十八話 収穫祭
十月。学園は収穫を祝う「収穫祭」に沸き立っていた。
色とりどりの旗が翻り、屋台からは甘い菓子の香りが漂う。本来なら、学生として最も心が弾むはずの行事だ。
けれど、私の隣を歩くカイン様との間に流れる空気は、冬の朝のように凍てついていた。
「セシリア。今日は僕がずっと君の隣にいる。……あの男や、殿下につけ入る隙は与えない」
カイン様は私の手を握っている。けれどその握り方は、愛を確認するためではなく、獲物が逃げないかを確認するような、無機質な強さだった。
「……ええ。私も、カイン様と一緒に楽しみたいですわ」
精一杯の笑顔を作っても、彼の目は笑わない。
私は確信していた。彼は、あの地下書庫の夜から、私のすべての言動を「嘘」というフィルターを通して見ているのだと。
祭りの喧騒の中、私たちの前に立ちはだかったのは、エドワード殿下と聖女ルミナだった。
殿下の表情は険しく、ルミナは今にも泣き出しそうな瞳で私を見つめている。
「セシリア嬢……。君は、いつまで自分に嘘をつき続けるつもりだ?」
エドワード殿下が進み出る。その後ろには、ヴィンセント様が「観客」として静かに佇んでいた。嫌な予感がする。
「殿下、何のことでしょうか……」
「ディアス講師から聞いたよ。君が彼に『自分は本当のセシリアではない』と相談していたことを! 彼は、カインの精神的な圧迫によって、君の人格が乖離し始めていると危惧している!」
(……ヴィンセント様! そんな、嘘を……!)
私が隠していた「秘密」を、ヴィンセント様は「精神的な病」という形に歪めて、王太子にリークしたのだ。
「セシリア様!」
ルミナが私の手を掴もうと駆け寄る。
「カイン様の愛は、あなたを壊しています! 彼の隣にいるあなたは、もう本来のあなたじゃない! 私が……私の光で、あなたを縛っているその闇を、今度こそ浄化してみせます!」
「やめて、ルミナさん!」
叫び声と同時に、ルミナの手から放たれた「浄化の光」が私を包み込もうとした。
「――消えろ、虫ケラども」
その瞬間、私の視界が真っ暗な魔力に覆われた。
カイン様が、これまでにない殺気を持って魔力を解放したのだ。
周囲の屋台が衝撃でなぎ倒され、生徒たちの悲鳴が上がる。
「カイン、やめろ! 暴力で彼女の心を繋ぎ止められると思うな!」
エドワード殿下が剣を抜き、ルミナを庇う。
「心……? 殿下、君は何も分かっていない」
カイン様は私を背後に隠し、狂気を含んだ笑い声を上げた。
その瞳は、もはや正常な人間のそれではない。
「セシリアが何者でもいい。中身が誰であろうと、彼女が僕を『救う』ために演じているだけだとしても……。その嘘の舞台を壊す奴は、僕が一人残らず殺すだけだ」
「カイン様、落ち着いてください! 私を見て!」
私が彼の腕に縋り付いても、彼は私を見ようとしない。
彼は、私の「正体」を暴こうとする周囲の攻撃を、自分と私の「二人だけの世界」への侵略だと受け取ってしまったのだ。
「セシリア。……君が僕に嘘をつき続けなければならない理由があるなら、僕が『真実』なんてものが存在しない世界を作ってあげる」
カイン様の足元から、黒い影が広がり、学園の広場を侵食していく。
エドワード殿下の正義も、ルミナの善意も、そして私の必死の訴えも。
すべてを飲み込もうとする彼の絶望が、収穫祭の夜を、終わりのない暗闇へと変えようとしていた。
遠くで、ヴィンセント様が眼鏡の縁を触りながら、満足げに呟くのが聞こえた。
「……さあ、見せてください。嘘で塗り固められた関係が、真実という毒に触れてどう崩壊するのかを」




