第1節 2.新しい仲間
———・・・
分かれ道を右に進んでから数日。
この世界に生まれてから一週間ほど。
この体は一切の食事を必要としなかった。
ただ、周りの魔力が自分に取り込まれる感覚があるため、食事の代わりとなっているのが魔力なんだろうなということは理解できた。
それにしても……
「まーっっったく何とも出会えない!!退屈だよ~」
そう、あれからも生き物とは出会えなかった。
石の性質が少し変わったり、草が少し違うものになったり、その程度の変化しかなかった。
もうすこし何か変化が欲しいな、と呟きかけたとき。
小さな、本当にかろうじて拾えた程度の小さな音が聞こえた。
…ぴゅぃ………
私は歓喜した。
自分以外の生き物がいると。
嬉しさと好奇心に溢れながら、急いで声の方向を探しだして走り出した。
私は危機感が薄れていたことを自覚していなかった。
一週間近くなにもなかったことから、危険はないんだと勝手に思ってしまっていたのだ。
そして、声のもとにたどり着き、近寄りかけて、恐怖した。
そこには二匹の生き物がいた。
一匹は青い体の小さな生き物。
体から出血しており、睨みつけるかのように目の前の生き物を見ていた。
もう一匹は真っ黒な毛皮に覆われた大きな狼のような生き物だった。
目は赤く血走っており、こちらも睨みつけるように目の前の青い生き物を見ていた。
そして狼型の生き物は正気じゃないように見えた。
明らかに興奮しており、意思というものを感じなかった。
私は悩んだ。
青い生き物を助けるべきか、否か。
異世界に憧れてはいたけど、私は元はただの一般人だ。
戦うことに慣れてはいない。恐怖もある。
でもこの時の私に、放っておくという選択肢はなかった。
「や、やめなよ。弱い者いじめだなんて……よくないよ。」
言葉が通じるとは考えていなかった。
でも咄嗟に声が出た。
すぐに後悔したけど。
ぐるるるるる…………
狼は大きな唸り声をあげて私を見た。
目が合い、目をしっかりと見て確信した。
この獣には、やはり意思はないと。
濁った瞳、こちらを見ているようでどこを見ているのかわからない視線。
意思なき獣とはこういうものをいうんだ、と。
ぐるるぁあああああああ!!!
吠えながら突進してくる狼を迎え撃つため、咄嗟に一番得意な土魔法で作った槍を狼に放つ。
しかし、狼は大きな体に見合わない素早さでかわしていき、軽々と私の目の前に降り立った。
やられる。
そう思ったときだった。
ぴゅい……!!
少しだけ力のこもった声が聞こえたと同時に、狼は炎に包まれた。
狼は火から逃れようとじたばたと暴れるが、炎はどんどん大きくなっていき、やがて狼は動かなくなった。
私はただ茫然と、その光景を見つめていた。
———・・・
狼は黒焦げになり息絶えた。
それを呆然と見つめていた私は小さな声で我に返った。
ぴゅぃ………
「あっ、そうだ!!青い子は?!」
私は青い生き物がいた方向にまだその子がいることを確認してその子に駆け寄った。
近づいたらその子が少し大きめのとかげのような生き物だということが分かった。
「大丈夫?!怪我は……あぁ、酷い、ボロボロだよ……。でも君のおかげで助かったよ。多分さっきの炎は君の力、だよね?本当にありがとう。私に何かできることは……」
その時、先ほどまでとは違う声が聞こえてきた。
[君は……誰……?僕の敵、なの…?それに、どうして君の言葉が僕にわかるの………?うっ、もう、力が……!]
私は周りを見渡したが、声の存在らしきものは見当たらない。
[どこを、見ているの…?僕はここ、だよ。君の目の前にいる……]
ハッとして目の前の青いとかげを見る。
目が、合った。
[やっと気づいた?……ねぇ、答えて。君は僕の、敵なの?]
「君がしゃべってるの…?……あっ、言語理解の力か!私…私は、そうだな…………君が、襲ってこないのならば、敵じゃないよ。」
しばらく私の目を見つめて、嘘じゃないと考えた青いとかげは安堵したかのように体から力を抜いた。
[あぁ、よかった。敵だったら、僕は死を覚悟しなければならなかったからね。あとはこの怪我をなんとかしないと……。——そういえば、君は誰?どうしてこんな場所にいるの?それにその姿……種族は何?あと、どうして僕と会話ができるの?]
