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101貴族令嬢は、寒い冬をエルレンフェルトで過ごします

エルレンフェルトやライデンの技術が進んできたため真空管式の無線機を神様がくれました。これで海で星になる人を減らせます。

第101章 貴族令嬢は、寒い冬をエルレンフェルトで過ごします


 エルレンフェルトの冬は寒く、雪が降る日は外へ出る理由も少なくなります。


 もちろん、仕事がなくなるわけではありません。むしろ、こちらが出かけなくても仕事の方からやってきます。


     ◇ ◇ ◇


 ある朝、会議棟へ行くと、また箱が増えていました。


「お嬢様。昨夜、また届いたようでございます」


「やっぱり。神様ですね」


 会議棟へ来るたびに増えている気がします。


 会議棟の広い部屋に、木箱と段ボール箱が並んでいます。


 箱を開けます。


「……TRIO、9R-59DS。1969年」


 トリオ株式会社が1969年に出した、真空管式の通信型受信機です。


 次の箱。


「こっちもTRIO。TX-88DS。これも1969年」


 9R-59DSと組み合わせて使われた、AM・CW用の短波送信機です。


 さらに、その隣。


「八重洲無線、FRG-7000。1977年」


 こちらはずっと後の時代の全半導体通信型受信機です。


 こちらはキットではなく完成品でした。しかも1台や2台ではありません。


「何台ございますか」


「100台でございます。お嬢様が、組み立てた受信機と比べるための基準機も必要だとお考えになったからではございませんか」


「必要だけど、100台あるとさすがに多く見えるね」


 キットだけでは困ります。


 組み立てた受信機が本当に正しく動いているのか、比較する相手がいません。


 比べたいのは、感度、選択度、周波数、雑音、それに局部発振器の安定度です。作った人が自分の機械だけを見ていると、ずれていても分からないことがあります。


 完成品があれば、同じ信号を聞けばよいのです。


「神様、分かってるなあ」


 箱の中には、まだありました。


 ハンダゴテ。


 ハンダ。


 テスター。


 高周波オシレーター。


 周波数カウンター。


 無線機の調整に使うダミーロード。


 SWR計。


 調整用の工具や部品類。


 予備の真空管。


 それから、FRG-7000でこの世界ではまだ作れない半導体や、周波数表示に使うカウンターユニットの予備。


 完成品を置いていくだけではありません。


 壊れたときのことまで考えてあります。


「これなら講習会ができますね。人数は多くしすぎないでください。実際にハンダゴテと測定器を触る人が、見ているだけになったら意味がないから」


「では、国ごとにも分けてお呼びいたします」


 最初は、英国、フランス、ポルトガル。


 しかも、本国で使う人だけではなく、海外へ持って行く人を優先します。


 遠いところほど、壊れたときに自分たちで直せないと困ります。


 オランダとサヴォさんのところは別の日です。


 全員を同時に会議棟へ入れたら、机より人の方が多くなります。


     ◇ ◇ ◇


 講習は、受信機から始めました。


 TRIOの1969年型、9R-59DSのキットを机へ置きます。


 回路図もあります。


「最初から全部ハンダ付けするんですか」


「します。組み立て方が分かっていれば、あとで壊れたときも怖くありません。今日は完成させることより、どこを測れば故障箇所が分かるのかまで覚えてください」


 少し嫌そうな顔をした人もいましたが、抵抗とコンデンサを確認し、配線を追い、まずヒーター回路から見ていきます。高圧を入れる前には、短絡がないかをもう1度確認しました。


 完成しても、すぐに放送を聞きません。


 オシレーターから455 kHzの信号を入れ、周波数カウンターでも確認しながらIFを合わせます。それが済んだら受信帯域へ移り、局部発振器とアンテナ側の同調も見ていきます。


