるために採った貝の中へ、たまたま出来ていました。


 どろちゃんは、食事を続けながら何度も小さな真珠を見ました。


 真珠養殖のことは知っています。


 海の貝へ核を入れる。


 外套膜の組織を移す。


 貝の中で真珠層を作らせる。


 何年か育てて、取り出す。


 知識としては知っています。


 けれど、食卓の上にある貝の身を見ていると、前に知識として考えていたときとは少し違いました。


 この貝は食べます。


 だから、採りました。


 身も食べます。


 殻も使えるところは使います。


 ところが、真珠だけを取るためにアコヤガイを何年も育て、最後に一粒を取り出すために貝を開くことを考えると、どろちゃんは少し嫌になりました。


 しかも、真珠を一粒作るためには、核を受け入れる貝だけでは足りません。


 外套膜の一部を提供する貝も必要です。


 知っている方法のままなら、真珠一粒の後ろに二つの貝の命があります。


 食べるのなら、まだ分かります。


 けれど、宝石を一つ取るためだけに育てて、最後に捨てるようなことはしたくありませんでした。


「アコヤガイ、お願いしようと思ってたんだけどな」


 どろちゃんは、小さな天然真珠を皿の端へ置きました。


 お願いすれば、神様は何かをくれるかもしれません。


 けれど、その日はお願いしませんでした。


 テネリフェには海があります。


 海水を使う養殖場も作れます。


 それでも、気持ちが決まりませんでした。


 そのままエルレンフェルトへ帰りました。


     ◇ ◇ ◇


 帰ってからも、真珠のことは頭から消えませんでした。


 人工ルビーもあります。


 人工サファイアもあります。


 石を磨く職人もいます。


 宝飾品を作る技術も育っています。


 それでも真珠だけは、貝が作ります。


 工場の炉へ材料を入れて、温度を決めれば出来るものではありません。


 生きた貝を何年も育てなければなりません。


 どろちゃんは、屋敷の周りを歩きながら池を見ました。


 エルレンフェルトには池が多くあります。


 農業用。


 水量調整。


 魚。


 試験用。


 古くからあるものも、新しく作ったものもあります。


 小川も多く、水を分けることもできます。


 そのうちのいくつかは、使い方を変えられます。


「淡水でも、真珠はできるんだよね」


 誰に話したわけでもありません。


 それでも、何日か同じことを考えていました。


 アコヤでなくてもいい。


 淡水の二枚貝でも真珠は作れます。


 しかも、一個の貝の中へ複数の真珠を作らせる方法もあります。


 核を入れない方法もあります。


 そこまでは知っています。


 けれど、どろちゃんが知っているのは概要だけでした。


 どの貝がよいのか。


 どの時期に施術するのか。


 外套膜をどこへ、どのくらい入れるのか。


 水温。


 水質。


 餌。


 術後管理。


 何年育てるのか。


 きれいな真珠を作るには何を見るのか。


 それを知らずに、生きた貝へいきなり試すのは嫌でした。


「ちゃんと勉強したいな」


 そう考えていた数日後でした。


 研究棟の近くへ、大きな水槽が届きました。


     ◇ ◇ ◇


 最初に見つけた人は、魚の水槽だと思いました。


 けれど、中にいるのは魚ではありません。


 貝です。


 一種類ではありません。


 大きなもの。


 細長いもの。


 丸みの強いもの。


 殻の色が少し違うもの。


 別々の小さな区画へ分けられています。


 成貝だけではありません。


 まだ小さい稚貝もいます。


 札が付いていました。


 神様の文字ではありません。


 中国語です。


 どろちゃんは読めます。


 種類ごとの名前。


 系統。


 成長の特徴。


 真珠養殖に使うときの特徴。


 水槽の横には、紙の束と本がありました。


 淡水真珠用二枚貝の飼育。


 人工繁殖。


 幼生。


 稚貝の管理。


 無核淡水真珠。


 珠核を入れる方法。


 外套膜移植。


 真珠核の材料。


 核を丸く加工する方法。


 術後の管理。


 水温。


 水質。


 餌。


 病気。


 収穫。


