102貴族令嬢は、ピロシキの油で小鳥ちゃんの燃料を作ります。久しぶりに可変後退翼ロケットぐらいだーの小鳥ちゃん用燃料を作ります。
第102章 貴族令嬢は、ピロシキの油で小鳥ちゃんの燃料を作ります
冬になってからも、飛行機は必要に応じて飛んでいます。
ミツバチちゃんも、コウノトリちゃんも、タドポール君もです。
でも、小鳥ちゃんだけは飛んでいません。
壊れているわけではありません。
燃料がありません。
◇ ◇ ◇
小鳥ちゃんが使う固体燃料ロケットには、ずっとアフラ君を使ってきました。
神様から届く酸化剤と、食べられなくなったピーナッツから作った燃料側の材料を組み合わせたものです。
最初に使ったピーナッツには、たくさんカビが生えていました。
人も食べられません。
家畜にも食べさせられません。
だから安く買い取り、燃料にしていました。
そのカビから、アフラトキシン。
それでアフラ君です。
ところが最近、そのピーナッツが来ません。
「今年も、あまり来ていませんね」
燃料の記録を見ながら言うと、工場の人がうなずきました。
「南から来る分が、かなり減っております」
「収穫が減ったの?」
「いえ。食べられる方が増えております」
「……それなら、いいことですね」
とてもいいことです。
前なら、収穫してもカビてしまったものは売り物になりませんでした。
それをエルレンフェルトが買っていました。
ところが、こちらへ入った土地では作物が元気になり、病気や虫の被害も減っています。
傷んだ実が減れば、そのあとカビるものも減ります。
食べられるピーナッツが増えました。
農家の人はうれしい。
買う人もうれしい。
たぶんピーナッツもうれしい。
困っているのは、小鳥ちゃんだけです。
「アフラ君、あと何本作れますか」
帳面を確認してもらいます。
「飛行用に回すなら、かなり大事に使う必要がございます」
「試験には使えないね」
「はい」
燃料が出来たからといって、試験もしないで小鳥ちゃんへ積むわけにはいきません。
代わりになる材料が必要です。
◇ ◇ ◇
油ならあります。
しかも、食べ物に使えなくなった油です。
「1号店に、古い揚げ油がたまっていましたね」
「ピロシキ屋さんでございますか」
「うん」
水玉船の待合所にある1号店です。
揚げ物に使った油は、いつまでも使えるわけではありません。
色が濃くなり、においも変わります。
食べ物の細かなくずも入ります。
まだ燃えるのに、食べ物を揚げる油としては使いたくないものが出てきます。
2号店にも、同じように古くなった油がたまっています。
そちらもそのうち回収します。
まずは1号店です。
容器に入れて残してあった分を工場へ運んでもらいました。
「これなら、ピーナッツより楽ですね」
整備士さんの1人が容器を見ながら言いました。
「最初から油だからね」
カビたピーナッツは、燃料に使えるところを取り出すまでにも手間がかかりました。
今回は違います。
食べ物のくずや余計なものを取り除き、水分を抜き、使う油の状態をそろえます。
そこから先は、これまでのアフラ君と同じ考え方で進められます。
神様の酸化剤と組み合わせ、必要な材料を加えて固めます。
出来上がったものは、固めのゴムみたいです。
液体の油を、そのままロケットへ入れるわけではありません。
ロケットの筒へ収める形にして、真ん中にはこれまでと同じ星の形をした空洞を作ります。
燃えるのは、この空洞の表面からです。
形まで変えてしまうと、燃え方の比較が出来なくなります。
「同じ形にしましょう。変えるのは原料だけです」
「承知いたしました」
出来たものを見ます。
色は少し違います。
でも、見たところはアフラ君によく似ています。
「これ、もうアフラ君じゃないね」
「アフラトキシンは関係ございませんからね」
「そうなんだよね」
名前の元になったものが、なくなってしまいました。
目の前にある燃料の元は、ピロシキ屋さんの揚げ油です。
「пирожок(ピラジョーク、ピロシキ)君」
そのままです。
でも、何から出来たのか忘れません。
「では、ピラジョーク君で記録いたしますか」
「うん。それでお願いします」
◇ ◇ ◇
出来たからといって、小鳥ちゃんには積みません。
まず燃やします。
燃焼試験台へ1本目を固定しました。
測るのは、まず推力と燃焼時間です。
アフラ君の記録も出してあります。
同じロケットの筒。
同じ大きさ。
同じ星形の空洞。
原料だけが違います。
