第九章:『鉄の怪獣と、カービン銃の少女』
ズウゥゥン、ズウゥゥン、とジャングルの底がひび割れるような凄まじい地鳴りが、洞窟の壁をガタガタと震わせた。
白く煙るスコールの向こうから姿を現したのは、米兵の斥候だけではなかった。泥を跳ね上げ、シダ植物をなぎ倒しながら進んできたのは、米軍の主力中戦車『M4シャーマン』だった。無骨な鋳造の車体、前方を睨む75ミリ戦車砲。その鉄の怪獣が、太一たちの潜む洞窟のすぐ目と鼻の先へと迫ってきたのだ。
太一のASDの過敏な鼓膜には、シャーマンのコンチネンタル星型エンジンの爆音と、無限軌道がレイテの泥を容赦なく踏み潰す「ギチ、ギチ、バリバリ」という金属音が、脳髄を直接ハンマーで殴られるような激痛となって襲いかかっていた。恐怖で下腹部がまたジクジクと鳴り、喉の奥が引き攣る。
「おい太一! 伏せろ、息を止めるんだ!」
大叔父が慌てて太一の防暑衣の首根っこを掴んで泥の中に引きずり倒そうとした――その瞬間だった。
緊張のあまり足元が見えていなかった大叔父は、洞窟の入り口のぬるぬるした泥濘に見事なまでに足を滑らせ、「うわっとと!」と不格好に両手を振り回しながら、真後ろに盛大にズッコケた。
ドサァァン! と、湿った泥の床に背中から叩きつけられた大叔父は、背嚢からさっき引ったくった軍馬の飼い葉(藁束)を派手にぶちまけ、さらに運悪く、完全に石のように硬直していたロバの尻に頭をゴツンとぶつけた。
「ぶふっ……! い、痛ぇ、海軍の意地が……」
大叔父は黒ネクタイを泥まみれにしながら、鼻をこすって情けない声を漏らす。目の前に米軍の戦車が迫っているという文字通りの絶体絶命の瞬間なのに、そのあまりのズッコケぶりに、太一は下痢の痛みを一瞬忘れて「何やってるんですか、この人は……」と完全に白目を剥いて唖然とするしかなかった。
「……静かに、静かにしてください、大叔父さん! ロバの口を塞ぐんだ!」
太一は必死でロバの長い耳を抑え、その大口を手で塞ぎ込んだ。自動歩兵も、太一の殺気を感じ取ったのか、琥珀色の真空管の眼をボウとくすませたまま、赤い足を泥に沈めて完全に気配を消している。
時間が完全に凝固していた。洞窟の入り口を通り過ぎていくM4シャーマンの排気ガスの焦げ臭い匂いと、泥臭い米兵たちの雑談の声が、雨音に混ざって生々しく流れ込んでくる。太一たちはただ、心臓の音すら戦車にかき消されるのを祈りながら、じっと息を潜めて彼らが去るのを待った。
――どれほどの時間が経っただろうか。
やがて、あの忌々しい戦車の地鳴りと米兵の足音が、スコールの彼方へと完全に遠ざかり、ジャングルには再び激しい雨の音だけが戻ってきた。
「ふぅ……死ぬかと思ったぜ。陸軍の戦車とは比べ物にならん質量だな、ありゃあ」
大叔父が泥だらけの軍服を払いながら、何事もなかったかのように立ち上がる。
太一が安堵の吐息を漏らし、握りしめていた三八式歩兵銃の冷たい銃身からようやく手を離そうとした、その時だった。
カチャリ。
スコールがわずかに弱まった洞窟の入り口、シダの葉を押し分けて、一人の影が音もなく滑り込んできた。
米兵ではない。その影が手にしていたのは、米軍兵士が持つ無骨なM1ガーランドではなく、明らかにそれよりも一回り小さく、取り回しの良い、木製ストックの『M1カービン銃』だった。
暗い洞窟の光の中に浮かび上がったのは、泥と硝煙に汚れながらも、強い眼差しをこちらに向ける一人の少女の姿だった――。