 選別。


 真珠層。


 構造色。


 さらに、中国の研究者が書いた論文まであります。


 貝は十種類ほどいました。


 同じ種類でも、別の系統が含まれています。


 どろちゃんは、最初に一番大きな成貝を見ました。


 そのあと、本を一冊開きました。


 写真があります。


 昔の淡水真珠。


 米粒のようなもの。


 ポン菓子のように皺が多いもの。


 少し扁平なもの。


 ティアドロップ。


 丸いもの。


 大粒で、ほとんど真球に見えるもの。


 どろちゃんは、最後の写真を長く見ました。


「ここまで出来るんだ」


 神様は、完成品の真珠を一粒もくれませんでした。


 正解に近い貝。


 稚貝。


 親貝。


 飼い方。


 研究の記録。


 方法。


 そこまでです。


 あとは自分たちで作らなければなりません。


 どろちゃんは、それでよいと思いました。


 ただし、すぐには真珠を作りませんでした。


「まず増やそう」


 もらった貝を、いきなり切るつもりはありません。


 種類ごとに池を分けます。


 水槽から池へ移すものも、全部ではありません。


 親貝を残します。


 稚貝を育てます。


 繁殖条件を確かめます。


 種類を混ぜません。


 どの貝がどの親から生まれたのか、分かるものは記録します。


 真珠養殖を始める前に、エルレンフェルトでは貝を増やす仕事が始まりました。


     ◇ ◇ ◇


 移植片を取るための貝を使う日、どろちゃんは厨房にも話をしました。


 外套膜の一部を取った貝は、そのまま捨てません。


 食べられる種類です。


 食べます。


 最初の日は、蒸したものとスープになりました。


 貝の身そのものもおいしい。


 それ以上に、汁へ味が出ます。


 玉ねぎ。


 根菜。


 少しの塩。


 貝から出た味が強いので、派手な香辛料は必要ありません。


 冬でした。


 研究棟から戻ってきた人たちが、そのスープを食べました。


「これ、真珠の研究の日だけなの?」


 どろちゃんが聞くと、厨房の人が少し困りました。


「まとまった量の貝が入りますのが、その日でございますので」


 次の移植の日にも、貝料理が出ました。


 その次もです。


 種類が違えば、味も少し違います。


 身が柔らかいもの。


 出汁が強いもの。


 煮ても硬くなりにくいもの。


 真珠研究の記録とは別に、厨房の人たちまで貝の特徴を覚えていきました。


 何年かすると、冬に貝のスープが出ること自体が、エルレンフェルトの季節の一つになりました。


 養殖場の人が施術日を決めると、食堂の人が献立を考えます。


 宝石の研究を始めたはずなのに、冬の名物料理まで増えました。


     ◇ ◇ ◇


 一年目。


 最初の真珠を収穫しました。


 大きくはありません。


 形も揃っていません。


 少し平たいもの。


 丸に近いもの。


 涙のようなもの。


 いびつなもの。


 それでも、良いものは光っていました。


 小粒です。


 けれど、表面にきちんと真珠層があります。


 磨いて光っているのではありません。


 貝の中で作られた面そのものが光を返します。


 どろちゃんは、布の上へ並べられた小さな珠を一つ持ち上げました。


「ピカピカだね」


 担当者は、嬉しそうでした。


「はい。まだ小さいものが多うございますが、表面のよいものも出来ております」


 その日の仕事は、そこで終わりませんでした。


 むしろ、そこからが長くなりました。


 どの貝から出たのか。


 種類。


 系統。


 親。


 池。


 水温。


 施術日。


 施術した人。


 移植位置。


 移植片の大きさ。


 術後の生存。


 養殖期間。


 珠の個数。


 長径。


 短径。


 質量。


 色。


 表面。


 照り。


 全部を記録します。


 真珠が出来なかった貝も記録します。


 移植片を排出したものも。


 途中で弱ったものも。


 死んだものも。


 失敗を帳簿から消しません。


 その数字が、次の年に必要だからです。


 研究室には関数電卓があります。


 神様から届いたものを大事に使っています。