 最後に、隣へ置いた八重洲無線の1977年型FRG-7000と同じ局を聞きます。


「FRG-7000でははっきり聞こえますが、こちらは少し弱いです」


「では、どこから感度が落ちているのか順番に見ましょう。こういう比較のために完成品を置いてあります」


 こういうことが出来るのが、完成品を一緒に置く理由です。


 音が出たから完成、ではありません。


 ちゃんと受信機として働いているかを確かめます。


     ◇ ◇ ◇


 送信機はもっと慎重です。


 受信機は失敗しても、自分が聞こえないだけです。


 送信機は、失敗すると他の人まで困ります。


「送信機は、最後の確認が終わるまでアンテナへつながないでください。まず全部ダミーロードで調整します」


「受信機より、ずいぶん慎重なのでございますね」


「失敗したときに困るのが自分だけではないからです」


 TRIOの1969年型TX-88DSを組みます。


 発振周波数を確認し、励振段を合わせ、終段の同調を取ります。出力と変調を確認したうえで、高調波や余計な成分が出ていないかまで測ります。


 それが終わってから、初めてアンテナです。


 短波放送を始められるようになったのは、マグネトロンを作ったからだけではありません。


 高周波で使える真空管そのものが、ずいぶん良くなりました。


 高真空、電極加工、封止、高圧絶縁、放熱、高周波測定。マグネトロンの研究で必要になった技術が、そのまま普通の高周波用真空管にも戻ってきました。


 放送はAMです。


 音声に合わせて搬送波の振幅を変える方式です。


 一般の人が聞く受信機は、簡単な方がいい。


 AMなら、受信側は比較的簡単なダイオード検波で音声を取り出せます。


 でも、業務通信までいつまでも同じにするつもりはありません。


 AMは搬送波を出し続け、同じ内容を持つ上下2つの側波帯も使います。


 遠距離の業務通信なら、搬送波と片側の側波帯を省くSSBの方が、送信電力も周波数幅も有効に使えます。


 その代わり、受信側にはBFOや積検波、それにAMより正確な同調が必要です。


 短波で遠くへ話すなら、いずれSSBへ行くでしょう。


 ただし、今はまだ半導体を信用しすぎません。


 エルレンフェルトの半導体研究所では、ゲルマニウムのトランジスタも作っています。


 ちゃんと増幅し、高周波で使えるものも出てきました。ただ、長く使ううちに特性が変わるものがあり、温度にも敏感です。


 ですから、遠い基地の生命線をいきなり全部半導体へ置き換えることはしません。


 今は、真空管で確実に動くものをきちんと作る方を選びました。


     ◇ ◇ ◇


 講習の最後には、もう1つ仕事があります。


 印刷所から届いた冊子を、机の上へ積みました。


「これは、持ち帰ってから使う無線通信のルールです」


 表紙には、無線通信運用規則とあります。


 放送に使う周波数帯。


 業務通信に使う周波数帯。


 なるべく受信しておく呼出しや緊急用の周波数。


 電波形式は、まずA1とA3です。


 A1はCWの電信。A3はAMの電話です。放送はA3、業務通信は用途と伝搬状態に応じてA1とA3を使い分けます。


「周波数帯と電波形式は、こちらで決めました。各国で1から相談していたら、使い始めるまでに時間がかかります」


 まだ局が少ないうちに、大枠を揃えてしまいます。


 国ごとのプリフィクスも、エルレンフェルトで割り当てます。


 その先のサフィックスは、それぞれの国で出してもらいます。


「無線局免許状も、従事者免許証も、ここでは出しません。それぞれの国で、国王陛下のお名前で発行してください」


 送信局だけではありません。


 業務で継続して使う受信専用局にも、コールサインを付けます。