「準備、よろしいです」
「お願いします」
少し離れた場所へ移動します。
点火しました。
音が来ます。
白い煙が勢いよく流れ、試験台の計器が動きました。
寒い空気の中で、ロケットが燃えているところだけが急に暖かくなります。
燃焼が終わります。
音が消えました。
さっきまで暖かかったのが嘘みたいです。
「どう?」
記録を見てもらいます。
「アフラ君と、ほとんど同じでございます」
「燃焼時間も?」
「同じです」
でも、1本では分かりません。
「次もやりましょう」
◇ ◇ ◇
2本目。
同じです。
3本目。
また同じです。
4本目も変わりません。
最後に5本目を燃やしました。
音が止まり、記録がそろいます。
5本分を机の上に並べました。
推力。
燃焼時間。
燃えている途中の推力の変化。
アフラ君の記録も隣へ置きます。
「……同じですね」
「はい。差はございますが、これまでのアフラ君同士でも出ていた程度でございます」
「測定誤差の中?」
「収まっております」
整備士さんが別の記録も重ねて確認します。
「5本ともです」
原料は違います。
でも、小鳥ちゃんから見れば同じ燃料として扱えそうです。
推力を変える必要もありません。
燃焼時間に合わせて飛び方を作り直す必要もありません。
これなら、アフラ君の代わりに使えます。
「小鳥ちゃん、また飛べるね」
整備士さん2人が笑いました。
◇ ◇ ◇
問題が1つありました。
「……ピロシキのにおいがしますね」
「します」
試験場のまわりが、すっかりピロシキのにおいです。
5本も続けて燃やしたからでしょう。
ロケットが燃えているときは、まだいいのです。
近くには行けませんが、熱が来ます。
ところが燃焼が終わると、急に静かになります。
音もなくなります。
熱もなくなります。
残るのは冬の空気だけです。
「寒いね」
「冷えてまいりました」
今日はフランソワさんはいません。
整備士さん2人と、3人です。
「休憩しよう。ここで紅茶を持ってきても、帰るまでに冷めるもの」
「どちらへ参りますか」
「このにおいなんだから、ピロシキ屋さん」
◇ ◇ ◇
斜行エレベーターで下ります。
ホテル棟を抜けました。
外へ出ると、道を渡るだけなのに寒いです。
向こうに水玉船の待合所があります。
扉を開けると、暖かい空気が来ました。
「ここ、いいね」
ロケット試験場よりずっといいです。
そして、こちらは本物のピロシキのにおいです。
整備士さんは2個ずつ。
こちらは1個。
それから3人分のジャム入り紅茶を頼みました。
「お支払いは」
「まとめて」
もちろん、こちらで払います。
燃料試験につき合ってもらって、寒いところで5本もロケットを燃やしてもらったのです。
ピロシキくらいは出します。
暖かい待合室の席へ座りました。
揚げたてのピロシキを割ると、中から湯気が出ます。
紅茶も熱いです。
「やっぱり、こっちの方がいいね」
「燃料の方は食べられませんからね」
「食べたくないよ」
整備士さんが笑います。
◇ ◇ ◇
ピロシキは、焼くものもあります。
前に知っていたモスクワあたりでは、焼いたピロシキをよく見ました。
でも、東シベリアへ行くと、揚げたものを食べることがずっと多くなります。
寒いところでは、油も大事な食べ物です。
同じ小麦粉と具でも、油で揚げれば、その分だけたくさんのエネルギーを取れます。
寒い土地では、それがありがたいのです。
豚肉もそうでした。
赤身がたくさん入ったベーコンだけが高いとは限りません。
寒いところへ行くほど、脂身の多いものの値段が、赤身の多い良いベーコンに近づいていることがありました。
脂が余計なものではないからです。
狩りで獲った動物を解体するときも、脂肪は捨てません。
加熱して油にしておけば使えます。
しかも冬の寒いところなら、保存もしやすい。
同じ料理でも、どこで食べるかによって形が変わります。
モスクワで焼いていたものが、もっと寒いところでは油へ入る。
それは、どちらが本物という話ではありません。
その土地で暮らしている人が、使えるものを使い、必要なものを食べているだけです。
目の前のピロシキを、もう1口食べます。
さっきまで、その古い油をロケット燃料にしていました。
食べる方に使えなくなった油でも、小鳥ちゃんを空へ押し上げる仕事なら、まだ出来ます。
紅茶を飲みました。
外は寒いままです。
もう少しここで暖まってから、試験場へ戻ることにしました。