 平均。


 ばらつき。


 相関。


 条件ごとの比較。


 池ごとの成績。


 施術者ごとの違い。


 何となく見ているだけでは、見えなかったものが数字で出てきました。


「この池が良いと思ってたんだけど、違うね」


 どろちゃんは表を見ながら言いました。


 担当者が隣からのぞき込みます。


「こちらの池の良品率が高かったのではございませんか」


「高かった。でも、この池に入れた貝が同じ系統に偏ってる。系統をそろえて比べると、池だけの差は小さいよ」


 別の表も見ます。


「こっちは、餌を増やしたら大きくなってる。でも照りは良くなってない」


 経験だけなら、


 よく育つ池が良い。


 餌を多くすると良い。


 大きな貝が良い。


 そう考えやすい。


 けれど、数字はもう少し面倒でした。


 成長が速いことと、真珠層がきれいに出来ることは同じではありません。


 ある系統では効く条件が、別の系統ではほとんど効かないこともありました。


 同じ条件を別の池でも試します。


 一回だけ良かったものを、正解にはしません。


 こうして、一年目の小さな真珠は売り物になる以上に、二年目のための数字になりました。


     ◇ ◇ ◇


 二年目には、試験が増えました。


 池が多いことが、大きな強みでした。


 一つの池を全部同じ条件にする。


 隣の池は水質を少し変える。


 別の池では餌の量を変える。


 同じ兄弟の貝を複数の池へ分ける。


 逆に、違う系統を同じ池へ入れる。


 施術時期もずらします。


 養殖担当の人たちは、だんだん貝を見ただけで状態が分かるようになりました。


 けれど、どろちゃんは、その経験を否定しませんでした。


 経験は大事です。


 ただし、


「そう見えた」


と、


「実際に差がある」


は別です。


 数字で確かめます。


 そのころから、真珠そのものを顕微鏡で見る研究も始まりました。


 商品にならない珠。


 割れてしまった珠。


 試験のために切ってよい珠。


 断面を作ります。


 真珠層は、一枚の厚い板ではありません。


 薄い層が何層も重なっています。


 光を当てる角度を変えると色が動きます。


 アワビの殻も持ってきました。


 テネリフェで最初に見た、あの派手な光に近いものです。


「色を塗ってるんじゃないんだよね」


 どろちゃんは、顕微鏡写真と実物を並べました。


 層の厚さ。


 結晶の並び方。


 乱れ。


 表面近くの構造。


 見える色。


 照り。


 これも記録します。


 肉眼で「きれい」と言うだけでは終わりません。


 何が違うのかを探します。


     ◇ ◇ ◇


 それから二年が経ったころ、どろちゃんは真珠養殖組を集めました。


 今度は貝を切る仕事ではありません。


 授業です。


「品種改良を始めたいから、その前に遺伝を勉強しよう」


 養殖担当のおじさんたちは、少し不思議そうでした。


 貝の話をするのに、黒板の前へ座っています。


 どろちゃんが教えたのは、高校生くらいまでの遺伝学でした。


 親から子へ形質が伝わること。


 遺伝情報。


 対になって持つもの。


 子を作るときに分かれること。


 表に出る形質と、見えないまま持っているもの。


 一つの遺伝子で大きく決まる性質もあれば、多くの遺伝子と環境が一緒に効く性質もあること。


 途中で、一人が質問しました。


「照りの良い真珠を作った貝同士を親にいたしますと、子も照りの良い真珠を作るのでございますか」


 どろちゃんは、すぐに「そう」とは言いませんでした。


「なる可能性はある。でも、全部そうなるとは思わないでね。照りとか大きさとか成長の速さは、一つだけで決まると思わない方がいい。それに、貝の性質だけじゃなくて、水や餌や施術の仕方も効いてるから」


 別の人が聞きました。


「では、何を選べばよろしいのでしょう」


「そこを調べるの。だから家系図を作るよ」


 貝に家系図。


 何人かが顔を見合わせました。


「誰と誰の子か分からなくなったら、品種改良できないもの。兄弟を別の池へ分けて育てたり、同じ池へ別系統を入れたりすれば、遺伝の差と環境の差を少しずつ分けられるでしょう」