 固定局は、免許された場所で使います。別の場所へ移して運用したり、別の人へそのまま譲ったりは出来ません。必要なら、その国で変更や再免許の手続きをします。


 船の局は別です。


 船に積んだ局は、船と一緒に移動することが前提です。


 そして、冊子の最後には、機材を持ち帰るための署名欄があります。


「ここは、大事です。暗号通信はしないでください」


「電信でも、でございますか」


「電信でもです。暗号表や、意味を隠すために決めた符号も使えません。第三者が受信して、普通に内容を読める通信にしてください」


 AMの電話なら、聞いている人にはそのまま聞こえます。


 A1のモールスでも同じです。


 公開してよい相場、入港予定、天候、通常の商取引連絡なら無線や電信で送れます。


 でも、まだ公表出来ない注文条件や、軍の作戦命令のようなものは載せられません。


 そういうものは、封をした紙の指示書で運びます。


「それから、通信妨害も禁止です。ほかの局を潰すために、わざと電波を出し続けたり、雑音を送ったりしないでください」


「違反した場合は、どうなるのでございましょう」


「試さない方がいいと思います」


 神様から届いた機材を受け取るための規約です。


 しかも、バベル現象が起きたばかりです。国家そのものが消滅するまで共通語圏へ戻れなかった国を、みんな知っています。


 何が起きるのか確かめてみよう、と言う人はいませんでした。


 規約を読んで署名した人から、講習で組み立てた機材と、割り当てられた送受信機を持ち帰ります。


 ここで渡すのは機材と共通規則です。


 実際に局を開くための免許は、それぞれの国へ戻ってからです。


     ◇ ◇ ◇


 講習が終わるころには、机の上がずいぶん賑やかになっていました。


 英国、フランス、ポルトガルの人たちは、それぞれどの機械をどこへ持って行くか、誰を島や海外の拠点へ送るか相談しています。


「機械だけ送るのではなく、修理できる人も一緒に行ってください。遠いところほど、壊れたあとに誰も触れない状態にはしたくありません」


「現地で次の人を教えられる者を選ぶようにいたします」


 翌日ではありません。


 少し間をあけて、今度はオランダとサヴォさんのところ。


 同じ講習をもう1度やります。


 こちらも人数は絞りました。


 FRG-7000を配る先も決めていきます。


 ただし、王様島には置きません。


 旧王家の生活に必要な物は送ります。


 医療も食料も不足させません。


 でも、本土にはまだ、遠くからでも王様に指示してもらいたい人が残っています。


 双方向の短波局まで各島へ置く理由はありません。


 必要な連絡は、管理された経路で十分です。


 テネリフェは別です。


 あそこは、自分で行くことにしました。


 現地でアンテナを立て、電源を見て、実際の伝搬を確かめながら講習した方がいいからです。


 でも、それは冬が少し緩んでからにします。


 寒いときに、わざわざ飛び回る必要はありません。


     ◇ ◇ ◇


 神様の箱には、時計はありませんでした。


 航海用の時計は、自分たちで作ります。


 港で時刻を合わせ、日差を測り、巻く時刻を決め、航海中も記録します。無線の時報が受かれば、途中で答え合わせもできます。


 でも、最初から正確すぎる未来の時計を配ったら、時計を作る技術が育ちません。


 その代わり。


 その代わり、小さな箱が1つだけ、名前を添えて置かれていました。


 開けます。


「……スウォッチ」


「ご存じなのでございますか」


「うん。自動巻きのスウォッチ。これは研究用でも航海用でもないし、分解もしません。神様からのプレゼントです」


 可愛い色でした。


「では、お嬢様の私物としてお預かりいたします」


 フランソワさんも、それ以上は聞きませんでした。


     ◇ ◇ ◇


