三十二話 暴走する太陽
最下層の扉の先。そこは、塔の外部からは想像もつかないほど広大な、白銀の結晶に覆われた空間だった。
そして、その中で一際私達の目を引く存在―――中央の台座に、ユリウス君が磔にされている姿があった。
彼の胸に埋め込まれた「星読みの護符」は心臓のように脈打ち、そこから溢れ出した灼熱の太陽魔法が、今にも空間を焼き尽くそうとする巨大な獣の形へと変わりそうになっていた。
「酷い……ユリウス君、どうしてこんな事に」
その姿を見たルミナさんが口を手で多い絶句する。愛らしい弟のようにいつも身の回りにいて、さしては答えられはせど自分を愛してくれている存在がこのような姿になった絶望は計り知れない。
「セシリアッ!」
そんな時、カイン様が叫び、結晶の床を蹴る音が聞こえ後ろを振り向く。
その視線の先には、ボロボロになりながらも凛として立つエドワード殿下の姿もあった。
「カイン様……! 来てくださったのですね!」
私がカイン様の方へと駆け寄ろうとした時だった。
「――アアアアッ!! 僕を見て! 先輩、僕を見てよッ!!」
そんなユリウス君の叫び声と共に、遂に光の獣は姿を成し、彼を呑み込んだ。そして咆哮する。
それは単なる熱波ではなく、触れた物質を素粒子レベルで分解する「消滅の光」だ。
「危ないッ!」
エドワード殿下が前に飛び出し、聖剣で光の奔流を受け止める。
ジュッ、と音を立てて剣身が赤熱し、殿下の顔が苦痛に歪む。
「ぐぅっ……! なんて出力だ……! これが、人の身に扱える魔力か!?」
「……チッ。ヴィンセントの奴、あの子犬を『炉心』にして、塔の地下脈ごと爆発させる気か」
カイン様は即座に闇の防壁を展開し、その背後に私とルミナさんを庇う。
「セシリア! 無事か!」
「私は大丈夫です。それよりも……」
「カイン様! ユリウス君が……このままでは彼自身が燃え尽きてしまいます!」
ルミナさんが涙ながらに訴える。
光の獣は、ユリウス君の生命力を燃料にして暴れまわっているのだ。彼を助けるには、あの巨大な光の装甲を剥がし、中のユリウス君を引きずり出すしかない。
「……助ける? 無理だね」
カイン様は冷酷に言い放つと、右手により濃密な闇を収束させた。
「あれはもう大きなリスクを払わずにして解除は不可の爆弾だ。ここで僕が『黒棺』で完全に圧殺し、消滅させるのが一番安全だ。……。セシリア、君に火の粉がかかるリスクは冒せない」
「駄目です、カイン様!」
私がカイン様の腕を強く掴むと、彼は驚いたように私を見た。
「ユリウス君を見殺しにすれば、ルミナさんは一生傷を負います。それに……殿下も納得しないでしょう。それでは『ハッピーエンド』にはなりませんわ」
「……君は、あんな怪物のために危険を冒すのか?」
「いいえ。貴方が『ただの冷酷な悪役』に戻らないためにです。……カイン様。貴方の闇は、全てを飲み込むためではなく、暴れる光を『抑え込む』ためにあるのではありませんか?」
私の言葉に、カイン様は一瞬だけ虚を突かれたような顔をし、やがて不敵に口角を上げた。
「……は。君は本当に、僕の扱いが上手いな。……いいだろう。あのクソ忌々しい太陽を、僕の闇で塗り潰してやる」
カイン様が前に進み出ると、エドワード殿下の横に並んだ。
「殿下。貴方の聖剣で、あの光の装甲を一点突破しろ。その間、あいつの動きは僕とセシリアで完全に封じる」
「……カイン、また協力してくれるのか」
「勘違いするな。セシリアが『助けろ』と言ったから従うだけだ。行くぞ!」
カイン様が両手を広げる。
塔の最下層全体が、ねっとりとした漆黒の闇に包まれた。
「――『深淵の牢獄)』!」
闇の鎖が四方八方から伸び、暴れる光の獣の手足を拘束する。
獣が嫌がって暴れるが、そこに私の重力魔法が追撃を加える。
「逃しませんわ! ――『グラビティ・プレス・マキシマム』!」
「ガアアアッ!?」
カイン様の闇が「動き」を封じ、私の重力が「質量」を押さえつける。
悪役令嬢と悪役令息、二人の「制圧力」は、暴走するボスすらもねじ伏せる。
「今だ、殿下! ルミナ!」
カイン様の号令と共に、エドワード殿下が疾走する。
「うおおおおッ!!」
殿下の聖剣が、闇の隙間から露出した獣の胸部――ユリウス君のいる核へ向かって突き刺さる。
硬い魔力の殻が砕け散り、中からユリウス君の姿が露わになった。
「ルミナ、浄化を!」
「はいっ! ……お願い、戻ってきてユリウス君! ――『セイクリッド・ヒール』!!」
ルミナさんの放つ慈愛の光が、殿下の切り開いた道を通り、ユリウス君の胸の護符へと直撃する。
毒々しい赤黒い光が、清浄な白へと塗り替えられていく。
❄❄❄
「……あ、あぁ……先輩……?」
目を覚ましたユリウス君の瞳から狂気が抜け落ち、光の獣が霧散していく。
彼が力なく崩れ落ちるのを、エドワード殿下が間一髪で抱き止めた。
周囲を包んでいた灼熱が消え、静寂が戻る。
残ったのは、焦げ付いた床と、荒い息をつく私たち四人だけだった。
「……ふん。手間をかけさせやがって」
カイン様は乱れた髪をかき上げると、興味なさそうにユリウス君から視線を外し、真っ直ぐに私の元へ歩み寄ってきた。
「セシリア。怪我はないか」
「ええ、カイン様。……ありがとうございます。貴方のおかげで、誰も死なずに済みました」
「……僕は、君が無事ならそれでいい。他はどうでもいいんだ」
そう言いながらも、カイン様は私が無事であるのを確認すると、安堵したように私の肩に額を預けた。
その背中越しに、ルミナさんが泣きながらユリウス君を介抱し、殿下がカイン様に向けて、無言で感謝の目配せを送っているのが見えた。
塔の上層から、朝陽が差し込んでくる。
ヴィンセントの姿はどこにもない。
ただ、壊れた拡声器から、ノイズ混じりの音声が微かに漏れていた。
『……素晴らしい。光と闇の融合。……想定以上のデータだ。……これなら、次の段階へ進めるね……』
その不吉な声を、カイン様は無造作に闇魔法で粉砕した。
「帰ろう、セシリア。……。ここは埃っぽくて、君には相応しくない」
カイン様は私を横抱きに抱き上げると、瓦礫の山を背に、出口へと歩き出した。
その横顔は、世界を救った英雄の誇らしげな顔ではなく、ただひたすらに愛する者を守り抜いた、安堵の表情をする一人の青年のものだった。




