第百九十日②
午前の競技が終わる。
校庭にチャイムが響いた。
「お昼でーす!」
先生の声と同時に、
子どもたちが一斉に家族のもとへ駆け出す。
「お母さーん!」
「お父さん!」
あちこちから楽しそうな声が聞こえる。
木陰では、
青いレジャーシートがいくつも広げられていた。
町中に、
小さな食卓ができていく。
「こっち、こっち!」
由美が大きく手を振る。
奈緒がシートを広げ、
フミが重箱を並べていた。
「いただきます」
蓋が開く。
ふわり。
甘い卵焼きの香り。
海苔を巻いたおにぎり。
鶏の唐揚げ。
ウインナー。
かぼちゃの煮物。
ブロッコリー。
赤いりんご。
色とりどりのおかずが並んでいた。
「今日は運動会だからねぇ」
フミが嬉しそうに笑う。
「少しだけ豪華なんだよ」
リツカは重箱を見つめた。
一つひとつ、
丁寧に詰められている。
料理というより、
想いを詰めた箱のようだった。
「これも文化なのですね」
奈緒が頷く。
「運動会のお弁当は特別なんだよ」
その時。
「ただいまー!」
みーちゃんが勢いよく座る。
頬は赤く、
額には汗が光っている。
「お腹すいた!」
「いっぱい走ったもんね」
奈緒がお茶を注ぐ。
みーちゃんは大きなおにぎりを頬張った。
「おいしい!」
その一言だけで、
フミの目尻が下がる。
「たくさん食べな」
「午後もあるからねぇ」
みーちゃんは大きく頷いた。
しばらくして、
リツカが静かに尋ねる。
「走っている時……」
「はい!」
「皆さんの声は聞こえていましたか」
みーちゃんは少し考え、
にっこり笑った。
「うん!」
「ちゃんと聞こえた!」
「最後、リツカさんの声も!」
リツカは目を丸くした。
「あんなに小さな声でも?」
「分かるよ!」
「応援してくれてるって!」
その言葉に、
リツカは胸の奥が温かくなるのを感じた。
薬は、
体を支える。
言葉は、
心を支える。
どちらも、
人を前へ進ませる力になるのだ。
その時だった。
「リツカさん!」
近くのシートから声がした。
薬局の常連だったおばあさんが、
手を振っている。
「いつもありがとうね」
「この前のお薬、よく効いたよ」
「先生にもよろしくね」
リツカは深く頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございます」
少し前まで、
この町では「よそ者」だった。
けれど今は違う。
薬局で声を掛けられ。
町で挨拶を交わし。
運動会では、
同じシートで笑っている。
知らないうちに、
この町の暮らしの中へ、
自分の居場所ができ始めていた。
昼休みの終わりを知らせる放送が流れる。
子どもたちが立ち上がる。
「午後も頑張る!」
みーちゃんは元気よく走っていく。
その背中を、
みんなが笑顔で見送る。
リツカも自然と手を振っていた。
その手には、
薬草も薬瓶も持っていない。
ただ、
頑張る子どもを応援するための手だった。
風が吹く。
校庭の万国旗が、
秋空の下で気持ちよさそうに揺れていた。




