九話 雨の中の決闘
レオン・フォン・ブレイズによる「監視」は、日に日に執拗さを増していた。
彼はカイン様を直接攻撃するのではなく、学園の細かな規則――「他人の授業への干渉禁止」「過度な接触の制限」などを盾に、私とカイン様を物理的に引き離し始めたのだ。
「……セシリア。君は今日、僕と一緒に温室で予習をするはずだったのに」
放課後の廊下。カイン様が私の手を取ろうとした瞬間、その間にレオンの鞘が差し込まれた。
「グランドール。これ以降、許可なき他科の教室への出入りは、風紀違反として減点対象とする。シルヴェスタ嬢、貴殿は速やかに自習室へ」
「……ブレイズ。君は、自分の首が何本あると思っているんだ?」
カイン様の赤い瞳に、どろりとした殺気が宿る。
これまでのカイン様なら、ここで力を使って解決していただろう。けれど、レオンの背後には「学園の全教師」と「騎士団」の支持がある。ここで暴れれば、カイン様は学園を追われ、私と離れ離れになってしまう。
それを分かっているからこそ、カイン様は拳を血が滲むほど握りしめ、レオンを睨みつけていた。
❄❄❄
一週間後。事態は最悪の形で動いた。
レオンが「カインが禁止された闇魔導の術式を隠し持っている」という嫌疑をかけ、カイン様に「学園騎士法に基づいた決闘」を申し込んだのだ。
もしカイン様が負ければ、彼は騎士科の地下監獄へ一時拘束される。
そしてカイン様が勝っても、過剰に相手を傷つければ「暴走」とみなされ、除籍処分されてしまう。どうあっても彼が不利な方に転ぶ決闘。けれど、作中屈指の聖人と言われるレオンがカイン様をただ貶めるような真似をする為だけに今回の事を仕組んだとも思えなかった。
(レオン様は、カイン様を試しているんだわ。彼が『人間』として踏み止まれるかどうかを……!)
降りしきる雨の中、訓練場に二人の少年が対峙した。
カイン様は剣を抜かず、冷ややかにレオンを見下ろしている。
「僕から彼女を奪えると、本当に思っているのか?」
「奪うのではない。彼女を、君という呪いから『解放』するだけだ」
レオンの鋭い突きが放たれる。
カイン様はそれを最小限の動きでかわし、指先から小さな、けれど密度の高い魔力を放った。
爆音とともに土煙が舞う。
「カイン様、やめて……!」
私の叫びは雨音にかき消される。
レオンは満身創痍になりながらも、決して剣を引かなかった。彼は、カイン様が「セシリアのためならルールだって守れる」という一点を、身を挺して証明させようとしていた。
―――戦いは、意外な形で幕を閉じた。
カイン様がレオンの喉元に魔力の刃を突きつけた瞬間、彼は術を解いたのだ。
「……殺さないのか」
肩で息をするレオンが問う。カイン様は、ひどく冷めた、けれどどこか空虚な瞳で私を振り返り、言った。
「……殺せば、セシリアが僕を見る目に、恐怖が混じる。……それだけは、耐えられない」
カイン様は、レオンという男を「敵」としてではなく、「セシリアを不快にさせる要因」として認識し、それを排除するために「模範的な婚約者」を演じることを選んだのだ。
「ブレイズ。君の勝ちだ。……僕は学園の規則に従う。その代わり、これ以上僕たちの間に踏み込むなら、君の信じる『秩序』ごと、この国を買い取って解体してやる」
レオンは沈黙した。
この時、彼はカインの内に眠る「常に壊れかねない危うさ」を見たのかもしれない。
けれど同時に、その怪物を繋ぎ止めている唯一の鎖が、私の涙であることを理解した。
「……。わかった。これ以上の個人的な干渉は控えよう。……だが、シルヴェスタ嬢。君がいつか、その鎖の重さに耐えられなくなった時は、風紀委員室に来い。身の安全だけは約束する」
レオンは剣を収め、雨の中に消えていった。
カイン様は、泥まみれのまま私を抱きしめた。
その温もりは、以前よりもずっと必死で、壊れそうで。
「……セシリア。僕は、良い子にしていたよ。だから、離さないで。……ねえ、約束だよ?」
レオンとの対立は終わった。
それからカイン様が連れていかれるまで、私は彼の冷えた手を包み込んで離せなかった。




