第百九十日
運動会の朝。
雲ひとつない青空だった。
校庭には、
色とりどりの旗が風に揺れている。
赤。
白。
青。
黄色。
秋空の下で、
小さな旗が楽しそうに踊っていた。
「すごい人です」
リツカは思わず周りを見回す。
子どもたち。
保護者。
祖父母。
町の人たち。
薬局の常連さんまで来ていた。
まるで町中が集まったようだった。
「運動会はね」
奈緒が笑う。
「子どもたちだけのお祭りじゃないんだよ」
「みんなで応援する日」
リツカはその言葉を胸にしまった。
校庭では、
みーちゃんたちが整列している。
少し緊張した顔。
けれど、
目はきらきらしていた。
「リツカー!」
みーちゃんが手を振る。
先生に見つかり、
慌てて前を向いた。
奈緒と由美は思わず笑う。
「変わらないね」
「はい」
その様子を見て、
リツカも笑みを浮かべた。
やがて、
開会式が始まる。
子どもたちの元気な声が響く。
「よろしくお願いします!」
空まで届きそうな声だった。
最初の競技は徒競走。
「位置について」
ぴん、と空気が張る。
ぱん!
合図と同時に、
子どもたちが一斉に走り出した。
「頑張れー!」
あちこちから声が飛ぶ。
父親の声。
母親の声。
祖父母の声。
友達の声。
校庭中が応援で包まれる。
リツカは驚いていた。
誰も魔法は使わない。
特別な力もない。
それでも、
みんなが全力で走っている。
転んでも。
立ち上がる。
遅れても。
最後まで走る。
その姿に、
胸が熱くなった。
「どうしたの?」
奈緒が小さく尋ねる。
リツカは走る子どもたちを見つめたまま答える。
「応援されるというのは……」
少し言葉を探す。
「こんなにも力になるのですね」
奈緒は静かに頷いた。
「うん」
「だからみんな、大きな声で応援するんだよ」
その時。
みーちゃんの番になった。
スタートラインに立つ。
緊張している。
両手をぎゅっと握っていた。
「みーちゃん!」
由美が大きく手を振る。
フミも笑顔で拍手を送る。
リツカは少しだけ迷った。
応援の仕方が分からない。
けれど。
自然と言葉が口からこぼれた。
「頑張ってください!」
決して大きな声ではなかった。
でも、
みーちゃんは振り向かなかった。
前だけを見ていた。
その背中が、
少しだけ大きく見えた。
やがて号砲が鳴る。
みーちゃんは、
力いっぱい地面を蹴った。
秋空の下、
たくさんの声援に包まれながら。
リツカも、
いつの間にか拍手を送っていた。
それは薬師としてではなく、
この町で暮らす一人として送る、
初めての応援だった。




