第十二章:『泥の安息、邪道の英語と乾パンの分け前』
洞窟の奥には、日本軍の毛布に包まれた狂気の看護婦が、まるでこれまでの地獄をすべて洗い流すかのように、静かで深い寝息を立てていた。その安らかな横顔を見つめながら、太一はようやく胃袋の底を締め付けていた下痢の激痛が、わずかに和らいでいくのを感じていた。
だが、その張り詰めた静寂を、大叔父のあまりにも突飛な行動が音もなくぶち壊した。
大叔父はホッとしたように太い息を漏らすと、あろうことか、カービン銃を抱えたゲリラ少女と太一の目の前で、無造作に防暑衣の袴を緩め、洞窟の壁に向かって豪快に立ち小便を始めたのだ。
じょぼじょぼと、泥水に混ざる生々しい排泄の音が洞窟の岩肌に反響する。そのあまりの図太さとモラルの欠如に、太一は三八式歩兵銃を抱えたまま、開いた口が塞がらずに完全に呆れ果てるしかなかった。外の激しいスコールの音すら、その一瞬だけは遠のいたかのように思えた。
「ふぅ……。おい太一、小腹が空いたな。残りの乾パンでも食うか」
大叔父は何事もなかったかのように袴を締め直すと、背嚢からガサゴソと輜重兵からひったくった残りの乾パンの袋を取り出し、太一へと無造作に放り投げた。
そして、まだ洞窟の入り口でM1カービン銃を下げたまま、油断なくこちらを睨みつけていたゲリラ少女の存在に、大叔父は今さらながら、ハッと気づいたようにポンと自分の額を叩いたのだ。
「あぁ、忘れていた」
大叔父は泥まみれの黒ネクタイを不格好に揺らしながら、乾パンを数枚握りしめ、彼女の構える銃口の射程内へと平然と歩み寄っていった。
「私を撃つな。君の分も勿論あるから」
大叔父は、驚きと警戒で目を剥くゲリラ少女の、泥と硝煙に汚れた手のひらの上へ、ゴツゴツとした陸軍の乾パンを無理やり手荒に置き去った。そして、自分の泥だらけの胸元を不敵に張りながら、これ以上ないほど邪道で、堂々とした片言の英語を洞窟の闇に響かせた。
"Here you are. japanese food. good taste."(ほらよ。日本の飯だ。美味いぞ)
大叔父のそのあまりにマヌケで、けれど一本芯の通った「 Here you are.」の響きに、太一は本当に腰を抜かしたまま、呆れてため息をつくしかなかった。
カービン銃を持った少女は、手のひらの上の乾パンと、目の前の泥だらけの海軍大叔父の貌を交互に見つめながら、喉の奥を引き攣らせるようにして、小さく、本当に小さく息を漏らした。
洞窟の奥では、自動歩兵の頭部のスリットが、乾パンの香ばしい匂いと、4人の間に流れる奇妙な泥の安息を検知したかのように、琥珀色の真空管の眼を優しく、ボウッと明滅させて静かに佇んでいた。戦闘稼働時間は、持ってあと数十分。だが、この激しいスコールの天蓋の下で、彼らは確かに、生き残るための奇妙な共同戦線の味を、一枚の乾パンを通じて共有しつつあった――。




