第七話:『恵みの小川、絶滅鳥の泥サバイバル飯』
「おい太一、あそこを見ろ!」
大叔父が熱帯の巨大なシダの葉を押し分けた先、ドードーの群れが憩う沼地のすぐ傍らに、驚くほど透き通った小川がせせらぎを上げていた。激しいスコールが何度もジャングルを洗ったおかげだろうか、泥の混じらない清冽な水が流れている。
「み、水だ……!」
太一は三八式歩兵銃を放り出すようにして小川へ這い寄り、泥まみれの両手で水をすくって貪るように喉へと流し込んだ。ASDの過敏な喉をひんやりとした純粋な水分が潤し、下腹部の激痛が和らいでいく。大叔父も豪快に口をつけ、生き返ったようなため息をついた。
「ぷはぁ! 陸軍の泥水より、よっぽど上等な海軍の味がするな!」
二人は腰からカラの『昭和五式水筒』を外すと、小川の清流に沈めた。「ゴボゴボ」と心地よい音を立てて、茶褐色のアルミ水筒が命の水で満たされていく。ロバも川辺に首を伸ばして長い喉を鳴らし、自動歩兵は真鍮色の胸板に水滴を浴びながら静かに佇んでいた。
「よし、水分は確保した。次は腹だ。スコールが来る前に一気にいくぞ」
大叔父は水筒の栓を締めると、軍刀を逆手に持ち替え、間の抜けた顔で水を飲んでいた一羽のドードー鳥の背後に忍び寄った。人間を恐れる遺伝子を持たない絶滅鳥は逃げようともしない。――ザシュ、と鈍い音が響いた。
大叔父の鮮やかな手並みによって仕留められたドードーは、輜重兵から引ったくったマッチと飼い葉の藁束で熾した焚き火の上で、豪快に焼き上げられた。飯盒の中では、彼らが産み落としたダチョウほどもある白い卵がぐつぐつと茹で上がっている。
しかし、塩をたっぷり振って焼き上がったその肉を口に含んだ瞬間、太一の顔は強烈に歪んだ。
「……っ!! う、うわ……っ、不味い……!!」
あまりの激痛のような不味さに、太一は白目を剥きそうになった。
肉はゴムのように硬く、噛んでも噛んでも繊維が噛み切れない。それどころか、口の中にブワッと広がったのは、腐った魚の油と泥を混ぜ合わせたような、形容しがたい悪臭とギトギトとした嫌な脂っこさだった。
太一のスペック脳が、大航海時代の史実データを絶望と共に弾き出す。
(そうだ……思い出した……! ドードーの肉は、17世紀のオランダの船乗りたちから『ワルグフォーゲル(嫌な鳥)』って呼ばれるほど、めちゃくちゃ不味くて有名だったんだ……! だからこそ、肉としてじゃなく『油を搾るため』だけに乱獲されて絶滅したんだ……!)
現代の知識が、その圧倒的な「不味さ」の正体を残酷に証明していた。贅沢なご馳走などでは決してない。これなら、陸軍のパサパサした乾パンの方が数倍マシだった。
しかし、大叔父は「うぐっ」と喉を詰まらせ、涙目になりながらも、その不味い肉を引ったくった塩で強引に誤魔化し、乾パンと一緒に胃袋へと無理やり押し込んでいた。
「クソッ、なんて不味い鳥だ……! だがな太一、贅沢を言うな! 不味くても、こいつは立派な血肉だ! 喰わなきゃ明日の朝には飢え死にするぞ!」
「……っ、はい……!」
太一も吐き気を堪え、ドードーのギトギトした最悪の脂を乾パンに染み込ませ、水筒の水で強引に丸飲みした。巨大な茹で卵も、ボソボソとして硫黄臭く、お世辞にも美味いとは言えなかったが、二人は生きるために、ただ黙々とその絶滅鳥の泥サバイバル飯を咀嚼し続けた。
恩賜のタバコ『ほまれ』に火をつけ、苦い顔で紫煙を燻らせる大叔父の頭上から、ポツリ、ポツリと、再び巨大な雨粒がジャングルの葉を叩き始める。
前方のミラー中佐、後方の黒川大尉。その二つの死線に挟まれた泥沼の楽園で、彼らは最悪に不味いエネルギーを身体に満たし、いよいよ本格的な決戦へと這い出そうとしていた――。