 次の日から、帳簿がさらに増えました。


 親貝番号。


 父系。


 母系。


 兄弟群。


 成長。


 生存率。


 殻の特徴。


 ドナーとして使った場合。


 ホストとして使った場合。


 真珠の大きさ。


 色。


 照り。


 形。


 品種改良は、いちばん大きな珠を作った貝だけを残す仕事ではありませんでした。


 安定して良い結果を出す系統。


 術後に強い系統。


 大きくなる系統。


 照りのよい真珠層を作る系統。


 それぞれを見ます。


 近い種類の中では、交雑も試しました。


 ただし、一回大きくなったから成功、ではありません。


 次の世代。


 別の池。


 別の年。


 同じ傾向が出るか。


 何年もかけて見ます。


     ◇ ◇ ◇


 さらに三年が経ちました。


 最初の収穫から数えると、もうずいぶん長く真珠を見ています。


 その年、養殖場から研究棟へ、一つの箱が運ばれました。


 中には、大きな珠が入っていました。


 直径は一六ミリメートルほど。


 小さな一年目の真珠と並べると、まるで別のものです。


 ほとんど真球。


 表面は滑らか。


 照りが強い。


 白く光っているだけではありません。


 角度を変えると、アワビの殻を思わせる色が薄く動きます。


 桃色。


 緑。


 わずかな青。


 光源と見る方向で変わります。


「大きいね」


 どろちゃんは、一つ持ち上げました。


 養殖担当の人は、六年前よりずっと真珠を見る目が細かくなっています。


「こちらは大きさだけではございません。同じ系統の別個体でも良品が出ております。別の池でも確認できました」


 どろちゃんは、真珠より先に記録を見ました。


「再現したんだ」


「はい。一度だけではございません」


 その言葉の方が大事でした。


 一六ミリの大玉が一個だけ出来たのなら、奇跡です。


 天然の貝でも、ときどき奇跡は起きます。


 でも、条件をそろえ、系統を選び、別の池でも同じ傾向が出る。


 翌年も作れる。


 数を増やせる。


 それは、奇跡ではありません。


 技術です。


 六年間で、エルレンフェルトは大玉の淡水真珠を、かなり思うように作れるようになりました。


 池が多いことが、最後まで効きました。


 研究池。


 系統保存池。


 親貝池。


 稚貝池。


 量産池。


 同じ条件を繰り返す池。


 次の条件を試す池。


 全部を並行して動かせます。


 量産を始めても、研究を止める必要がありません。


 今年売る真珠を作りながら、来年もっと良くする試験もできます。


     ◇ ◇ ◇


 大玉が安定して採れるようになると、どろちゃんは最初の特別な一連を選びました。


 アン女王へ献上するためです。


 一番大きな真珠だけを集めたのではありません。


 並べたときにきれいになるようにします。


 中央が少し大きい。


 そこから左右へ、ほんの少しずつ小さくなる。


 色をそろえます。


 照りもそろえます。


 一粒だけ目立ってはいけません。


 国王御用達の宝飾店で、留め具まで仕上げてもらいました。


 完成したネックレスを箱へ入れると、真珠はほとんど同じ方向へ光を返しました。


 イングランドへ持っていきます。


 アン女王は、箱を開けたあと、すぐには手を伸ばしませんでした。


 見ただけで、普通ではないことが分かります。


「これは、すべて真珠なのですか」


「はい。エルレンフェルトの池で育てた貝が作りました」


 アン女王は、どろちゃんを見ました。


「池で?」


「淡水の貝です。六年間、こういう真珠を作ってもらえるように育ててきました」


 女王は、もう一度ネックレスを見ました。


「貝に作らせたのですか」


「はい。なかなか言うことを聞いてくれなかったので、六年かかりました」


 どろちゃんは普通に答えました。


 養殖場の人が聞いていたら、少し複雑な顔をしたかもしれません。


 六年分の水質記録。


 餌。


 系統台帳。


 遺伝学。


 施術記録。


 顕微鏡写真。


 統計表。


 電卓で何度も計算した数字。


 それを全部まとめると、


 貝に六年間お願いした。


 になります。


 アン女王は、真珠を一粒手に取りました。


 角度を変えます。


 色が少し動きます。


「天然のものではないのですね」


「自然の川で偶然出来たものではありません。でも、真珠を作ったのは貝です。私は、作りやすいようにしただけです」


 養殖であることを隠しません。


 それで価値が下がるとも考えていませんでした。


 六年間かけて、狙った品質を作れるようにしたものです。


     ◇ ◇ ◇


