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悪役救済BADEND  作者: ゆずリンゴ
第二章

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十四話 暴かれた花

 放課後の図書室、その最奥。ヴィンセント様は、カイン様の目が届かないわずかな隙間を突いて、再び私の前に現れた。


「シルヴェスタ嬢。先日、私は君のことを『マリオネット』と呼びましたが……訂正させてください。君はもっと、ずっと奇妙で、美しい」


 ヴィンセント様は手に持っていた古びた魔導書を閉じ、眼鏡の奥の鋭い瞳で私の方を見る。その視線は、もはや私の根底の奥深くにあるものまで射抜くように。


「君の魔力の揺らぎを精査しました。……おかしいですね。この世界の貴族令嬢が持つべき、均整の取れた魔力回路ではない。まるで、後から別の何かが無理やり継ぎ足されたような、あるいは……別の世界から紛れ込んだような。」


 心臓が跳ねた。指先が微かに震える。


「……何を、仰っているのか分かりませんわ、先生」


 ヴィンセント・ディアス講師の指が、私の髪に触れる。

 その瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。カイン様の執着は熱く重いけれど、この男が向けてくるのは、冷徹な刃で心を剥かれるような、無機質な好奇心だ。気持ちが悪い。


「……シルヴェスタ嬢。君を見ていると、時折、非常に奇妙な感覚に陥る」


 ヴィンセント様は、私の瞳を覗き込むようにして声を落とした。


「君の振る舞いは完璧な淑女だ。だが、その根底にある思想……カイン・グランドールを『救いたい』というその一途なまでの献身は、どこから来る? 君はまるで、彼が歩むはずだった『悲劇』をすべて知っていて、それを先回りして潰しているようだ」


 (……気づかれている?)


 心臓の鼓動が早くなる。

 私は、この世界の「未来」を知っている。ゲームという形で、彼らの悲劇を見届けてしまったから。

 けれど、それはこの世界の誰にも知られてはいけない、私だけの秘密のはずだ。


「先生、私はただ、婚約者として……」


「いいえ。婚約者という枠組みでは説明がつかない。君の瞳には、時折、この世界の住人ではないような、かんした『慈しみ』が見える。……カイン君は、その不自然さに気づいていないのか? あるいは、気づかないふりをしているだけか」


 ヴィンセント様は、愉しげに眼鏡の奥の瞳を細めた。


「君という存在の正体を、私は暴きたい。君が何を隠し、何を目指しているのか。……それを知るためなら、私はカイン君の『所有権』を侵害することさえ厭わない」


「――そこまでにしておけ、偽善者」


 冷たい声が、背後から突き刺さった。

 振り返ると、カイン様がいつになく無表情でそこに立っていた。


 以前のように、すぐに怒鳴ったり魔法を放ったりはしない。けれど、その沈黙こそが、今の彼がどれほど深い不快感を抱いているかの証明だった。


「カイン様……」


「おいで、セシリア」


 カイン様は私の手を取り、自分の後ろへ隠すように引き寄せた。

 ヴィンセント様を見据えるカイン様の目は、もはや同年代の少年が見せるものではなかった。獲物を屠る瞬間の、冷徹な狩人の目だ。


「君は彼女を『知りたい』と言った。……。なら、教えてあげよう。彼女を深く知ろうとした人間が、どんな最期を遂げることになるのかを」


 カイン様の瞳が、深紅に燃える。

 しかし、ヴィンセント様は怯えるどころか、悦びに満ちた表情でそれを受け流した。


「おや、恐ろしい。ですがシルヴェスタ嬢、忘れないで。君がその息苦しい『愛』に絶望した時、私の研究室の扉はいつでも開いていますよ。……君という存在は、箱の中で眠らせておくには、あまりにも惜しい」


「ディアス先生。貴方の知的好奇心が、僕のセシリアの『心の内側』にまで及ぶというのなら、それ相応の報いを受けてもらう。……。彼女が何者であろうと、何を考えていようと、それは僕だけが知っていればいいことだ」


 カイン様は私の指に刻まれた「守護の刻印」を愛おしげに、けれど強く撫でた。


「君に彼女の『正体』などという不確かなものを探る隙は与えない。……消えろ。次はないぞ」


 ヴィンセント様は、カイン様の殺気を全身に浴びながらも、満足げに微笑んだ。


「……ふむ。独占欲を理性の檻に閉じ込めているようだが、土台が崩れかけていますよ、グランドール君。……シルヴェスタ嬢、また会いましょう。君の秘密が私達をきっと手繰り寄せてくれるはずでず」


 ヴィンセント様は優雅に去っていった。

 残された私とカイン様の間には、気まずい沈黙が流れる。

 カイン様は私を抱きしめることはしなかった。

 ただ、私の手を握る彼の力が、微かに強まる。


「……セシリア。あの男が言ったことは、デタラメだよね?」


 カイン様が、私の瞳を覗き込んできた。

 その瞳には、かつての孤独な少年のような、縋るような色が混じっている。


「君に、“僕の知らない秘密“なんて、ないよね? 君は、僕だけのセシリア……。どこか遠くから来た『誰か』なんかじゃない。……そうだと言ってくれ」


 私は彼の言葉に答えることができなかった。

 ヴィンセント様が投げかけた「私への疑惑」は、カイン様の心に、小さな、けれど決して無視できない棘を植え付けてしまった。


 カイン様が私を「信じよう」とすればするほど、その秘密の香りが、彼をより深く狂わせていく。

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