二十八話 投げられた賽
2年生の秋、学園の公式行事として行われた「星見の塔」への見学。
王都の北に位置するこの塔は、かつての占星術師たちが天啓を得るために建てられたとされている。
その一方で学園屈指の「告白の名所」として名高い場所でもある。
私達はその術師らが塔へ入る時に身につけていたとされる「星読みの護符」を手に向かった。
塔の展望台へ向かう長い螺旋階段。ルミナさんは、何度も立ち止まり、震える手で胸元を押さえていた。
「……セシリア様。私、決めました。この星空の下で、自分の心に答えを出します」
彼女の瞳には、迷いを断ち切った強い光が宿っている。
エドワード殿下の誠実さ、レオン様の包容力、そしてユリウス君の無垢な憧れ。そのすべてに向き合った彼女が出した答え。それを、彼女は今日、一人の男性に告げるつもりなのだ。
「ええ、ルミナさん。貴女が選ぶ方なら、きっと間違いありませんわ」
私は彼女の背中をそっと押し、展望台の入り口で見送った。
本来のゲームなら、ここから先は特別なムービーシーンへと入る。
彼女が誰と手を取り合い、光の指す未来へ歩み出すのか。私は一人の友人として、その幸せを願う。
「……終わったようだね。聖女の『おままごと』は」
展望台の隅、夜風に黒色の髪を揺らしながら、カイン様が私を待ち構えていた。
彼は私を自分の隣へ引き寄せると、遠くで誰かと語り合うルミナさんの影を見つめる。
「カイン様。おままごとだなんて、失礼ですわ。彼女は一生懸命……」
「分かっているよ……だが、『そんな事』にしかならないんだよ。このイベントに仕組まれた事を前にすれば」
「仕組まれた……?」
カイン様が私には見えない何かを考えてそこに静かに佇んでいる。
そして展望台が静まり返る。
ただ1つ、ルミナさんが迷いぬいた末に1人の男性―――エドワード殿下に震える声で想いを伝える声だけが聞こえる。
「……殿下。私は、貴方と歩みたいです」
それは、この2年間の葛藤に終止符を打つ、清らかな光景。
傍らでそれを見届けていたレオン様やユリウス君も、一瞬の寂しさを顔に出しながらも、彼女の決断を尊重し、祝福の言葉を口にしようとしていた。
「……おめでとう、ルミナ」
レオン様がそう呟いた、その時。
カチリ、と。
塔の深淵から、巨大な時計の針が動いたような、不快な硬質の音が響く。
「……今の音は」
カイン様が眉をひそめ、足元の石床に視線を落とした。
彼はすべてを見通していたわけではありません。ただ、鋭敏すぎる魔力の感覚が、塔の構造そのものが「変質」し始めたことを、そして以前から絡み合っていたあの男の策謀が嫌な予感として形を成したのでしょう。
「カイン、何か感じるか!?」
エドワード殿下が問いかけますが、カイン様は苛立たしく首を振る。
「分からない。だが……塔内部の魔力循環が逆流している。……逃げるぞ、殿下! 全員を連れて今すぐ降りろ!」
カイン様の警告は、あまりにも唐突でした。
しかし、その直後。展望台の唯一の出口である螺旋階段の扉が、凄まじい勢いで閉ざされ、未知の術式によって封印されたのです。
「……あはは、やっと動いた」
そんな、乾いた笑い声を上げたのは、ユリウス君だった。
彼は、ルミナさんに振られたショックで立ち尽くしていたのではなかった。
彼の胸元に下げられた、学園から支給されたはずの「星読みの護符」――それが、ドクドクと脈打つように赤黒く発光していいる。
「ユリウス君!?その首飾りは……!」
ルミナさんが駆け寄ろうとしますが、カイン様がその腕を荒っぽく掴んで引き止める。
「近寄るな、聖女! それは護符じゃない。……遠隔起動型の『空間固定器』だ」
カイン様の声には、見通せなかった自分への怒りが混じっていた。
「ヴィンセントは、誰が誰を選ぶかなどという不確かなものではなく、『この場所に聖女と殿下達が揃い、特定の魔力の高揚がトリガーとなる』ように、物理的な装置を仕掛けていたんだ」
「先生が言ってたんだ。『君が振られても、受け入れられても、どっちでもいい。……ただ、君がこの塔の頂上で「誰か」と心を交わした瞬間、僕の最高傑作が目を覚ます』って」
ユリウス君自身も、何が起きているのか完全には理解していないようだった。
ただ、あの男に刷り込まれた事をまるで操り人形のように口にしているだけ。
彼の持つ「太陽魔法」が、首飾りに吸い込まれ、塔全体の魔導回路に「燃料」として注ぎ込まれていく。
「……クソっ、あいつ……。学園の備品にまで手を回していたのか……!」
カイン様が壁を殴りつけ、強引に結界を破ろうと魔力を叩きつけますが、塔はびくともしない。
それは「単純な力」で解決できるような生易しい術式ではなく、この塔を建立した古代の英知そのものを悪用した巨大な檻。
塔の外壁が剥がれ落ち、夜空にはヴィンセントが放ったであろう、禍々しい観測用の魔導灯が浮上していく。
塔の下からは、かつての演習で見たのと同じ、不気味な合成魔獣たちの咆哮が聞こえ始める。
「殿下! 剣を抜け! ここを壊すには、僕の魔力だけじゃ足りない」
カイン様は、屈辱に満ちた表情でエドワード殿下に向き合う。
自分の力だけで私を守りきり、解決したかったはずの彼が、今、最も嫌っていた「協力」を口にした。
「……分かっている。カイン、君が術式を中和してくれ。その間、私がルミナとセシリア嬢を守る!」
「……セシリアに傷一つ付けてみろ。その時は、ヴィンセントより先に貴方を殺す」
カイン様は私を一度だけ強く抱きしめ、すぐに離れた。
「セシリア。僕らから離れるなよ絶対に」
カイン様が、冷や汗を流している。こうして脅威を目の前にこんな姿を見るのは私でも初めての事だった。
星見の塔は、いまや王都を望む美しい展望台ではなく、ヴィンセントが仕掛けた「解体実験場」へと姿を変えてしまったのです。