 無線講習をしている間に、工場から別の連絡が来ました。


「お嬢様。例の結晶成長装置が出来上がりました。試運転の準備も整っております」


「では、見に行きます」


 こちらは会議棟から遠くありません。


 エルレンフェルトの工場です。


 工場へ渡していたのは、火炎溶融でコランダム結晶を育てる装置の設計図一式です。


 粉末供給器、酸水素バーナー、受け台の昇降機構まで、必要なものは図面に入っています。


 高純度の酸化アルミニウム粉末を一定量ずつ落とし、酸水素炎の高温部で溶かして下で受けます。成長に合わせて受け台をゆっくり下げ、ガス流量と粉末供給を安定させます。


 後の時代なら、ヴェルヌーイ法と呼ばれる方法です。


「火を入れます」


「お願いします」


 最初の結晶は途中で少し細くなり、次は逆に太くなりました。粉末の量、炎との位置、下降速度を少しずつ変えながら何本か作ります。


 半日ほどすると、だいたい同じ太さで安定するようになりました。


「お嬢様、もう条件がお決まりになったのでございますか」


「だいたい決まりました。この程度で安定してくれれば、時計石には十分使えます」


 巨大な宝石を作ることが目的ではありません。


 時計や精密計器の軸受けに使う、小さな硬い石が安定して取れればいいのです。


 目的は達成しましたが、少し面白くなりました。


「次は不純物を変えてみます。時計石には必要ありませんが、色がどこまできれいに出るか見ておきたいです」


 条件を変えて育てると、赤いルビーが出来ました。続けて青いサファイヤも作ります。


 安定して出来ることを確認したあと、使えそうな部分を切り出して、ともずりで研磨しました。赤いものはマーキース、青いものはカボションに仕上げます。


 時計石を作っていたはずですが、宝石として見ても十分きれいです。


 これは、と思いました。


     ◇ ◇ ◇


 英国へ連絡しました。


 もっとも大きく、状態のよかった石は、アン女王陛下へ献上します。


 天然石だと言うつもりはありません。


 エルレンフェルトで酸化アルミニウムから作った石です。


 そのまま伝えます。


 そして、自分の分も作ることにしました。


 でも、ティアラやネックレスの金属加工まで自分でやるつもりはありません。


 宝飾店の方が上手です。


「石はこちらで用意します。ティアラとネックレスの金属加工、それから石座の作り方はお任せします」


 職人さんは赤と青の石を何度も光へ向け、そのあと白い石も手に取りました。


「赤と青はこちらでお作りになった石でございますね。この無色の石も同じものなのでしょうか」


「これは別です。レンズ製造で余っていた材料をカットしました。硬さが違うので、留め方はそちらで決めてください」


 職人さんは、今度は白い石を少し長く見ました。


 レンズを作るために用意していた材料の中に、高屈折率で高分散、しかも無色透明のものがあります。


 光学では、分散が大きいと扱いにくいことがあります。


 宝石なら逆です。


 ファセットを切れば、光がよく分かれます。


 ダイヤモンドの代わりに、白い石として使えます。


 ただし、ダイヤモンドほど硬くありません。


 だから石座や爪の作り方は、宝飾職人さんに任せます。


「承知いたしました。欠けやすさも見ながら、石に無理が掛からない形で考えます」


 そこは宝飾職人さんに任せます。餅は餅屋です。


 石を作ったからといって、全部を自分でやる必要はありません。


     ◇ ◇ ◇


 夕方、屋敷へ戻ると、今度は北から届いた報告がありました。


 ロマノフさんたちは、王様ではなくなったものの、家族そろってイタリアで暮らしています。住む場所も仕事もあり、何よりロシアより冬がずっと穏やかです。どうやら本人たちも、悪い移住ではなかったと思っているようでした。


