二十四話 女子会
「……セシリア様、起きていらっしゃいますか?」
就寝時間を過ぎた女子寮。私の部屋の扉が控えめにノックされた。
扉を開けると、そこには枕を抱え、薄手のネグリジェの上にカーディガンを羽織ったルミナさんが立っていた。
「ルミナさん? どうしたの、こんな時間に」
「あの……その、眠れなくて。……少しだけ、お話させていただけませんか?」
部屋に招き入れると、同室のファティマも「あらあら、聖女様が……珍しいわね。もしかして噂の恋のお悩みかしら?」とニヤニヤしながら紅茶を淹れてくれた。
ベッドに腰掛けたルミナさんは、温かい紅茶を一口飲むと、深いため息をついた。
「……セシリア様。私、もう誰の言葉に応えるべきなのか分かりません」
「昼間の件ですわね。皆様、随分と熱烈でしたもの」
「はい……。エドワード殿下は『国のために私が必要だ』と仰いますし、レオン様は『お前が危なっかしいから俺が守る』と仰います。……それに、新入生のユリウス君まで、『先輩みたいな人がタイプなんです』って……」
ルミナさんは顔を真っ赤にして、枕に顔を埋めた。
これぞ乙女ゲームの醍醐味。本来なら羨ましい限りの状況だけれど、当事者にとっては「誰か一人を選ばなければならない」という重圧でもある。
「ルミナさんは、誰か『特別』だと思う殿方はいないの?」
私が尋ねると、ルミナさんは顔を上げて、指折り数え始めた。
「殿下は……誠実で素晴らしい方ですけれど、私を見るといつも『聖女としての責務』の話ばかりで、少し息が詰まります。……レオン様は、昔から知っているお兄様みたいで一緒にいて安心しますけど、ときどき過保護すぎて……」
「なるほど。では、ユリウス君は?」
「あの子は……可愛らしいですけど、なんだか掴みどころがなくて。……それに、時々すごく寂しそうな目をするんです。放っておけないというか……」
(……おや? これはユリウスルートのフラグかしら?)
私は心の中で分析する。
2年生編から参戦するユリウスは、「年下の甘えん坊」に見せて、実は孤独を抱えているというギャップが売りだ。母性本能の強いルミナさんには効果覿面かもしれない。
「でも、皆様素敵すぎて……。私なんて、ただの田舎娘なのに……」
「自信をお持ちなさい、ルミナさん。貴女は誰よりも優しくて、可愛いわ。……自分の心に正直になればいいのよ」
私が励ますと、ルミナさんは潤んだ瞳で私を見つめた。
「……セシリア様は、どうして分かったのですか? カイン様が『運命の人』だと」
その問いに、私は思わず言葉に詰まった。
運命、というよりは、私が彼を死なせたくなくて必死に足掻いた結果だ。
けれど、今の私にとって彼が「代わりのいない存在」であることは間違いない。
「……そうね。カイン様は、私の良いところも、悪いところも、全部知っていて……それでも『離さない』と言ってくれたからかしら。そんな彼だから私は一緒に居たいと思ったの」
私がそう呟いた瞬間、左手の薬指にはめた指輪――カイン様から贈られた魔石の指輪が、ほんのりと温かくなった気がした。
(……カイン様、聞いているのね?)
この指輪には、微弱な通話魔法が付与されている。彼は男子寮の自室で、この会話をBGMに優雅に読書でもしているに違いない。
『……ふふ。60点だね、セシリア。もっと「世界で一番愛しています」くらい言ってもバチは当たらないよ』
頭の中に、彼の楽しげな声が直接響く。
やっぱり聞いていた。盗聴は趣味が悪いと抗議したいけれど、今はルミナさんの前だ。
「……全部を受け入れてくれる人というのは、得難いものですわ。ルミナさんにも、きっとそういう瞬間が訪れます」
「全部を……。素敵です、セシリア様」
ルミナさんは憧れの眼差しで頷き、少し元気を取り戻したようだった。
「私、もう少し皆様と向き合ってみます。……エドワード殿下の不器用な優しさも、レオン様の心配性も、ユリウス君の寂しさも。……逃げずに、ちゃんと知ろうと思います」
「ええ、それがいいわ。応援しているわよ」
ルミナさんが部屋に戻った後、私は窓を開けて夜風に当たった。
指輪にそっと触れる。
「……カイン様。悪趣味ですよ」
『人聞きが悪いな。愛する婚約者が、夜に他の男の話をしていないか心配だっただけだよ』
カイン様の声は、甘く、そして安堵に満ちていた。
『……でも、安心したよ。聖女が誰を選ぼうと、君の心は僕だけのものだ。……そうだろ?』
「ええ、もちろんですわ。……貴方が一番ご存知でしょう?」
『ああ。……おやすみ、僕のセシリア。いい夢を』
通話が切れる。
学園の夜は静かで、平和そのものだ。
ルミナさんは恋に悩み、殿下たちはアプローチに奔走し、私はそれをカイン様と共有して楽しむ。
こんな穏やかな日々が、ずっと続けばいい。




