二十五話 野外講習
六月の爽やかな風が吹き抜ける、学園所有の広大な演習林。
2年生の初夏に行われる「野外演習」は、3人一組の班で山道を踏破し、指定された魔石を回収して戻るという伝統行事だ。
「……信じられない。なぜ、君も同じ班なんだ」
カイン様が、これ以上ないほど不機嫌そうに吐き捨てた。
それもそのはず。今回の班分けは、教官がランダムに決めた結果、【カイン、セシリア、ルミナ】という、あまりにも注目度の高い組み合わせになってしまったのですから。
「私、お二人と一緒ですごく嬉しいです!」
ルミナさんが、お揃いの演習用ジャージ姿で元気よく笑う。
「いいじゃないですか、カイン様! 私は心強いですわ」
「はぁ……君がそう言うのなら、これ以上は僕もないも言わないさ」
そうしてカイン様を窘めた一方で、遠くからこちらを恨めしそうに見つめているのは、エドワード殿下やレオン様の班。
彼らは「なぜカインがルミナと一緒に……」という熱い嫉妬の視線を送っている。
「……セシリア、ルミナ。森は足場が悪い。僕から離れないように」
文句を言いながらも、カイン様は真っ先に私の手を取り、ルミナさんの進む道を魔法で整え始めた。なんだかんだで面倒見が良いのが、今のカイン様なのだ。
演習中、私たちは遭遇した小型の魔獣と対峙することになった。
「ルミナ、ここは君の出番だ。浄化魔法の『指向性』を意識して」
カイン様が、的確な指示を出す。
ルミナさんは緊張した面持ちで杖を構え、澄んだ魔力を放った。
「えいっ! ……『シャイニング・バインド』!」
光の鎖が魔獣を優しく拘束し、戦意を削ぐ。1年生の頃から聖女として聖属性の魔法に秀でていた彼女は、今となっては立派な魔導士と言っても遜色ない実力を持っている。
「やりました、セシリア様!」
「素晴らしいわ、ルミナさん。とても綺麗な魔法だったわ」
私が駆け寄り、彼女と手を取り合って喜んでいると、背後からカイン様が小さく鼻を鳴らす。
「……筋は悪くない。だが、ルミナ。君のその『非情になりきれないが故に生じる危なっかしさ』が、殿下たちをあんなに必死にさせているんだという自覚を持った方がいい」
「えっ……? どういうことでしょうか……」
首を傾げるルミナさんに、カイン様はそれ以上答えず、私の腰に手を回して自分の方へ引き寄せてくる。
「セシリア。少し歩き疲れただろう? あそこの大樹の陰で休憩にしよう。ルミナ、君はそこで見張りをしていなさい」
「ええっ!? 私が、お二人の見張りですか……?」
「当然だ。僕たちは婚約者として、語り合わなければならないことが山ほどあるんだ」
ルミナさんが困ったように微笑みながら少し離れた場所で周囲を警戒する中、私たちは大きなブナの木の根元に腰を下ろした。
生い茂る葉が天然の屋根となり、キラキラとした木漏れ日がカイン様の黒色の髪を照らしている。
「……カイン様。ルミナさんに意地悪を言わないでくださいませ」
「事実を言ったまでに過ぎないよ。……それに、こうして君を独占する時間を稼がないと、やってられない。……。外の世界は、ノイズが多すぎる」
カイン様は私の膝に頭を乗せ、目を閉じた。
演習の喧騒から切り離された、二人だけの穏やかな時間。
「ねえ、セシリア。君の世界では、こういうのを『デート』って言うんだろう?」
「……ええ。山歩きのデート、というのも悪くありませんわね」
カイン様は私の手を握り、指先を自分の唇に寄せた。
「卒業まで、あと2年。ルミナが誰を選ぼうと、殿下が何を成そうと、僕には関係ない。僕はただ、こうして君が隣にいてくれる日々を、少しでも長く繋ぎ止めていたい」
その言葉は、とても純粋な愛の告白に聞こえた。けれど、握られた手の力がほんの少しだけ強く、彼の中に潜む「執着」が、地下深くでマグマのように脈動しているのを、感じる事ができる。その危うさすら感じる愛の刺激が私とっては嬉しかった。
平和な、あまりにも平和な時間。
私たちは、この幸せな時間が「嵐の前の静けさ」であるこから目を逸らし、今はただ身を委ねた。




