二十九話 崩落
カイン様は塔にかけられた術式の中和を試みますが、事は上手く進まずにいました。
それどころか、全てはヴィンセントの手のひらと言うように次々と不足の事態が襲ってくる。
「――来るぞ!」
カイン様の鋭い声が、石造りの空間に響き渡る。
封鎖された展望台の床を突き破り、黒い泥のような魔力を纏った「人型の魔獣」たちが次々と這い上がってきたようだ。
かつて演習で戦ったものとは比較にならない数。そして、それら全てがヴィンセントの手によって、この塔に集まる高密度の魔力を吸い上げ、常に再生し続ける「不死の兵隊」と化して現れた。
「殿下、私も共に戦います!」
レオン様が剣を抜き、最前線に飛び出した。しかし、魔獣の一撃を受けた彼の剣が、火花を散らして弾き飛ばされてしまう。
「くっ、重い……! なんだこの質量は!?」
「レオン、無理をするな!」
エドワード殿下が聖剣を抜き、レオン様の横に並び立つ。二人の剣技は学園随一ですが、斬っても斬っても即座に傷口が塞がる魔獣を前に、じわじわと体力を削られている。
それを見守るしかなかったカイン様は、拳を血が滲むほど握りしめていた。
彼にとって、殿下たちが私たちを守るため戦っている中で術式の中和も成功せず、戦闘にも参加出来ないこの状況は無力さを認める屈辱的なものになってしまったのでしょう。
「……殿下、レオン。……。一度しか言わない。道を開けろ」
そう言って、カイン様が前に出ました。彼の周囲に、凝縮された闇の魔力が渦巻いている。
「僕がこの魔獣たちの『核』を一時的に凍結させる。その隙に、殿下が聖属性の斬撃で粉砕しろ。……一匹も漏らすな。死にたくなければね」
「……ああ、分かった。行くぞ、カイン!」
カイン様の放つ漆黒の氷が魔獣の動きを止め、そこを殿下の光り輝く刃が断つ。
本来、反発し合うはずの「闇」と「光」の魔力が、この極限状態において奇跡的なハーモニーを奏でていた。
「……信じられない。あんなに仲が悪かった二人が……」
ルミナさんが、祈るように胸元で手を組んで呟いた。
けれど、私はその中で見てしまう。カイン様が殿下と背中を合わせるたび、その表情が苦渋に歪んでいるのを。
彼は、自分一人の力で私を完璧に守り抜けない現状に、激しい怒りを感じている。その怒りこそが、彼の魔力をより鋭く、より冷徹に研ぎ澄ませているのだ。
「セシリア、大丈夫か!?」
カイン様が魔獣を薙ぎ払いながら、一瞬だけ私を振り返った。
その瞳は、恐ろしいほどの熱を帯びている。
「……はい、カイン様。私は大丈夫です。信じておりますから」
私の言葉に、彼は短く、しかし力強く頷くことしかできないまま。
「……やめてよ。どうして、そんな風に戦えるの?」
絶望の声を上げたのは、隅で震えていたユリウス君だった。
彼の胸元の護符は、今や彼の生命力そのものを吸い上げるように不気味な脈動を繰り返している。
「先生は言ったんだ。……『絆』なんて、極限状態になれば脆く崩れ去る、不確かなものだって。……。お互いを疑い、殺し合うのが人間の本性だって……!」
「黙れ、ユリウス!」
カイン様が声を荒らげた。そして殿下がユリウス君に向かって言葉を投げかけようとする。
「君を操っているのはヴィンセントだ! 目を覚ませ!」
「……違うよ。僕は……僕はただ、ルミナ先輩に、僕だけを見て欲しかっただけなんだ……!」
ユリウス君の叫びと共に、護符から巨大な魔力の奔流が溢れ出した。
それは塔の構造を内部から崩壊させるほどの衝撃波。
「しまっ――」
カイン様が即座に障壁を展開しますが、間に合わない。
爆風が私たちを襲い、展望台の床が大きく崩落した。
視界が白く染まり、耳鳴りが響く中、自分が宙に浮いているのを感じる。
「セシリアッ!!」
カイン様の絶叫が耳の中を木霊する。
崩れ落ちる塔の瓦礫と共に、私たちは下層へと投げ出された。
光り輝く星空が遠ざかり、私たちはヴィンセントが待ち受ける、塔の心臓部――最深の「実験場」へと堕ちていくのでした。