私は少し悩みながら一つずつ答えていく。
「まず、私は元人間なんだ。色々あって、変などろどろになっちゃって……今は自分以外の生き物を見つけるためと、エルフを目指して旅?をしてる。気が付いたらここにいたから、何でここにいるのかはわからないんだ、ごめんね。種族もわからない……変などろどろって私は思ってるよ。会話ができるのは、多分私の能力のおかげかな。」
[そっか……答えてくれてありがとう。元人間ってことは、名前とかあるの?]
私はばれないように息をつめた。
名前。
それは前世で私を縛る呪縛だった。
二度と名乗りたくない、捨てた名前。
「…………ごめんね、私には名前がないんだ。」
私は反応を見るのが怖くて目をそらしながら答えた。
しかし、青いとかげの反応はあっけらかんとしたもので。
[そうなんだ。なら、新しい名前を考えてもいいんじゃないか?エルフを目指してるってことは、いずれ人間の生活圏に行くだろう?名前はあった方が便利だと聞いたことがあるよ。]
「あっ、確かに……!自分で名前を考えるの、ありかもしれない…!!ちょっと待ってね、考えてみる!」
私はまずどんな名前にしようか考えた。
新しい人生、新しい姿、新しい私、そして、新しい名前。
新しい………確かドイツ語でこんな名前が———
「———ノイ。私の名前は、ノイ。これからはノイって呼んでね。」
[ノイ………ノイ。………うん、いい響きだね。これからよろしくね、ノイ。——そうだ。僕の名前も付けてくれないかい?少し名前ってものに興味がわいたんだけど、自分でつけるのはなんだか違う気がするんだ。こんな素敵な名前をすぐ考え付いたノイになら安心して任せられる。]
「えっ、私が?!うーん、そうだな………」
私は青いとかげをじっと観察する。
深い海のようなきれいな青い体に、澄んだ空を思わせる綺麗な水色の瞳。
青。
確か前世で好きだった響きのものが———
「アズ………なんて、どうかな。青いって意味が含まれてるんだけど…」
[アズ………アズ。うん、いいね。今日から僕はアズって名乗ることにするよ。名前を考えてくれてありがとう、ノイ。]
青いとかげ———アズは、嬉しそうに尻尾を揺らした。
「こちらこそ、自分で名前を考えるっていう案を教えてくれてありがとう。ところで…その、傷、大丈夫なの……?」
アズは少し顔をゆがめて自分の体を見る。
[少し無茶をしすぎたかな……。このままだったらしばらくは動けそうにないよ。そうだ、さっきのヤツ、気を引いてくれてありがとう。そのおかげで魔法を当てることができたよ。]
「役に立てたならよかった!でもしばらく動けないのは困るよね……なんとかできないかな……。」
私は自分の中の創造魔法に集中する。
今この瞬間、新しくできた友達を助けるために。
傷をふさぎ、体力が回復するような魔法を。
[ノイ、何をしているの……??すごい力が溢れているよ…!]
私はアズの言葉も聞こえずひたすら集中する。
お願い……!!回復魔法を、私に頂戴………ッ!!!
その瞬間、自分の中に新しい力が宿ったのを感じた。
「はぁ、はぁ。アズ、ちょっと試したいことがあるから試させてくれる?」
[う、うん。それはいいけど………。ノイ、大丈夫?すっごく疲れているように見えるけど……]
「大丈夫!これを試したら休憩するから!」
[ノイがそういうなら……それで、なにをするつもりなんだい?]
「成功するかわからないからまだ秘密で!」
私はアズの体にそっと歪な手を置く。
自分の中に新しく生まれた力に集中して、アズの体に私の魔力を流し込んでいく。
[ッ?!これは……!!]
アズが驚いているのを無視してそのまま魔力を流し続ける。
私はアズの体に魔力がいきわたったのを確認して、魔法を使った。
「回復して…ッ!!」
次の瞬間、アズの体は淡い光に包まれ、光が薄れてきたときには体中にあった傷は綺麗さっぱり消えていた。
———・・・
[いやぁ、それにしても驚いたよ。まさか回復魔法が扱えるなんて!]
