閑話 事件のその後
星見の塔での激闘から数日後。
事件は表向き「魔導実験の事故」として処理され、ヴィンセントは行方不明のまま指名手配されました。
日常が戻りつつある中で、王宮の保護下にある特別病棟の一室で、ユリウス君が目を覚ましたという話を聞いて私達はそこへ向かったのです。
「……僕、は……」
彼が重い瞼を開けると、そこにはルミナさんとエドワード殿下、そして部屋の隅で腕を組むカイン様と私がいた。
記憶がフラッシュバックしたのか、ユリウス君は顔面蒼白になり、震える手で自分の胸元――かつて護符があった場所を押さえた。
「あ、あぁ……申し訳ありません、殿下! ルミナ先輩! 僕、なんてことを……!」
「……落ち着け、ユリウス。君は利用されただけだ」
エドワード殿下が静かに声をかける。その表情は厳格だが、冷たさはなかった。
「だが、君の心の隙がヴィンセントを引き寄せたのも事実だ。……君にはこれから、長い『償い』の時間が待っている。学園での処分も免れないだろう」
「……はい。どんな罰も受けます。……ルミナ先輩を傷つけようとした、この罪は……!」
ユリウス君が涙を流して頭を下げる。
ルミナさんは一瞬迷ったように視線を彷徨わせたが、やがて優しく、けれどきっぱりと告げた。
「ユリウス君。……私は、貴方の想いには応えられません。私の心は、もう決まっていますから。……でも、後輩として、貴方が立ち直るのを待っています」
それは残酷な拒絶であり、同時に最大限の慈悲だった。
ユリウス君は嗚咽を漏らしながら、何度も頷いた。これで彼もまた、「ゲームのシナリオ」から解放され、一人の人間として生きていくことになるのだろう。
「……茶番だね」
部屋の隅で、カイン様が小さく呟いた。
「行こう、セシリア。負け犬の涙を見る趣味はない」
冷淡な言葉だが、彼がここまで黙って話を聞いていたこと自体が、彼なりの「見届け」なのだと私は知っていた。
病室を出て、王宮の長い回廊を歩いていると、背後からエドワード殿下が追いかけてきた。
「グランドール! ……少し待て」
カイン様は足を止め、面倒くさそうに振り返る。
「……まだ何か? 捜査への協力ならお断りですよ。ヴィンセントの追跡は騎士団の仕事でしょう」
「いや、違う。……礼を言いたかった」
殿下はカイン様の正面に立つと、王族としてのプライドを捨て、深く頭を下げた。
「あの塔で、君がいなければルミナもセシリア嬢も守れなかった。……そして、ユリウスを殺さずに済んだのも、君の判断のおかげだ。……ありがとう、カイン」
「……」
カイン様は無言で殿下を見下ろしていたが、やがてふんと鼻を鳴らした。
「勘違いしないでください、殿下。僕はただ、セシリアが悲しむ顔を見たくなかっただけだ。……貴方の『正義』に手を貸した覚えはない」
「……ああ、分かっている。君の行動原理は、常にセシリア嬢だ」
殿下は苦笑し、顔を上げた。その瞳には、かつての敵対心ではなく、ライバルを認めるような真剣な光が宿っていた。
「ヴィンセントは未だ消息の気配も見つからない。だが……奴は必ずまた現れる。その時、この国の法では裁ききれないかもしれない」
「……その時は、僕がやる。法も秩序も関係なく、僕のやり方で処理する」
「……止めるべきだろうが、今は何も言うまい。……頼りにしているよ、影の英雄」
殿下は右手を差し出したが、カイン様はその手を見つめるだけで、握り返そうとはしなかった。
ただ、その場を立ち去る背中が、以前よりも少しだけ殿下に対して「毒気」を抜かれているように見えた。
❄❄❄
学園に戻る馬車の中。窓の外では、数日降り続いた雨が上がり、美しい夕焼けが広がっていた。
「……疲れた顔をしているね、セシリア」
隣に座るカイン様が、心配そうに私の頬に触れる。
「ええ、少しだけ。……でも、終わってよかったです。ヴィンセント先生の行方は気になりますが……」
「あいつのことは僕も探しておく。君はもう、何も心配しなくていい」
カイン様は私を抱き寄せ、その肩に頭を乗せた。
彼の魔力は穏やかに安定している。塔での激闘を経て、彼の中で何かが吹っ切れたようだった。
「……セシリア。今回の件で、よく分かったよ」
「何がですの?」
「この国は脆い。……『聖女』一人を守るのに、これだけの手間と犠牲が必要だなんて。ヴィンセント一人の悪意で、学園も騎士団も後手に回った」
カイン様の瞳が、夕陽を受けて赤く、深く輝く。
「殿下は立派だ。正しい王になるだろう。……でも、正しさだけじゃ、君を守りきれない時が来る。……ヴィンセントのような『理不尽』は、いつだって正義の隙間を縫ってくるからね」
彼は私の左手の指輪に口付け、低い声で囁いた。
「だから、僕は僕の道を行く。……殿下とは違う、もっと確実で、もっと強硬な手段を用意しておくよ。……いざという時、この国ごと敵に回しても、君だけは無傷で連れ出せるように」
それは不穏な宣言のようでいて、私にとっては世界で一番頼もしい愛の言葉だった。
3年生になれば、私たちは卒業後の進路――そして「結婚」に向けた準備を本格化させることになる。
そしてヴィンセントも、このまま黙ってはいないだろう。
「……ええ。信じていますわ、カイン様。貴方がどんな道を選ぼうと、私は共犯者ですもの」
「……ふふ。嬉しいね。その言葉があれば、僕は最強だ」
カイン様は満足げに微笑み、私の唇に甘いキスを落とした。
馬車は石畳を揺れながら進む。
動乱は幕を閉じ、私たちはついに、物語の最終章―――本来カイン様の最終決戦の待つ3年生の時へと向かっていく。




