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第八章:『地獄の天蓋、洞窟の蠢きと緑の猟犬』

 ドババババ、とジャングルの天蓋をへし折るような重低音を立てて、レイテ島特有の猛烈なスコールが再びすべてを白く塗り潰し始めていた。

 不味いドードー鳥の、腐った魚の油と泥を混ぜ合わせたような最悪にギトギトした脂が、太一の過敏な口腔から食道、そして空っぽの胃袋へとへばりつき、凄まじい吐き気を催させている。案の定、その強烈な不快感に連動するように、下腹部が雑巾を絞られるような下痢の激痛を訴え始め、手のひらから冷たい脂汗が噴き出した。太一は泥まみれの三八式歩兵銃を抱え、這い出るような足取りで大叔父の後に従うしかなかった。

「……クソ、フィリピンの野生の軍鶏(シャモ)は不味かったな。今まで喰った海軍のどの配給よりも硬くて臭ぇ。まるで泥の塊を噛んでるみたいだ」

 大叔父は、引ったくった恩賜のタバコ『ほまれ』の湿った吸い殻をペッと泥の中に吐き捨て、乾ききった唇を不格好に歪めながら呟いた。現実の地獄を、冗談混じりの軽口で必死に誤魔化そうとする大叔父の、海軍仕込みの生活の知恵だった。

 しかし、太一のスペック脳は、その誤魔化しを許さない。太一は下痢の腹痛に耐え、引き攣った呼吸のまま、過敏な耳を雨音に向けながら冷徹に声を返した。

「大叔父さん……あれは軍鶏じゃありません。一七世紀にモーリシャス島で完全に絶滅したはずの、ドードー鳥です。学名はラフス・ククラトゥス。オランダの船乗りたちが『ワルグフォーゲル(嫌な鳥)』と呼んで忌み嫌った、史実通りの最悪の不味さですよ……」

「絶滅だか何だか知らんが、生きるために胃袋へ押し込んだんだ、文句を言うな。……それより太一、のんびり蘊蓄を垂れてる暇はねえぞ。この雨の勢いだ、火も熾せなけりゃ視界もゼロだ。前方のミラー(米軍)も、後ろの黒川の野郎も、この嵐じゃまともには動けん。とりあえず、このスコールを凌げる急ごしらえの住処(すみか)を見つけなくてはな」

 大叔父の言う通りだった。熱帯の豪雨は、衣服を文字通り肌に張り付かせ、体温を容赦なく強奪していく。

 二人が泥濘を這いずるようにして見つけたのは、巨大な岩肌が抉れてできた、ジャングルの斜面にぽっかりと口を開けた薄暗い洞窟だった。

 入り口から這い入ると、中はじっとりとした湿気と、獣の糞尿、そしてどこか鉄と血の生臭さが混ざり合った特有の腐敗臭が立ち込めていた。大道寺コンビと、長い耳を垂らしてガタガタと震える一頭のロバ、そして九四式無線の乾電池を装填され、琥珀色の真空管の目を不気味に明滅させる無骨なブリキの自動歩兵。彼らの、闇に潜むような過酷な「洞窟暮らし」が、この冷たい豪雨の中で幕を開けた。

 じゅく、じゅくと、濡れた地下足袋が洞窟の泥を踏む音が、不快に壁に反響する。

 太一は、洞窟の入り口の冷たい風が吹き込む岩の死角に身を潜め、濡れた銃身を強く抱きしめながら見張りについた。外のゴウゴウという雨音が世界のすべてをかき消していく中、太一のASDの過敏な鼓膜が、スコールの重低音の隙間に混ざる「別の異音」を鋭く捉えた。

 ――カチャ。

 それは、ジャングルの濡れたシダ植物を、重い靴底が踏み荒らす音。そして、日本軍の装備品(三八式)とは明らかに違う、油のよく乗った、米軍兵器特有の冷酷な金属の擦れ合う音。

 太一の網膜が、白く煙るスコールの向こう、緑のシダの葉を掻き分けて肉薄してくる複数の影を捉えた。泥まみれのオリーブドラブ色の野戦服、頭部を覆う重厚なM1ヘルメット。手には、泥水に濡れて妖しく鈍光を放つM1ガーランド自動小銃を構えている。

(……米軍(ミラー中佐)の……斥候だ……!)

 雨を突いて音もなく迫る、泥臭い緑の猟犬たち。その距離、わずか数十メートル。

 洞窟の暗闇の奥で、自動歩兵の頭部のスリットが、未知の敵の質量を感知してカチカチカチと不気味な歯車音を立てて激しく点滅し始める。戦闘稼働時間は持ってあと数十分。退路のない洞窟の闇の底で、生にしがみつく大道寺コンビと米軍斥候との、仁義なき最初の接触(遭遇戦)の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた――。

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