二十六話 野外講習(2)
演習の最終日。すべての班が魔石の回収を終え、森の開けた広場に集まった。
中央には、魔導具によって制御された巨大な「聖なる火」が赤々と燃えている。これは「精霊の残り火」と呼ばれる儀式。演習で乱れた森の気を静め、生徒たちの無事を祝う、伝統ある宴だ。
火の光が赤々と周囲を照らす中、生徒たちは配られた果実水を手に談笑している。
私は少し離れた切り株に座り、爆ぜる火の粉を眺めていた。
「……セシリア嬢。少し、隣いいだろうか」
声をかけてきたのは、エドワード殿下だった。
彼の手には二つのカップがあり、その一つを私に差し出した。
「あ、殿下。……ありがとうございます。カイン様なら、今あちらで教官と……」
「いや、分かっている。用があるのはあいつじゃなくて……君に少し、話があったんだ」
殿下は私の隣に腰を下ろし、揺らめく火を見つめた。
「昨日の演習中、カインとの連携を見ていた。……あいつは、以前の刺々しさが嘘のように、君の前では穏やかだ。……認めざるを得ないな。君が、あいつの狂気を飼い慣らしたのだと」
「飼い慣らしただなんて。……私はただ、彼の隣にいるだけですわ」
私が苦笑すると、殿下はふっと自嘲気味に笑った。
「……あいつの隣にいる時の君は、誰よりも誇らしげに見える。私は、あいつを危険視し、君を保護すべきだと考えていたが……。今の二人を見ていると、私の差し出す手こそが、無粋な邪魔者に思えてくるよ」
それは、殿下が初めて見せた「敗北宣言」のような、清々しくも寂しげな言葉だった。
一方、火のすぐ側では、ルミナさんがユリウス君とレオン様に挟まれて、顔を真っ赤にしていた。
「ルミナ先輩! あの火の中に、花の形をした精霊が見えます! 僕と一緒に見に行きましょう!」
「ちょっと待て、ユリウス。火に近づきすぎるなと言っただろう。……ほら、ルミナ、俺から離れるな」
レオン様がルミナさんの肩を抱き寄せ、ユリウス君を牽制する。
エドワード殿下、レオン様、そして新入生のユリウス君。
三者三様の想いが交錯する、まさに「黄金の夜」。ルミナさんは戸惑いながらも、自分に向けられる真っ直ぐな好意に、少しずつ女性としての自覚を芽生えさせているようだった。
その光景は、誰の目から見ても「正しい青春」そのものだった。
「――僕のいない間に、随分と楽しそうに喋るじゃないか」
冷ややかな、けれどどこか熱を帯びた声が耳元で響いた。
いつの間にか戻っていたカイン様が、私の肩を後ろから抱きすくめる。
エドワード殿下は、カイン様のその眼差し――「僕のものに触れるな」という無言の威圧――を察し、苦笑いしてルミナさんの取り合いが行われている方へ混ざりに向かった。
「カイン様。おかえりなさい。殿下は、私たちを認めてくださったみたいですよ」
「……殿下に認められる必要なんてない。僕は、君が僕を認めてくれていれば、それでいいんだ」
カイン様は私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む。
今、私の前だけで強大な独占欲を「甘え」として昇華させている姿を見て、自分の鼓動が大きくなるのを感じる。それが恥ずかしいけれど、カイン様はその鼓動の音さえ愛おしいと言うように優しく私の胸の方をなぞった。
「ねえ、セシリア。あの火よりも、君の髪の方がずっと綺麗だ」
「……カイン様ったら、皆様が見ていらっしゃいますわ」
「見ていればいい。僕が君を選び、君が僕を選んだ。その事実に指を差す者は、もうこの学園にはいないんだから」
カイン様は私の左手を取り、指輪の嵌った指先に、誓いを立てるように唇を寄せた。
それは以前のような「監禁への予兆」ではなく、今の幸せを噛みしめるような、深く、穏やかな愛。
「卒業まで、あと2年。このまま、誰も僕たちの邪魔をしなければいいのにね」
カイン様の囁きが、火の爆ぜる音に紛れて溶けていく。
私たちは、燃え盛る「残り火」を眺めながら、自分たちの未来がこの火のように強く、永く続くことを、静かに信じていた。