ご機嫌な様子で私の隣を歩いているのは、青いとかげのアズだ。
傷を治してからだいぶ時間がたっており、今は二匹で旅を再開したところだ。
どうしてアズも一緒に来ることになったのか、それは少し時をさかのぼる———
———・・・
[す、すごい、体の痛みが全部なくなってる!ねぇノイ、今のはもしかして……]
「うん、多分回復魔法であってるよ。」
私は初めての大きな魔法をぶっつけ本番でやったことによる疲労で座り込みながら返事をする。
成功するとは思っていたけど、不安もあったから成功してよかった。
[多分って……回復魔法って難しいって聞いたことがあるよ。ノイはすごいんだね。]
アズが少し呆れたような気がしたが、疲れている私は気づかないふりをする。
[それにしても……どうしようかな、しばらくはここで休息をとるつもりだったけど、今すぐ動けるようになっちゃった。そういえば……ノイの旅の目的はどんな感じなの?詳しく聞いてなかった気がするんだけど。]
アズは自分の体を隅々まで確認しながら私に質問を投げかけてくる。
「そうだね……一つ目の目的はエルフになることだけど、これは時間がかかるかな。もう一つの目的だった自分以外の生き物に出会う、はアズで達成できたし……。次は、仲間探しかな。一人で旅をするのも寂しいから。」
そう言って私はにっこりと笑った。
アズは少し思案するように顔を伏せたが、それも一瞬のことだった。
[うん、よし。僕もノイの旅についていくことにするよ。]
顔を上げたアズは嬉しそうにそう告げた。
———・・・
とまぁそんな感じで、仲間になってくれたアズと二匹で洞窟内をさまよっている感じだ。
「それにしても、本当に私についてきてよかったの?アズにも何かやることがあったんじゃ……」
[ううん、大丈夫。そうだ、仲間になったことだし、僕の身の上話を聞いてくれる?]
そういって語りだしたアズの話は悲しいものだった。
曰く、もともとは母親と暮らしていたこと。
曰く、そこに大量のモンスターが襲ってきて母親はおそらく死んでしまったこと。
曰く、命からがら逃げてきたところを先ほどの狼に襲われたこと。
[そんなわけで僕は今一匹なんだ。だから、ノイについていっても大丈夫ってわけ!それにね……]
「それに…?」
[ノイはなんだかとてもやさしい雰囲気がする。落ち着くんだ。だからついてきたんだ。]
悲しい話に嬉しい言葉を重ねられ、複雑な感情になるがそれを抑え込む。
「そっか………話してくれてありがとう。じゃあこれからは二匹、仲良くしていこうね!」
[うん!]
私とアズは笑いあった。
———・・・
「そうだ、アズってこの世界について何か知ってたりする?」
私はふと思いついたことをそのままアズに聞いてみる。
[そうだなぁ……母様が教えてくれたことなら大体は覚えているよ。どんなことが知りたいの?]
少し考えてそう答えるアズに私は笑顔になる。
「ようやくこの世界のことを知れる~!ありがとう、アズ!そうだなぁ……じゃぁまずは・・・———」
そうして分かったこの世界のこと。
まず、人間はいる。
そして亜人と呼ばれるエルフ、ドワーフ、魔人などもいるらしい。
意思なき魔物はモンスターと呼ばれ討伐対象であり、意思がある魔物は基本的に手を出さない決まりになっている。
意思があるかないかの違いは目を見ればわかるらしい。
意思がないものは赤く濁った瞳をしているらしく、つまり、先ほど襲ってきた狼はモンスターだということだ。
そしてこの世界では人族も魔物も魔法を使う。
自分の持っている魔力量や質を強さの基準としているようだ。
[こんな感じかな。ほかに聞きたいことはある?]
「たくさん教えてくれてありがとうアズ!うーん、そうだな……魔物が魔力量を調べる方法ってあるの?」
アズは少し考えながら答えた。
[完全にないってわけじゃないけど…しっかりと調べる方法はないんだ。大まかな感じになっちゃう。知りたいの?]
「もちろん!!!自分の力は知っておきたいからね!」
私は食い気味にそう答える。
[じゃあ、やってみる?魔力の量の確認。]
「もちろん!!」
そんな感じで私は魔力量を測定することになった。
———・・・
[——って感じでやるんだけど、わかったかな?]