 その一方。


 ロシアとスウェーデンを共和国へ移行させるために出張している人たちからの報告は、あまり暖かそうではありません。


 報告を読むだけでも、寒さと距離、それに移動時間の長さが伝わってきます。


 戦争中の国へ、大規模な鉄道や電信を先に作ることは出来ませんでした。


 壊される可能性の高い設備へ、大金を入れる理由がなかったからです。


 今のように、鉄道が兵員輸送に大きな意味を持つという考えも、まだ十分には育っていません。


 ただし、西側からケーニヒスベルクまでの線は別です。


 救出のために作った線を、その後、路盤から作り直しました。


 ユトレヒトまで複線電化です。


 さらに、オランダ側へ入ったバルト3国地域までつながっています。


 そこまでは速いのですが、そこから先が大変です。馬車、橇、船を使い、紙の文書も結局は人が運びます。


 スウェーデン側も、マルメまでは鉄道と連絡船を乗り継ぎます。


 車両そのものを船へ載せるところまではやりません。


 人と荷物を降ろして、船へ乗り、対岸でまた列車です。


「共和国化のために出張した人たちの方が、元の王様より寒いところにいますね」


「かなり寒いそうでございます。ロマノフ家の皆様が暖かな土地でお過ごしだという比較は、現地の方々には申し上げない方がよろしいかと存じます」


「それはそうですね」


     ◇ ◇ ◇


 鉄道と船を乗り継ぐ話を読んでいたら、別の紙が混ざっていました。


 トンネル会社です。


 経営は安定しています。


 NATM、TBM、先進調査、湧水処理、長距離測量。最初は研究だったものが、いまは継続して仕事を取れる技術になっています。


 そして次の候補として、コペンハーゲンとマルメの間が挙がっていました。海峡をどう渡すかについては、橋ではなくトンネルです。


 大型帆船が増えています。


 船が大きくなれば、マストも高くなります。


 橋を作るたびに、


「どこまで高い船を通すのか」


 を決めなければなりません。


 鉄道は、道路ほど急に上り下り出来ません。


 桁下を高くすると、その高さまで鉄道を持ち上げるための取付区間まで長くなります。


 鋼材も使います。


 それなら、航路は海面上を自由にして、鉄道は海底へ潜らせた方がいい。


 フォース湾は、もうエクストラドーズド橋で渡しました。


 前の世界で1890年に開通したフォース鉄道橋は、巨大な鋼製カンチレバー橋でした。


 使った軟鋼は、およそ54,000 t。


「そこまで鋼材を橋に置いておくのは、もったいない」


 こちらでは、鉄道、トンネル、橋脚、駅、水路を次々に造ったことで、セメントの品質管理、骨材の選別、配合、締固め、養生までコンクリート施工が早くから進みました。


 フォース湾では、そのコンクリート技術を使い、鋼材は鉄筋や緊張材、斜材など必要なところへ集中させて、エクストラドーズド橋にしました。


 場所と航路条件を見て、橋でよいところは橋です。


 でも、主要な海峡で将来の船の高さが読めないところは、トンネルの方が扱いやすい。


 トンネル会社の人たちは、掘る理由がまた増えてうれしそうです。


     ◇ ◇ ◇


 そして、最後に帳簿です。


 エジンバラのピロシキ屋さんは、まだちゃんと黒字です。


 1号店からの応援費用や店舗購入費を含めた初期投資は回収途中ですが、営業そのものは利益を出しています。


 車内販売も続いています。


 トンネル事業の利益も安定しています。


 研究費の欄には、無線、結晶、時計石、宝飾用の試作、トンネル調査と、いろいろ並んでいます。


「この冬、ずいぶん使いましたけれど、まだ大丈夫ですか」


「はい。今のところ問題ございません。トンネル事業の収益に加えて、ピロシキの利益もこちらへ回っております」


 フランソワさんが帳簿を閉じました。


 食品を売って得た利益を、研究開発費へ回しています。


 特別なことではありません。


 利益が出ている事業から、次の仕事へお金を出す。


 それだけです。


 外を見ると、また雪が降り始めていました。


 今日はもう、会議棟へ戻りません。


 無線機は明日でも逃げませんし、ルビーもトンネルも今夜のうちにどうにかなるものではありません。


 今日は暖かい部屋で、フランソワさんと夕食にします。


 冬のエルレンフェルトは寒いです。


 でも、今年はずいぶん静かでした。



【小さな説明】


■ TRIO 9R-59DSとTX-88DS


 9R-59DSとTX-88DSは、日本のトリオ株式会社、後のケンウッドにつながるメーカーが1969年に発売した機種です。


 9R-59DSは0.55~30 MHzを受信する真空管式の通信型スーパー受信機で、AM、SSB、CWを受信できます。TX-88DSは同じ時期のAM・CW短波送信機で、9R-59DSと組み合わせて使われました。


 本作では、神様からTRIO製キットとして大量に届き、無線技術者を育てる教材として使います。


 完成品を配るだけでは、配線、調整、故障診断の技術が残りません。キットを組み立て、オシレーターや周波数カウンターを使って調整することで、販売だけでなく修理まで出来る人を育てます。


 神様から届く送受信機には、史実のメーカー名と年代を明記します。組立工具や測定器は特定機種ではなく汎用品として扱うため、メーカー名は付けません。



■ 八重洲無線 FRG-7000


 FRG-7000は、日本の八重洲無線が1977年に登場させた全半導体の通信型受信機です。0.25~30 MHzを受信し、Wadley Loopを使った広帯域受信とデジタル周波数表示を備えます。


 本作では100台ほどが神様から完成品で供給され、組立受信機の比較基準、遠隔局の基準受信機、研究用として使われます。


 1977年型の機械を1700年代側でそのまま再現することは出来ません。この世界でまだ作れない半導体、IC、周波数カウンター表示部などについては、交換用の予備部品やユニットも神様から一緒に届きます。



■ 短波放送、高周波真空管、AMとSSB


 マグネトロン研究では、高真空、封止、高圧絶縁、電極加工、放熱、高周波測定など多くの周辺技術が必要になります。


 本作では、その技術が通常の高周波用真空管にも波及し、短波電信だけでなくAM短波放送を安定して行えるようになります。


 AMは音声に応じて搬送波の振幅を変える方式で、搬送波と上側波帯・下側波帯を送ります。受信機を比較的単純に出来るため、一般向け放送に適しています。


 SSBは搬送波を抑え、2つある側波帯の片方だけを送る方式です。同じ送信電力と周波数幅を遠距離通信へ有効に使えますが、受信側にはBFOや積検波回路が必要で、周波数安定度と操作技術もAMより要求されます。