 アン女王への献上が済んだあと、販売用の真珠も国王御用達の宝飾店へ出すことにしました。


 すべての店へ売るつもりはありません。


 最初から「養殖だから偽物」と扱った店へ、どろちゃんは持っていきませんでした。


 貝が作った真珠です。


 ガラスでもありません。


 表面へ塗ったものでもありません。


 養殖であることは隠しません。


 むしろ、


 エルレンフェルト養殖淡水真珠。


 そうして売ります。


 国王御用達の宝飾店には、販売用の珠も卸しました。


 安くはありません。


 天然だから高く、養殖だから安い、という値付けにはしませんでした。


 いびつで、表面にむらがあり、照りも弱い天然真珠より、エルレンフェルトの大玉良品の方が数倍高いこともあります。


 品質で値段を付けます。


 大きさ。


 真円度。


 照り。


 色。


 表面。


 そして、一連として揃えられること。


 天然真珠で、大きさも色も照りも近いものを何十粒そろえるのは大変です。


 エルレンフェルトでは、大量の中から選べます。


 同じ直径に近いもの。


 少しずつ大きさを変えたもの。


 色味を合わせたもの。


 ネックレス一本分を選べます。


 宝石商にとって、それは一粒の大きな真珠とは別の価値でした。


     ◇ ◇ ◇


 どろちゃん自身の宝飾品も作りました。


 自分で全部作る必要はありません。


 真珠を箱へ入れ、国王御用達の店へ持ち込みます。


「これでティアラを作ってください」


 店の人は、箱の中を見ました。


 大玉。


 中玉。


 少し小さいもの。


 ほとんど同じ色と照りで、必要な数があります。


 普通なら、店側が何年もかけて集める材料です。


 どろちゃんは、池から持ってきます。


「こちらは、すべてエルレンフェルトのものでございますか」


「うん。足りなかったら、また持ってくるよ」


 店の人は、少し黙りました。


 真珠だけのもの。


 人工サファイアと合わせたもの。


 人工ルビーを少し使うもの。


 職人へ意匠を任せるところは任せます。


 どろちゃんが宝石加工の知識を持っているからといって、宮廷宝飾の職人の仕事を全部取る必要はありません。


 良い材料を渡し、良い職人に作ってもらいます。


 その店には、販売用のエルレンフェルト真珠も卸しました。


 ショーケースには、天然真珠とエルレンフェルト養殖淡水真珠が別の商品として並びます。


 天然真珠より高いものもあります。


 それでよい。


 養殖だから安物、とはしません。


 六年間の研究と、何年も育った貝と、池と、人の仕事が入っています。


     ◇ ◇ ◇


 ある冬の日。


 どろちゃんは、完成したティアラを見るために宝飾店へ行ったあと、エルレンフェルトへ戻りました。


 池には薄い氷の張っているところがあります。


 水が動いている場所は凍っていません。


 養殖担当の人たちは、冬でも池を見ています。


 親貝の池。


 稚貝の池。


 量産用の池。


 研究用の池。


 六年前にはなかった貝が、今は数え切れないほどいます。


 食堂からは、貝のスープの匂いがしました。


 今日は移植の日です。


 外套膜を提供した貝は、厨房へ行きました。


 食べます。


 捨てません。


 どろちゃんは、池の横で少し立ち止まりました。


 テネリフェで、小さな真珠を見つけた日のことを思い出しました。


 あのとき、アコヤガイをお願いしようとして、やめました。


 真珠一粒のために、育てた貝を星にするのが嫌だったからです。


 結局、真珠を作る仕事から貝の命をまったく使わずに済ませることはできませんでした。


 移植片を取る貝もいます。


 途中で死ぬ貝もいます。


 研究だからといって、生き物相手の失敗がなくなるわけではありません。


 それでも、無駄にはしません。


 食べられるものは食べます。


 繁殖させます。


 生存率を上げます。


 一匹から複数の真珠を育てます。


 より良い方法を探します。


 そして、淡水で大玉の高品質真珠を作れるようになりました。


 アコヤでなければ高級真珠にならない、という理由は少し減りました。


 どろちゃんは池を見ました。


「これで、真珠一粒のために星になるアコヤガイが、少しでも減ればいいよね」


 誰に聞かせるでもなく言いました。


 池の貝は、何も答えません。


 六年間、ずっとそうでした。


 お願いしても返事はありません。


 ただ、次の年になると、また少し大きくて、少し丸くて、少しきれいな真珠を作りました。


 だから、どろちゃんは今年も池の記録を取ります。


 まだ、もっと良くできるかもしれません。


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