説明を受けて私は呆然とする。
あまりにも原始的な方法に感じたからだ。
まず、測定はそこらに落ちている石や岩、鉱石を使うらしい。
岩に魔力を込めて、その魔力のみで粉砕する。
たったそれだけで大まかな測定になるらしい。
大きな岩や希少な鉱石を壊すことで魔力量を、壊した時の細かさで魔力の質をはかる。
ただ、単純な魔力で行わないと結果に違いがでやすく、昔の人間は不正が続いて別の方法になったそうだ。
「すっっ…………っごく原始的だね…」
[そうだね。でも、不正をしなければ結構精度は高いと思うよ。昔の人間たちもこれが主流だったからね。今は不正防止のために魔道具ってやつを使ってるらしいって母様が言っていたけど…]
二つの岩の目の前でそんな会話をする。
粉砕できるかは魔力を流したら何となく自分でわかるらしい。
けど、あまりにもでかくないかな、これ………
目の前にはだいたい一メートルくらいの大きさの岩が二つ。
[じゃあまずは僕がお手本を見せるね。こうやって岩に手を置いて、魔力を流して………]
アズが小さな手で岩に触ると、魔力が岩に流れていくのがわかった。
おそらく魔力操作の力のおかげでアズの魔力の流れもわかるんだと思う。
[そして流した魔力を使って……粉砕する!]
ピキっと音がしたと思ったら、ボロボロと岩が崩れ落ちていく。
破片は細かく、簡単に壊したところを見ると、アズはなかなか魔力が多くて質もいいように感じる。
[ふぅ。こんなものかな。じゃあ、ノイもやってみて。]
「う、うん、わかった!まず手を置いて、魔力を流して……」
私は見様見真似で岩に手を置き、魔力を流してみる。
そしてこの岩は壊せるって認識できた瞬間。
何もしていないはずなのに一瞬で岩が砂になった。
「あ、あれ……?これ、成功してる……?」
[……………………ちょっと待ってて、違うやつを探してくる。]
アズは少し考えこみ、サッと走っていった。
「失敗だったのかな……なんかよくわからないうちに終わっちゃったけど……」
私は不思議に思いながらアズの帰りを待った。
———・・・
しばらくたって、アズが私を呼ぶ声がしたのでアズのもとに向かった。
[遅くなってごめんね。さっきの岩はノイに見合ってなかったみたい。次はこれで試してみてくれる?無理でも全然大丈夫だから、やるだけやってみてほしいな。]
そう言って連れてこられた先には、10メートルは軽く超えているであろう岩山があった。
[洞窟の中だからね、岩はたくさんあったんだけどここまでのサイズはなかなか見つからなくて苦労したよ。さっ、もう一度やってみて!]
「こ…………これを壊すの?」
[壊せるかはわからないけど、僕はノイならいけるんじゃないかって思ってる。だから試すだけでいいからやってみてほしいんだ。]
そう言ってきらきらとした目を私に向けてくるアズ。
期待に満ちた瞳にあらがえなかった私は、そっと息をついた。
「壊せなくてもがっかりしないでね?じゃあ、さっきと同じように手を置いて……魔力を流して……」
私は岩に近づき手を置き、先ほどと同じように魔力を流した。
今度はすぐに壊れることもなく、魔力がいきわたったのが感覚でわかった。
「えっと…粉砕?」
そう言って壊す意思を持った瞬間、岩山は一瞬で崩れ落ち、砂に戻った。
[すごい、すごいよノイ!!!もしかしたらって思ってたけど、君は魔法の天才なのかもしれないよ!!母様と同じくらいの岩を壊せるなんて!]
「え……どういうこと?私、壊そうって思っただけなんだけど…………」
私の疑問はよそにアズは興奮しっぱなしだ。
[人間でも魔物でも、こんなに強い魔力を持った生き物は中々いないよ…!ノイはすごいね!!そうだ、魔力が減った感じはした?]
「ううん、特にそういった感じはしないかな。」
[すごいよ!それって、最上級魔法を何発も撃てる力を持ってるってことだよ!]
私を置いてけぼりにアズは終始興奮していた。