 そのため、本作では一般放送はAMを残し、訓練された通信士が扱う遠距離業務通信を順次SSBへ進めます。


 ただし、初期のゲルマニウムトランジスタはまだ長期信頼性に不安があります。遠隔地の重要通信機器では、消費電力との折り合いを取りながら真空管も残します。



■ 無線講習と海外配置


 最初の講習は英国、フランス、ポルトガルを中心に行い、海外領土や遠隔拠点へ赴く技術者を優先します。


 オランダとサヴォ側は別日に講習します。実機を使った組立・調整講習なので、人数を増やしすぎず、受講者が自分で測定器を扱える規模に分けています。


 テネリフェはどろちゃん自身が現地へ行き、アンテナ、電源、伝搬条件を含めて講習する予定です。



■ 無線通信運用規則


 神様から届いた通信機器を各国へ渡す前に、どろちゃんが共通の運用規則を作り、印刷して講習修了者へ配ります。まだ無線局が少ない段階なので、放送帯、業務通信帯、呼出し・緊急用などの聴守周波数、使用する電波形式といった大枠を国際会議で1項目ずつ決めることはしません。


 初期の電波形式はA1とA3です。A1はCWによる電信、A3は搬送波付きAM電話です。一般放送はA3を使い、業務通信では通信距離、雑音、伝搬状態などに応じてA1とA3を使い分けます。後にSSBが実用化された場合は、規則を改訂して追加します。



■ コールサインと各国の免許


 エルレンフェルトが割り当てるのは国別プリフィクスまでです。個々の局のサフィックスは各国が割り当てます。送信局だけでなく、継続的な業務に使う受信専用局にもコールサインを与えます。


 従事者免許証と無線局免許状はエルレンフェルトでは発行しません。各国が国内制度を整え、それぞれの国王名で発行します。固定局の設置場所、用途、周波数、電波形式なども各国の免許事項です。


 固定局を別地点へ移して運用したり、機材を別の使用者へ譲渡したりする場合は、その国で変更または再免許の手続きが必要です。船舶局のように、局そのものが船に属して移動するものは例外で、船と一緒に移動することを前提に登録します。


 各国の局が増えるにつれて、コールサイン、局名、所在地または船名、用途、周波数などをまとめた無線局名録も作られます。送信局だけでなく業務用受信局まで載るため、やがて電話帳のように厚い本になります。



■ 暗号通信と通信妨害の禁止


 講習を終えただけでは、神様から届いた機材を持ち帰ることは出来ません。共通規則を読み、暗号・暗語による秘匿通信を行わないこと、故意にほかの通信を妨害しないことへ署名してから引き渡されます。


 禁止はA3の電話だけではありません。A1の電信でも、暗号表、秘密の符号表、事前に意味を決めた数字列などを使って内容を秘匿することは出来ません。公開相場、気象、入港情報など、公表して差し支えない情報は無線や電信で送れますが、非公開の取引指示や軍事作戦のように秘匿性が必要な内容は、封書などの紙の指示書で運びます。


 通信妨害も禁止です。故意の連続送信、雑音送信などで他局を妨害することは、技術上の失敗とは別の違反として扱います。


 この規約は、神様由来の通信機器を受け取るための条件でもあります。直前のバベル現象では、対象国が国家そのものとして消滅するまで共通語圏へ復帰出来なかったため、故意に条件を破って結果を試そうとする人はいません。



■ 王様島の無線


 旧王家が暮らす各王様島には、専用の短波送信局を置きません。


 生活物資や医療は十分に供給しますが、本土にはまだ旧王から遠隔指示を受けたい人が残っています。政治的な指揮系統が再び出来ることを避けるため、必要な連絡は管理された経路を使います。



■ 航海時計と神様の時計


 経度測定に使う航海時計は、港で時刻を合わせ、日差を測り、航海中も管理します。無線時報は途中の照合に使えますが、航海時計そのものを不要にはしません。


 神様は高精度な腕時計を航海技術の教材として大量供給しません。ただし、どろちゃん個人への贈り物として可愛い自動巻きのSwatchが1本届きます。これは研究用ではなく私物です。



