二十七話 平凡な
演習から戻った学園は、どこか浮き足立った空気に包まれていた。
「残り火の宴」で多くのカップルが誕生したという噂が飛び交う中、当のヒロインであるルミナさんはといえば、以前にも増して困り果てた様子で私の元へ転がり込んできた。
放課後の学生食堂のテラス席。
私とカイン様が静かに紅茶を楽しんでいると、真っ赤な顔をしたルミナさんが、音を立てて椅子に座り込んだ。
「セシリア様! 聞いてください! ……もう、どうしたらいいのか分かりませんわ!」
「まあ、ルミナさん。また殿方たちのことで?」
私が苦笑しながらスコーンを差し出すと、彼女はそれを一口齧ってから、堰を切ったように話し始める。
「そうなのです! レオン様は、昨日『君の歩む道に、俺が盾として付き従おう』なんて、跪いて仰るんです。……それなのに、エドワード殿下は『あんな堅苦しい男はやめた方がいい、私なら君を笑わせてやれる』って割り込んでくるし……。トドメに、ユリウス君が『僕、先輩に頭を撫でられると、心臓の音が鳴り止まなくて……先輩、治して?』なんて……!」
「……ふふ。まさに、百花繚乱ですわね」
私は扇で口元を隠し、そう答えた。
本来のゲームなら、ここが個別ルートへの分岐点に当たる。この世界がHAPPYENDを辿るのであればどの選択肢を選んでもルミナさんの幸せは約束されているようなものだけれど、そうでなかった場合は……。
いずれにせよ、当にとっては人生を左右する大問題。辿る道によっては私も関与せざるを得ないことでしょう。
「……下らない。そんなことに迷う暇があるなら、魔術の理論書の一冊でも読み進めればいいのに」
向かいで魔術書を読んでいたカイン様が、冷たく、けれどどこか呆れたように口を挟みました。
ルミナさんは「カイン様は冷たいです!」と頬を膨らませましたが、カイン様は魔術書を閉じ、その深い紅の瞳をルミナさんに向けた。
「ルミナ。君の欠点は、全員に対して『正解』を出そうとすることだ。彼らはそれぞれ、君の異なる側面を愛している。殿下は『聖女』としての君を、レオンは『放っておけない女』としての君を、あの子犬は『包容力のある姉』としての君を求めている」
カイン様は、私の手をテーブルの上でそっと握り込む。
「誰を選ぶかは、君が『誰の前で一番、自分らしくいられるか』……それだけでいいはずだ。僕のようにね」
カイン様の言葉は、毒舌のようでいて、今の彼だからこそ言える真理を突いていました。
かつて周囲を拒絶していた彼が、私の前でだけ「自分」を取り戻したように。
「自分らしく……。私、エドワード殿下の前だと緊張して背筋が伸びますし、レオン様の前だとつい我儘を言ってしまうし……。ユリウス君の前だと、守ってあげなきゃって思ってしまいます」
ルミナさんはうーん、と唸りながら考え込んむように自分の世界に入った。
「……カイン様。意外とルミナさんの相談に乗ってあげているのですね」
私が小声で囁くと、カイン様は少しバツが悪そうに視線を逸らしました。
「……別に。ただ、彼女がいつまでも迷っていると、周囲の男たちが騒がしくて君との時間が削られるからね。早く一人に決めて、静かになってもらいたいだけだよ」
そう言いながら、カイン様は私の皿に、自分が頼んだ小さなケーキを一切れ移してくれる。
「甘いものは好きだろう?」という視線。
以前のような、他者を排除するための冷徹な態度は影を潜め、今の彼は「大切な人の周辺を平穏に保ちたい」という、極めて建設的な(?)思考にシフトしています。
「あ、カイン様! そのケーキ、新作のベリータルトですよね! セシリア様だけ……羨ましいです」
「……ルミナ。君には、その辺にいる三人の誰かに買わせればいいだろう。ほら、あそこにいる殿下たちがこっちを伺っているぞ」
カイン様が指差した先では、柱の影からエドワード殿下たちが、こちらを心配そうに、あるいは火花を散らしながら見つめていた。
「ひゃっ!? ……も、もう! 私、失礼しますわ!」
ルミナさんは顔を真っ赤にして、逃げるようにテラスから走り去っていきました。
その後を追うように、三人の足音が遠ざかっていった。
「……ふふ。賑やかですわね、カイン様」
「……ああ。騒がしいが……まあ、悪くないよ」
カイン様は私の手を握り直すと、指先に柔らかなキスを落としました。
運命を変え、私たちは今、この奇跡のような「平凡な日常」を共有している。




