十二話 偽りの静寂
離宮からの帰還後、学園には束の間の「静寂」が訪れていた。
カイン様は宣言通り、私の自由を尊重し、レオンやエドワード殿下との接触も「表面上は」黙認するようになった。
けれど、それはカイン様が牙を抜かれたわけではなく、「私を失わないために、より高度な擬態を覚えた」という方が正しいのかもしれません。「理解ある婚約者」というなの仮面を被って。
❄❄❄
ある日の放課後、中庭のテラス。
私はファティマと、そして珍しくレオン様も交えて、次回の演習の資料を広げていた。
「……なるほど。北方騎士団の陣形を応用すれば、魔力量に劣る者でも防衛線を維持できる。シルヴェスタ嬢、貴殿の着眼点は鋭いな」
レオン様が、感情の起伏の少ない声で私をそう称賛した。離宮の一件以来、彼は私を「監視対象」から、少しだけ「認められた後輩」として扱うようになったように思う。
「ありがとうございます、ブレイズ様」
そこへ、カイン様がやってきた。
以前の彼なら、レオン様が私の隣に座っているだけでその視線を冷ややかなものとして周囲を氷漬けにしていたでしょう。けれど今の彼は、穏やかな微笑みを絶やさず、私の背後に立つだけでいる。
「良い議論ができているようだね、セシリア。君が学ぶ姿を見ていると、僕も刺激を受けるよ」
彼はレオン様に対しても、慇懃に会釈をする。
その振る舞いは、完璧な公爵家次期当主そのもの。けれど、私を包み込む彼の手が、私の肩をわずかに強く――痛くない程度に、けれど「離さない」と主張するように――握っているのを、私だけがこの場で理解できる。
「……グランドール。随分と丸くなったな」
「そう見えるなら光栄だよ、ブレイズ。……セシリア、お茶の時間だ。君の好きなベルガモットの香りのものを用意させたんだ。一緒に行こう?」
カイン様は、決して命令はしない。「提案」という形で、私を周囲から優しく、確実に引き剥がしていった。
その巧妙な手腕に、ファティマが隣で小さく耳打ちをした。
「……ねえセシリア様。カイン様のこれ、以前の暴走よりずっとタチが悪いわよ。自分が『正しい飼い主』だと周囲に認めさせた上で、あなたを囲い込もうとしているもの」
その言葉に「考えすぎよ」という答えを私は返す事ができなかった。
そんなある日、ついに学園に新たな風が吹き込んできた。
原作ゲームにおいて、カインとは別の意味で「狂気」を孕んでいた、あの人物が登場でしたのです。
魔術棟の特別講師として招かれた、隣国の魔導学者。
「ヴィンセント・ディアス」。
彼は、人間を人間としてではなく「魔力の器」としてしか見ない、冷徹な知識の探求者。
そして本来のゲームでは、の持つ「聖女の秘められた魔力特性」に目をつけ、彼女を実験台として破滅へ誘う、もう一人の悪役に近い攻略対象だった。
「おや……。これは素晴らしい。学園の退屈な授業を耐える価値がありました」
廊下ですれ違った際、ヴィンセントは足を止め、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。
彼が見ているのは、私の顔ではなく、私の魂に刻まれたカイン様の執着の魔法……守護の誓約。
「……君の魂にかけられたその『呪い』。これほど美しく、おぞましい愛の結晶は初めて見ましたよ、シルヴェスタ嬢」
ヴィンセントの登場により、カイン様の「反省」という名の仮面が、再び音を立てて剥がれるのが私には聞こえた。




