二十二話 閉められて
冬の終わり、進級を確実なものとした私に、カイン様は当然のように「春休みはシルヴェスタの屋敷で共に過ごそう」と提案した。
それは一見、仲睦まじい婚約者同士の帰省に思えるけれど、彼にとっては「セシリアを形作るすべての要素を、自分の管理下に置く」ための儀式でもあった。
数ヶ月ぶりに戻ったシルヴェスタ伯爵家。
私の父である伯爵と、母は、見違えるほど凛々しく、そして「優しく」なったカイン様を、涙を流さんばかりの勢いで歓迎した。
「カイン殿、娘がこれほどまでに穏やかで美しい女性に成長したのは、すべて公爵家の……いえ、貴方の支えがあったからこそだ。心から感謝している」
父の言葉に、カイン様は完璧な礼儀で作法を返し、柔らかな微笑みを向けた。
「滅相もございません、伯爵。セシリアが僕に光をくれたのです。……彼女なしでは、今の僕は存在しません。ですから……彼女の身の回りのこと、そしてシルヴェスタ家の将来についても、僕が責任を持って支えさせていただきたい」
カイン様は、ただ「娘を愛している」と言うだけでは終わらなかった。
彼は、父が抱えていた領地の小さな赤字問題や、老朽化した水路の修繕計画など、シルヴェスタ家が抱える「弱み」を、その卓越した知性と資金力で一晩のうちに解決する算段を提示してみせたのだ。
父も母も、すっかり彼を「救世主」として崇めている。
私を育んだ両親さえも、カイン様が編み上げた「恩義」という名の見えない糸で、絡め取られていく。
「……カイン様、少しやりすぎではありませんか? お父様たちが、恐縮してしまっています」
晩餐の後、私の自室。
カイン様は、私が幼い頃から使っている天蓋付きのベッドに腰掛け、部屋の隅々までを見渡していた。
本棚の並び、飾られた刺繍、壁に掛かった幼少期の私の肖像画……。
「そうかな? 僕はただ、君を育んだこの場所を、世界で一番安全で、豊かな場所にしたいだけだよ。……それとも、僕が家族に干渉するのが不満かい?」
カイン様は立ち上がり、私の背後に立って肖像画を見つめた。
そこには、私が転生する前の――傲慢で、冷ややかな目をした幼いセシリアが描かれている。
「……この子は、僕を本来は虐めていたはずなのにね。でも、今の君がこの中に『入って』くれたおかげで、僕は救われた。シルヴェスタ伯爵家は、僕にとっての聖域だ。君を産み、君を僕に引き合わせてくれた場所だからね」
カイン様の指が、私の首筋をなぞる。
その愛撫は、家族の温もりが残るこの部屋では、どこか背徳的で、それでいて逃れられない甘い束縛として響いた。
「君の両親は、僕が君を守ることを心から望んでいる。これで、君を連れ戻そうとする身内はいなくなったよ。……世界中で、君の味方は僕だけで、僕の味方は君だけだ。……ねえ、幸せだろう? セシリア」
カイン様の指は私の体を上から絡め取って行く。その感触が全体へ伝わった頃、私たちはようやく全てを共有する事ができた。
❄❄❄
春休みの最終日。
私たちは、学園へ戻るために馬車に乗り込んだ。
見送る両親の顔は、喜びと安心に満ちている。彼らは、愛娘が「愛に狂った怪物」の隣で、一生涯飼い殺されることに、一ミリの疑いも抱いていない。
カイン様は、走り出した馬車の窓から遠ざかる屋敷を眺め、満足げに呟いた。
「さあ、戻ろう。2年目は、もっと楽しくなるよ。ヴィンセントや殿下にも、僕たちがどれほど『完璧』になったか、見せつけてあげなきゃね」
馬車の扉が閉まる音が、まるで牢獄の鍵がかけられたような、重く決定的な響きを持って耳に残った。