■ ヴェルヌーイ法と人工ルビー


 ヴェルヌーイ法は、高純度の酸化アルミニウム粉末を酸水素炎で溶かし、受け台上で結晶を成長させる火炎溶融法です。


 本作では、どろちゃんが原理だけでなく装置の設計図まで工場へ渡します。既知の方法を再発見させる必要がないためです。


 装置はエルレンフェルトに置き、人工コランダムを集中して作ります。主用途は時計や精密計器の軸受けです。装置そのものを各地へ量産配備する設定ではありません。



■ ルビー、サファイヤ、種結晶


 コランダムへ微量の不純物を加えることで、赤いルビーや青いサファイヤを作ります。


 安定した単結晶が得られるようになると、コランダム系の別の結晶成長実験で使う種結晶も切り出せます。


 半導体用のGeやSiなど、別の物質の結晶成長には、それぞれ対応する材料の種結晶が必要です。



■ 宝飾加工


 人工ルビーやサファイヤのうち状態の良いものは、マーキースやカボションに加工します。


 ティアラやネックレスの金属加工、石座、爪などは宝飾店へ依頼します。石を作れることと、宝飾品を美しく安全に仕上げる技術は別だからです。


 レンズ製造用材料の中で余っていた、無色透明・高屈折率・高分散の素材もファセットカットし、白い宝石として使います。光学では扱いにくい大きな分散が、宝飾では強い色分かれとして利用できます。



■ ケーニヒスベルク線と北方の移動


 西側からケーニヒスベルクへ伸びた鉄道は、その後、路盤から作り直され、ユトレヒトまで複線電化されています。さらにオランダ側へ入ったバルト3国地域まで接続されています。


 一方、ロシア国内とスウェーデン国内には広域の鉄道・電信網がまだありません。戦争中に破壊される可能性の高い固定設備へ大規模投資する理由がなく、鉄道の軍事輸送価値についての認識もまだ十分に発達していないためです。


 共和国化の実務担当者は、西側から行けるところまでは鉄道を使い、その先は馬車、橇、船、伝令に頼ります。



■ マルメ、連絡船、海底トンネル


 マルメまでは鉄道と連絡船を乗り継ぎます。鉄道車両をそのまま船へ載せる車両航送設備は、まだ採用しません。


 コペンハーゲン―マルメ間は将来の大型帆船のマスト高を考え、橋ではなく海底トンネルとします。


 高い橋は、航路上の船の高さだけでなく、鉄道をその高さまで上げ下げする長い取付区間も必要です。鋼材を大量に固定することも避けたいので、主要海峡ではトンネルが有利になります。



■ 史実のフォース鉄道橋と、この世界のフォース湾


 史実のフォース鉄道橋は1890年に開通した巨大な鋼製カンチレバー橋です。全長は約2.53 kmで、建設にはおよそ54,000 tの軟鋼と約650万本のリベットが使われました。


 本作の世界では、これほど大量の鋼材を1か所の橋へ固定することを避けています。


 一方、鉄道建設、トンネル覆工、橋脚、駅、水利施設などを大量に施工した結果、セメント品質、骨材選別、配合、締固め、養生などのコンクリート技術は史実より早く進歩しています。


 そのためフォース湾では、発達したコンクリート構造を主体とし、鋼材を鉄筋、緊張材、斜材など必要な箇所へ集中して使うエクストラドーズド橋をすでに建設しています。


 橋とトンネルのどちらか一方を原則にするのではなく、航路、将来の船型、地質、取付勾配、鋼材消費を見て選択します。



■ ピロシキと研究開発費


 エジンバラ駅のピロシキ・紅茶売店は営業黒字を維持し、車内販売も続いています。ただし、店舗購入費などを含む初期投資はまだ回収途中です。


 トンネル事業はNATM、TBM、測量、湧水処理などの経験が蓄積され、継続的に仕事を受けられる事業へ成長しています。


 本章では、ピロシキなど小規模事業の利益とトンネル事業の安定収益が、無線、結晶成長、時計石などの研究開発費へ回されています。


真空管がこの世界でも作れるようになって、無線技術も進んできたため、技術者養成用に神様から真空管式無線機が届きます。プロ用でなくキットなので自分たちで組み立てながら、この世界の少し先を学ぶことができます。電子ピアノなどこの世界で全く作れない物はどろちゃんへのプレゼントでは届きますが、それ以外の物は自分たちで技術を発展させる手助けになる物が送られます。

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